『カエル』-「ネパールの民話」竹林館より-


 昔、一人の農夫とその奥さんがいました。 二人には子供がいなくて、とても不運に思っていました。 ところが二人の祈りに答えるかのように、奥さんは子供を産みました。 しかしながら二人の喜びは一時的なものでした。 というのは、その子供はカエルである事がわかったからです。
 農夫はカエルを野原に連れて行って、そこへ置いてきたいと思いましたが、奥さんが承知しませんでした。
「何といっても、このカエルは私達の子供なのですもの」奥さんは言いました。 「このカエルを飼って世話してやるわ」
 農夫の奥さんはまるで本当の男の子のようにカエルを大切に育てました。 そのうちカエルは飛び回って遊んだり、少し話しさえできるようになりました。
 ある日、奥さんが農夫にお弁当を届けに畑へ出掛けようとした時、 その小さなカエルがかわりに自分を行かせてくれと頼みました。
「だめよ、おまえには行かせられないよ」お母さんは言いました。
「何とかうまくやれるよ、お母さん」カエルは言いました。「心配しないで」
 お母さんが小さな布にお弁当を包むと、カエルは棒切れの端にかけました。 そして棒切れを肩にかけて、お父さんの働いている畑までずっと運んでいきました。
 その日からずっとカエルはお父さんのお弁当を届けました。 そして他にもお母さんの手伝いをいろいろしました。

 ある日、カエルは「お父さん、乳牛や水牛を飼いましょう」と言いました。
「どこで手に入れるのだね」農夫は聞きました。
「王様の所へいって頼めばいいじゃないですか」とカエルは提案しました。
「とてもそんな事は言えないよ」農夫は言いました。
「じゃ、僕が行かなければ」カエルはそう言うと、宮廷までぴょんぴょん跳ねて行きました。
 カエルは王様にお辞儀をして言いました。 「おお偉大なる王様、私の父はとても貧しい農夫です。私達に乳牛や水牛を頂けませんか?」
 カエルは宮廷中に笑いを起こさせただけでした。 そして王様は手を振ってカエルを向こうへ行かせました。
 その次の朝、王様の牛達はどれもミルクを出しませんでした。 王様は占星術師を呼びにやり、この訳を説明して欲しいと頼みました。 話を聞き、占った占星術師は、これは王様の所へ来たものの望みかなわず惨めに去っていった誰かのせいであると断言しました。
 王様は前の日にやって来た小さなカエルの事を思い出しました。 王様は農夫のところへ一ダースの牛を送るよう命令しました。 その命令を出すやいなや、牛達はミルクを出しました。
 次の日、カエルはお父さんに王様のところへ行って、自分のお嫁さんに王女様が欲しいと頼んでと言いました。 が、農夫はそんな考えにびっくりして「何とばかげた事を!」と言いました。
「じゃ、ぼくが行かなければ」とカエルは言いました。
それでカエルは宮廷までぴょんぴょん跳ねて行きました。カエルは王様におじぎをして言いました。 「おお、偉大なる王様、あなたの上の娘さんを私の妻に貰ってもよいでしょうか」
 王様は今度は笑いませんでした。王様は顔をしかめ、宮廷官は貧相なカエルを見てまゆにしわを寄せました。 ついにカエルは兵士達に追い出されました。
 その次の朝、驚いた事に宮殿の前にあった大きな美しい池がほとんど干上がっていました。 王様は占星術師を呼びにやりました。占星術師はその訳を考えた末、それは王様のところへ来たものの、 目的のものが得られず、惨めに去って行った者のせいだと断言しました。
「ああ、またあのカエルに違いない。あいつを呼んでこい」と王様は言いました。
カエルが連れて来られると、王様は「池に水を入れてくれないか」と頼みました。
「おお、偉大なる王様、王女様の為にそうしましょう」自分の娘達のうち、一番年上の娘を妻にしてもよいと 王様がカエルに言うやいなや池は水で一杯になりました。
 結婚の為の準備が早速行なわれました。王女様はとても悲しんで涙を流しました。 でも王様は名誉にかけてカエルと約束してしまったのでした。それでカエルは王女様と結婚し、家に連れて帰りました。 家では農夫と妻がうやうやしく王女様を迎えましたが、可哀相な王女様は泣き悲しみ、目が赤くなりました。
 やっと儀式が終わり、カエルと王女様はみんなと離れ二人きりになりました。 王女様が驚きと喜びの目で見たのはカエルが皮を脱いだナラヤン神に他ならない姿でした。 でもカエルは本当の正体について秘密を守るように誓わせました。
 数日後、王女様は宮廷に帰りましたが、妹達は冷たくあたりました。 「カエルの奥さん」妹達はそう呼びました。冷たい仕打ちに耐え切れず、王女様は戻って行きました。 惨めになり考え込んでしまいました。
 夫がカエルの皮を脱いだ次の機会に王女様はそれをひったくって火の中へ投げ込んでしまいました。
 しかし皮を破り捨てた事はとても不幸な事でした。というのは皮がなければ地球にとどまれないとナラヤン神は言ったのです。
 次の瞬間、ナラヤン神は跡形もなく姿を消して、見えなくなりました。王女様はその運命を嘆きました。-おわり-


