3月21日 江川紹子著「オウム事件はなぜ起きたか」を読んだ
地下鉄サリン事件から昨日で13年。これまでオウム真理教の問題についてあまり考えて
こなかったが、江川紹子さんの著書を読んで深く反省させられた。
江川紹子さんとは、日本ペンクラブ主催のシンポジウムで同席させていただいたが、
バグダッドからイラク戦争を連日報道してきた綿井健陽さん同様に、私とは比較にならない
ほど危険なテーマにとり組んできたジャーナリストだ。
綿井さんは東ティモールの取材で初めて会い、今ではJVJAメンバーとして頻繁に話し合うので
ここで取りあげないが、江川紹子さんとは初めて話すことになった。江川さんといえば、オウム
真理教の取材で一躍全国的に知られるようになり、いまではテレビコメンテーターとしてタレント
並に露出度が高いのだが、麻原彰晃こと松本智津夫を教祖と崇めたオウム真理教による
毒ガスによる暗殺未遂後も全くひるむことなくオウムによる犯罪、松本智津夫の罪を追究し
続けた筋金入りのジャーナリストだ。
一見華奢な外見からは思いもよらない硬派の仕事をしてきた江川さんの著書、「オウム事件
はなぜ起きたか 魂の虜囚」上下(新風舎文庫)を読み終えて改めて感服した。こんなに徹底
した取材はとてもできない。執念、ジャーナリスト魂、責務を全うしようという強靱な一人の人間
の意志を感じた。
シンポジウム当日までに読み切ろうと頑張ってみたが、何しろ上下二巻合わせて900ページ
の分厚い文庫本。シンポが終わってからやっと下巻を読み終えた。それにしても凄い仕事だ。
逮捕された松本智津夫とオウムの幹部たち一人一人の刑事裁判傍聴記の体裁を取り、「教祖」
や各被告の罪状と事件に対する反省や贖罪の度合いを事細かに読者に伝えてゆく気の遠く
なるような取材記だ。
本書には97年から04年までの地裁での一審判決が出るまでの、被告の供述や検察官と
弁護人による質問内容、裁判官が本気で事件の解明のためにとり組んでいるのかどうかなど
に言及するもので、裁判を一度も傍聴せずに、「実につまらない男」を教祖と崇め信じ込み、
人殺しを命じられるままに実行したオウム真理教幹部らの関わった様々な犯罪の全容を知る
ことができる。
麻原彰晃こと松本智津夫に気に入られようとの思いで必死の、東大京大卒の理工系研究者
や、医師や弁護士などのインテリ幹部たちが、自分個人の欲を満足させることしか頭にない
松本の人間性を見抜くことができないまま、「教祖」の思いつきの人殺し命令を、疑問が湧いて
も善悪を考えることなく受け入れ、次々と実行したことが不思議で不思議で仕方のない内容だ。
松本サリン事件、地下鉄サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件、それにいくつかの信徒殺害
事件などがいつどのように起きたのか、誰が直接関わっていたのか、そして人殺しに直接
関わった被告らが麻原の呪縛から解放されていく経緯(教祖ばなれを装う者もいる)について
も理解できる。
江川さんは、被告らが裁判で事実をつきつけられ、松本に対する信仰心を棄ててもなおかつ
松本を否定することで自分自身を全否定することが恐くてできない一部の被告らの心中なども
深く推察している。それに神奈川県警などの無責任な捜査や県警監察医のいい加減さが
オウムを野放しにしたことも厳しく指摘している。
改めて活字での報道が一過性のテレビと大きく異なり、10年たっても20年たっても腐らないで
残る素晴らしさを実感できた。スティール写真の良さと同様に何度でも読み返すことができ、
理解を深めることが可能だ。
江川さんの命がけの仕事を読み進むうちに強く感じたのは、江川さんがオウム真理教が
犯罪集団となった本質を描くことで、戦後60年以上が過ぎても、戦前戦中から変わることなく
引き継がれてきた日本社会と日本人の体質を描いているのではないかと感じたことだ。
ちなみに、戦争中は憲兵だった私の父親は、皇国教育に部分的に呪縛されたまま、77歳で
旅立ってしまった。
