『Only One であること』
「あなたの合唱団が目指していることは何ですか?」

「あなたの合唱団では,一人一人の顔が見えていますか?」

「あなたが団員でなかったとしたら,外から見て魅力的に見える合唱団ですか?」

 この3つの質問に「YES」と答えることができて,しかも「具体的にはこんな方法でそのことを実現しようとしています。」と言える合唱団の皆さんは,このページを読む必要はないと思います。でも,胸を張って「YES」と言える合唱団は,そう多くはないはずです。

 もしもあなたが,「世界にたった一つしかない価値ある合唱団」を創りたい(変えていきたい)とお望みなら,是非じっくりと読んでみてください。そういうことを考え,実行していく合唱団の仲間がいれば,間違いなくあなたの合唱団は変われます!


○ある合唱団の存在価値

 Higumaが住む街の年に一度の合唱祭。合唱連盟加盟団体が一堂に会して,魅力的なパフォーマンスが繰り広げられます。そんな中に,毎年かなり凝った「動きを入れたステージ」を魅せてくれる女声合唱団があります。20名前後の小編成の団体です。

 この合唱団が,連盟に加盟した(私の記憶では)2度目の合唱祭で,紙づくりの小道具を身につけて歌いながらダンスを披露したのです。当時の合唱祭ではこのようなパフォーマンスはほとんどありませんでした。会場は大きな拍手とたくさんの笑顔に満たされました。「素晴らしく歌がうまい」という合唱団ではない【(^.^)ご(-.-)め(__)ん(-。-)ね(^.^)】 のですが,演じ歌う団員の皆さんが心から表現を楽しんでいらっしゃることも手伝って,会場全体がその魅力に引き込まれました。

 合唱祭後の交流会(飲み会ですね)では,たくさんの合唱関係者から「来年も是非!」という言葉が出ました。その合唱団が,その後も様々な工夫を凝らして合唱祭出演を続けていることは言うまでもありません。

 この団体の指揮者は,それ以前にも演奏の中に管楽器を加えたり,ご自身が指揮をしながらリコーダーを吹いたり,実にアイデアに富む演奏を考えられる方でした。「歌い踊るステージ」は,きっと指揮者と団員の皆さんが「楽しんでいただけるステージ」を目指したひとつの結果だったのでしょう。そのことが周囲の合唱団に与えた良い影響は大きなものです。しかも,最も大きなことは,この合唱団のみなさん自体が「私たちを認め,求めてくれる人がいる」という喜びでしょう。そしてもうひとつ。この合唱団は「たったひとつの合唱団」としての道を歩み始めたのです。


 「私たちだけがやっていること」「私たちにしかできないこと」を持つことは,合唱団に限らず組織として存在していく上で重要なことです。民間企業を見ればわかることですが,「他社では作り得ない製品」「他社よりも性能が優れている製品」「他社よりも安い製品」を持ち続けることが出来れば,経営に行き詰まることはまずありません。これを,合唱団という組織に当てはめて考えてみてはどうでしょうか?

 たとえば,演奏会の入場料はどのようにして決めていますか?

入場者の立場に立って考えれば,「より安い入場料で,より良い演奏を」が最初に考えられなければならないことは明白です。ところが,こういう考え方のできない合唱団が多いのではないでしょうか。

 そもそもアマチュア合唱団の演奏会は,入場料をいただいて行うべきものなのでしょうか?

自分たちが「開きたい」と勝手に思って開く演奏会なのです。本来は必要な経費を自分たちですべて出資して,「こんな演奏会を開かせていただきますので,お越しいただけませんか?」と言って入場整理券やお願いのお手紙を差し上げるのが基本ではないでしょうか。過去の実績や様々な演奏活動の過程で,多くの人達から「演奏会に足を運んでみたい」と望まれている合唱団ならいざ知らず,どんな演奏をするかもわからない合唱団の演奏会に身銭を切りたいと思っている人は,はっきり言っていません。

