出生地と生息地
1957年1月19日 氷点下29度を記録した日の早朝にあばら屋で誕生。

現在は道北地方をテリトリーとして音楽活動中。

Higumaと音楽のかかわり
 隣家が某会社の社長宅という「恵まれた」環境に産み落とされたHigumaは当時5歳でありながら,優麗な社長令嬢(当時中学1年)に心を奪われ,毎日聞こえるピアノの調べに魅せられ,小学校1年生よりピアノを習い始めた。
 以来,中学2年までピアノを習い続け,高校時代には学友とバンドを組み,エルトン・ジョン,カーペンターズ,ブレッド,C S N &Y 等を弾いたり歌ったりの毎日を過ごした。当時のお気に入りアーティストは上記の他にミッシェル・ポルナレフ,シカゴなど。

 大学は音楽科に進み,入学と同時に男声(学内)・混声(一般)の両合唱団に入団する。同年10月に混声合唱団が全日本合唱コンクール全国大会に出場。全国大会のテーマ『全国を歌のかけ橋でむすびたい』と,会場での千名を越える大合唱に大きな感銘を受け,その後学内の合唱団を皮切りに合唱指揮活動を開始。

 指揮活動の一方で,合唱のための編曲に取り組むようになり,やがて作曲をも手がけるようになる。地元旭川の中学校に音楽教師として赴任してからは,合唱部顧問として中学生の指導に当たり,地区大会2位の成績を収めた。また,4年後に赴任した北海道中川町では街の歴史を歌い上げた,管弦楽と合唱のための『交響詩中川』を作曲。1990年に中川町文化奨励賞を受賞。この交響詩は作曲以来現在に至るまで,同町にて毎年札幌交響楽団有志と町民の大合唱によって,歌い継がれてきている。ちなみに,同町中学校在任中は,吹奏楽部の指導を行い,数多くの吹奏楽曲の編曲を行った。

 その後,旭川に戻ってからは,市内の若い合唱愛好者による一般混声合唱団(合唱団キレンジャク)の常任指揮者として合唱指導に当たると共に,道北士別市の「しべつ混声合唱団」の指揮者として活動を続けてきた。ちなみに,1999年には,合唱団キレンジャクを指揮して,全日本合唱コンクール全国大会に一般B部門の北海道代表として出場した。

 近年は,旭川市の音楽鑑賞協会の依頼を受けて「市民と歌う第9合唱団」を半年間にわたって指導。現在は,道北地区のアマチュア合唱団4団体の指揮者を務めている。また,作曲・編曲活動にも取り組んでおり,いくつかの委嘱作品(声楽)を発表している。


Higumaの出会い
 Higumaは,それほど才能に恵まれていないことを知っている。それなのに多くの素晴らしい体験ができたのは,すべて「出会い」に恵まれてきたからだと思う。本業の教育の世界はもちろんだが,学校以外での出会いは自分でも信じられないほどだ。ここに感謝の気持ちを込めて,それらの方々のお名前を記させていただくことにしよう。

○ 谷川俊太郎先生(詩人)

 直接お話を伺えたほか,合唱曲作曲の折りに快く作品の使用をご許可いただきました。

○ 小林研一郎先生(指揮者)

 オホーツク音楽セミナーで,3度にわたり直接指揮法を学ばせていただきました。2002年9月15日には第9演奏会で感動の再会を果たさせていただきました。

○ 田中信昭先生(指揮者)

 客演指揮をしていただき,個人的にも多くのことを学ばせていただきました。

○ 札幌交響楽団員

 私のつたない指揮で「交響詩中川」の管弦楽伴奏をしていただきました。また,John Rutter作曲の「Requiem」の演奏でも共演していただきました。

○ 高嶋みどり先生(作曲家)

 合唱講習会のアフターで,作曲について親しく語り合ってくださいました。

○ 松原千振先生(指揮者)

 合唱団の指導をいただき,指導の方向性について個人的に語ってくださいました。

○ 武田雅博先生(指揮者)

 的確な指揮者の指導のあり方と合唱の未来について親しく語り合ってくださいました。

○ 富澤 裕先生(作曲家)

 しべつ混声の委嘱作品を作曲いただき,指揮者としてのあり方も教えてくださいました。

 このほかにも,直接・間接的に数え切れないほど多くの方々に出会い,音楽のみならず「生きる」ということについても学ばせていただいてきました。  本当に感謝です!

