| ★「ホールトーンの考え方」
ウィーンフィルがYAMAHAに管楽器の製作を依頼したことがあります。YAMAHAの楽器職人さんたちが,世界に名だたるこのオーケストラのために,全身全霊を傾けて楽器製作に関わったことはもちろんです。試作楽器が完成して,いよいよ奏者にテスト演奏をしてもらったときに,想像していなかったようなできごとがありました。
楽器制作者が「この楽器の音は堅くて気に入ってもらえないだろう」と思って手渡した楽器を吹いてもらったところ,「この楽器はとても柔らかい音だ」と評されたのです。一方,「この楽器の音なら柔らかくて気に入ってもらえる」と思った楽器には,「この楽器の音は堅くて駄目だ」という批評が返ってきました。職人さん達はひどく戸惑いを感じたのだそうです。けれども,その原因が理解できたときに,日本における「音」への考えと,西洋における「音」への考えの大きな違いに驚いたそうです。
この話の答えはこうです。来日して試奏したウィーンフィルの奏者は,楽器自体の響き方を聴いていたのではなく,楽器が響かせた広い空間に響いた音を聞いていたのです。つまり,ホールで考えるなら,自分の楽器が手元で鳴っている音を聞くのではなく,客席の上方で響いている音を聞いて,その音を演奏の基準にしていると言うことです。
このことは,合唱においても同じように考えることができます。つまり,「ステージ上,あるいは指揮者のポイントで演奏をまとめていく」と言う考え方と,「客席上方の空間に響いた音で演奏をまとめていく」という考え方です。日本の,とりわけコンクール一辺倒の活動に走りがちな合唱団には,前者の考えが多いように感じられます。「減点法」で評価されるコンクールにおいては,ミスの原因を取り除いていこうとするあまり,こぢんまりとした演奏を求めがちではないでしょうか。コンクールにおける演奏の多くが,聴衆にとって「つまらない」と感じてしまうことがあるのは,このようなことが原因になっている場合が多いように思います。もちろん,本当に良い演奏をする一流の合唱団であれば,そんなことはありませんが。
音楽をどのように考えるか,ということにも関係しますが,私は「空間の芸術」と考えます。時間という空間もそうですが,演奏する場所という空間に,どのような音楽の響きを満たすか,ということが大きく問われると思うのです。つまり,「ホールトーン」というものも,「たまたま自分たちの声を響かせてくれた」ものとしてではなく,「私たちがこのように響かせようとして響いた」ものとして考えていく必要があるのです。
ですから,どんな場においても(それが練習会場であっても)「空間を響かせる」という意識を持って演奏を行うことで,前述のように「カタイ音・やわらかい音」の概念すら変化してくるわけです。私の経験では,ホールの空間全体を意識して発声したときの声は,非常に伸びのある響きを生み出します。それは,体の外に意識を向けることによって,余計な力が抜けることによるもののようです。
|