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いのちの「土台」を豊かなものに

『性と生の教育』28.2000.5

学びの内容と人間関係づくり

 いのちの「土台」を豊かなものに……これが,わたしの教育実践の中心テーマです。言葉通りになかなかうまくは進んでくれませんが,子どもたちのいのちを支える「土台」を豊かに太らせ,みんなが輝けるような学級や授業を創り出していきたいと考えています。
 ところでわたしは,このいのちの「土台」というものを,現在次の二つの側面から捉えています。まず一つは,自分と他(人・もの・こと…)とのつながりという側面です。一人ひとりの「いのち」は,他と切り離されて単独に存在するわけではありません。人と人との関係であれば,親子関係やきょうだい関係,子どもと教師との関係,学級集団内の仲間関係等が存在します。学級という場では,子どもたち一人ひとりがどのような仲間とつながり,その関係に支えられているかということが,そのあり方にとって決定的に重要です。この説明のために,「いじめ」問題を取り上げる必要はないでしょう。
 もう一つ。「いのち」は,そこに個として存在しているただそれだけで(無条件に)価値を持つものです。しかし,これを前提のうえで,そのいのちが主体的ないのちとしてより輝いていくためには,子どもたち一人ひとりに「いのち」に関わる感性的体験や科学的認識が,豊富に蓄えられていることが条件になると思うのです。もうひとつの「土台」がこの側面です。
「個性」とか「心の教育」といった美しい文言の陰で,どの子にも共通に学び取らせなくてはならない内容が曖昧にされ,学べば学ぶほど子どもたちがバラバラにされてしまう現実を前にするとき,わたしたちは,この二つのことをもう一度はっきりと意識し,実践を展開していかねばならないのではないでしょうか。
 したがって,わたしは,子どもたちのいのちの「土台」を豊かにするために,
 ○学ぶ中身・経験する中身を,より豊かで確かなものにする(豊かな学びの組織)
 ○人と人との関係を中心とした,様々な「関係」を豊かなものにする(関係づくり)
という二つを基本的視点としながら,一年をかけて総合的に実践を進めていきたいと思っています。

「性交」を学ぶ価値 …関係づくりという視点から

 さて,本誌でも特集が組まれているように,「性交」は性教育を進めていく上で避けては通れない,否,それを抜きには考えられない重要なテーマです。子どもたちの側に立って性教育を進めようとすればするほど,それに近づいていきます。なぜなら,「わたしは,どうやって生まれ,なぜここにいるのか?」という「いのちの誕生」に関する秘密が,子どもたちの一番解き明かしたい謎であり,彼らにとって最大の関心事だからです。
 にもかかわらず,「性交」がなかなか子どもたちに語られていないという残念な現実があります。これについては,他の論稿でも触れられると思いますので深入りは控えますが,少なくともその理由の一つとして,「性交」を語ることで成立する「子どもたちとの新しい世界」が,教師自身に経験されていない・見えていないということが挙げられるのではないかと思われます。
 わたしは,「性交」というテーマには,生殖やふれあいを中心とするいくつかの教育内容的価値とあわせて,それが実際に子どもたちの学習内容となることによってはじめて付加されるいくつかの大切な価値があると捉えています。それらは,次のような「関係づくり」につながる価値です。

 ○子ども同士の関係…自分たちの存在証明を手に入れ,仲間とつながりあえる(連帯感)

 ○子どもと教師の関係…なかなか言いにくい質問でも,本音で語り,学べる(信頼感)

 ○子どもと親の関係…なかなか触れたくないテーマを,親子の話題にできる(安心感)

 忘れもしません。初めて性教育に取り組み,「性交」について語ったときの子どもたちの真剣な顔を。それ以来,毎回そういう子どもたちの顔に出会ってきました。「性交」とは,彼らにとってそれほど魅力的なテーマなのです。教師が,「性交」を語ることから逃げるなんてもったいない。子どもたちを変える最も大きなチャンスを,自ら放棄しているようなものだとさえ思います。
 もちろん,「性交」を語りさえすれば,こういう関係が直ちにできあがるわけではありません。それを語るまでの過程や,その後の取り組みがやはり大切であることは当然のことです。

