「技術と心のバランス」
「発声練習から始めますか」それとも「イメージトレーニングから始めますか」

 あなたなら,どちらを選びますか? 練習のスタートはどちらがお好みですか?

「発声練習」の実態
 「声」もしくは「自分の体」が楽器になる合唱では,「声を磨く」ということは避けて通れません。そうなると必要になるのが「発声練習」です。アマチュア合唱団には「合唱は初めてです。」という方も相当数入団されます。もちろん,そうではなくても「発声」というものは,絶えずチェックをして改善していかないとフォームや響きが崩れてくるものです。ですから,ほとんどの合唱団では何らかの形で「発声練習」を行っていると思います。しかし,ある程度自分の声や発声に前向きな問題意識を持ち始めた人なら別として,そうではない人たちにとって,発声練習はお世辞にも楽しいものではないでしょう。

 『楽しい発声練習の方法ってないのでしょうか?』という悩みは,指導者の悩みでもあります。どうしても発声練習というものは技術的で説明的な側面が多いし,成果の見え方にも時間がかかる場合が多いようです。財政的にある程度豊かな合唱団や,問題意識の強い合唱団は,専門家であるヴォイス・トレーナーを定期的にお招きして指導を受けたりもしています。けれども,それができるのも限られた都市部の合唱団に過ぎないのが実態です。多くの場合は,「指揮者の先生にすべてお任せしています」ということになるのでしょう。


「イメージトレーニング」の必要性
 一方で合唱表現は,演奏者が発する「空気」「雰囲気」のようなもので伝える部分も持っています。極端な例を挙げると「詩の内容が余りにも悲しかったので,泣きながら歌ってしまう。」というものです。(実はHigumaは指揮台で指揮をしながら,涙を流して指揮したことが何度かありますが…)美空ひばりさんは,涙を流しながら歌っていても,声に全く乱れをみせないプロ中のプロでした。けれども,これが出来る人はそうめったにいるものではありません。

 悲しみを表す曲や苦しみを表す曲において,それを歌として伝えるためには様々な方法があり,その方法は歌い手お一人お一人によっても違うものです。指揮者が「泣け!」と言ったところで泣けるわけもないのです。もちろん,楽しい曲で「笑え!」というのも同じです。

 しかし,良い表現をしようと思ったら,この問題を避けて通るわけにはいきません。最近は「心の病?」と,こちらが疑問を持ってしまうような感覚の方が合唱団にいらしたりもします。つまり,感情というものを他人にわかるように表すことが極めて困難な方です。ですから,「心の状態を表に表す」ということも,発声練習と同じくらいに重要な基礎練習と考えられる必要があります。


「合体!」するとパワーアップ
 「単純な繰り返しの作業を,間違いを指摘されながら正していく」

 「ひとつの言葉から自分で想像を膨らませて,それを声にして確かめ合っていく」

 この2つの練習から1つを選択するとしたら,どちらを選びますか? また,どちらの方が成果が見えて効果的だと思いますか?

 これが,楽しく効果的な「発声+イメージトレーニング」のあり方への答えです。これらを別々のものとして考えるのではなく,ひとつの練習の中で行っていくと,意外に楽しくなってきます。おまけに,その方が効果的な練習ができることに気づいていただけるでしょう。Higumaがやる場合は,下のような方法からいくつかを選んで行います。

【呼吸法】

 ○「広〜い高原の牧場に朝がやってきました。みどり溢れる牧場の朝。朝露に緑が光っています。さあ!深呼吸をしてみましょう。」

 ○「朝の牧場で,力んでいる人はいませんよね。肺のすみずみまで息を吸ってみましょう。」

 ○「鼻から息を吸うと,ほら,新鮮な朝の空気に緑の香りが味わえますよ。」

 ○「真っ青なまぶしい空と,牧場の彼方に向かって,フーッと息を吐いてみましょう。」

 ○「木の葉を揺らすような息だったら? そして,空の雲を動かすような息だったら?」

【発声】(自然で楽にどのパートも声に出せる中音域の音を与えておきます。場合によってはパート別にハーモニーを。)