Higumaの海外演奏
 Higumaはこれまで,3度にわたって海外演奏旅行を体験させていただきました。

その1「ドイツ・オーストリア・イタリア・バチカン」1987年

 旭川市民合唱団の一員として参加。中高大学生からなるジュニアB合唱団の副指揮者として渡欧。ウィーン少年合唱団との交流のほか,現地での演奏会。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世との謁見などを体験。

その2「アメリカ合衆国」1996年

 日米合唱交流使節団のジュニアB指揮者として渡米。ボストン・シンフォニーホール,国連本会議場にて同合唱団を指揮。ボストン・シンフォニーホールでは,世界のオザワと同じホールの同じ指揮台での指揮を体験。指揮者控室もMusic Director's Room(音楽監督専用控室)。ホールの響きは一生忘れられないすばらしさ。そのほか,ボストン市内PeabodySchoolのコンサートホールで演奏。

その3「イタリア・バチカン」2001年

 日本イタリア合唱交流使節団の指揮者として渡伊。ヴェルディの没後100年を記念する現地での演奏会で,BBC合唱団と共演したほか,ローマ市内のパンテオンでのコンサートを指揮。加えて,ローマ法王ヨハネ・パウロ2世との謁見に参加。謁見室において同使節団合唱団を指揮する栄誉を与えていただいた。Higumaにとって2度目となった法王様謁見となったわけだが,ご病気に苦しみつつもステージ中央までご自身で歩まれ,メッセージを語られる姿に胸が熱くなった。謁見翌日の自由時間にシスティーナ礼拝堂を訪れてミケランジェロの壁画を鑑賞。体が動かなくなるほどの感動を覚えた。ゲーテが「これを見ずに,一人の人間が何をなし得るかを語ることはできない。」と語ったという逸話に納得。また,キリスト生誕2000年祭を終えたばかりのローマ市内を,現地のガイドさんにお願いして「教会ツアー」をしていただいた。聖遺物の数々を目の当たりにして,その歴史の重みを心に刻む旅となった。


素顔のHiguma
工藤昌晴(1957年1月19日生まれ 50歳)

 現在,北海道上川管内朝日町の中学校教諭(音楽)を務める傍ら,しべつ混声合唱団指揮者・コール朝日指揮者・旭川室内合唱団常任指揮者・コールデイジー指揮者を務めている。

 北海道教育大学旭川校音楽科に在籍当時より,指揮者を務めていた男声・女声両合唱団のために編曲をはじめ,現在まで作品多数。また,教職に就いてからは吹奏楽の編曲ならびに作曲にも取り組みはじめ,中川町立中川中学校に勤務の折りには管弦楽と合唱により町の歴史を歌い上げる『交響詩中川』を作曲。(町民と札幌交響楽団により約10年にわたって演奏された)この活動によって,中川町文化奨励賞を受賞。

 その後も,混声合唱曲『であい』『うた』『愛』『生きる』『北の時間』『うたをうたうとき』等を作曲しているほか,毎年勤務先中学校の卒業生と共に,卒業生のための合唱曲を作曲してきている。また,2001年には女声デュオとして活動する「Holy Notes」より委嘱を受け,女声デュオのための歌曲集『かみさまへのてがみ』を作曲。同年11月18日に初演されている。2002年には旭川市旭山動物園よりイメージソングの作曲を委嘱され,03年4月の開園式で披露された。

 1991年より2001年まで10年間にわたって常任指揮者を務めていた合唱団キレンジャクでは,1998年に東京混声合唱団桂冠指揮者田中信昭先生を客演指揮者としてお招きする栄に浴し,指揮者として多くのことを直接ご教授頂いたほか,同年10月には地区コンクール一般B部門で金賞を受賞し,第52回全国大会(広島市)に初出場することができた。

 また,2002年3月より約半年間,旭川音楽鑑賞協会が主催して一般公募した「旭川市民と歌う第9合唱団」の合唱指揮者を務め,同年9月15日に行われた日本フィルによるベートーヴェン第9交響曲演奏会(指揮:小林研一郎先生)を成功に導く。その後,同音鑑主催による「亀淵友香とVOJA」のコンサートに向けて市民より一般公募した「ゴスペル合唱団(100名)の指導も手がけた。

 ここ20年余りは歌い手よりも指揮者としての活動が多いが,バス・バリトンの歌い手としての演奏も続けている。過去には吹奏楽の指揮をはじめ,札幌交響楽団との共演も経験しているが,現在はアマチュア合唱団の指揮に情熱を燃やしている。合唱指揮者としてのモットーは『心に響く演奏』である。