「軍政版ロードマップ」(「琉球新報」2003年10月15日掲載)  山本宗補   TOPに戻る

ビルマの民主化プロセスは、時計の針が15年戻されてしまったも同然だ。

バリ島で開かれたASEAN首脳会議の開催前は、三度目の自宅軟禁状態に置かれたビルマ
民主化運動指導者のアウンサンスーチー氏の処遇問題と、進展しない民主化プロセスが主な
争点になると思われた。しかし、時には東南アジアのイスラム教徒の心情を代弁する独自のスタ
ンスを持っていたマレーシアのマハティール首相の引退が主なニュースで終わってしまった。

ASEANの首脳たちは八月末に就任したばかりのキンニュン新首相のいう「軍政版ロードマップ」
を民主化プロセスの進展として支持すると表現した。在日ビルマ人の民主化活動家らが落胆し
たのももっともだった。

軍事政権に都合の良いだけの「軍政版ロードマップ」の中身に触れる前に、アウンサンスーチー
氏が身柄を拘束され、三度目の自宅軟禁のきっかけとなった5月30日の暗殺未遂事件について
の説明が必要だろう。

事件は北ビルマのサガイン管区にあるディペーイン郡で起きた。事件にさかのぼる昨年5月、
二年弱に及ぶ二度目の自宅軟禁を解除されたアウンサンスーチー氏は、軍事政権の弾圧で
弱体化著しい野党国民民主連盟(NLD)地方支部建て直しのための地方遊説を開始した。
ラカイン州やチン州、北部のカチン州やマンダレー管区などを精力的に回り、サガイン管区内で
遊説中だった。後に「ディペーイン虐殺事件」と呼ばれる事件前日、モンユワ市内で大勢の市民
を前にアウンサンスーチーが次のように話したテープが残っている。

「経済が毎日悪化していることは国民のみんなが知っています。物価も高くなっていく。経済が
低迷している。これはみんなが知っています。こういう状況で国がもっと時間がかかったら国民
はとても困ります。私たちは、変換を早期に必要としており経済か政治かとわけることはないの
です。この国の経済制度の悪いことは政治制度が悪いからであります」

テープからは熱狂的な群集がアウンサンスーチーにやんやの喝采を送る雰囲気も伝わってくる。
アウンサンスーチー一行はどこへ行っても市民に大歓迎され、軍政側が苛立ったのは間違い
ない。NLD一行の行く先々で、軍事政権の肝いりで組織された体制翼賛組織のUSDA(連邦
団結開発協会。NLD反対集会を開いたり、アウンサンスーチーの車を襲撃したこともある)が
動員され、NLDに対する嫌がらせや妨害が頻発した。そしてついにディペーインでの計画的な
待ち伏せ攻撃となったのだ。

モンユワ市内のスピーチの翌日、夜間移動中のアウンサンスーチーとティンウー副議長らの
車列は、竹槍や鉄の棒などで武装していたUSDAのメンバーらによって襲撃された。NLD党員ら
少なくとも70名が殺害されたといわれている。事件後、真相は多数のNLDメンバーの逮捕、
軍政の情報操作や証拠隠滅などで闇に葬られようとしている。事件現場近くの住民を強制的に
移住させ、代わりにUSDAのメンバーを住まわせたという情報もある。間一髪で暗殺を免れた
アウンサンスーチーとティンウーNLD副議長だったが、軍政によって身柄を拘束され、別々の
場所に監禁、投獄された。

「軍政版ロードマップ」は、国際社会の非難が高まり、米政府によるビルマ製品全面禁輸措置が
実施される中、新首相に就任したばかりのキンニュン首相が発表した。時には「穏健派」とも
見られてきたキンニュン新首相の就任に、ポジティブな変化の始まりかと希望的観測も流れた
のもつかのまだった。「ロードマップ」で明らかになったのは、将軍たちは権力を手放さないと
いう意思表示だった。

ASEAN首脳が支持したロードマップには、アウンサンスーチーとの政治対話も少数民族勢力
代表との和解も触れられていない。野党NLDが圧勝した90年総選挙の結果にも触れていない。
国際社会が例年の国連決議で軍政に勧告してきた「総選挙の結果の尊重」も、三者対話による
民主化の進展も無視している。

「軍政版ロードマップ」は、軍政主導で一度失敗している制憲議会を再開し、新憲法を制定。
改めて総選挙を実施し、国会を招集するという漠然とした内容には、タイムテーブルさえない。
まるで過去15年間の民主化運動が全て水の泡となるような扱いだ。悪化する一方の国内経済
と物価高、政治活動の自由もなく、人権を無視された日常生活に我慢し、アウンサンスーチーを
リーダーとする民主的な政府の登場を待ち望んできた国民の忍耐も無視されている。

バリ島では、キンニュン首相と5分だけ会見した小泉首相が、アウンサンスーチーの処遇を懸念
すると伝えたようだ。ASEAN加盟国からは域内での指導的な役割も期待された日本政府だが、
消極的で影響力の無い外交は、時として一国の民主化の希望さえ奪いかねない。

(付記 筆者は民主化勢力が現政権の正当性も国名変更も認めていないことから、国名は
「ビルマ」に統一している)