2月15日  カレン民族の指導者が暗殺された

マンシャーKNU書記に
最後に会ったときの姿
(2006年6月)


 残念で残念でならない暗殺事件が起きた。ビルマの軍事政権に対し反対する少数民族の
最大組織であるカレン民族同盟(KNU)書記が、14日に暗殺されたのだ。民族の自治権獲得、
民主的な連邦制国家の樹立を目指し、民主化勢力と共に軍政打倒のために闘っていたKNUの
実質的な指導者であるマンシャー書記が、タイ国境の町メーソットの自宅でピストルで撃たれて
殺害された。彼は私の友人で、国境周辺の取材にはいつも最大限の協力を惜しまなかった。
悔しさを禁じ得ない。彼の存在なくしてカレン民族の将来はより足並みが乱れることになって
しまうからだ。

 今朝、電話をして確認したところ、二人のカレン民族と思われる男が車で乗り付け、マンシャー
書記に会い、カレン語で挨拶するなり発砲し、立ち去ったということだ。ゲートが開けられて家に
入った暗殺者はカレン民族であることは間違いないだろう。

 カレン民族解放闘争の「顔」だったボーミャ元議長が引退し、2006年に病死する前後からKNU
の実質的指導者だったのがマンシャー書記だ。クリスチャンでない書記は、クリスチャンが大半
を占めるKNU指導者層の中にあって、全体をまとめ、政治的方向性を決断できる最も信頼の
篤い堅実な政治的指導者だった。国外で活動する民主化勢力からの信頼も篤いものだった。

 表面的にはカレン民族の内部抗争のような印象を与えるが、ちょうど1年前にKNUから分派し
軍政側に取り込まれた反KNU勢力と、95年に分派したDKBA(仏教徒カレン軍)を、背後で
そそのかし糸を引いているのが軍都ネピドーの将軍たちに違いない。

 マンシャー書記とゆっくり話したのは2006年が最後になってしまった。カレン民族の未来には
ますます暗雲がたちこめるている。何ともやるせない暗殺だ。

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