『音楽の好きな悪魔』-「インドの民話」青土社より-

 あるたいそう貧乏なバラモンが貧乏なのに嫌気がさし、 聖なる都カシ[ベナレスの古名]に巡礼に出掛けました。 日に照らされて何マイルも歩いた後、彼は日陰のある森で立ち止まり、 ひと休みして旅行用に自分で詰めたすえたご飯を食べようとしました。 用を足そうと思って木の下にしゃがみ込むと、「止めなさい!」という太いこの世のものとも思われない声でギョっとしました。 彼は急いで立ち上がり、声が何処から聞こえてきたのかと身の周りを見回しました。 周りには誰も見えませんでした。 それから彼が口を漱ごうとして近くの池へ歩いて行くと、その時また「止めなさい!」という同じ声が聞こえました。 今度はその警告を無視して、もっと先へ行き口を漱ぎました。 しかし彼がご飯の小さな包みを開き、食べようとして腰を下ろすと、 また「止めなさい!」という声が聞こえました。「行くな!」という声がしました。 バラモンは立ち止まり、見回しました。誰も見えませんでした。 それで彼は叫びました。「あんたは誰だ?どうしてそんな事をごちゃごちゃ言うんだ?」
「見上げたら私が見えるぞ」とその声は何処か高いところから聞こえました。 彼が見上げると、かつてバラモンであった悪魔、バラモン鬼が木の上にいるのが見えました。

