渡邉 晋 選手を囲んで
(2003年10月20日 於:宮城県第三女子高等学校第2学年保護者研修会)
皆さんこんにちは。ベガルタ仙台の渡邉です。こんなに大勢の前でとても緊張しています。女子校という所に入るのは、高校時代につき合っていた彼女の文化祭に行って以来なので、かれこれ12年ぶりなんですが、とてもいい所ですね、女子校は。個人的には大好きです。
このような貴重な時間を作って頂いたので、何らかの形で皆さんの心に残るような話ができたらと思っていますので、短い時間ですが耳を傾けて頂けたらと思っています。よろしくお願いします。
いくつか話を用意してきたんですが、先ほど皆さんからの質問等もかなりたくさんいただいたので、後半にはその質問に答える形で進めたいと思います。
皆さんは今高校2年生ですか。ということでこれから進路に向けてだとか、社会に向けてだとかということでいろんな格好があると思うんですけど、将来の夢や目標なんていうものは皆さん今持っているでしょうか。
例えば大人の女性の方ですと、看護師になるとか、美容師になるとか、スチュワーデスになりたいとか。まあ、いいお嫁さんになりたいとかっていう考え方を持っている方もいると思うんですけど、僕も幸いにして小さい頃から、将来何になりたいという目標を明確に持ちながら今まで歩んでくることができました。
サッカーとの初めての出会いというのは幼稚園の頃だったんですが、その頃は本当にサッカーというよりはボール蹴りという程度のものでした。その後しばらく別のスポーツに楽しみを見つけていたのですが、小学校2年の時に本格的にサッカーに取り組むようになり、サッカーというスポーツの虜になって今日まで続けてくることができました。
小学校当時ですね、まだ日本には「Jリーグ」という組織がなく、プロ選手として、要するにサッカーで生計を立てていくという状況がない中で、自分なりに「必ず将来サッカーのプロになるぞ」という強い思いを抱いていたのを今でも思い出します。小学校の卒業文集等では、日本にプロがないなら海外に行ってプロになってやる、という思いを綴ったのも思い出されます。
そういう強い思いを抱きながら中学、高校、大学と進み、大学を卒業するにあたって、念願であったプロのサッカー選手として契約することができたわけですが、それまでの中でやはり何度も自分の実力のなさにとても悔しい思いをしたり、もうプロにはなれないんじゃないかと挫折を感じた日々も多々ありました。
それでも周囲の方の支えや、周りの友達には絶対負けたくないという気持ちを持ち続けることができて、何とかサッカー選手という幼い頃からの夢を掴み取ることができたのですが、サッカー選手になるにあたって、やはり様々な準備というものを小さい頃からしてきたのではないかなと、今振り返ると思われます。
サッカー選手になるための準備というのは具体的に言うととても難しいことなんですが、やはりそういう強い思いを抱きながら日々の練習に取り組む姿勢、それはサッカー選手になること以外でも、先ほど言ったように、例えばスチュワーデスになりたかったら、スチュワーデスになるための何らかの準備というものがあるんではないかなと。
毎日僕たちは練習をしていまして、今日も午前中10時から約2時間くらいですかね、トレーニングしてきたんですが、毎日の練習という短いスパンの中でも、まずいろんな準備をしてその練習に取り組んでいくわけです。
例えば10時からの練習ですと、今新しくなった監督の方針で、まず45分前にはクラブハウスに到着していなければなりません。10時からですと9時15分ですね。それまでにはクラブハウスに到着して、個人個人がその日の練習に向けた準備、例えばケガのある人はテーピングといって足にテープを巻いて固定をしたりとか、寒い時期になってくると、なかなか僕のような年齢のいった選手ですと体の温まるのが遅いんで、練習前にお風呂につかって体を温めてから練習に向かうといった、そういった準備がなされているわけです。
そういった準備をして練習に取りかかるわけですが、その毎日行われている練習というのは、何のためにしているかというと、次の試合に向けてすべて行われている訳でして、練習というそのものが次の試合へ向けての準備であるのではないかなと、自分では思っています。
その試合、現在ですと週末の土曜日もしくは日曜日に試合が行われる訳ですが、週初めのトレーニングから始まり、間には、これも新監督の方針なのですが、前回やった試合のビデオを見て、反省点それから良かった点をチーム全員で把握する、反省する、そして次に対戦するチームのビデオを見て、チームの特徴、長所なり短所なりを研究してそれをまた練習にフィードバックして取り組む、ということがありまして、毎日の練習そのものが試合に繋がっている訳です。