 企業ならこのような場合,試供品や店頭ディスプレーによる「お試し」を欠かしません。また,営業担当者が必死になって製品の紹介と販売に取り組みます。そして,購入していただく場合の金額は,企業努力によって可能な限り低価格にできるように努力をします。私たちは,そういう企業の努力も認めた上で製品を購入するのではないでしょうか。もちろん,その製品が不良品であった場合に消費者にその負担を強いることはありません。

 合唱団の演奏会だって,「料金に見合わない演奏」であった場合には,料金を払い戻すくらいの覚悟を持って開くべきではないでしょうか。合唱団にとって「演奏活動」は「唯一の商品」なのです。

 しかし,現実には「自腹での演奏会」はほとんどできません。会場使用料や印刷費用を考えても相当な経費がかかります。だから,やむを得ず周囲の方々に「経費の一部にご協力いただけませんか?」とお願いするわけです。協力していただいた方々にお返しできるものは「良い演奏」しかありません。

 こうした基本的な考え方の改善によって,合唱団のあり方はずいぶん変わるのではないでしょうか?

*この「入場料のこと」については,別に述べることにしましょう。でも,基本はおわかりですね。


○合唱団と軍隊の違い

 合唱団は,遠目にみると軍隊と似かよって見えるものではないでしょうか? 列を乱さず,一糸乱れない行動。これは軍隊の行動形式と同じです。

 軍隊は本来国家の危機管理を担っています。一糸乱れぬ行動は,隊全体の安全を確保するために必要であるだけでなく,隊員一人一人の命を守る上で絶対に必要なことです。徹底した規律を重んじ,個人の自由を一切廃して行動することで初めて可能になることがあり,それが必要とされているのです。しかし,そのようなことが合唱団に必要でしょうか?

 合唱団はあくまでも自由な意志と自由な発想を持つ個人の集団であるべきです。たとえ指揮者から「ねばならない」という要求を出されたにしても,そこで表現する表現者としての個人の自由が保障されていなければ,そこに豊かで伸びやかな音楽表現は生まれません。もちろん,ひとつの合唱団は一つの組織体ですから,団としての経営理念やポリシーが全団員に徹底され,尊重されていなければいけません。その上で,団員一人一人が「前向きで自由な発想」を持ちながら,「参加」している必要があります。つまり,自分にとっても団にとっても「良いこと」を一人一人が考え,自ら不言実行していくことが大切なのです。

 とかく人間は自分よりも他人のことに目が向きがちです。「Bさんの歌い方は…」とか「団長はいつも…」等々。陰口はきりがありません。けれども,こういうことが平然とまかり通る合唱団で,うまくいっているのは聞いたことがありませんね。どんな相手をも包み込み,無言で支えていくような温かな雰囲気は,実は柔らかに見えてはいても,一人一人が非常に自分自身に対して厳しく前向きに相対しているのです。そういう人々によって組織された合唱団は,どんな困難にも立ち向かい解決していけるものです。

 こういう合唱団においては,おそらく団員の一人一人が差別なく尊重されていくのではないでしょうか。合唱団が「軍隊」に見えるもうひとつの理由には,「一人一人の顔が見えない」ことにあります。軍隊であれば,一人一人は訓練された兵隊に過ぎないわけですから,顔が見える必要はありません。しかし,合唱団が同じで良いとはHigumaは思いません。できることならば,客席からその合唱団を見ているときに,そこで歌っている一人一人が,それぞれ違った魅力を持って見えて欲しいのです。そして,そのことは歌い手としての団員の皆さんが潜在的に求めている欲求でもあるように思うのです。では,合唱団という「みんなで並んでひとつの歌を歌う」という組織において,「一人一人が見える方法」はあるのでしょうか。


☆「見えない存在」と「見える存在」

 あなたの合唱団では,コンサートの準備をどのように進めているでしょうか。役員だけで様々な内容が決められ,あなたは「ノルマチケットの代金を払って,あとは歌うだけ」ですか。誰もが前向きに意見を言いながら,演奏会の一翼を担える組織体制ができているでしょうか。つまり,団員の誰もが「私は演奏会の準備の中で,このことを担当して支えている。」という実感が得られるようになっているかどうかです。また,自分の担当以外の仕事について,建設的な意見を認め合えるような雰囲気があるでしょうか。他人や他の業務に関わる人たちに,批判の目ばかり向けているのではなく,どんな仕事に対しても誰もが笑顔で手を差し伸べられるような雰囲気があるでしょうか。