 するとその悪魔は彼に悲しい話をしました。 「前世、私はバラモンの一族に生まれ、音楽に大変優れていた。 私は自分の知識を秘蔵し、誰にもその知識を施したり教えたりしないで一生を過ごした。 それで私は悪魔になってしまった。それが神様の罰だったのだ。 もしあんたが振り向けば、小さなお寺が見える。 そのお寺で笛吹きがこの上なくひどい吹き方で、いつも調子はずれに一日中吹いている。 これは私には責め苦なのだ。まるで熱い鉛を耳に注がれるような気がする。 私には耐えられない。その恐ろしい音が矢のように私を突き刺す。 体じゅうがヒリヒリする。 まるでその音でいっぱい穴を開けられた篩(ふるい)のような気がする。 もしこれがこれ以上続けば、私はまったく気が狂い、恐ろしい事をするだろう。 私は悪魔だから自殺もできない。私はこの木に縛り付けられている。 ああ、バラモン。お願いだが、幾分ほっとできる隣の森へ何とか私を移しておくれ。 そうすればまた私の力が一部使えるようになるだろう。 もしあんたが昔あんたのようなバラモンだった可哀相な悪魔を助けてくれれば、 あんたは大変な得をする事になるだろう」
 貧しいバラモンはこの悪魔を助けてあげようという気持ちになりました。 しかし貧しかった為に彼は狡賢くなっていました。彼は答えました。 「いいでしょう。お望み通り、あんたを隣の森に移してあげよう。 しかしそれでどういう得になるのかね?お返しに何かしてくれるのかね?」
 悪魔は言いました。「もちろん、たっぷりお礼をしよう。すぐやってくれ」 それでバラモンはお寺から遠く離れた隣の森へ悪魔を背負って行き、 そしてそこの大きな木の上へ置きました。悪魔はほっとして喜びました。 彼はまたこうして動かした事で、その力の一部を取り戻しました。 彼はバラモンを祝福して言いました。「私はあんたが貧しくて惨めな思いをしているという事が分かっている。 私が話す通りにやりなさい。そうすれば二度と貧しくなる事はないだろう。 私はこれからマイソール[インド南部カルナカタ州の都市]のお姫さまに取り付きに出かける。 彼女の父親の王様は私を追い払う為にありとあらゆる魔法使いを呼び集めるだろうが、 私は動こうとはしない。あんたが着いたら私は離れる。 王様は娘を悩ました悪魔をあんたが追い払ったという事で大変喜び、一生続くだけの富をくれるだろう。 だが次の条件でだ。もし私が他の人に取り付きに行っても、邪魔をしてはいけない。 その時あんたが私に近づけば、あんたをあの世へ送ってしまうぞ」
 バラモンはカシへの旅を続け、聖なる川で沐浴をし、寺を訪ねました。 そして帰って来る時、彼は悪魔が言った事を思い出しました。 そこで彼は大変苦労をしてマイソールへ行き、金を払う旅人を泊める老婆のところへ足を留めました。 彼が何気ないふりをして町に何か変わった事はないかと尋ねますと、彼女は言いました。 「悪魔が王様の娘に取り付いて、魔法使いは誰も悪魔を追い払う事ができないんだよ。 王様は娘に取り付いた悪魔を追い払う人に沢山のお金を払うと御触れを出したんだよ」
 バラモンはこれを聞くと、彼に運が向いてきた事にすぐ気付きました。 彼は宮殿に行き、王様に自分が悪魔を追い払い、王女の悩みを癒す力があると申し出ました。 誰もこの取るに足らないバラモンにそんな事ができるとは信じませんでした。 王様は半信半疑でバラモンの方法を試してみる事を承知しました。
 彼は王女の居間へ通されるとすぐ、この病人と彼二人だけにするようにみんなに求めました。 彼らが去ってしまうと、悪魔は王女の口を通じて話しはじめました。 「ずっと私はあんたを待っていた。約束通り私はこれから離れる事にする。しかし私達がこの前会った時、 私があんたに言った事を忘れてはいけない。もしあんたが私が何処にしろこれから行くところへ近づけば、あんたを殺すぞ」
 それからかつてバラモンであった悪魔は大変大きな音を立てて王女の体から離れ、消え失せました。 宮廷の人々はみな王女が再び正気になったのを見て大喜びしました。 王様はバラモンに沢山のお金と褒美の一部としていくつかの村を与えました。 それからバラモンは町で相応しい花嫁を見つけて結婚し、家族と共に幸せに暮らしました。
 マイソールの王女から離れた悪魔はケララ州[インド南西部の州]へ真っすぐに飛び、 トラヴァンコール[ケララ州南西部の旧藩王国]の王女に取りつきました。 トラヴァンコールの王様は娘に取りついた悪魔を除く為に、魔法その他あらゆる手段を講じました。 それはすべて失敗しました。ある日、ある人がマイソールに住んでいるバラモンの事と、 彼がマイソールの王女に取りついた同じような悪魔を追い払う事ができた次第を王様に話しました。 それで王様はマイソールの王様に手紙を送り、そのバラモンが娘からしつこい悪魔を追い払うのを助けてくれるならば、 相応しい褒美を与えようと言いました。