そして一つの試合が終わります。先日も仙台スタジアムでジェフユナイテッド市原相手に決められて、最後残り3分くらいですかね。そこのところで相手に逆転ゴールを決められて1−2で破れてしまいましたが、その試合が終わってサポーターの方々に挨拶をして、ロッカールームに戻ってシャワーを浴びて、じゃあ帰ります、と言うような流れではなく、試合が終わりサポーターに挨拶をして、それからまたクールダウンと言ってストレッチングそれと軽いジョグ等を行って、とにかくその日の疲れをその日のうちに取り除くといった作業をするわけです。
これも別に次の試合のことを考えなければ全く必要のないものであって、要するにその試合が終わったその瞬間から次の試合に向けた準備が始まっている、そういったサイクルの繰り返しで、とにかくサッカー選手になるにあたり、実際サッカー選手になってからのこの生活の中で、いかに準備というものの大切さ、というものを日々実感している次第であります。
僕、現在10月10日で30歳になったわけですが、(「エーーー!!!」)
(笑)見えませんか?(「見えなーーい!!」)
蔵王のキャンプ中に三十路に突入しました(笑)
サッカー選手で30歳と言いますと、ベテランだとか30を過ぎて体力的に落ちてくるとか、そういったことがよく言われ、悪い意味で30歳を境に一括りされる傾向が非常にあるんですね。ベガルタ仙台では僕よりも年齢の高い選手がかなり多くて、キャプテンの森保さんなんかは今年35くらいですかね、それでもまだ元気に走り回ってますし、同じチームに年齢の高い選手がいるとまだまだだなという思いが非常に強いんですが、もちろん現役でまだまだやるぞという気持ちがあるのと同時に、やっぱり引退後のことについても少しずつ考え始めている状況です。
Jリーグでは今その引退後のことについてセカンドキャリア、ちょっとカタカナの文字を使って呼んでいるんですけど、要するに第二の人生ですね。セカンドキャリアということでJリーグの組織そのものが選手の第二の人生を考えましょうと言うことでいろんなサポートを今してくれています。
で、実際自分が引退して何をやるのかなと考えると、やっぱり漠然としたものしか思い当たらなくて、今まで小さい頃からサッカー選手になるんだ、という思いで走り抜いてきた自分にとっては、その目標を失うことの、なんて言うかな、怖さというか寂しさというか、そういうものがちょっとずつこう感じつつある状況です。やはりここまでサッカーをしてきたからには引退後もサッカーの仕事に携わりたいとかそういう思いの一方、全く別の仕事をしてみて自分の可能性を試してみたいとか、いろんなことを思うわけですが、そういう第二の人生、セカンドキャリアに向けて新たな明確な目標がないということについて、自分では不安を感じつつあります。
そういった漠然とした次への目標、今現在高校2年生の皆さんの中にもそういう思いを抱いている方がたくさんいるんじゃないかなと思います。僕も学生時代に就職活動をしている友達なんかに聞いても、特別将来何になりたいとかいうものを持っている人はあまりいない、とりあえず企業に就職して将来結婚して、というような漠然としたイメージしか抱いていない友達がたくさんいました。ましてや高校2年生となればそういうような私はこういう風になりたい、こういう職業に就きたいという明確な目標を持った方は少ないのではないかと思います。
今まででしたら僕から見るとそういう方というのはどうして将来成りたいものがないんだろうという思いがずっとあったんですが、今こうして自分の引退、セカンドキャリアというものを考え始めて、初めてそういった人の気持ちがわかるようになってきました。
あまりにも漠然とした未来へ向けてのイメージしかなくてなかなかやりたいことが見つからない、何をしていいかわからない、そうした中で、さっき言ったように次の人生に向けて何か準備をしなければいけないんじゃという思いを最近抱くようになりました。
そこで僕自身でいろいろ考えてみて少しずついろんなことを始めてみています。これは何も今年で引退して来年からそういったことに取り組むということではなく、今日のサッカー選手としての生活と平行して、いかに次の人生へ向けての準備ができるかというところで自分の中でいろいろ考えてやっています。
