2001(平成13)年1月

    あぁ、み仏さまは、
    平等に、百パーセント
    「あなたが大好きだよ」
    と言ってくださっている…


 外松 太恵子著『悩みのち晴れ(子どもの心に寄りそって)』

いつも優しい声で「あなたが大好きだよ」と言って、
私のそばにいてくださる人、それが仏さまなのだ。
悲しいときも、辛いときも、楽しいときも、うれしいときも、
ぎゅっと私を抱きし
めて「精一杯がんばったのだから、
結果はどうであれ、いいじゃないか」と言ってくださる。
だから私は、いつも精一杯がんばろうという気になる。。

             


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2001(平成13)年2月

    自己のみを 正しとし
     相手を屈服して
    ゆこうとするところに
     争いは絶えません

       上山 大峻著 『仏教を読む』より


生命あるものがお互いに犯しあうことなく、それぞれの存在を認め
あい、自己の尊厳を確立して生きてゆくことのできる和の世界の
実現を課題としているのが仏教です。
                             
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2001(平成13)年3月

  病気が治るのがご利益ではない
   どんな病気になっても
    いただいたいのちを
   生き抜くことができる
    これがご利益だ

        あるお寺の「掲示板」より

ある先生は、「老・病・死が不幸であるならば、どんな人生も不幸の
完成で終わる」。また、その生きざまは、「老いによってしぼみ、病に
よって傷つき、死によって滅んでいく人生である」と言われました。
しかし、お念仏に出遇った人生は、「老いによってしぼまず、病に
よって傷つかず、死によって滅びない人生」に転じられていくことだと、
その先生は結ばれました。
      角 通宏著『本願寺新報(みんなの法話)』より
                       

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2001(平成13)年4月

   成仏とは「成る」ことです
    新しい自分に向かって
    成長していくのです

       信楽 峻麿著『真宗の大意』より


仏さまの教えをいただいて、その教えをよりどころとして生きる、その
まんまが、成仏道を歩んでいることです。
今あなたは、新しい自分に向かって成長させてくれるような確かな
よりどころをもっていますか?
親鸞聖人は、お念仏がこそが、その確かなよりどころだと教えてくださ
いました。
                   

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2001(平成13)年5月

  過去を追うな 未来を願うな
   今まさに為すべきことを
   努力して為せ

          『中部経典』より


決して過去を切り捨て、未来を無視するのではない。
自分のおかれた状況からさかのぼり、過去を含むものとしての今を
把握しながら、今あるべき生き方を努力する。
それか良き未来に通じる道でもある、というのである。
      奈良 康明著『釈尊との対話』より
                 

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2001(平成13)年6月

  「私」と一言でいいますが
  「たくさんのいのち」のつながり
  「たくさんの出会い」があって
   今こうしてあるのです

     
逸見 道郎著『心に響くことば』より

「私、私」と権利は主張するけれど、みんなとのつながりの中で生か
されている「私」ということが忘れられていることが多いように思う
のは私だけでしょうか…。
                    

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2001(平成13)年7月

    教育は共育
    育児は育自
    共に考えてみませんか


親は子をもって初めて親になります。
そして、子どもを一人前に育てることによって、親も一人前の親に
成るのです。
子育てをする中で、色々な気づきや学びを得ながら子供と共に成長
させていただく、それが「教育は共育、育児は育自」ということです。
                      

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2001(平成13)年8月

  他人をけおとしても
   自分だけは残ろうとする人
   その人の周囲は敵ばかりです

     三宮 義信著『きょうも旅ゆく』より

この本には、「敵に囲まれていると、いつなんどき攻められるか
わかりませんから、嫉妬(しっと)深くなります。疑い深くなります。」
とも書いてあります。
「自分だけは…」と自分の利益のみに執着して生きるところから、
いろいろな苦悩が生じるのだと、阿弥陀さまは教えてくださいました。
でも、実際は、なかなか…。 愚かは、他人(ひと)でなく私自身でした。
                         
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2001(平成13)年9月

   いつでも どんな時でも
    「私が 私であって
     よかったといえる
     あなたになれ」

     中島 みどり著 『白蓮華のように』より


人と比較しなくなったとき、こんなことが言えるのだろう。
私は私のままであっていい。あなたはあなたのままであっていい。
それぞれが精一杯それぞれを思いやりながら、思いやられながら
生きる。
ここに仏さまが教えてくださっている安らぎの世界がある。
                     

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2001(平成13)年10月

   本当の勇気とは
    報復しないことではないか
   暴力の連鎖を
    断ち切ることではないか


TVではブッシュ大統領が「これは戦争だ」と宣言した。
ついで、小泉首相がそれを支持する声明を出した。
しかし報復をすれば、傷つくのはどこにも逃げ場のない子供を含む
一般市民だ。
小泉首相は平和憲法をもつ国の代表として、いかなる戦争行為も支持
するべきではない。
もし日本の首相が憲法に基づいて戦争反対を表明し、平和的解決の
ための何らかの仲介的役割を引き受ければ、世界に対して大きな
メッセージを発し、日本の存在を大きく示すことができたはずだ。

    坂本 龍一(朝日新聞 9/22『私の視点』)より
                 

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2001(平成13)年11月

    「今生ただ今」のところを
   棚上げしておいて
  死んだ先のことをたずねても
   解決できるものではありません


今生ただ今のところで、私たちは仏さまをどう味わい、どう日暮して
きているか、そのことを通して、死んだ先の話(浄土)を味わっていか
なきゃなりません。

        信楽 峻麿著『仏教行事の心を聞く』より
                     

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2001(平成13)年12月

   「正義のために戦う」
    この疑いようのない信念こそ
    戦争の論理を肯定化する
    口実になっています


今日、地球上では、さまざまな論理や正義によって戦いあい、殺しあう
人間同士の闘争が続いています。
長い歴史の中で育てられてきた人間心理は、簡単に乗り越えられない
ようですが、それを乗り越えなければ、私たちはこの足下の大地に、
いつまでも人間によって殺された死者の白い骨を埋めなければなりま
せん。

