冨樫義博

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・レベルE

作者
冨樫義博
ジャンル
SF・連作短編
掲載誌
少年ジャンプ
出版社
集英社
刊行
全3巻
オススメ度
★★★★★
レベルE (Vol.1) (ジャンプ・コミックス)
感想とレビュー(2008/02/19作成)
小学生だった頃、幽遊白書をジャンプ誌上で、あるいはテレビアニメでリアルタイムに見ていた僕と同じ世代の人達にとって、冨樫先生は少し特別な存在なのではないかと思う。その王道から少しずれて毒気を孕んだ展開に、「ジャンプはやっぱり(ドラゴンボールよりも)幽遊白書が一番面白いよね」と思った読者も多かったのではないでしょうか。

その幽遊白書も、冨樫先生と編集者が喧嘩したと噂されるように、最後の方は強引な感じで終わってしまいます。そこで編集者が「なんとしても冨樫先生にまた描いてもらいたい」と思ったからなのかどうかはわかりませんが、この「レベルE」は、冨樫先生が描きたいように描かせてもらっていたような気がします。月一連載というのも好条件だと思いますし、オムニバス形式なので、連載作品にありがちな引き伸ばしもなく、冨樫先生が終わらせたい所で話を終わらせられる。何より「楽しんで描いているんだなー」というのが、作品を読んでて伝わってくる気がします。ハンターハンターとは違ったリアル路線な絵ですが、作画に手を抜いてないというのも、今にして思えばポイント高い。本気を出すと相当絵が上手いです。

天才・冨樫義博が、描きたいものを手抜きせず描いて面白くないはずがない、と個人的には思う。信者なので。

上でも書きましたが、この漫画はオムニバス形式で、「地球人の多くは気付いていないが、多くの宇宙人が存在し、地球にも既に入り込んでいた」というのが、共通する設定。各短編で、宇宙人と地球人が関わった出来事が描かれるSFストーリーです。シリアスな場面の他に、ギャグシーンも多く、どちらも面白いですし、バランスも良い。この作者特有の「毒気のあるブラックユーモア」的な部分は、他の作品よりも強いかも。

面白くないはずがない、と書きましたが、この漫画で特に魅力的なのはどこかといえば、「バカ王子」「緻密な設定」の2つがあると思います。


■バカ王子
ドグラ星の王子で、本名、バカ=キ=エル・ドグラ。通称バカ王子。なので『バカ王子』というのは『馬鹿王子』ということではなく、本名から来ている。のですが、この漫画に出てくる人達は内心では、やっぱり『馬鹿王子』という意味合いを込めて呼んでいると思う。この王子、性格が悪いので。極度の天才であり、極度に性格が悪いというキャラで、「民衆の支持を下げずにいかに苦しめられるか」というようなことばかり考えています。

「作者は自身を越えた天才キャラを描く事は出来ない。」というのは良く聞く話ですが、自分の中に無い物を描く事は出来ないということでしょう。だとすれば、「作者は自分以上に性格が悪いキャラを描く事は出来ない。」とも言えるかもしれない。性格が良い人が描く漫画にも性格の悪いキャラはでてくるでしょうが、やはりその描写のリアルさには違いがあると思いますし、厳密に言えば、「作者は自分以上に性格が悪いキャラをリアルに描く事はできない。」となるかもしれませんが。

冨樫先生は天才だと思う。だけど、性格は相当悪いと思う。想像だけど。でも、だからこそ、冨樫先生の描くバカ王子は、「極度の天才かつ極度に性格が悪い」という描くのが難しそうな設定を、成立させた魅力的なキャラになっていると思う。魅力的というのも、「読んでて、他のキャラがバカ王子に翻弄されてるのが楽しい」という意味で、決して知り合いにはなりたくないタイプですけど。

この漫画の最初のお話は、バカ王子が地球に墜落してくるお話。

「あいつの場合に限って常に最悪のケースを想定しろ 奴は必ずその少し斜め上を行く!!」

とは、王子を救出しにやってきた、ドグラ星護衛軍隊隊長、クラフトのセリフで、王子に近い人物だけあって、端的に王子の様子を表している。最初の話では、王子はこのセリフ通り、最悪の斜め上の事態を引き起こし、かつそこからさらに遠くに行った所にオチがつく。そのストーリー展開と、王子の行動がすごい。この話は、王子が中心になっていることもあってか、この漫画の中でも特に面白いと思います。