 演奏会の準備は本当に大変なものです。これは,関わってみなければ決して分かるものではありません。場合によっては団員の誰かが仕事を休んで飛び回らなければならないことも生じてきます。Higumaは,この仕事を団員全員でやるべきだと思います。役員から仕事をもぎ取ってでもやるべきです。なぜなら,この仕事を経験することで,ステージに立ったときの歌への意識が変わるからです。合唱団の外から見える必要はありませんが,合唱団の仲間同士が,「このパンフレットはCさんとDさんが一生懸命作ったよね」と言える。「この広告はEさんが何十件ものお店を回って,断られ続けたのにがんばって取ってくれたんだよ」と言える。そんな仕事をお互いが担うことによって,会場を埋め尽くした客席を見たときにも,その一人一人の観客と一人一人の団員のつながりや努力の跡が見えるのです。入場券だって,あちこちを歩いて必死で売っていれば,買って下さった方一人一人の期待や励ましがステージに立つ自分によみがえるのです。

 こういう取り組みを進めることで団員の一人一人が,外からは「見えない存在」であっても,自分の存在意義や価値を見いだし,自分たちの演奏会を大切にしていく心を持って成長していくはずです。

 では,「見える存在」とはどういうことでしょうか。つまり,合唱団の外から一人一人が「見える」ということとは?

 そもそも合唱って,パート別に整列ばかりしている必要があるのでしょうか。パートの固まりは演奏上の理由からも近い方が良いかも知れませんが,山台の上に等間隔で同じ服装で立たねばならない理由があるのでしょうか。もちろん,曲の種類によってはコンサートマナーとして守るべき事柄はあります。しかし,すべてのステージでそのように行う必然性はないように思います。

 ステージ上に団員がランダムに散らばっている,というような演奏形態はいかがでしょうか。それも,等間隔ではなく,「なんとなく,いい感じの散らばり方」になるように。これで,何か演奏上の問題が生じると言うことはないでしょう。実は,客席から見ている観客は,きちんと整列すればするほど,一人一人の表現している姿に目を向けにくくなります。けれども,ランダムに整列していると,意外に一人一人の動きや表情が見えてくるものなのです。少し能力のある合唱団であれば,パートすらもランダムにすることで,広がりのあるハーモニーを得ることもできます。

 パンフレットに,一人一人が手書きで「自己紹介」を載せてみるのはどうですか?

 入場されたお客さん一人一人にお渡しするパンフレットに,団員のみなさん一人一人がメッセージカードを入れておくのはどうでしょう。きっと観客の方々は,「この人は,あの中のどの人なんだろう?」と思うのでは? そして,団員の一人一人を見つめる視線に変化が出てくるでしょう。そうなれば,合唱団の中の一人一人が,どんな風に演奏に関わっているのかが見えてくるはずです。そしてそのことによって,合唱団が伝えられる情報量は一気に増えていくはずです。あるいは,開演前の時間や終演後の時間を工面して,お客さんをロビーで出迎えたり見送ったりするのはどうでしょう。あなたの入場券を手にして来てくださった方を,客席までエスコート。そして,その10分後にはステージに登場する。

 このような観客へのアプローチが,団員の一人一人が見える環境を作っていくのではないでしょうか。そのことによって,観客も団員も,いずれもが一層積極的に演奏会や演奏そのものに関わっていくきっかけが得られるのではないでしょうか。その方法はいくつかご紹介しましたが,あとはアイデア次第です。そこに合唱団のカラーが出てくるのです。


Only One

 Best One になることができるのは,ほんの一握りの合唱団です。

けれどもOnly One は,すべての合唱団に可能性を与えてくれています。

Higumaが尊敬する田中信昭先生のお言葉をご紹介して,この項を終わりましょう。

「東京が中心だなんて思うのが間違っている。日本のどこで行われたことでも,価値あることであれば人は集まってくる。そういう活動をやっていけばいい。場所は関係ないんだ。」