 マイソールの王様はバラモンを宮殿に招き、友人のトラヴァンコールの王様を訪ね、 そこの王女にどんな事がしてあげられるか見てみるよう命令しました。 バラモンはあの悪魔に再び会いそうなので恐ろしくなりました。けれども王様の命令に背く事はできませんでした。 また彼は今取りついている悪魔の邪魔をして怒った悪魔に殺される羽目になるわけにもいきませんでした。 長い間よく考えた末、彼は万一何か起った事を考えて、妻と子供を養うのに必要な準備をし、 トラヴァンコールへと旅立ちました。彼はそこへ着くと、恐ろしくて仕方なかったので、仮病を使い体の具合の悪いふりをし、 丸々二ヶ月住居から離れませんでした。しかしいつまでも仮病を使っているわけにはゆきませんでした。 王女を悩ませている悪魔を追い払う仕事に立ち向かわなければなりませんでした。
 彼はいったん使命に面と向かうと大胆に乗り出し、危険から守ってくれるように神様に祈り、 宮殿へ出向いて王女の部屋へ案内してくれるよう求めました。 悪魔が彼を見るやいなや、「お前を殺すぞ、八つ裂きにしてやるぞ!ここはお前の来るところじゃない」 と金切り声をあげ、手に金棒を持ってバラモンに飛びかかってきました。
 バラモンはいずれにしても、悪魔に会って生き延びる事をすべて諦めてやって来たのでした。 彼は絶望から生まれた勇気を奮って知恵を働かせ、落ち着いて言いました。 「聞きなさい。醜い悪魔め、今から私の言うようにしてすぐ立ち去るか、 それともあの笛吹きをあの寺から連れて来てもらいたいかどっちだね? あの笛吹きがこの宮殿で夜も昼も喜んで恐ろしい音楽を演奏する事になるぞ」
 かつてバラモンであった悪魔、音楽の好きな悪魔は恐ろしい笛吹きの話を聞くやいなや、 苦痛の為に声を出して泣き叫びました。「いかん、いかん!あいつを近くへ連れて来てはいかん!さあ私は行くぞ!」
 そして彼は大きな音を立てて王女から離れ、消え失せました。-おわり-


『人の運命』-「インドの民話」青土社より-

 ある国に貧乏な爺さんと、婆さんと、その息子がいた。 三人はたいへん信心深くて、毎日神に祈りを捧げながら日を送っていた。 けれどいっこうにその御利益もなくて、二晩に一晩は飯をぬいて寝る、というふうだった。 それでも三人は神の祭礼だけは欠かした事がなかった。
 ある日、天で幸福の女神のラクシュミーが夫のナーラーヤナ神に言った。
「ねえ、あなた。あの三人は毎日わたしたちをこれほど熱心に拝んでいるのに、あんなに不幸だなんて」
「そんな事を言っても、彼らの運命は現世ではこういう事になっているのじゃ」
ナーラーヤナがこう答えるとラクシュミーは、
「いいえ、あなた。それは嘘ですよ。わたしは幸福の神ラクシュミーですよ。 あなたは偉大なナーラーヤナ神じゃありませんか。 ああしていつもわたしたちの事を拝んでいるのですから、 ひとつ行って望みを叶えてやろうじゃありませんか」と言った。
 そこで二人の神は連れ立って下界へ下りていった。 そして三人の住む家の庭に立ち、家の者を呼ぶと中から爺さんが出て来た。