 張 偉(チャン ウェイ)著『海を越えて響くお念仏』より
                  

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2002(平成14)年1月

      堅い巌(いわお)
     風に揺るがないように
    賢者は謗
(そし)られても
    賞
(ほめ)められても
     動じない

        『法句経(ダンマパダ)』より

   気が小さくて 人のいうこと気になって
   3日もねむれぬこともある

   おだてられれば いい気になるし
   わるくちいわれりゃ 腹立つわたし

   物欲色欲名誉欲 人間はねえ
   欲望の固まりだな 人間のわたし
  

   
相田 みつを著『いちずに一本道 いちずに一ツ事』

人間のわたし。人間のわたし。分かっているのに…。。。

               

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2002(平成14)年2月

    「富む」というのは
     物をたくさん持つ
     ことではなく、
     足るを知ることを
    「富む」というのです。

     中村 元著 『原始仏典U・人生の指針』


自らの欲望のみを満たそうとしてキュウキュウとなり、満たされる思い
を抱くことなく苦しんでいる。 ここには本当の幸せはない。
一つ一つのものを大切にいただいていくところに心豊かに満たされ、
幸せが恵まれるのだ。
                       

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2002(平成14)年3月

     本当に生きた人が、
      本当に死ねる。
   納得できる生き方をした人が、
      納得して死ねる。


どう生きるかということは、どう死ぬかということと別ではありません。
人間は基本的には、生きたようにしか死ねない、というものだと思い
ます。
生き方と、死に方は、紙の表裏みたいなものです。

        信楽 峻麿著 『親鸞聖人の手紙に聞くT』

                      

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2002(平成14)年4月

     人は弱音が吐けるから
     未来が開けるんだよ


人は努力して報われるときもあるが、巡りあわせ、人と人の組み合わ
せで報われないときもある。
そんなとき、人はその悔しさ悲しさをだれかに聞いてほしいものだ。
人は弱音が吐けるから未来が開けるんだよ。

 富田 富士也著 『お父さん お母さん こっち向いて!』
               

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2002(平成14)年5月

    言葉は、それを発した
    人間の生き方によって、
    重くもなれば、軽くもなる。

       仏教伝道協会『みちしるべ-徳-』より

いい事を言うことは誰にでも出来る。しかし、その言葉が重みをもつか
どうかは、言葉を発する人の行ないや、人間性によるものである。
                        

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2002(平成14)年6月

    人の苦しみを知ることが
   命を大切にすることにつながる


          ヘレン・プレジャン
   (映画「デッドマン・ウォーキング」の原作者)


「優しい」という字は、「にんべん」に「憂い」と書く、つまり心配事や
悲しみを抱えている人の側に寄り添う人の心を「優しい」というのだ。
「思いやり」とか、「優しい」ということは、人の苦しみを深く知ること
から始まる。
                      
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2002(平成14)年7月

    仏教は自分のあり方を
    見つめ直す道である

       中央仏教学院講師 森田 真円


 普通「仏教の教えとはどんな教えですか?」と問うと
「先祖を大切にする教えです」と答えが返ってくる。
私は、この答えを全く否定するつもりはないが、
「自分のあり方を見つめ直す道」これが仏教の教えの本質なのだ
ということを共に深く味合わせてもらいたいと思う。
                     

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2002(平成14)年8月

   人はすべて 
    暴力におびえ 死を恐れる
   他人をわが身に 引き当てて
    殺してはならない

        「法句経(ダンマパタ)」

                              
我が身が愛しいと思うなら、他人にとっても、その我が身は愛しい
はすである。だから互いに思い合って、それぞれの我が身を愛しく
守らねばならない。
                           

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2002(平成14)年9月

    人は みんなひとり
    だからこそ ひとりでは
    生きられないのです

       青木 理倫(よしのり) 19才


お経には、「人は一人で生まれ、一人で死ななくてはならない」と
書かれてあります。
だからこそ私たちは、友達を求め、好きな人と一緒にいたいと思う
のでしょう。
楽しく安らかであるためには、周りの人のことを思いやったり、
優しく笑顔でいれることがとても大切です。
                     

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2002(平成14)年10月

   勇気とは
    大それた大事業ではなくて
    常に相手の立場に立って
    考えることなのだ

 外松 太恵子著 『心のポケットに 〜言葉の花束を〜 』

「勇気」という言葉を国語辞典で引くと「普通の人が不安や恐れを感じ
てしようとしない事を、積極的にしようとする気力」とある。
電車やバスのなかで席を譲るときのタイミングはなかなか難しいもの、
でも、私はこの勇気という気力を、周りにいる身近な人を思いやる
なかで持てたらいいと思う。 いや、できる範囲で、ちょっとだけでも…。

                       

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2002(平成14)年11月

       少欲知足
     (欲少なく足ることを知る)
       和顔愛語
    (やわらかな笑顔とやさしい言葉)

         『仏説無量寿経』より


いただいてあるものを喜び、最大限に生かしていくこと。
やわらかな笑顔とやさしい言葉で互いに接していけたら、そこには
すばらしい世界があるはずだ。
阿弥陀さまは、「南無阿弥陀仏」と何時もこの私に喚びかけていて
くださる。
                  

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2002(平成14)年12月

    病気をして
     うれしいとは思わないが
    有り難いと
     思うようになった

           村上 速水


仏さまの教えを通して新しい気づきをいただく人は、病気を有り難い
仏縁と思えるようになるのだろう。

                      

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