小学二年生「いのちの学習」の全体像

 それでは,以上のような考え方にもとづいて展開した,98年度の二年生(女子五名+男子四名)の実践を紹介することにします。

(1)子どもたちの実態と全体目標
 子どもたちとの出合いと同時に,彼らの実態を探ることが始まります。久しぶりの低学年担任ということで,いきなり疲労困憊の毎日が始まりました。「これが,ひょっとして低学年からの学級崩壊か?」と不安になりながら,四月段階で把握した子どもたちの実態は,次のようなものでした。

 ○プラスの側面として…九人という少人数とはまったく反対の多様で強力な「個性」的集団である/あらゆることに積極的に取り組もうとする構えがある/男女分け隔てなくとても仲がよい

 ○マイナスの側面として…厳しすぎる言葉かけなど,人間関係が非常にとげとげしい/他人がほめられることを素直に喜べない・喜びたくない関係がある/生活背景に,とても大きな不安を背負っている子がいる

 こうした実態からまず考えたことは,子どもたちの自己中心的な言葉や行動をすぐに否定的に受けとめ指導の対象とするのではなく,それぞれの個性が十分に発揮されるような学習活動を意図的に組織し,その中で起こる個と個の意味のあるぶつかり合いを捉えて,子どもたちに考えさせ,少しずつやわらかい「関係」を築いていこうということです。
 そのために,まず低学年の特性を踏まえた上で,森の中でねころんだり,雨の中でどろんこ遊びをしたり,からだとからだでぶつかり合ったりする体験や活動を組織して,自分の「いのち」を十分に味わわせるところから出発することにしました。それを下地に,科学的なからだや性の学習を行い,自分と友だちとの「いのち」を客観的に捉える力が育てられたら…。わたしは,次の二つの目標を立て,取り組みを始めることにしました。

 ●自然や友だちとの関わりの中で,自分の「からだ」や「いのち」を実感させる。

 ●からだや性,死について学び,自他のからだや性を科学的に見つめることができるようにする。

(2)実践の柱と経過の概要
98年度実践の経過
実 践 テ ー マ 等
※子どもたちとの関わりの中から
 課題を探り,目標と大まかな計
 画を立てる。
○おしっこの学習(検尿から)
○自然の中でいのちを感じる
・森の中で(生活科)
・雨の中で(生活科)
・水の中で(水泳学習)
・からだとからだで(体育・遊び)
○からだの学習〜その一(生活他)
・昆虫のからだのつくりとくらし
・「いのちの音」を聞いてみよう
・からだについての「?」さがし
○いのちの誕生(学活)
・お母さんのおなかの中で
・わたしたちはどこからきたか
○「死」から学ぶ(道徳他)
・わたしが経験した「死」
・オクラの一生から学ぶ
・種村エイ子さんの特別授業
□民舞(春駒・花笠音頭)
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12
○からだの学習〜その二(学活)
・男女の性器を描いてみよう
・男の子と女の子のからだ
・おちんちんの話〜プライベート
 ゾーンの学習
○「いのちのじてん」作り(生活)
・調べ学習
・まとめと発表会
・いのちの学習,一年間のまとめ
 表は,98年度実践の経過の概要です。ここに示したように,子どもたちは,生活科や体育科,道徳,学級活動等において,一年間を通して継続的に「いのち」の学習を進めていきました。実践テーマを並べただけでは,内容が不明確だったり,順序性が理解されなかったりすると思いますが,学校の教育課程との関連を図りながら,子どもの意識のつながりを第一に考え,つぎの五つの柱を立てて展開していきました。