「われわれは天から来たナーラーヤナとラクシュミーじゃ」
ナーラーヤナ神がこう言うと、爺さんはびっくりして、
「こんな貧乏人の家になんでまた来られましたか」と言って、 いそいそと家の中から破れたカンタ(刺し子布)を出して来た。二神はそこに坐って言った。
「お前達はたいへん信仰があつい。そこで今日はお前達の望みを叶えに来たのじゃ。何なりと望みを申すがよい」
「それは本当ですか」
「本当じゃ。明日から毎朝ひとりずつ池に行って身を清め、そのあとで自分の望みを言うがよい。 財宝でも何でもやろう。もし大国の王になりたいというなら王にもしてやるぞ」
こう言って、二人の神は天に帰っていった。
 これを聞いた爺さんと婆さんと息子は喜んだ。 そしてそれぞれ自分の願いごとを考え、誰がはじめに望みを叶えてもらうかその順番を決めた。
 まず婆さんが初めに望みを叶えてもらう事になった。 婆さんは翌朝早く池へ行き、体や手足を洗って身を清めると、どんな望みを言おうかと考えた。
「わしはこんなに黒くて醜い。村の連中もわしを見てはバカにしおる。 爺さんは財宝が欲しいと言っていたから、うん、そうじゃ。それならわしは...」と言って神にこう願った。
「神様、わしを美人にして下さいな。インドで一番美しい女に、いやそれより世界で一番美しい女にして下さいな」
 するとたちまち婆さんはこの世にまたとないほどの美女になった。
 そして池から上がり、さて家へ帰ろうかと思っているところへ、ある国の商人が通りかかった。 そして美女になった婆さんを見た。
「わたしのような金持ちの家にもこんなに美しい女はいないのに、 こんな辺ぴな田舎の池のほとりにこんな美女がいるとは...」
 商人はこうつぶやくと、美女になった婆さんを馬に乗せてさらっていってしまった。
 これを見た爺さんはたいへん悲しんだ。
「わしの婆さんがいなかったら、この所帯も意味がない。 いくら財宝を得て王になったところで婆さんがいなくては何になろう。それならいっそのこと...」
 爺さんは翌朝池に行き、身を清めてから神にこう祈った。
「神様、さらわれてしまったわしの婆さんをどうか豚にして下さい」
 商人は美女になった婆さんをさらっていって家の一室にかくまい、翌日結婚式をあげる事にしていた。 ところが一日たってみると驚いた事に美女が豚になっている。
「これはどうした事だ!わたしは豚などさらってきた覚えはなかったが...」
 商人は豚をひっぱたいて追い出した。
 豚は家に帰って来たが、豚になってしまっては仕方がない。 爺さんも豚をたたいてはあっちへ追ったりこっちへ追ったりしていた。これを見て息子は、
「ああ、母さんが豚になってしまっては、いくらおれが財を得たところで何になろう」と思って、 翌朝池に行くと神様にこう願った。
「神様、どうかおれの母さんを元通りの姿にして下さい」
 すると婆さんは黒くて醜い元の姿に戻った。これで三人の願いは聞き届けられた。
 天でナーラーヤナ神は言った。
「どうだね、ラクシュミー。わしが言った通り、彼らに運はなかったのじゃ」-おわり-


『酒を飲むと』-「インド民話集」東洋文化社より

 昔、ひとりのサンタールの男がピーパラの樹の下にかまどをすえて、酒を作りはじめました。
 かまどに火を入れ、マフアー(*1)の花を仕込んだ壷をのせましたが、いつまで待っても酒がひと滴もできません。 男は驚いて、村のナイキー(祈祷師)のところへ行くと言いました。
「おらぁ、ピーパラの樹の下で酒を作ろうと思って、朝からずっと壷を火にかけてどおしなんだが、 いくらたっても、酒がひと滴もできねぇ。どうしたらいいか教えておくれよ」
それを聞くとナイキーは言いました。
「かまどのそばの樹を切って、くべるがいい。そうすりゃ、酒がたんとできるさ」
男はいそいでピーパラの樹の下に戻ると、樹を切ってかまどにくべはじめました。
 ピーパラの樹には九官鳥とオウムとトラとブタが住んでいました。 日がな一日、けものたちは森の中を歩き回って、陽が落ちると樹に戻って夜を過ごしていました。
 夕方、けものたちが森から帰ってきました。一番早く帰って来たのは九官鳥でした。 見ると、ねぐらのピーパラの樹がありません。樹が切られてかまどにくべられているのを見た九官鳥はとても悲しくなり、 とうとうかまどの中に身を投げて死んでしまいました。
 その後、オウムが戻ってきました。見るとねぐらの樹がありません。 オウムも悲しくなって、かまどに身を投げて死んでしまいました。
 しばらくするとトラが戻ってきました。 トラもねぐらの樹がなくなっているのを見て悲しくなり、かまどに身を投げて死んでしまいました。
 最後にブタが戻ってきました。ブタも樹が切られてかまどにくべられているのを見て悲しくなり、 かまどに身を投げて焼け死んでしまいました。
 けものたちが身を投げる度に、壷の中の酒がますますうまそうになります。 それを見て、男は大喜びしました。こうしてうまい酒ができあがりました。
 でも、その酒には九官鳥とオウムとトラとブタの血が混ざってしまいました。 その為、酒を飲んだ人は誰でもはじめの一杯で九官鳥のように耳あたりのいい事を言うのです。
「なかなかいい味じゃないか。誰が作ったんだい?」
 そのうち、オウムのように口が軽くなってべらべらしゃべり出し、やがて歌ったり踊ったり。 それからトラのように怒鳴りたてたり威張り散らしたり、それこそこの世は全部わがもの。 そして最後はブタのようにあたり構わず地べたにごろり。いいも悪いもわからなくなって寝込んでしまうのです。-おわり-