それぞれの短編では登場人物を変えて描かれていくのですが、この王子は大なり小なり話に絡むことが多く、ぞんぶんに性格の悪さを発揮した王子によって、ひどい目に会わされていく周りの人達の様子が面白すぎる。バカ王子の存在が、この漫画の面白さに大きく貢献していると思います。


■緻密な設定
SFストーリーを作る場合、世界観やキャラクターの設定については自由度が高いでしょうが、その分、それが面白くなるかどうかは、作者の力量にかかってくると思います。この漫画での宇宙人の設定などは、過度な位に緻密でリアリティーが感じられ、それが面白さにつながっていると思う。

以下ネタバレになりますが、「食人宇宙人の話」での例とかを。




この話は、修学旅行中に、4人の悪ガキ達が、同じ学年の女子が同じ学年の誰か(顔はわからない)に捕食されている(性的な比喩とかではなくて言葉どおりの意味で)場面を目撃してしまい、UMAの専門家に依頼したりしながら、その食人鬼の正体を探るというお話。

食人鬼の正体は、特定の女の子を食べたくなってしまう習性を持った宇宙人だった、というオチで、「欲求に負けて次の女の子を食べてしまったが、その事が悲しくて、口に血を付けながらも目に涙を溜めてる食人宇宙人の絵」がクライマックス。高い画力で描かれたこのシーンは、一枚絵としてだけみても相当な悲壮感が漂っていますが、作り込まれた緻密な設定によるリアリティーが、それをさらに助長している。

催眠術を使っての食人宇宙人の弟へのインタビューや、UMA専門家の推察を通して、食人宇宙人の生態や歴史が、作中で以下のように語られる。
  • オスがメスの排卵信号を探知して捕食し、体内で受精を行うタイプの生き物なのではないか。
  • 故郷の星では、太古、雨季と乾季が明確に分かれていて、その為乾季にオスがメスを捕食して体内受精し、体力のあるオスが卵を雨季まで守るという生物が誕生したのではないか。
  • その生物が恋愛感情や宗教観を持ってしまったのが悲劇の始まり。
  • 「見えない胃袋」と呼ばれる食人の欲求を、抑える薬があるがとても貴重。
  • その薬を巡って戦争が起こって、星が爆発してしまった為に、地球にやってきた。
仮に「なんか理由はわからないけど女の子を食べる宇宙人がいる」となってて、「そういうことになってるんだな」と思って読んでも、上述のクライマックスでは、悲しさを感じられると思う。でもやっぱり、故郷の星の太古の環境にまでさかのぼって、その宇宙人が存在して地球にやって来た必然性が語られているのといないのとでは、感じられる悲しさは段違いだと思う。「食べたくないのに、食べたくなってしまう」という理不尽さも、その宇宙人の存在に必然性があるのとないのとでは、大きく違う。


そんな感じで、この漫画では宇宙人の生態などの設定が、緻密に作りこまれていて、それがストーリーの面白さを支えていると思う。他に、「ディスクン星人の擬似死」等についても、仮にストーリー上、このキャラに擬似死をさせたいというのが先にあったのだとしても、その設定が緻密に作り込まれてるので、「都合の良さ」とかは感じず、「面白い設定だな」とか「なるほどそれでこんな能力が」というのが先に立つ。



Wikipediaには、このレベルEを、「作者の最高傑作に挙げる人も多い」と書かれてますが、僕もその内の1人。今まで読んだ漫画の中でもベスト3には入るくらい好きな作品です。


余談ですけど、今この「レベルE」を読み返してみると、冨樫先生=バカ王子、王子に翻弄される、クラフト=編集者、という図式が頭の中に浮かんでニヤニヤしてしまいます。王子を上手く操ってそうな王女のような存在は、集英社にはいないのかな。

あと、実際にRPGの世界を体験するカラーレンジャーの話で、
●ゲームにはまる兆候
結構楽しそうにゲームのシステムについて不満をもらす
キーワード
「〜さえなんとかなればなあ」
と書かれてるのを読んで、「冨樫先生もゲーマーだなー。やっぱりハンタの休載もゲームばっかりやってるからなのかなー。」と思ったり。