 @自然との関わりから自分の「いのち」を感じ取る(一学期)…子どもたちに「自然」 をたっぷりと味わわせる。周りにある植物や土,光や雨が季節とともにある現実にふれ,それとの関わりの中で自分の「いのち」を感じ取らせる。

 Aからだに目を向け「いのち」を学ぶ(十・一月)…「いのち」の宿る場としてのからだ。いのちを実感させるために,こうしたからだの具体的な様子やあたたかさ,感触などを十分に味わわせていく。

 B身体活動を通して学ぶ(体育学習等)…からだの動きの合理性を,科学的に学び取らせる。そのために,「わかる―できる」過程を重視した考える体育学習を組織する。また,グループ学習を通して,集団で取り組むおもしろさや価値に触れさせる。

 C性とからだを科学的に学ぶ(二・三学期)…いのちの感性的理解は,それを科学的な学習で補完することによって理性的な認識にまで高められる。性教育を中心とする性とからだの科学的な学習によって進める。

 D「死」を学ぶ〜デス・エデュケーション(十二月)…子どもたちにとって,「死」は決して遠い存在ではない。生そのものが,実は「死」と表裏の関係としてあるのだ。死を語ることは,決して恐怖心をあおり「死後の世界」を語ることではない。子どもたちとともに,「どう生きていくか」を考えていく。

「わたしたちはどこからきたか?」(性交)の授業

 自分の「いのち」を,からだで感じとるということに重点をおいた一学期。それを踏まえて,いよいよ二学期からは,からだ自体を学習の対象としていきました。ここに紹介した学級通信は,「いのちの音を聞いてみよう」の学習の様子を伝えたものです(略)。こうした学習は,思春期に入ってからではおそらく成立しないでしょう。低学年の子どもたちだからこそ,友だちのお腹の音もたのしく聴いてしまえるのです。友だちのからだに直接耳を当て,からだのぬくもりを感じることで,彼らのからだへの興味と関心はどんどんふくらんでいきました。そして,そのからだのはじまり,「いのちの誕生」の学習へとつながっていったのです。
先程も述べたように,「いのちの誕生」とは,子どもたちの最も知りたいテーマです。そして,これには二つの意味が込められています。一つは,お母さんのお腹の中で育った赤ちゃんが,いったいどこから出てきたのかということ。そして,もう一つが,そもそもお母さんのお腹の中にいる赤ちゃん自身が,どこからきたのか(どうやってできたか)ということです。本実践においては,この二つを「お母さんのおなかの中で」と「わたしたちはどこからきたか?」というテーマとして位置づけました。
 まず,「お母さんのおなかの中で」の学習を,親子学習という形で授業参観日に実施しました。へその緒を流れる血液や胎児の心音,胎便などを材料に,胎児自身の主体的ないのちについて重点をおき,胎児の成長および出産がお母さんと胎児との共同作業として成り立つということを学びました。
 翌日,一緒に学んだお母さんたちからは,好意的な感想文がたくさん届きました。そのうちの一つを紹介しておきましょう。こうやって,親子関係をも見つめ直せるのですね。

「三人の子どもをうんだのに,生命のことわかってないと実感。胎盤についてわざわざ説明してくださったのに,血液のことまで見抜けなかった。胎児は,自分の血液をへその緒に送って,栄養をもらっていたんですね。胎児のはやい心音をテープで聞いて,分べん室に入ったときのことを思い出しました。間かくが短くなる陣痛,看護婦さんの声に合わせていきんでもなかなかうまれなかったこと,大役を果たして病院のベッドから見た秋空(二女のとき)の青くて高かったこと…。それにしても,洗たくをさぼって,わが子が体育服を忘れるようでは,母親失格だなあ。今を大事にしよう。」