『悪魔とガミガミ女房』-「インド民話集」東洋文化社より

 あるに古い一本のピーパラの樹があった。 その真ん中に一軒の家があった。そこには子供のない夫婦が住んでいた。
 ところがこの夫婦、おとなしい亭主にひきかえ、女房の気の強いことといったら男顔負け。 ちょっとでも気にくわないことがあると、誰かれの見さかいなくつかまえて、すぐ喧嘩をおっぱじめるのだった。
 女房はいつもほうきと水壷(ローター)を肌身から離さなかった。 女房は喧嘩相手が見つかると、それが男だろうと年寄りだろうと若かろうとおかまいなしに、 水を飲んでひと息入れ、それこそ息の続く限り大声でどなり立て、 あげくには、ほうきで3、4度相手を殴らずにはおさまらなかった。
 そんな訳で、喧嘩相手が見つからない時は募るイライラをしずめるために、 女房はピーパラの樹に向かって、水を飲み飲み悪口三昧。 果てはほうきで幹をピシピシ殴りつけた。
 そのピーパラの樹には悪魔が住んでいた。女房にどなられ、殴られ、ほとほと参ってしまった悪魔は、 ある日女房の前に姿を見せると言った。
「頼むから、これ以上ぶつのはやめてくれ。そのかわりお前の言うことは何でも聞くから」
「いいかい!あたしやうちの人にもしものことがあったら承知しないよ。 まちがっても変な気を起こすんじゃないよ」
「わかったよ。あんた達には何もしないと約束する」
 それを聞くと、女房はやっと悪魔を離してやるのだった。
 ところがこのガミガミ屋で気の強い女房も亭主には首ったけ。 まるで小さな子供ででもあるかのように世話をやいた。 畑仕事はおろか、家の用事も亭主にさせようとせず、毎日せっせと面倒をみてやった。 いそいそと水を運んで体を洗ってやり、ごはんを食べさせ、夜はあやしながら亭主を寝かしつけた。 そんな具合だから、よその誰かが亭主にちょっとでも文句をつけようものなら、 それこそ相手が謝るまで許そうとしなかった。
 そんなある日のこと、女房が朝早く野良へ出かけるのを待って、ピーパラの樹に住む悪魔が亭主のところへやってきていた。
「もしお前が女房をどこか遠いところへ追っ払ってくれるなら、金持ちにしてやろうじゃないか」
「そういうあんたがどうして出ていかないんだ」
「そうできれば世話はない。なんせおれはこのピーパラの樹に100年間、住まなきゃならないことになってるんだ。 だからこうして頼みにきたんだ」
 それを聞くと、亭主は悪魔をしげしげと見て言った。
「よかろう。で、どうやってこのおれを金持ちにしてくれるんだ?」
「まあ聞け。いいか!この二、三日のうちに、おれは隣村一番の地主の娘にとりついてやる。 その噂を聞いたら、祈祷師に化けてやってくるがいい。そしてほうきで娘の体をひっぱたくんだ。 そうすりゃ、おれは娘からすぐ逃げ出すよ。その後で、お前は地主からたんと褒美をもらうがいい」
