2月1日  神戸での写真展とラジオ深夜便

 早いものでもう2月。神戸での写真展を片づけ帰京してからもう一週間。ギャラリー島田展の
6日間はあっという間だったが、ずいぶんと手応えのある反応が返ってきた。NHKラジオ深夜便
のインタビューを聞いて見に来たという人が多かった。放送を聞きながら途中でぐっすり安眠して
しまったという声も身近にはあったが。

 滋賀県の女性は、観に行きたいけれど、体調がすぐれないので残念ですとのメッセージをfax
で送ってくれた。たまたま神戸に来たという住所が東京の重度視障者の方は、付き添いの方と
一緒に来られ、一点一点写真を近寄って見られていったと受付の方から聞いた。ご丁寧な感想
を書き残してくれたが、田中さんというお名前と東京と書かれてあるだけなので、礼状が出せ
ないのが残念だ。
 
 毎日新聞の神戸版で大きく紹介されたのも効いたようだ。関西圏に友人知人のネットワークが
あるわけでもないから、メディアで紹介されたことで助けられた。もちろん、ギャラリー島田の持つ
幅広いネットワークの賜物でもある。

 会場の受付は、黒田裕子さんが代表を務めるNPO「阪神高齢者・障害者ネットワーク」の
スタッフの方々と黒田さんが交代で毎日してくれたので、三日間の滞在中に私はあまり会場に
いることもなく(当初は在廊の予定にしていたが)、お年寄りの取材に出かけることができた。
 尼崎市の86歳になるシベリア抑留帰還者、神戸市内の95歳のお元気なおばあさん、それに
姫路市の94歳になる和服のよく似合う女性の話をうかがうことができた。姫路の方は、インドの
佐々井秀嶺師の熱烈な支援者で、前からお会いしたかった方だ。それに、震災の時に一緒に
ボランティアをやった三好信雄さんと数年ぶりにゆっくり話すこともできた。会場入り口には、三好
さんの当時のボランティア活動の写真も数点展示し、神戸との縁を知ってもらうように工夫した。

震災の朗読檄
(ギャラリー島田
地下1F)
写真展会場
(ギャラリー島田
1F)
写真展会場 写真展会場 写真展会場


 23日のトークには30人近い人が集まってくれた。これもトークの告知もしてくれたラジオ深夜便
のお陰だと思う。インタビューをうまくまとめてくれたのは深夜便金曜日担当の西橋正泰アナウ
ンサーだ。ありがとうございました。
 京都からは、佐々井秀嶺師を最も早くから個人的に支援してきた臨済宗南禅寺派総務部長
の冨士玄峰師もかけつけてくれた。冨士師は昨年10月のアンベードカル集団改宗黄金祭に、
南禅寺派を代表してナグプールまではせ参じた心の熱いお坊さんだ。驚いたことに、冨士師と
ギャラリー島田の島田誠さんは顔なじみでもあった。この日のは、昨年10月の佐々井師取材で、
佐々井師に弟子入りし、年末に帰国していた岡山の井上空龍さんも来てくれた。

 私にとって幸運だったのは、島田さんのご配慮で、私のトークの前に震災の詩の朗読劇も組
まれていたことだった。本来は1時間以上のものを30分バージョンに縮め、凝縮された内容だ
った。洗練された言葉の持つ力を久しぶりに実感した。(詩は車木容子さん作)

 12年前の大震災の悲しみを表現した部分も、記憶を喚起する力強さを感じたが、何よりも私が
共感したのは、震災の記憶に神戸空襲の記憶までさかのぼり、過去の歴史の教訓を忘れまいと
する力強いメッセージにあった。車木さんのオリジナルのコピーをいただいたので、エピローグの
「野生(のえ)に」と題された章を抜粋して以下に少し紹介したい。

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 その時代 その場所で 一緒に生きなかったから

 関係ない と 背を向けるな

 歴史は繰り返される

(中略)

 祖先の声は まちがった道を進まぬための道標だ
 
 生きていく者は 語り継ぐ努力を果たさねば
 
 それが 何よりの 供養なのだ

 野に生きる者は 今がどういう時代か
 
 鳥の目 虫の目を もたねばならない

 野に生きる者は 危険を嗅ぎとらねば

 ひとり一人が どんな扱いを うけているか

 野に生きる者は 互いに確かめあおう

 多数決で 奪ってはならない 価値について

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 強烈な詩の朗読劇のあとに、すぐにお年寄りの写真を上映するのは気が引けたので、まず
海外の取材でどんな写真を撮ってきたのかをプロジェクターで観ていただき、それから写真集
「また、あした」のスライド上映をした。

 いま取材に力を入れているお年寄りの戦争体験を聞き、肖像写真を付けて伝えようとする試み
は、「祖先の声は まちがった道を進まぬための道標だ」という詩と私の中で共鳴した。やろうと
していることが間違っていないことを確認できた思いで、私自身が元気づけられたイベントとなっ
た。有り難かった。12年前のあの大震災の負の記憶を共有する人たちが、お年寄りの写真に
感動してくれたのもうなづけた。

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