・「メータオ・クリニックに見るビルマの現実」(タイ・ビルマ国境の無料診療所)
 [週刊金曜日2002年8月2日号掲載]
       写真・文 山本宗補
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雨期に入った六月下旬のある朝。タイ・ビルマ(ミャンマー)国境の無料診療所「メータオ・クリ
ニック」で取材中のことだった。担ぎ込まれたばかりの若者が目の前で息絶えた。国境のモエ川
を挟みタイ側の町メーソットに、対岸のビルマ領ミャワディから担ぎ込まれた急患だった。

黄疸が進行し生気のない顔色。血液検査の最中、男は足下からゆっくりと崩れ落ち、ロンジー
(巻スカート)はほどけ下腹部が露出した。友人が起こそうとするが反応はない。看護士が首筋
に手を当てた。若者は担架で内科病棟に運ばれたが身動きしなかった。友人は大勢の患者や
付き添いの視線から顔を隠すように泣いた。一〇分後、二八歳の身体は薄いビニールシートに
すっぽり包まれて、運び出された。

死因は脳性マラリア。血液検査の結果は、「マラリアのパラサイトが血液中に満ちる最悪のレベル
だ」と検査技士は言った。手遅れで処置のしようがなかった。若者を運び込んだ友人によると、
「ミャワディの公立病院で一週間入院したが、回復しなかった」そうだ。

メータオ・クリニックがある国境地帯はマラリアが猛威をふるう。昨年の外来患者のうち、
三〇三〇人がマラリアとわかり、一八〇〇人が入院した。死亡者は三〇人と多くはない。脳性
マラリアでも治療が早ければ死には至らない。軍政下ビルマ国内の公立病院の医療水準の
劣悪さを再認識する死だった。

タイ国内はビルマ人労働者であふれ、約一〇〇万人のビルマ人が働いているとさえいわれる。
原因がビルマ軍政にあるのはもちろんだ。民主化は拒否、強制労働など様々な人権侵害が
国際社会から批判され、投資は停滞、経済はどん底、インフレによる物価高で国民が貧しくなる
一方だからだ。

一〇〇万人という数字には内戦が原因で隣国に脱出し、タイ社会に溶け込んだ数十万人の
シャン族も含まれるが、一〇カ所の難民キャンプで暮らす一二万人以上のカレン族、カレニ族
などのビルマの少数民族は含まれない。身分が不安定なビルマ人労働者が、安心して母国語
で診察を受けられるメータオ・クリニックはかけがえのない「医療駆け込み寺」となっている。

クリニックは一三年前の一九八九年、カレン族のシンシアマウン女医がメーソット郊外に開設し
た。民主化運動が軍政に武力弾圧された八八年に、彼女は学生たちとタイ・ビルマ国境地帯の
反政府カレン族の支配地域に脱出。クリニックは民主化運動を医療面から支援しようとするもの
だった。タイ辺境の町の水田地帯にある古びた一軒家は、当初ブリキの壁で覆われ、病気や
戦闘で負傷したカレン族やビルマ学生活動家らが隠れるように療養していた。別名、シンシア・
クリニックとも呼ばれていた。

しかし、今では内科病棟、外科病棟、産婦人科病棟、小児科、義肢ワークショップ、セミナー棟、
食堂にスタッフハウスも加え、クリニックとは別の場所には孤児などが学ぶ寄宿学校も運営する。
診療所のゲートにはタイ国旗がはためき、タイ人のオートバイ・タクシーの駅まで設置されるほど
地域に根付いている。

毎日二〇〇名前後の外来患者と六〇名ほどの入院患者を診療し、患者の三割が国境をこえ
軍政下のミャワディからも来る。妊婦の健康管理も行われ昨年一年間に五六三人の新生児が
クリニックで無事に誕生した。また、山中をビルマ国軍から逃げまどう生活を続けるカレン族など
の少数民族避難民も診療対象だ。移動診療活動を「バックパックヘルスワーカー」たちが担って
いる。診療対象者は一五万ー二〇万人と多い。メータオ・クリニックは、さながら国内の基本
医療制度をダメにした軍政の将軍たちの無責任の後始末をタイ領で果たしているようだ。

活動資金は、主に欧米を中心とする様々なNGOや個人支援などでまかなわれてきたが、三年前、
シンシアマウン医師とクリニックスタッフに対し、米やカナダなどから人権賞が送られたのを機に、
資金援助が増え医療施設が拡充された。昨年は地雷による被害者のための本格的な義肢
ワークショップも開設された。 

義肢ワークショップの所長は地雷被害者で義足作りの経験豊富なカレン族退役兵。訓練生と
して三名の反政府シャン軍退役兵が義足作りに汗を流していた。三名は過去三年以内に別々
の場所でビルマ国軍の地雷を踏み片足を失った。訓練期間後は「シャン州に戻り同胞のための
義足ワークショップを開設したい」という。

ワークショップの患者は民間人が多いが、患者のひとりは元ビルマ国軍兵だった。所長と三名
の訓練生にとり、退役したビルマ国軍兵は敵兵だった関係になる。シャン族退役兵が三六歳の
元ビルマ国軍兵の新しい義足を制作している姿には驚くと同時に感動し、ある光景を思い出した。
それは七年前、ラングーン市内で使い古した義足姿の大勢の国軍現役兵と退役兵たちが、
安月給の一月分にも満たない涙銭と換金できる書類をもらうために集まっていた姿だ。
軍事独裁を続ける将軍たちに使い捨てられる国軍兵士の悲哀さえ実感した。

メータオ・クリニックの提供する様々な医療サービスに期待し、患者が増える背景にあるものは、
ラングーンの将軍たちの無責任だろう。国民生活の悪化に歯止めをかけない将軍たちが、
「民主化に本気」かどうかは、一度でもメータオ・クリニックやタイ・ビルマ国境の少数民族が
置かれた現実を見るといい。そこには、民主化運動の指導者アウンサンスーチー氏の自宅軟禁
を解除しても、政治的対話を拒否し続ける将軍たちが民衆に対してどんな政治をしているかが、
かいま見えるに違いない。

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・「民主化はどこへ」−ビルマ・タイ国境で 上 (信濃毎日新聞2002年9月19日掲載)

[増え続ける地雷犠牲者]

・「民主化はどこへ」−ビルマ・タイ国境で 中(信濃毎日新聞2002年9月20日掲載)

[標的にされる少数民族]