二、三日たつと、悪魔の言った通り、隣村の地主の娘にとりつかれたという噂が耳に入ってきた。 早速、亭主は祈祷師に化けて地主の家に出掛けた。亭主が気が狂って暴れ回る娘の体をほうきで叩くと、 娘はあっという間におとなしくなり、すぐに元通り元気になった。 それを見て地主は大喜び。お礼に大鍋いっぱいの金貨を亭主によこした。
 家に戻ると、亭主は女房に言った。
「なあ、この家はどうも不吉でいけねえ。何か呪われているみてえだ。それが証拠に俺たち一緒になってだいぶたつが、 まだ子供のひとりだってできやしねえ。それに家の前にゃ、悪魔つきのピーパラの樹がある。 ここにいるより、どこか他の村に新しい家を建てて住もうじゃないか」
 女房は愛しい亭主の言う通り、他の村へ引っ越す事にした。
 新しい家が出来上がると、夫婦は住み慣れた村を出ていった。はじめのうちはなに不自由ない暮らしだったが、 そのうち持っていた金も残り少なくなってきた。
 ある日、亭主は女房に言った。
「どうだい。久し振りにあの悪魔つきのピーパラの樹をひっぱたいてきたら。 そして思いきりどなりつけてやったらいい。胸がすうっとするだろうて」
 女房は早速、ほうきを持ってピーパラの樹の方へ出掛けていった。 のんびり樹の上で休んでいた悪魔は自分の方へやってくるガミガミ女房を見て震え上がった。 女房がやってくるなり、悪魔は樹から降りて言った。
「頼むから俺を殴るのだけはやめてくれ。その代わり、ひと儲けさせてやろう。いいか?俺はこの国の王女にとりついてやる。 その時、あんたの亭主を祈祷師に化けさせてよこすがいい。あんたの亭主が悪魔ばらいをやったら、俺はすぐ王女から離れるよ。 あとはお望み通りの褒美がもらえるさ」
 女房と亭主は言われた通りにしたが、王様からもらったものは綺麗なショール一枚とゾウ一頭だけだった。 亭主が大きなゾウに乗って帰ってくるのを見た女房はがっかりした。 何せ文無しの夫婦にはゾウに腹いっぱい食べさせる事などできない相談だった。 あくる日、女房はほうきどころか手に火のついた松明を持って、ピーパラの樹の方へ向かった。
 悪魔は自分の方へやって来る女房を見て、いてもたってもいられず、とうとう樹から逃げ出した。 恐れをなした悪魔は昼ひなかは暑い陽射しの中をふらふら歩き回り、夜になるとピーパラの樹に戻るようになった。
 ある日のこと、悪魔がカンカン照りの中をふらふら歩いていると、ぱったりと亭主に出会った。 悪魔は亭主の前に立ちはだかって言った。
「やい!お前はよくもこの俺を裏切ったな。せっかくの親切を仇で返しおって。今日はお前を食い殺してくれるわ」
 今にも噛みつかんばかりの悪魔に向かって、亭主は言った。
「頼む、俺を助けてくれ!女房のやつ、事もあろうにこの俺に腹を立ておって、追い掛けてきてるんだ。 お願いだ。すぐ俺をかくまってくれ!恩にきるよ」
 それを聞くなり、悪魔は血の気も失せて、一目散にどこかへ逃げていってしまった。 それからというもの、二度とこの村で悪魔を見かけた者はいなかったそうな。-おわり-


『トラが出た』-「インド民話集」東洋文化社より

 