「現人神」、「忠君愛国」、「皇国」、「聖戦」、「大東亜共栄圏」、「護国」などのキーワードを
鵜呑みにすることを可能にした明治以来の国家による洗脳教育を受けた世代(私の両親の
世代)が、軍国主義を底辺で支え、マインドコントロールされてアジア各国を侵略する戦争を
遂行した歴史との共通項の多さに驚くばかりだ。敗戦後、戦争を指導した者たちが潔く責任を
取らず、それを国民が許し、戦争中何をしたのかという反省は国民一人一人にゆだねられた
だけで、国は責任をあいまいにしたまま戦後60年以上が過ぎた。そんなことを考えさせてくれた
のが江川さんの本だった。麻原彰晃こと松本智津夫、人殺しを実行した幹部、洗脳されてそれを
支えた多数の信徒などと置き換えて見るとわかりやすいのではないだろうか。
一連の裁判で弟子たちに全ての罪をかぶせて生き延びようとする欲望に徹した松本智津夫
の行為は、敗戦間際のビルマで600人の住民虐殺(カラゴン事件)を命じて起きながら、戦犯
裁判を逃れるために全ての責任を部下に負わせ、生きて帰ってきた田中信男師団長を思い
おこさせる。この事件は大隊長一人と中隊長三人が死刑になり、10人の下士官や憲兵隊が
長期懲役刑になったが、部下も国民さえも徒に無駄死にさせておきながら、責任逃れをした
司令官が多すぎる一例にすぎない。
「オウム事件はなぜ起きたのか」の中で、どきっとする表現があった。「教祖」に対する忠誠心
を全面に掲げて法廷闘争する新實智光被告の言い分だ。
「今のオウム真理教こそは。まさに現代日本国家そして、日本人の写し鏡なのです。戦中の
カルト国家神国大日本帝国が自国民及び海外に対して何をしたか、お忘れでしょうか。しかし、
現代日本国家は、未だ侵略行為に対しては明確に態度を示さず、謝罪もできていません。
それでも、靖国神社には参拝するし、神道も残っています」(下巻p331から引用)
江川さんの著書によると、個人的な欲と金の亡者で自分の地位を守り、人殺しの責任を
全て信者に負わせることしか頭にない醜い「教祖」を崇拝し続ける新實被告は、被害者に対し
て一切詫びることもなく、被害者の心情を逆なでする発言を続け、法廷で被害者や遺族に対し
偉そうに説教までする輩」と切り捨てている。彼は次のように言い訳している。
「私たちは、麻原尊師のもとで、菩薩として慈悲の心によって利他の行為を行ってきました。
であるならば、最後の段階まで菩薩として生きることが私たちの本懐ではないでしょうか」
こうまで平然と言いのける新實被告は、戦前日本の過ちを引き合いに出しながら、自分たちの
犯罪を正当化している矛盾に目をつむる。「菩薩行」の意味も「慈悲」の意味さえも知らず、
贖罪の意識のかけらもないままに、人として最低の「教祖」の本質を見極めることを拒否して
いるようだ。
オウム真理教の呪縛からまだ目が覚めることのできない者や、国家による洗脳教育が
国民の頭に埋め込む恐ろしさが想像できない者には、渡辺清著「砕かれた神」を読むことを
オススメする。天皇の「赤子」として、天皇のために命を捧げ、護国しか考えずに16歳で海軍に
志願入隊し、戦艦武蔵の乗組員としてフィリピン戦線で沈没後に奇跡の生還を遂げた19歳の
若者が、戦後の昭和天皇の姿に騙されたと感じたところから自分を見つめ直したことを著した
本だ。
敗戦後、天皇が戦争責任を全く取らず、国民に謝罪する意志を見せることなく、天皇の地位
に留まったことに憤りを覚えた渡辺氏が、最後はそうした戦争中の価値観を鵜呑みにしていた
自分自身が間違っていたことを深く反省し、昭和天皇と潔く決別する経緯を書いている。
最後に渡辺氏は天皇から与えられたことになっている俸給、食費、軍服、タバコなどを現金
換算し、4282円の現金を手紙とともに同封して宮内庁に送りつけた。
「私はこれでアナタにはもうなんの借りもありません。」と著書を締めくくっている。この本に
ついては一年前の雑記帳で書いているのでそれを読んでみてください。
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