例えば先程も言ったように、Jリーグがセカンドキャリアへ向けたサポートの一環として、英会話のECCというところと提携して、Jリーグの選手がECCの英会話の授業を受けられるようなシステムが、今年から新しく構築されました。それを希望して現在週1回程度、仙台には残念ながらECCのスクールそのものはないので、パソコンのテレビ電話を使って、ECCの講師の方と1対1で英会話の勉強を今年から始めています。
それから様々な本を読んでみて、例えばサッカーのコーチになるのであれば、皆さんと同じような年代の高校生もしくはそれより下の中学生、小学生といった子供達を対象に教えなければいけない。そういった子供達が今何を考えて行動しているのか、そういったことを勉強するために心理学の本を読んでみたり、そういうことをちょっとずつ始めています。
それから、これはちょっと宣伝っぽくなってしまうんですが、自分のホームページというものを2年ぐらい前からですかね、サポーターの協力のもと立ち上げることができて、その中で週に1回程度自分で文章を書いて皆さんに読んで貰うと、そういったことも取り組んでおります。
こういったことが実際次の人生で役に立つかといったら、実際役に立つのは正直あるかどうかわかりません。英会話を勉強したところで、例えばブラジルに行ってサッカーのコーチになるんだったら、ポルトガル語をしゃべれなければいけないわけで、英会話は全く使えないし、全く違う仕事に就いたら心理学を勉強しても全く意味がないかもしれません。
ただでも、何かをとりあえず始めてみる、漠然とした目標しか抱いてないのに何もしないで悶々としているのではなく、とにかく何かを始めてみる、興味があることに足を踏み込んでちょっと一歩進んで何かをやってみる、ということは非常に大事なのではないかと思います。
現在明確な目標とか夢のある人というのはそれに向けての準備、コツコツと努力をしてそういう職業になりたいんだという思いを抱きながら頑張っていければ、それはそれで素晴らしいことだと思います。
一方、目標、夢のない人、将来何をしたらいいか分からないという思いの人は無理に何かを探そうというのではなく、とりあえず感心のある何かに一歩踏み込んでみてそれを行動に移してみたらいいのではないかなと思います。実際何かをしてみてそこから生まれることもたくさんありますし、そこで新たな人間関係が生まれて今度はまた違う自分が見つけられ、違う世界が広がってくるということが多々あるのではないかと思います。
とにかく行動を起こしてやってみなければ何も始まらないのではないでしょうか。高校2年生という非常に感受性豊かな時期なので、とにかくアンテナを高く張っていろんな情報をキャッチして、その中から自分自身でチョイスして様々なことにチャレンジしていったらいいのではないかと思います。なかなか僕くらいの年齢になりますと、いろいろ後先のことを考えて思い切ったチャレンジができなかたりすることがよくありまして、そういう自分にもどかしさを感じることがあるのですが、皆さんくらいの年齢ですと何にでもチャレンジできるし、それが例え失敗に終わったとしてもまた次新しいことが見つけられるのではないかなと思ってます。
ちょっと話が分かりづらいかもしれませんが、何年後か振り返ってみたときに、ベガルタの渡邉、あんなこと言ってたなぁ、もしかしたらあいつが言ってたのはこのことかなぁと気づいてくれるだけでも僕は十分に嬉しく思うので、どうか、一回りくらいですかね、皆さんとは年齢が離れているのですが、ちょっとしたアドバイスとして頭の片隅に留めておいて頂けたらなぁと思います。
ちょっと長くなりましたが、僕の話はこれくらいで、あと先ほど頂いた皆さんからの質問についてお答えしたいと思います。全部で10個くらいあるんで一つずつ答えたいと思います。
Q.
どんな高校生でしたか、楽しい思い出、辛い思い出。
A.
1,2年の頃は寮生活をしてました。住まいは東京だったんですが、横浜の高校まで通わなければいけなかったので、時間にして片道2時間以上かかったので、寮に入って生活をしていました。今思うととんでもなく厳しい寮で、門限が7時。練習が午後授業が終わって午後4時から6時半くらいまであるので、それが終わってすぐ食事をして7時には寮に帰ると。練習が休みの日もちょっと買い物に行っても7時までには寮に帰らなければいけないというような非常に厳しい寮の規則がある高校生活でした。とてもマジメに生活していたと思います。3年になって寮を出て自宅から通い出してからは、ちょっと友達と遊ぶ時間が増えたんですが、やっぱりサッカー中心に回っていたので、楽しい思い出、辛い思い出、どちらにしろやっぱりサッカーに関わることが多くなってくるかなぁという感じがします。
Q.
