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西本願寺と東本願寺は? |
「下がり藤」とか「五七桐」の紋が多いいのは? 「下がり藤」の紋については、本願寺第22代門主の鏡如上人 が、九条道孝公爵の三女籌子さまとご結婚(明治31年1月31日) されたとき、九条家の紋である「下がり藤」を持参された。 それを鏡如上人は、伝灯奉告法要(住職継職法要)のとき宗門 (本願寺)の紋として用いられたことから「下がり藤」が本願寺の 紋となった。 また、「五七桐」の紋については、本願寺第11代顕如上人より 門跡(もんぜき)勅許の沙汰があって宮中との関係が生じ、皇室 の副紋である「五七桐」を許されるようになったためである。 この他にも本願寺では、「牡丹(ぼたん)」「鶴丸(つるまる)」など の紋が用いられている。 「牡丹」については、浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん)聖人が 藤原家の出身ということに由来している。 「鶴丸」については、親鸞聖人の生家日野家の紋である。 経谷 芳隆著 『本願寺風物誌』を参照した。 (九条藤) (五七桐) (牡丹) |
友引に葬儀を出すといけないの? 本来「友引」とは、六曜(ろくよう)の一つです。 六曜とは、「先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口」の六つの日時 に分けて勝負ごとを占うもので、中国の唐の時代に起こった占い がその起源だといわれています。 また、「友引」は、もともと「共引」と書かれて「共に引き分けて 勝負のつかない日」という意味でした。 しかし、何時の頃からか「友引」と書くようになり、この日に葬儀 を出すと身近な人が続いてなくなるというようになりました。 これで分かるように、文字の読みからくるこじつけに過ぎません。 こんなことに惑わされないよう、気をつけたいものです。 |
四十九日(満中陰)の法要は、三月(みつき)に またがるといけないの? 一般によく、「四十九日が三月(みつき)にかかるといけない」
といわれています。 しかし、その理由を尋ねてみると「始終苦(四十九)が身につく (三月)」という語呂合わせ(迷信)に過ぎませんでした。 何の根拠もないことですから惑わされることのないようにしたい ものです。 本当に人間って弱いものですね。 |