| ☆「見えない存在」と「見える存在」
あなたの合唱団では,コンサートの準備をどのように進めているでしょうか。役員だけで様々な内容が決められ,あなたは「ノルマチケットの代金を払って,あとは歌うだけ」ですか。誰もが前向きに意見を言いながら,演奏会の一翼を担える組織体制ができているでしょうか。つまり,団員の誰もが「私は演奏会の準備の中で,このことを担当して支えている。」という実感が得られるようになっているかどうかです。また,自分の担当以外の仕事について,建設的な意見を認め合えるような雰囲気があるでしょうか。他人や他の業務に関わる人たちに,批判の目ばかり向けているのではなく,どんな仕事に対しても誰もが笑顔で手を差し伸べられるような雰囲気があるでしょうか。
演奏会の準備は本当に大変なものです。これは,関わってみなければ決して分かるものではありません。場合によっては団員の誰かが仕事を休んで飛び回らなければならないことも生じてきます。Higumaは,この仕事を団員全員でやるべきだと思います。役員から仕事をもぎ取ってでもやるべきです。なぜなら,この仕事を経験することで,ステージに立ったときの歌への意識が変わるからです。合唱団の外から見える必要はありませんが,合唱団の仲間同士が,「このパンフレットはCさんとDさんが一生懸命作ったよね」と言える。「この広告はEさんが何十件ものお店を回って,断られ続けたのにがんばって取ってくれたんだよ」と言える。そんな仕事をお互いが担うことによって,会場を埋め尽くした客席を見たときにも,その一人一人の観客と一人一人の団員のつながりや努力の跡が見えるのです。入場券だって,あちこちを歩いて必死で売っていれば,買って下さった方一人一人の期待や励ましがステージに立つ自分によみがえるのです。
こういう取り組みを進めることで団員の一人一人が,外からは「見えない存在」であっても,自分の存在意義や価値を見いだし,自分たちの演奏会を大切にしていく心を持って成長していくはずです。
では,「見える存在」とはどういうことでしょうか。つまり,合唱団の外から一人一人が「見える」ということとは?
そもそも合唱って,パート別に整列ばかりしている必要があるのでしょうか。パートの固まりは演奏上の理由からも近い方が良いかも知れませんが,山台の上に等間隔で同じ服装で立たねばならない理由があるのでしょうか。もちろん,曲の種類によってはコンサートマナーとして守るべき事柄はあります。しかし,すべてのステージでそのように行う必然性はないように思います。
ステージ上に団員がランダムに散らばっている,というような演奏形態はいかがでしょうか。それも,等間隔ではなく,「なんとなく,いい感じの散らばり方」になるように。これで,何か演奏上の問題が生じると言うことはないでしょう。実は,客席から見ている観客は,きちんと整列すればするほど,一人一人の表現している姿に目を向けにくくなります。けれども,ランダムに整列していると,意外に一人一人の動きや表情が見えてくるものなのです。少し能力のある合唱団であれば,パートすらもランダムにすることで,広がりのあるハーモニーを得ることもできます。
パンフレットに,一人一人が手書きで「自己紹介」を載せてみるのはどうですか?
入場されたお客さん一人一人にお渡しするパンフレットに,団員のみなさん一人一人がメッセージカードを入れておくのはどうでしょう。きっと観客の方々は,「この人は,あの中のどの人なんだろう?」と思うのでは? そして,団員の一人一人を見つめる視線に変化が出てくるでしょう。そうなれば,合唱団の中の一人一人が,どんな風に演奏に関わっているのかが見えてくるはずです。そしてそのことによって,合唱団が伝えられる情報量は一気に増えていくはずです。あるいは,開演前の時間や終演後の時間を工面して,お客さんをロビーで出迎えたり見送ったりするのはどうでしょう。あなたの入場券を手にして来てくださった方を,客席までエスコート。そして,その10分後にはステージに登場する。
このような観客へのアプローチが,団員の一人一人が見える環境を作っていくのではないでしょうか。そのことによって,観客も団員も,いずれもが一層積極的に演奏会や演奏そのものに関わっていくきっかけが得られるのではないでしょうか。その方法はいくつかご紹介しましたが,あとはアイデア次第です。そこに合唱団のカラーが出てくるのです。
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