チェチェン やめられない戦争 (2004.9.12 追加)
アンナ・ポリトコフスカヤ 著 三浦みどり 訳 NHK出版
初版発行 2004年8月25日 定価 本体2,400円+税
ISBN4-14-080891-8
この記事によると、この本の著者アンナ・ポリトフスカヤは、2004年9月3日に何者かに毒を盛られて、意識不明の重体に陥ったそうです。
あとがきで、訳者がポリトフスカヤの本を訳していることをロシア人の知人が知ると、
「彼女はまだ生きていられたの?」
と驚かれたというエピソードも書かれており、今まで無事に過ごせた事自体が奇跡だったのかもしれません。
カフカスで長らく続いているチェチェン戦争については、実言うとどういう戦争なのか、さっぱり情報が無くて日本では判りません。ジャーナリストを対象とした度重なる誘拐、殺人に加え、煩瑣な手続きが外国報道陣を寄せつけないせいもあります。
この本は、チェチェン戦争について何が起こっているのか、直接被害を受けたチェチェン人個人への聞き取りで構成された本です。
……それは恐ろしい「この世の地獄」の物語。
ロシア軍の「掃討作戦」とは、テロリストを捜索するものではなく、単にそこらへんのチェチェン人の男性を誘拐して、残された家族に身代金を請求するための代物。もし、期限まで身代金が払えなければ即刻処刑し、さらに死体引き取り代金として、もっと高い金額を遺族に請求します。それはチェチェン人が葬式を重用視する民族であることを知るが故に。
その他、日常的に行われている虐殺、拷問やレイプなどでで、物理的にも精神的にも荒れ果てたチェチェン。
それらの蛮行が、占領軍であるのみならず、本来は味方であるべきチェチェン政府や独立を目指すチェチェン人武装勢力によっても行われているのが救いがなさ過ぎです。
2004年5月9日に爆弾テロで暗殺されたチェチェン大統領カディーロフがどういう人物か、その経歴や本人へのインタビューで説明されており、「こりゃ、暗殺されて当然の人物だ」と思い切り納得してしまったり。
そもそも、マスコミでは報じられない「第3勢力」が多数誕生して、ロシア側に付いたり、テロリスト側に付いたりで混乱状態です。
それと、チェチェンは一応イスラム教徒ですが、土着信仰が混ざり合った緩やかなイスラム教を信仰しており、テロ支援に来ているアラブからの義勇兵が信仰して広めようとしている厳しい戒律のワッハーブ派とは相容れません。
一般のチェチェン人たちはワッハーブ派のことを「戦争をもたらした奴ら」として嫌っていますが、この絶望的な状況の中で、宗教的にも混乱が起こり、息子達がワッハーブ派に熱中しているとして勘当する父親や、ワッハーブ派でない不純なイスラム教を信仰しているとして父親を否定する息子達などの悲劇が生まれてきています。
あと、チェチェンで尊敬を集めているムッラー(イスラム教聖職者)の1人がドイツ人で、第二次大戦でソ連軍の捕虜になりチェチェンで強制労働をさせられているうちに、現地の女性と結婚してイスラム教に改宗した人物だというのは驚きでした。
チェチェン駐留ロシア軍の内部腐敗も無茶苦茶なもので、プーチン大統領の特使としてチェチェンでのロシア連邦軍の犯罪行為を調査しにきた中将の一行に、「何故か」警備が付かず、全軍厳戒中だった筈なのに「何故か」警戒の目を逃れた「対空ミサイルを持ったチェチェン人テロリスト」が突然現れて、中将の乗るヘリコプターを撃墜したりしてます。
その他、暴力依存・アルコール依存に陥るロシア軍将兵、味方の銃弾で殺される兵士達や、あまりにも豪快であからさますぎる物資の横流し行為など読んでて唖然とすることばかり。
といっても、ただロシア側の人間を非難するばかりではなく、FSB(連邦保安局、旧ソ連のKGBの後継組織)、ロシア連邦軍側でも、立派な行いをした人物達は褒めています。
ただ、そういう立派なタイプの人間が現在のロシアでどんなに冷遇されているかが書かれて、さらなる絶望を覚えることになりますが。
あと、どうもこの本に登場して証言を行った人たちの多くが、既にこの世に存在しないらしいです。
ロシア軍もテロリスト側も、マスコミに接触したチェチェン人やロシア軍兵士を問答無用で消しているそうですので。
あえて、悪い言葉を使わせて貰うと、この本は「プロパガンダ本」として非常に優秀です。
戦争関連本をそれなりに読んでいて、悲惨な描写にも慣れている私でも、読んでいて泣きたくなったり激しい怒りを覚えましたから。
特に怒りを覚えたのが、著者が近くのロシア軍に頼んで、1人の老婆を救った事件に対して、ロシア連邦軍北コーカサス軍管区司令官のゲンナジー・トローシェフが吐いた言葉(P222〜223)。
マジで、私はこいつは地獄の火の中に叩き込まれるべき人間だと激しく殺意を抱きましたよ。
最近、北オセチア共和国でチェチェン勢力による旅客機爆破や学校占拠事件が起こって、多数の死傷者が出ましたが、この本で取り上げられているチェチェン人への扱いを読むと、
「テロリズムを起こさない方がおかしい!」
と思えてきます。
かと言って、テロリスト側もチェチェン人の支持を受けているわけでは無いですけど、このままでは、この本に取り上げられているチェチェンの子供達の叫びのように、一般人のチェチェン人をテロリストの側に追い込んでいるだけです。
現在、この学校占拠事件を理由として、チェチェン全土で大々的な「掃討作戦」が行われ、チェチェンがこれまで以上の「この世の地獄」と化していることは確実でしょう。
その死者は既に学校占拠事件の死者数を絶対に越えているんでしょうね。
この本は、「戦争の悲惨さ、やるせなさ」を描いた本としては、日本語訳の良さもあり、1級品かと思います。
読んだ人は、どんな人間でも、どうしようも無い怒りと悲しみを受けることでしょう。しかも、それが未だ現在進行形で続いていることと、この問題がどう考えてもすぐには解決しそうもないことに。
少なくとも、普通のメディアで報じられているチェチェン関係のニュースは全く信用できなくなります。