| ★ 良い指揮者とそうでない指揮者
指揮者にははっきり言って善し悪しがあります。特にアマチュア団体の指導にあたっては,この違いは大きな問題になります。私が出会ってきた素晴らしい指揮者(人間的にも音楽的にも,そして指導も)に共通している点は,『謙虚さ』です。音楽に対する謙虚さはもちろん,自分のやっていることですら手柄にしない人間的な謙虚さです。お話ししているこちらが恥ずかしくなってくるほどに,優秀な指導者は誰もみな謙虚です。それは,この世界の厳しさを知っているから,ということもありますが,やはり人間としてのバランスでしょう。加えて,「練習をしていて飽きないし疲れない」ということも挙げられます。
アマチュア合唱団の指揮者の中には,自分の気に入らない合唱団をいい加減に扱ったり,あしらったりする方がいます。これは絶対にだめです。相手がプロならいざ知らず,アマチュア団体の指揮者は「できないことをできるようにする」のが仕事です。それができないのは合唱団の性ではなく,完全に指揮者の力不足あるいは怠慢なのです。アマチュア団体の指揮者にとって最も重要なことは,「できるようにする」ことなのです。半年お願いしていて「自分たちの合唱が良くなってきたな」と感じる方が一人もいなかったら,残りの半年で契約を終えるのが無難でしょう。傷は浅いうちに治療する方がいいですから。
合唱団側の考えや意見を聞かずに,勝手に物事を進めていってしまう指揮者も要注意です。とりわけ運営に関わる部分では,十分に相談をしながら進めなければなりません。運営はあくまでも合唱団の主体性によって行われるべきものです。指揮者は合唱団運営に来たのではなく,音楽的な面での指導に来ているわけです。けれども,その分合唱団側は,練習への出席率低下や時間厳守等の,基本的な部分において指揮者に指摘されることがないようにする責任を負います。ただ,多くの合唱団を経験している指揮者ならば,意見を求めれば運営面でのアドバイスを受けることもできるでしょう。その中に「これはいい方法だ,使えるぞ」と思えるものがあるなら,使わせていただけば良いのです。必要に応じて運営側からは話しづらいことを指揮者が言うことで解決させる,ということも可能かもしれません。団の内情や問題点に深い理解を示してくださる指揮者であれば,そのようなこともお願いできるかも知れません。(あくまでも指揮者の本務ではないことを理解した上で,ですよ。)
音楽的な面で言うと,勉強していない指揮者は駄目です。その人によって合唱団は伸びません。団員からの質問に対して「言い訳」「言い逃れ」をする人は,勉強していない人です。勉強熱心で謙虚さを兼ね備えた人ならば,現時点でわからないことについて「わかりません」と明確な答えが返ってきます。その上で,数日後には質問への答えをきちんと用意してくださるはずです。
「勉強家なら安心」という訳にもいきません。その上で,指揮のテクニックや合唱や発声に関しての知識と指導力を兼ね備えていなければなりません。それらのトータルな指導によって合唱団は伸びてゆくのです。器楽のことしかわからない指揮者にお願いしても,発声に関する知識や,合唱というものへの十分な理解がなければ,合唱団は楽器と同じように扱われます。これでは限界が来るのは目に見えています。合唱というのは,ある意味で非常に特殊な音楽分野なのです。「人間と声と音楽」がわかっていなければ,本当の意味で指導はできません。
練習や演奏において,「このような理由で,このように演奏する」ということを伝えない指揮者も要注意です。もちろん,言葉で語らなくても,団員の多くが歌った結果「なるほど」と思えれば良いわけです。ただやみくもに訳も知らされず「こうしなさい」と要求して,歌った団員自体が納得できないような練習を繰り返す指揮者は,おそらく観客の一人をも感動させられる演奏を生み出しません。音楽というのは,一人でも多くの方に受け入れられ,感動を呼び起こすものでなければ,それは偽物です。汗を流して偽物を作る指揮者に従う義理はありません。
自分の指揮のテクニックを省みず,合唱団や伴奏者のせいにする指揮者も失格です。きちんとした指揮の技法を勉強している人の指揮は,初めて見た人でも「こんなことを要求しているのかな?」と予測ができます。指揮は何よりも「明確で誰にでもわかる」ことが求められるのです。「俺の指揮がわからんか!」という指揮者は自己満足型ですから,長いお付き合いは避けましょう。
|