6月3日 産経新聞が仕掛けた「旧日本兵生存」報道への疑問
二人の元日本兵が生存しているというニュースは、5月27日の産経新聞朝刊で始まった。
産経は一面トップで『「旧日本兵2人 比で生存」ミンダナオ島 引き揚げできずに山岳に』とスクープ
扱いだった。
「男性二人が現地当局に保護され、帰国を希望している」、「日本大使館が二十七日に二人に会い、
身元が確認されれば帰国のための手続きを行う」とまで書き、さらに「長崎県在住の日本人の関係者
(54)が山中で旧日本兵と遭遇」とも書いている。これを引き金に、テレビニュースからワイドショーまで
4−5日間大々的に伝えられたが、二人に会った者は誰もいない「誤報」だったことが露見した。
この件で、たまたま私が2年前にミンダナオ島のイスラム教徒武装勢力であるモロ・イスラム解放戦線
(MILF)の同行取材をしていたために、民放各社から問い合わせが来たので28日からインタビューに
応じた。三つの民放の6つの番組でインタビューされたが、きちんとコメントが使われたのはTBSだけで
、フジテレビは二つとも使われず、テレビ朝日は二子山親方の突然の死去ニュースで、予定変更と
なった。
テレビ局各社は、モロ民族の武装勢力に関しての情報と、ミンダナオ島の治安などを知りたがった。
「生存の可能性」については、遺族には冷たく聞こえるかもしれないが、フィリピン各地を20年前から
取材してきた経験を踏まえて、元日本兵が生きているという情報が60年間も外部に漏れずにいると
いう状況は、ほとんどありえないとコメントした。マスコミの報道姿勢そのものに疑問があると強調した。
敗戦後60年に過去を振り返って反省することよりも、美談を求めているだけではないかとも話した。
振り返ってみて、「誤報」の最大の責任は産経新聞にあり、追随報道であおった民放各社と新聞社
(一部を除く)にあると確信している。結果的に高知県の遺族に生存を期待させ、間違いでしたという
結末に、「こんな墓もういらんわ」とまで言わせた責任は誰がどう取るのだろうか。
誤報の原因は誰の目にも明らかだ。情報源となった4人の登場人物が、どんな人であろうと、どんな
話を誰にしようと自由であり、取材した者がその情報をどこまで信じたり確認するかが問われていた
からだ。生存を前提にした報道に、遺族が大喜びするのは当然だが、生存が事実ではなかった時に
最も傷つくのも遺族だ。
情報源である4人の話は、新聞記事で事実を拾うと、誰も二人に会っていないし、会ったとされても
生存する事実を証明する写真や音声、日本語のメモなども皆無だからだ。マスコミの情報源は、
「生存」情報の発端であるフィリピン人女性のマリリン、彼女の夫とされる長崎の日本人男性、そして
遺骨収集家である寺嶋芳彦氏、大使館との仲介役とされた日本人男性の4人だ。
長崎の男性の生インタビュー映像をテレビ局で資料として見せてもらったが、「50人以上の日本兵が
一カ所で生活」しているとまで、荒唐無稽の話をしていた。妻のマリリンは最後にマスコミに登場し、
「二人に会ったこともない」と話したが、夫とされる男性がインタビューで話している内容は、妻から
聞いたうわさ話程度のものを鵜呑みにして、寺嶋氏に働きかけたのが発端のようだった。
ジェネラルサントス市に大挙して集まったマスコミが「振り回された」、大使館サイドが「信頼できない」
とした仲介者は、大言壮語で胡散臭く、詐欺師的人物だというのはありありと伝わってきた。彼が
「仲介者」だと勝手に信じてかかるマスコミと日本大使館の方がバカとしか思えない。自分たちが人を
見る目がないことを棚に上げて、「振り回された」とか「信頼できない」というのは、責任逃れではない
のか。
遺骨収集家、フィリピン戦友会会長として登場した寺嶋氏については、人生経験もフィリピン経験も
豊かなのにも関わらず、人を見る目がお粗末すぎるのではと言いたい。山下財宝にまつわる偽情報に
あふれ、金によって嘘が本当になることさえ珍しくないフィリピン社会を知り抜いている人とは思えない
ほどだ。証拠が手に入るまで疑ってかかるのが普通だと思う。
(ちなみに、寺嶋さんを情報源とする、ルソン島で元日本兵が生存しているかもしれないという記事が
2003年11月に毎日新聞に掲載されている。この生存情報が厚労省のその後の調査で確認されたと
いうニュースはない)
寺嶋氏は、長崎の男性からの情報に反応し、生存を確認するためにミンダナオ島でマリリンに会い、
仲介者となった男性にも会ったが、自身で直接生存を確認することができなかった。帰国後に、仲介者
から寺嶋氏への連絡を元に、マスコミ、戦友会、厚労省が動き出したという流れになる。
こうして振り返ってみると、産経新聞の27日朝刊の記事は、生存を確認できる証拠が何もないにも
関わらず、伝聞を元に書かれたウソだらけということになる。28日の朝刊でも「新たに旧日本兵生存者
」とまで大見出しで、「三人とも高齢だが、健康状態は良好で、記憶はしっかりとしており、帰国を望んで
いるという」と書いている。記者が直接会ってもいないし、生存を確認していないのに、よくここまで断言
できるものだ。
6月1日朝刊で産経は、「謝罪記事」を掲載した。「一連の報道が、家族や関係者に大きな心理的
負担をかけたことは、率直に反省しなければならない」、「原因としては情報と事実の峻別がないまま、
その情報に寄りかかりすぎたことなどが挙げられる」とした。しかし、「旧日本兵の生存情報が最初に
入ったのは今年4月下旬だった」とするものの、情報源については何も書いていない。
存在が外部に全く知られることなく、本当に残留日本兵が生存していれば、「奇跡」として日本国内
だけではなく、世界的なビッグニュースだ。綿密に取材し確証を得てから報道すれば良いだけのこと
だ。お粗末な報道を通り越して、産経新聞の何か恣意的な企みを感じてしまう。
一連の報道で繰り返し強調され結果的に残ったイメージは、フィリピン戦で多数の日本兵が戦死し、
日本軍が大変な犠牲を強いられたというものだ。そこには日本がフィリピンを侵略し、民間人を多数
殺害し、大地を蹂躙した結果であり、犠牲者である地元住民の視点はゼロだ。
無謀な作戦を立てた大本営、作戦を決行させた司令部の責任についての視点もゼロだ。
山下奉文大将は戦後、マニラの戦犯裁判で死刑にされ、部下の鈴木宗作中将はレイテ戦後にミンダ
ナオ島へ渡る際に戦死した。だが、敗戦後の9月になって鈴木中将は大将に進級している。
作り上げられた「美談」だけが残り、戦争責任と侵略の事実を薄める効果をあげたといえる。
余談だが、フジテレビ系で8月に「終戦六十周年記念スペシャルドラマ」『遅すぎた帰還 実録・
小野田少尉(仮題)』が放映されるそうだ。小野田少尉に中村獅童が扮するというが、産経新聞の
「旧日本兵生存報道」と深いところでリンクしているように思えてならない。
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