ずっと最終巻だけ手に入れられずにいた作品なのですが、この前
あることがきっかけで、ネット上のデータ販売で買える事を知り、買ってようやく読めました。良い時代になったものです。
マルキタという文房具メーカーに勤める宮本浩という営業職のサラリーマンが主人公の漫画です。一流企業に勤めてるわけでもなく、平均的なサラリーマンの宮本が、自身の無力さや、社会人としての常識、道徳に負けずに、我を通していく様子が、暑苦しくも痛快で、それがこの漫画の魅力なのだと思います。また、我を通した結果が、
必ずしも宮本の成功では終わらないという現実的な部分が個人的に好きです。
色々な人に、特に僕と同じサラリーマンに薦めたくなるような名作だと思いますが、
ただしそれも7巻まで。
8巻以降の例のあれが有名で、それをきっかけにしてこの作品を知った人も多いとは思いますが、
あれが人に薦めづらい理由になっているのも事実。
以下
それも含めてストーリー順に感想を。
■甲田美紗子との恋愛話
この漫画の最初にあるのは宮本の恋愛に関するお話。朝の通勤電車で見かける甲田美紗子(その時は名前も知らない)に好意を抱いた宮本が、なんとか話し掛けようと試みるところから始まり、
「僕の!!名前は!!宮本浩です 僕と!!朝は!!話!!したいです」
といういっぱいいっぱいな告白を経て、通勤中に話が出来るようになり、そこから色々話が展開していくといった感じです。
宮本の恋愛感は、割とというかかなり硬派ですが、反対に軟派な同僚の田島というキャラを立てたりして、宮本の信念が揺らぐ様子が描かれる所なんかがいいと思う。宮本、田島、甲田美紗子を含む3対3で合コンすることになり、それを知った上司にゴムを渡された宮本が、
「俺彼女とはそんなんじゃないですから」と口では言いつつも、半ダースのゴムを持参しながら悪びれずにやって来た田島を見て、
「田島がまぶしかった」と独白するあたりとか、そういう人間臭い描写が好きなんです。
宮本の中には恋愛とはこうあるべきという信念があるものの、実際に事にあたった時、特にうまくいっていないときに、信念とは真逆の、こうするべきではないと思っている行動に出てしまう様子だとか、見ていて痛々しく、2人の関係の結末はそれの最たる物なんだけど、その必死さとかっこわるさに、大きく心を打たれる所があります。総じて、特にオチの着け方が良く、このパートはかなり面白かったです。
■コクヨンとの競合
恋の次は仕事といった感じで競合の話が描かれる、このパートが1番面白いと思う。
| マルキタ | コクヨン | 文具メーカ |
| ↓ | ↓ |
| ハタダ | 問屋 |
| ↓ |
| ワカムラ文具 |
| ↓ |
| 大東製薬 | エンドユーザー |
上のようなルートで仕事の依頼があり、文具メーカーを、宮本が勤めるマルキタと、業界最大手のコクヨンのどちらを採用するか競合するといったお話。
大手のコクヨンの方が、納期、コスト面では有利であり、さらにコクヨンの担当者、益戸は、間に入っているワカムラ文具に取り入っていて、宮本は、営業能力が神懸かっている先輩、神保とともにこの仕事に当たるとはいえ、相当不利な戦いを強いられます。相手の汚い手もあって、もう無理してこの仕事を取りにいくのは、会社的に見て間違いであり、あきらめるべきだという所まで追い込まれるのですが、宮本だけが納得できずに、協力をつのり、周囲を発奮させながら、戦いつづけることになります。
自分の無力さを思い知らされながらも、あがき続ける宮本の不恰好さが良い。最後の最後で、ワカムラ文具の担当島貫に、見積書を書いてもらえないという段になって、
宮本が300mに渡り土下座しながら島貫を追いかけるシーンはその最たるもの。プライドがどうとかはもはやどうでもよくて、サラリーマンとしての底意地を見せる宮本が清清しくて、こんなにすかっとする土下座シーンは、漫画に限らず見たことが無い。「土下座?不様だなー」みたいな、通常つきまとう感覚を吹っ切っていてかなりの名シーンだと思う。