 続いて,「わたしたちはどこからきたか?」の学習です。前時の学習を終えての感想文で,さっそく彩花さんは,「赤ちゃんをうむお母さんは,いきなり『うっ』といたくなって,赤ちゃんができるのですか?」と,新しい疑問を書いてくれました。他の子どもたちの意識も,そもそもお母さんのお腹の中に,いのちがどうやってできたのかということに向かいました。
 わたしが,性教育の授業において特に配慮していることが,こうした子どもたちの意識の連続性ということです。ともすれば性教育は,知っている者(教師)から知らない者(子ども)への一方通行的な知識の伝達に陥りやすいという側面を持っています。したがって,子どもたちの主体的な学習を保障していくためには,テーマ(単元)や授業(1単位時間)における子どもの意識がどのようにつながっているかということに注意が払われなければならないと考えます。
 本時の流れは学習指導案に示した通りですが,ここでは彩花さんの感想文を出発にして,生殖という視点からの「性交」を,人間のからだのつくりや生きている環境から考えたり,他の生き物と比べたりすることで語っていきました。もちろん,教師からの一方的な説明にならないよう,発問によって子どもたちの考えを引き出しながら,最も合理的な方法をみんなで見つけていきました。
学習指導案  わたしたちはどこからきたか?
(1)本時のねらい
・お母さんのお腹の中のいのち(自分たちのいのち)は,「性交」という精子と卵子を出合わせる最も合理的な方法でできたことを知る。
(2)展開
過程 ねらい・学習内容 主な学習活動 資料・留意点等






・雰囲気作り
・意欲付け





・学習問題の明確
 化と共有


1.タイムマシンゲームをする。
 ○からだをどんどん小さくしてみよう。
〈今→1年生の頃→幼稚園・保育園の頃→赤ちゃんの頃→生まれる前→その前は?〉


2.学習問題をつくる。
 わたしたちの「いのち」は,いったいどうやってできたのだろうか?

・教師の合図で段階的にさかの ぼりながら,からだを小さくしていき,自分たちの「いのちの始まり」について意識を向けさせる。


・問題に関連する子どもの疑問 〜「赤ちゃんを産むお母さんは,いきなり『うっ』といたくなって,赤ちゃんができるんですか?」(彩花)












・いのちのもと(受精卵)
・精子
・卵子
・合体(受精)


・卵巣
・精巣

・性交
3.学習問題について考える。

@学習問題について知っていることを発表する。

Aいのちのもと(受精卵)について知る。
  卵子 
      合体(受精)→いのちのもと
  精子           (受精卵)

B精子と卵子はどこでできるか?
  卵子…卵巣…女のからだ
  精子…精巣…男のからだ

C別々のからだにあった精子と卵子がどうやって1つになるのか?
・これまでの学習から予想されること,知っていることを発表させる。

・受精卵(図や写真)
・精子(図や写真)
・卵子(図や写真)
・それぞれの大きさ,数も具体的に量として実感させる。

・女性内性器図
・男性内性器図

・最も合理的で,確実な方法という視点から考えさせる。
・他の生き物の生殖
・性交の図



・学習のまとめと新しい学習課題の設定 4.Q&Aコーナー。

5.感想文を書き,学習のまとめをする。
・本時の学習内容に関わること は解決し,次の学習につながることは,課題として残すようにする。
・授業後,学級通信発行。

おわりに

 この「性交」の授業に続いて,子どもたちは「死」や「からだ」(プライベートゾーン)について学び,一年間のまとめとして「いのちのじてん」づくりに取り組みました。子どもたちのいのちの「土台」が,いったいどれだけ豊かなものになったのか自信はありませんが,少なくとも四月の段階でみられたような自己中心的な姿やとげとげしい関係は,しだいになくなっていったように思います。「性交」を語ることが,子どもたちを中心とする人と人との関係を,より豊かなものへと変えてくれたのではなでしょうか。
 最後に,一年間の学習を終えて書いた和洋さんの一言を紹介して終わりたいと思います。

「いのちは,お金じゃ買えない。地きゅうには,いのちは何こもあるけど,自分のいのちは一こしかありません。いのちの大せつさをずっとずっとわかっていきたいです。」