アルゴ!「ラグナダの聖戦」の章

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第三章 煉獄より
(2)
 東の地平線が朱に染まる。やがて炎の塊のような日の出。太陽がその全景を現した時には、東の空は白い払暁に覆われる。西の空は朱に犯される様に、闇を失っていく。それでも残る夜空に月と星影が最後の瞬きを誇示していた。
 タナトスの門の正面に僕とエウリアは並んで立っていた。僕たちの後ろにはセラフィーを指揮官とする街の民兵が百人、完全武装で控えている。さらにその背後、高みの噴水の側にドロスが軍の指揮官としての黒の礼装に剣を腰に差した姿で、仁王立ちで腕組みをして門を睨み据えている。ドロスの回りには約五十名の異様な集団がいた。東洋の僧侶の雑務服である作務衣のような墨染めのだぼりとした衣装に身を包み、黒のメッシュの布で全員顔を覆っている。皆、中肉中背で見分けが付かない。取り立てて武器を持っている気配も無い。体中の筋肉を弛緩させたように思い思いにドロスの回りに一定の間隔を置いて座っているが、注意して見れば、全員中腰なのが分かる。あの姿勢は何があっても俊敏に動く姿勢だ。軍人のように整列して立つよりも疲労することは言うまでもない。しかし、その黒ずくめの集団は造作もなくその姿勢を崩さず、喋りもしない。咳きも無い。別段、殺気も放っていないのに異様な威圧感を周囲に与えている。いつの間に招き寄せたのか知らないが、ドロスの私兵『黒蛇』の精鋭なのだとシルフィアが言っていた。『黒蛇』と言えば、教皇庁の『死徒』と並んで恐れられる暗殺集団だが、大きな戦にはシルフィアの私兵『血風隊』と共に参加する。『血風隊』は刀剣による斬り込み部隊で、腕も見栄えも一流の戦士が集められ、その活躍は衆目を集め、賞賛と共に語られている。が、『黒蛇』の活躍はあまり語られない。役に立たないのではない。戦果においては『血風隊』に引けを取らない。が、その活躍が分かりづらい。例えば、敵将が馬で突入をしかけたとする。その前にいた『黒蛇』の戦士はまるで馬に踏み潰された様に消えてしまう。だが、その一瞬で『黒蛇』の兵士は馬の足の臑の筋を切り、馬を転倒させている。次の瞬間には、その兵は別の敵に向かっている。馬と共に倒れた敵将は絶命している。どういう風に殺したのか? カラスの目ではまず分からない。瞬殺していることから、猛毒を塗った短剣でも使うのだろうが、彼らの武器を目視するのは至難の技と言われる。又、ドロスの側近に『魔眼』と呼ばれる使い手がいる。その顔などはまるで知られていないが、その特異な戦い方は有名だ。その男は乱戦の中に飛び込み、剣戟の合間をどのように潜るのか、気が付かれた時には、乱戦の真ん中にエアポケットでもあるかのように、胡座をかいて座している。そして男の回りの敵兵は次々と意識を失い、昏倒する。他の『黒蛇』の兵達が倒れた敵兵に次々と覆い被さり、次の瞬間には別の兵と疾走している。倒れた兵が全員絶命しているのは言うまでもない。
『血風隊』はその超一流の剣技で、戦の中、人々を魅了する。が、負傷者は多く出る。『黒蛇』は殆ど負傷者を出さない。不気味としか言いようが無い。故に敵・味方を問わず蛇蝎の如く畏れ嫌われる。
 その『黒蛇』が気配を感じさせずに、闇に潜む悪鬼のように背後に居る。
 心強さよりも言いようのない不気味しか感じないのは皮肉と言えた。
 シルフィアは黒の礼服で男装して帯刀せずに、イワン氏と町長と共にテントに入っていた。その周囲を白銀に輝く武具で身を固めた『血風隊』の精鋭三十名が守っている。男女比は七対三。皆、そのまま舞台に立てるような眉目秀麗な若者だ。ただ、背筋に鉄の板でも仕込んであるかのように姿勢が良く、剣の達人としての空気を孕んでいる。
 武具に身を包んだ者は全て黒のマントを羽織っている。執り行われるのが葬祭だから、死者への礼として弔意を現しているのだ。これがグノーシスの温床と言われるタナトス王国でなければ、武装も礼に反するが、グノーシスの卑劣・悪道は歴史的なものであるから、やむを得ないと言えるだろう。まして魔女・メデイアが葬祭を司ると言う。警戒に警戒を重ねるのはやむを得ない。セラフィーなどは特攻する気満々の目つきをしている。僕は屋敷でのセラフィーしか知らなかったから、このアルゴでのセラフィーはまるで別人に感じられて奇妙な喪失感を味わっていた。


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