彗星夜襲隊 特攻拒否の異色集団 (2003.12.2 追加)
渡辺洋二 著 光人社NF文庫
初版発行 2003年12月18日 定価 本体686円+税
ISBN4-7698-2404-1
大戦末期の沖縄戦で全軍特攻に傾く中、上層部からの特攻圧力及び当時の「空気」にも関わらず、ひたすら通常攻撃で戦果を上げ続け、終戦のその日まで戦い抜いた芙蓉部隊の戦記です。
平成9年に朝日ソノラマから刊行された「『彗星』夜襲隊」の加筆改訂版になります。
まず、この本は最貧部隊や末期戦が好きな方には必読の書だと思います。
何たって、いきなり本の最初が昭和20年1月のフィリピンで、後の芙蓉部隊基幹人員の脱出シーンだったり、部隊編成しようと思ったら、設備の整っている既設の基地から追い出されて、自分達の基地を確保するために隊長が自ら零戦を操縦して空いている場末の基地を訪ね回らなければならなかたり、機材が無いので当時故障多発で余り物になっていた彗星液冷エンジンタイプを全国から貰い受けたり、そういう戦争末期のドタバタばかりですから。
ただ、悲惨な状況でも泣き言を言わずに、諦めずにその場で考えて最善の手段を取る、という事をきちんと実行していくので気持ちは良いです。
昭和20年時点の海軍戦法は特攻に思考が硬直化してますから、それと比較して暗澹とさせられますね。
特に「オレには航空のことは判らんから」と航空隊司令の代理として出席することになった会議で芙蓉部隊指揮官の美濃部正少佐は、会議での最下級者なのに、まだ訓練中のパイロットを乗せた練習機(通称:赤トンボ)を特攻機に仕立てて敵機動部隊に突っ込ませようとする海軍上層部に、
「赤トンボまで出して成算があるというなら、ここにいらっしゃる方々がそれに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦1機で全部撃ち落としてみせます」
とタンカを切って特攻を拒否しました。
既に根回しも済んで、方針が全軍特攻でまとまっていた筈の会議が代理として来た最下級者の発言でブチ壊れてしまった、そのときの参加者一同のしらけきった状態が目に浮かぶようです(笑)
そういう場合の会議の結論というのは、それでも会議自体は根回し通りに進ませて貰うが、会議をぶちこわした発言者は自分の発言に責任を持つように、となることが多いですから、練習機も含めた全軍特攻は決定し、芙蓉部隊は特攻を免除されたかわりにその実績を示すこととなりました。
そして、終戦まで芙蓉部隊は上層部に特攻を強制されないぐらいの実績を上げ続けることになります。
芙蓉部隊の編成はフィリピン戦で壊滅し装備を失った3つの航空部隊(元は夜間戦闘機<月光>装備)を基幹にし、水上機搭乗員を補充人員として転科させた寄せ集め部隊で、この寄せ集め部隊が一つの部隊としてまとまっている唯一の理由は、指揮官の美濃部少佐のリーダーシップによるものです。
書類上での部隊指揮系統も、戦争末期の混乱を反映して複雑で無茶苦茶で、実際には指揮官であり部隊の名付け親でもある美濃部少佐の私兵的存在となって部隊行動を行い、最終的には軍上層部からも第3航空艦隊所属「芙蓉部隊」として認められてしまいました。
普通は、どんな異名を持つ部隊でも、例えば「剣部隊」が343空だったりで、元のナンバリングされた正式部隊名が存在するものですが、この部隊の場合、単に「芙蓉部隊」としか呼べません。
「銀河英雄伝説」における自由惑星同盟「ヤン艦隊」のような部隊、といえば判る方は判るでしょう。
装備は零戦末期タイプと他の部隊で扱えない彗星液冷型で、主要搭載兵器は28号ロケット爆弾と31号光電管爆弾、あとは3号対空爆弾とかタ弾(対戦車&対飛行場用クラスター爆弾)とか飛行場攻撃用25番(250キロ)時限爆弾とか反跳爆撃用の3式25番8号爆弾とか、本当に日本軍か? と思えるような特殊兵器ばかり。
これらの妙な装備は、全国の航空廠から余剰品をかき集めたようです。
1945年当時、海軍航空隊の大部分を占めるまでになっていた特攻中心の部隊では整備能力が無くて扱えなかったので、集める際の抵抗もそれほど無かったようです。
あと、前線基地の岩川(鹿児島県)と後方基地の藤枝(静岡県)の2つの基地を持ち、連日の疲労で消耗した搭乗員を後方の藤枝に下げて休養させ、かわりに後方の藤枝から人員を補充する、という疲労しても休養出来ずに死ぬまで戦い続けるのが通例の日本軍航空部隊とは一線を画しています。
きちんとローテーションを組んで休養や訓練を行っているなんて、まるでアメリカ軍の航空部隊のようです。
それと大戦末期でありながら、その整備能力の優秀さで驚異的な稼働率を誇っており、さらに燃料割り当てが他の部隊と同じくらい(1人あたり燃料割り当てが月飛行時間15時間分)でありながら、訓練のやり方を工夫することにより、他の部隊とは比べモノにならない練度を持ちました。
いくら末期であっても、特攻という安易な方向に流れず、思考停止せずに頑張ればこれだけのことが出来たことを示してますね。
しかし、この「芙蓉部隊」という部隊は、その大活躍の割に架空戦記では全く出てこない部隊でもあります。
少なくとも私がこれまで読んだ架空戦記で、美濃部正少佐と芙蓉部隊を大活躍させているのは知りません。
同時期に活躍してた源田実率いる紫電改装備の343空とか野中五郎率いる桜花装備の神雷部隊とかは、架空戦記によく出てくるのですけど。
その取り上げられない理由は、多分この芙蓉部隊が何事においても「異例」ばかりの部隊なので、架空戦記でも取り上げるのが難しいからでしょう。
まず、部隊についてまとめて説明すると、
「部隊が存在したのは1944年12月から1945年8月までの短期間」
「書類上は夜間戦闘機部隊だが、装備は零戦末期型と余り物の艦上爆撃機。搭乗員は水上機からの転科者中心で、実際にやっている任務は通常攻撃による夜間地上・対艦襲撃」
「芙蓉部隊は書類上、戦闘第804・第812・第901飛行隊によって編成されているが、直接の上部組織は121空と関東空の二重体制で、そのどちらも運営に関与せず、『指揮官』とだけ呼ばれる美濃部正少佐が全てを管理している。しかし、美濃部少佐の芙蓉部隊に対する指揮権も書類上では曖昧」
「他の部隊が扱っていることが少ない特殊兵器を全国からかき集めて運用」
「独自の前線基地(岩川)と後方基地(藤枝)を持ち、ローテーションなんて存在せず持ち場で死ぬまで勤務するしか無かった当時の日本航空部隊において、自前の訓練部隊を持ち、前線で疲労した搭乗員は後方基地で休養&新人への教育をやっていた」
なんて感じになり、しかもこの「海軍航空隊の中の独立空軍」というべき組織を運用しているのが若干29歳の少佐という事実です。
もし、芙蓉部隊を一言で表現するなら「美濃部正少佐の私兵航空隊」としか言いようがありません。
一応、リアリティが必要とされる架空戦記で、こんな訳の分からない設定の部隊を出したら、逆にトンデモ扱いされてしまいます。
まさに「事実は小説より奇なり」を地で行ってますね。