とはいえ、コクヨンと同じ戦いの舞台に上がるだけでも、そんな宮本の個人プレーだけではどうにもならなくて、多くの人達に、相当な無理を言って協力してもらうことになります。後は結果の報告を待つだけという段になって、宮本がその事を思い返し、「この仕事が取れなかったら、みんなに骨を折らせただけになってしまう」と後悔したりするのですが、それに対する、先輩、神保の発言が良い。
「信じた奴が傷付くリスク背負うのは覚悟の上だろ」
「きれい事言うなよ お前を認めた人間はお前に焼かれようが食われようが文句言う筋合いどこにもねえよ」(4巻p.207より)
至言だと思う。きれいごとではない、信じるという行為の一つの側面が見えて、こういう現実的な描写が好きです。新井作品に名言が多いのは、デビュー作からそうだったんですね。
競合の結果と、その電話を受けた時の宮本の対応は、新井英樹さんらしくて最高だと思う。個人的には。
■例のあれ
コクヨンとの競合が終わってからは、中野靖子と宮本が付き合うことになったりしながら、物語は進むのですが、8巻からはかなり衝撃的な展開に突入します。以下は
ネタバレになりますがそのことについて。
衝撃的な展開というのは、ヒロインの中野靖子がレイプされるというもの。それまでの熱血サラリーマンストーリーからは
逸脱した展開であり、泥酔して眠りこけている宮本のすぐ横でそれが行われるという
最悪なシチュエーションであり、
連載100回記念の回にそれを描いているのです。その後に、
靖子が宮本のか元彼のか分からない子を妊娠してると判明するなど、作者の意地の悪さがこれでもかというくらいに発揮されています。レイプの回については賛否両論ではなく、否定的な反応しかなく、連載時には人気ががた落ちしたらしいです。
個人的に、バイオレンスを演出する為だけだったり、読者の目を惹く為だけに、必然性も無くレイプを描くのは不快で嫌いです。小説になりますが、伊坂幸太郎さんの
「重力ピエロ」等は、半分しか血の繋がらない兄弟、血の繋がらない父子の連続性を描く為に、母親が強姦されたときできた子を産むという設定になっていて、こういった作品はありだと思いますし、
「重力ピエロ」はかなり好きな作品です。
対してこの「宮本から君へ」におけるレイプの描写はどうなのかと言えば、正直よくわからないのですが、取り合えず、感じる不快感はかなりのものであり、インタビューなどを読むと、作者は、否定的な反応しかなく抗議の嵐だった事を指して、「それが面白いと思った」と言っているようで、少なくとも人気を得る為に描いたわけではなくて、作者の思い通りの結果にはなったようです。
レイプ犯の真淵拓馬は、元ラグビー選手で、巨体で運動神経も良く、頭も良いというキャラ。その強大な敵に、宮本は、一度はぶちのめされながらも、喧嘩で復讐を果たします。
宮本が復讐を果たす喧嘩のシーンは、確かにすごい迫力と爽快感があります。ぼこぼこにした拓馬を連れて、靖子のもとを訪れ、靖子にあきれられながらも、次の啖呵を宮本がはくシーンでは、自分しか愛せない究極のエゴイスト、宮本の、1つの到達点が見えたような気もします。
「力を合わせるなんてケチケチしたこと言わねえ 俺がいれば十分だ」
「子供は俺の子俺こそがすげえ父親ら 大盤ぶるまいお前らまとめて幸せにしてやる」(11巻p.188,189より)
この一連の流れには大きなカタルシスがあり、これを描く為にレイプの描写は必要だと言われれば、納得できないでもないです。ここで終わっていたら、良い終わり方と言えたのかもしれませんが、その後の最終12巻で、結婚する事になった宮本と靖子が、強がりながらも、実は不安を抱えているということを描写するあたり、やはり意地の悪い作者だなあと思います。まあそういった部分も含めて、新井英樹さんの作品が好きなのですが。
これから読む方は8巻の前後では、まったく別の作品と考えて、覚悟しておいた方が良いかも知れませんね。最後に、最終巻での作者のコメントが奮っていたので、その一部を引用して終わります。
そしてその後・・・
宮本は靖子と子供と幸せに暮らしました
・・・・とさ!!
んな訳ねえです!!そりゃめでたいカン違いです!!
日々平穏の幸せに満足できるほど
宮本は淡白じゃねえです!!
(12巻巻末コメントより)