 あるに、ひとりの貧しい商人が住んでいた。 行商で細々と暮らす毎日だったが、家には美しくて、その上亭主思いの女房がいた。
 ある日のこと、王様が商人の村を通りかかった。 ふと戸口に立っている商人の女房を目にとめ、そのあまりの美しさに王様はすっかり心を奪われてしまった。 宮殿に戻ると早速、村で見かけた美しい女のことを調べるよう家臣に命じた。
 商人は昼日なかは行商にでかけて留守、家には女房ひとりと知らされて、王様は陽の高いある日、商人の家を訪ねた。 戸口に履物をぬいで中に入ると、商人の女房は昼ごはんの支度をしているところだった。 突然、王様が入ってきたので、商人の女房は慌てた。
「ただいま食事の支度をしておりますので」と言って、王様の前に木の実を差し出すと女房は急いで台所に引っ込んだ。 そしてかまどの前に腰をおろして、チャパティーを焼きはじめたものの、居間にいる王様が気になってどうも落ち着かない。
 と、そこへ折よく商人が戻ってきた。見ると戸口に立派な履物がぬいである。 一目で商人は王様がきていることに気付いた。商人は家の裏手へまわると大声で言った。
「塩に砂糖はいらんかねえ」それを聞いて、王様は一目散に宮殿へ逃げ帰った。
 さて商人は王様を追い返したものの、心配でその夜はごはんも喉を通らぬ始末。 いっそのこと女房を里に帰そう、こう決心して商人は女房に言った。
「おまえの里にもだいぶご無沙汰しているが、どうだ、二、三日行ってこようじゃないか」 里に行けると聞いて、女房は喜んだ。
「うれしいわ。あすの朝、出掛けましょうよ」
 夜が明けるのを待って、商人は女房を馬に乗せると里に向かった。
 里に着いて三日目。商人が帰り支度をはじめたのを見て、姑が言った。
「ところで婿どの、差し支えがなかったら、あと十日ほど娘をここに置いておくれでないか?」
「なにせ男ひとりじゃ、食事の苦労がねえ」
 商人はすすまぬ返事をしてから、女房を里に置いていく事を承知した。もともとそのつもりの商人はひとり村へ戻っていった。
やがて約束の十日が過ぎ、ひと月たった。ふた月が過ぎ三月たった。 ところがいつまでたっても商人は迎えに来なかった。そして四ヶ月、半年、やがてまる一年が過ぎようというのに、 商人が姿を見せないので、娘の両親は心配になった。以前はひと月もすると娘を連れに来たものが、 今度ばかりは連れに来るどころか便りひとつよこさないのだった。
 ある日、母親が娘に尋ねた。
「おまえたち、何かあったんじゃないのかい?」「ないわ。でもここへ来る前の日、あの人が留守のとき王様が訪ねて来たわ」
 娘はその日のことを一部始終、母親に話して聞かせた。 婿が娘を疑っていると知った母親は早速、父親に婿に便りを出すように頼んだ。父親は便りを書いた。
 -私は長年、たんせい込めて育ててきた大事な畑を貴殿に差し上げた。 しかるに貴殿はしばらく耕しただけで、その畑を手放してしまわれた。してその理由はいかに。即刻お聞かせ願いたい-
商人も娘の父親に劣らず利口だった。折り返し返事をしたためた。
-確かに義父上のたんせい込めた畑をいただきました。 ところがその畑に近頃トラが出るようになったのです。かけがえのない命を失いたくない。 そこで考えた末、やむなく畑を手放すことにしたのです-
商人の返事を読むとすぐ、父親は娘を連れて王様の宮殿へ出かけた。父親は王様に言った。
「王様、実はご領内に住んでいる商人に私はとてもだいじにしていた畑をやりました。 ところがその商人は畑をほんのしばらく耕しただけで手放してしまいました。 何とぞその訳をただしていただきたいのです」
 王様は早速、商人を宮殿に呼んで、その訳を尋ねた。
「王様、確かに私はこの方のだいじにしていた畑をいただきました。 ところがある日、その畑へトラが水を飲みにやってきたのです。 それを見て私はすっかり恐くなり、とうとうその畑を手放してしまったのです」
 商人の話を聞くと、王様は更に尋ねた。
「では聞くが、お前はトラが畑で水を飲んでいるところを自分の目でしかと見たのか?」 「いいえ、私が見たのはトラが一目散に逃げていくところでした」
王様は言った。
「確かに一度だけトラはお前の畑へ水を飲みに行った。しかし神に誓って言うが、その時トラは水を飲まなかったのだ。 人間の声がしたので水を飲まずに逃げたのだ」
 商人の心は晴れた。女房の手をとると、喜んで家へ帰っていった。 それからというもの、ふたりはますます仲睦まじく暮らすようになった。-おわり-