 ○「好きな母音でどうぞ。まず,自分で気持ちがいいと感じる程度の息の量で声を出してみましょう。」

 ○「同じ音を,気持ちで変化させてみてください。まず,大好きな人と偶然に出会えて喜びを表して。」

 ○「暑い夏の日。気温は35度。」「天上の神様に祈るように」「深い悲しみをたたえて」「小学校一年生の遠足」等々

 ○「今の音から二度上がってもどります。ゆったりと2拍ずつくらいで。では,1階の床に立って2階の床まで見渡すように。」

 ○「今度はド・レ・ミ・レ・ドで。音が変わるたびに背が伸びます。伸び続ける。町内が見渡せるくらいまで伸びましょう。」

 ○「このあたりは○○山がきれいですね。あの山に向かって,全員で楽しくヤッホー!」

 ○「ドからソまでの音階を上がって降ります。まず,軽快に階段を上るように。」

 ○「今度は,疲れた足を引きずるように階段を上ります。」

  ここから先は,Higumaが書く必要はないように思います。要するにアイデア次第で様々な場面設定ができます。指導される方は,身につけてもらいたいと考えていることを,上記のような言葉に置き換えて指示していけばいいわけです。この練習の場合には,あまり余計な説明や解説を省いた方が良いようです。前に立って合図を出しながら団員のみなさんの声を聞いていると,シチュエーションによってずいぶん変化することが分かると思います。このような変化は,曲の練習の中で,歌詞や旋律の動きなどから感じ取ったものを音や雰囲気として表現していくことに直結していきます。初回はさすがに団員の皆さんに戸惑いが見えると思いますが,続けていくと3回目から4回目の練習あたりから,団員がとても楽しげに参加していて,しかも声の響きが自然に変化してくるのを感じられるはずです。もしもうまくいかないようでしたら,指示をするときのご自分の言葉の投げかけ方を,少し劇的にしてみたりして工夫してみてください。


「絶対」というものはない。音楽は相対で成り立つものだから。
 上の方法ですべてが解決するなら,こんなに楽なことはありません。当然,この練習も続けていくと惰性や慣れが生じてきます。そこでどんなスパイスをきかせて料理していくかが,指導者に科せられた課題です。「こうやれば絶対」というものが存在しないのは,音楽表現のすべてが「相対的な」中で行われているからなのかも知れません。

 Higumaだって,常に上記の方法だけで行うわけではありません。極めて具体的に体の筋肉の部位まで指示して,手で触ってもらったりしながら,技術的なことを確かめるような練習もやります。譜読みの練習を兼ねてコーリューブンゲンもやるし,コンコーネを歌ってもらうこともあります。もちろん,発声練習なしで練習にはいることも。

 要するに,バランスの問題なのです。とかく合唱団の発声練習は,技術的な部分に偏りがちです。けれども,上記のような練習方法で言葉やイメージに対する感性を同時に養っていくことが出来ると,表現の幅は一気に広がっていくのではないでしょうか。そして,何よりも見落としてはいけないのが「合唱団の実態」です。良さも含めてその合唱団の音楽表現における実態をつかむことで,どこにポイントを置いた練習が効果的なのかが見いだせるはずです。 それは,指導者の努力にかかっているし,その陰ながらの努力に敬意を払う団員の意識にもかかっているのです。

 最後に,私が発声練習の折りに即興で団員に示して効果のあった楽譜を,下にひとつだけご紹介しておきます。


調は無理のない範囲で自由に変えてもかまわないと思います。前述のように,音を美しい声で歌おうと意識するのではなく,ここに書かれている歌詞のことばを,そのままイメージとして表現できるような雰囲気をつくって練習することが効果的です。もちろん,それができれば,強弱や音のニュアンスなども,「これが正解」という形ではなく,「こんなのもいいね」という風に出てくるでしょう。