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奥宇陀に伝わる伝説
奥宇陀に古くから伝わる伝説を御紹介します。
| 1.お亀池の大蛇 |
| 太良路の南東に亀の形に似た亀山という山があります。 その昔お亀という女の人が、伊勢の太郎生村からこの太良路へお嫁に来ました。お亀は子どもが産まれると「私は用がすみましたので、おひまをください」といって実家に帰ってしまいました。 ところが、まだ小さい子供は夜泣きをします。お婿さんはお乳を飲ませてもらいにお亀のところへ出かけました。山の池のところまで来ると、お亀が迎えに来て「これっきりですよ」といってお乳を飲ませてくれました。けれども翌日もまた夜泣きをしたので、お婿さんはまた子どもをこの池まで連れてきました。すると池の中からお亀が姿を現し、たちまち大蛇の姿になって、大口を開けておそいかかります。お婿さんは命からがら逃げ帰ったということです。 その後、山火事があり大蛇も焼け死んだといいます。その時からこの池は、お亀が池と呼ばれるようになりました。 |
| 2.ぬるべの仙女 |
| 昔、日本武尊が宇陀の山で狩りをしていた時、木の枝を折るとその木汁で手が黒く染まりました。その汁を集めて荷物に塗ると美しく染まったので、日本武尊は曽爾の塩井の里に、漆部造を置きました。これが日本のウルシ塗りの始まりといわれています。それで塩井のことをヌルベの郷ともいいます。 この郷に、風変わりな女の人がいました。心身を修業し自分で塩やしょう油を作っていました。7人の子供を産みましたが、大変貧しく、食べ物もありませんでした。着る物もなかったので、藤のつるを着物としてまとい、身を潔め、野山に出ては薬草を摘むのが日課でした。家では家中をきよめ、さかんに何事かを唱えていたのです。それはあたかもお坊さんがお経をとなえているかのようで、その声は美しく澄んでおりました。 村の人たちは、その姿がどことなく気高く、近寄りがたいので、天上の人のようだと噂し、仙女と呼ぶようになりました。 今でも、大字塩井にはぬるべの仙女が住んでいたと、言い伝えられています。 |