1960〜1969
私は1960年4月9日8時15分に札幌の天使病院で生まれました。
母が音楽好きだったこともあり、テレビやラジオでよく歌謡曲を聴かされていましたが、
人前で初めて歌ったのが幼稚園の時で、
「高校3年生」(赤い〜夕日が〜)を意味も知らずに得意げに歌っていたそうです。
小学校高学年の時は、いとこのお姉さんがGSに凝っていて、
タイガースやテンプターズ(エメラルドの伝説は大好きだったな)をよく聴かされました。

1970〜1974
70年代に入って私の音楽人生に画期的な事が起こりました。
12歳のクリスマスにラジカセ(ナショナルのMAC−BB)を買ってもらったことです。
この頃は深夜放送ブームで、
だいたい夜の9時くらいからはずーっと平気で朝までラジオを聴いていました。
それぞれ個性的なDJの番組が面白いっていうのはありましたが、
何よりも海の向こうの(洋楽っていうやつ)新譜がたくさんオンエアされていたんですね。
カーペンターズ、エルトン・ジョン、ギルバート・オサリヴァン、etc...
この頃のアーチストは、今では私と同じ世代のテレビ番組のプロデューサーが
当時のヒット曲を使用して再ブームになったりもしています。
そんな良質のPops(もちろん一発屋もたくさんあったけど)は

ほとんどがアメリカかイギリスのアーティストが多かったのですが、
70年代前半に日本で大ブレイクしたフランスのアーティストがいます。
「ミッシェル・ポルナレフ」...
初めてのシングル盤、LP盤、コンサート、
私の全ての洋楽初体験は彼から始まりました。
私の世代だとビートルズに影響を受けた人が結構多いのですが、
私はビートルズは解散後の4人のソロワークの曲をよく聴いていたので、
ほとんどリアルタイムで影響を受けていないんです。
70年代前半の洋楽ヒットチャートといえば、
東の横綱カーペンターズに西の横綱ポルナレフってくらいに有名だったんですが、
ポルナレフは長い間原盤の版権の問題があって
日本盤としてのCDが発売されていませんでした。
...が、しかし...
今年の6月についに初期のアルバム(もうこんな言い方も死語だな)3枚と
ベスト盤がついに復刻したんですね。
輸入盤ではもう既にCD化されているものであっても嬉しいものです。
(実は輸入盤では25枚持っている...自慢!!!)
さてポルナレフショックの後、中学生になった私は2年生のとき
YAMAHAのFGシリーズのアコースティックギターを買います。
ここからです。私のフォーク人生が始まったのは。
かぐや姫、井上陽水、ふきのとう、NSPなどをひたすらコピーしました。
字余りがキライだったのでメッセージ色の強いのはダメでしたけどね。

1975〜1979
この頃のフォークはコード進行も結構簡単でわりと簡単にコピーできたのですが、

15歳の正月に買った「オフコース」の2ndLP盤にはショックを受けました。
onコード(例えばDm7/Gのようにベース音が付加される)の嵐、
転調の嵐、多重録音の嵐...今までのフォークと全然違うじゃない。
オフコースとの長いつきあいはもう25年前ですが、ここから始まったのです。
ライブは1989年の東京ドーム解散ライブを含めてほとんど行ったし、
アルバム、シングルはそろえたし、実は小田和正のファンクラブにも入ってます。
私もこの頃からグループを組むようになってオリジナル曲も作って歌うようになりました。
ギターは確かモーリスだったかな。中学、高校と20曲くらい作りました。
人前で歌うときはフォーク系でしたが、洋楽も平行していっぱい聴いてました。
しかし「ベイ・シティ・ローラーズ」の出現で私は洋楽を一度捨てます。
アイドルロックは許せなかったですね。
クィーンは最初から実力があると思っていましたけど。
アメリカのチャートもディスコ中心になり全然面白くなくなってしまいました。

1980〜1984
大学に入ってから欲しかったオベーションを買いました。
ヘリコプターを作っている会社が作っているギターです。
音楽の指向もそれから若干大人っぽくなりました。
俗にいうAOR、フュージョン、シティポップスといった類のジャンルです。
なかなか学生の時はお金がなかったのでレンタルレコード屋に通ってばっかりだったな。
自分で演奏する方も達郎とか角松系とかになってしまい、
ついに大学2年のときに初めてイバニーズのエレキギターを持ちました。
この頃の洋楽はレンタル以外はもっぱらMTVでした。
小林克也のベストヒットUSAみたいなやつね。
大学生の時は30曲くらい書いてポプコンにも応募してみたけれど、
地区大会1つ手前くらいのレベルだったので中途半端で全然だめ。
会社員の道を選びます...。

会社に入ってバンドは解散、歌うのはカラオケって感じで
杉山清貴、安全地帯、池田聡、受け狙いでボウイ、BUCK−TICKなんかも
歌ってました。(今思うと「悪の華」なんかよく歌ってたよな...と思う)
バンドができない鬱憤は徐々に音楽を聴く方向に移っていきます。
ちょうどCDが¥3200で発売されたのがこの頃です。
わりとブラコンっぽいのとか、ジャージーBのSOULUSOULに代表されるような
グランド・ビートとかを、やたら買い集めたのが80年代も終りのこの時期です。

1990〜1999
元々はバンド指向だったのでどちらかというと男性Voを好んで聴いていましたが、
90年代に入ってUK系の女性Voを聴くことが多くなりました。
シャーデー、バーシア、リサ・スタンスフィールド、ジュリア・フォーダムなんかが
代表的で、その他にもデズリー、スウィング・アウト・シスターとか
ebtgのトレーシー・ソーンは大好きです。
90年代は80年代の打ち込み系と違って、結構スゴ腕のミュージシャンが
生音で聴かせてくれたジャンルもありました。
AcidJazzというジャンルです。
有名なところではインコグニート、ジャミロクワイ、ディー・インフルーエンス等で
これはひたすら集めました。
まだ五番館西武にWAVEがあった頃のことです。
さて96年の夏ひょんなことからミニFMのパーソナリティを担当することになりました。
(FM78.1MHz 毎週日曜日18:00〜20:00)
色々な人との出会いがあって、音楽的にもワールドミュージック的なものから
ヒーリング的なものまでジャンルは広がりました。
特によく聴くようになったのはブラジルとケルトかな。

2000〜
番組も今年で6年目に入って今後どうなるかは全くわかりませんが、
リスナーの皆さんが聴いてくれる限り頑張っていくつもりです。
自分で演じることも6年前にタカミネのアコギを買って以来、
あんまり活発ではありませんでしたが、近いうちに復活したいなと思っています。
最近は結構20歳台の日本のミュージシャンの音楽も聴くようになりました。
私は歌詞とかメロディとか世代を超えて耳に届く音楽があると思ってます。
そんな音楽をこれからも国内外問わず
私の感性で選曲したものを皆さんにお届けします。

さて21世紀。これからどんな音楽が流行っていくのかな...。