馮道―乱世の宰相 (2004.6.21追加)
著 砺波護 中公文庫BIBLIO
初版発行 2003年10月25日 定価 本体1095円+税
ISBN4-12-204282-8
馮道(ふうどう)、字は可道(872生〜954没)
日本では全然知られていないこの人物は、中国で唐王朝が滅亡し、宋王朝が再び中国大陸を統一するまでの大戦乱時代「五代十国時代」において、中小地主の家に生まれながらも、その才能と人柄を買われ、華北で興亡を繰り返した5つの王朝(後梁、後唐、後晋、後漢、後周)、8姓11人の皇帝(後唐王朝4代は全て養子間の相続で、皇帝全員本姓が違うため王朝の数と姓は合いません)に宰相として仕え、さらに一時期、後晋を滅ぼして華北を占領していた遊牧民王朝の遼にさえ、宰相扱いで迎えられていた凄い人物です。
君主への忠誠心を重視する後代の中国人には、君主に忠誠を誓わず次々と主人を変えた破廉恥漢と評されることの多いこの馮道ですが、この本では、君主ではなく国に忠誠を誓って民を救おうとした現実主義者として彼のことを書いています。
ただ、馮道の「運の強さ」自体も並みではなく、後晋は北方の遊牧民帝国遼に燕雲十六州(今の北京周辺)の領土割譲及び多大な財物、今後は遼を親と崇めて貢物を毎年納めることを条件に精兵を借りて、後唐を滅ぼして成立したのですが、滅亡寸前の後唐では閑職に左遷されていたため後晋で宰相に返り咲いた馮道は、後晋生え抜きの人物では無かったため、誰も行きたがらない遼への外交使者として送られます。
しかし、その地で遼の皇帝に気に入られてしまい、是非部下へなってくれとの懇願を振り切って帰国。
帰国後、後晋の二代皇帝少帝の擁立に功あるも、また左遷されて地方に飛ばされてしまいますが、そのおかげで後晋の条約違反に怒った遼が後晋を滅亡させたときの戦乱に巻き込まれずに済み、以前から馮道を気に入っていた遼の皇帝に宰相待遇で迎えられます。
その後、遼は漢民族のゲリラ戦に耐えかねて、北方の本拠地に撤退することとなり、その際馮道たちも一緒に虜囚として連行されそうになりますが、中途で虜囚の漢民族によるクーデターが起こって無事故国に帰還。
そのクーデター成功に決定的な役割を果たした功績を持って、遼において宰相扱いされていたにも関わらず、後晋の後継王朝な後漢においても再び宰相の地位に付きます。
さらに後漢成立の4年後、クーデターにより後漢が滅亡し後周が成立するのですが、その建国にも多大な貢献をなし、後周でも宰相の地位を占めるなんて、冗談みたいな展開なんですけど。
そして、馮道の一番凄いのは こんなに数多くの王朝に仕えながらも、自分の道を押し通し、自分の力が及ぶ限り、民のために尽くしている事です。
そして、自分が民衆をそれほど救えなかったことも自覚している徹底的な現実主義者でもあります。
性格もかなり温厚でユーモアに富んでいて、周りの人を和やかに出来る人柄だったようです。
結局、乱世に置いて現実的に民衆を救えるのは、耳当たりの良い理想的な美辞麗句を並べる善人(原理主義者)ではなく、馮道のように汚名を被りつつも、その場での最善の手段を可能な限り実行していく悪人(現実主義者)なんですよね。
あと、五代十国という時代自体、日本ではほとんど知られていないので、その時代についても色々と知ることが出来る本です(ただし、華北地方に限りますが)