今までにこんなことしたかった、しておけば良かったと思うことは?
A.
いろいろありますね。サッカー以外の、サッカーがない生活というものはどういうものだったのかというのは、非常に自分自身興味があります。何も部活もしないで高校生活を送るというのはどういう感じなのかなとか、学生生活大学4年間の生活はどういうものなのかなという感じがすごくします。純粋にもっと遊びたかったという思いは非常にあります。
Q.
お父さん、お母さんはどんな親でしたか? 漫画「巨人の星」の星一徹みたいな親でしたか?
A.
両親は非常に真面目で特に父親は口数も少なく、背中でものを言うようなタイプでしたが、星一徹というよりは飛雄馬のお姉さんのような、僕が試合をしていると、こう隅っこで見ているようなタイプの父親でした。あまりアドバイスもせずに寡黙な父親でしたが、その後の僕の歩んできた人生の要所要所でいいことを言ってくれたなぁと、今振り返ると非常に思いまして、尊敬する人物の一人ではあります。
Q.
他のスポーツではどんな種目をするんですか?
A.
普段今はほとんどしませんね。他のスポーツは冬にスノボとかやりたいなと思ったんですが、やっぱり怪我をして骨折とかしちゃったらどうしようかなという思いがあるので、なかなか思いきって違うスポーツには取り組めません。ゴルフはちょっとやりたいなという興味はあるので、今年のオフにでもできたらいいなと思います。
Q.
休みの時は何をしていますか?
A.
オフの日は基本的に家族サービスですね。(会場ざわめく)
4歳になる娘がいまして(「ええーーーーっ!!!」)
今日一ですね。今日の反応(笑)
ほとんど娘と一緒に公園で遊んだりとか(「行きたーいっ!」)
娘の乗ってるブランコを後ろからこうやって(身振りつき)押してます。
あと、買い物ですかね。ショッピング、買い物が好きなので街でぶらぶらしている姿をよくいろんな人に見られているようで、こないだも買い物していたら、1日に同じチームの人間に5,6人会いました、同じ店で(笑)
Q.
好きな食べ物、健康に注意していることは何かありますか?
A.
好きな食べ物は基本的にお子ちゃま料理ですね。カレー、ハンバーグ、オムライス、餃子、そのあたりが好きです。
健康に注意していることは、やっぱりこういう仕事柄、非常に気を遣っていることがありまして、結構健康オタクかなという気はします。いろいろサプリメント摂ったりだとか、そういう本を読んだりとか、あとは「発掘あるある大辞典」よく見てます。勉強してます。
Q.
三女高の私達の第一印象はどうでしたか?
A.
かわい〜ですね(^-^)皆さんね。(「イェーイ!!」(拍手))
・・・・こんな感じでいいですか(笑)
入って来た時に、タクシーで来たんですが、タクシーで降りた後すぐ、2,3階かな、3人くらいの生徒の方がタオル?マフラーかな、みたいなのを広げて「ヴァーーッ!」ってやってた。なかなか今日は手強いぞという感じで入ってきたんですが、案の定、校長室で校長先生とお話をしていた所に入ってきた3年生かな、生徒が十数人入ってきたんですが、もうすごいパワーでした。かなり、もう、素晴らしいですね。
今日僕が皆さんに何か力を与えて下さいというようなことを校長先生からは言われていたんですが、逆に僕が皆からパワーを頂いているような感じを受けました。非常に活気に溢れている高校だなぁという感じがします。
Q.
三女高は運動の部活が活発な高校なのですが、何か高校の部活について考えることがあれば教えて下さい。
A.
僕がいた高校は神奈川の桐蔭学園という高校なんですが、サッカー部以外にも野球部、柔道、ラグビーと他にも結構強い部活がありまして、文武両道を目指した学校でした。サッカー部の監督が非常に変わった方で、とにかくサッカー、言葉悪いですけど、サッカーバカにはなるなというようなことを言われていました。だから、サッカーだけに取り組むのではなく、もっと人間としていろんなことに目を向けて、視野を広くして行きなさい、ということを言われていたので、運動部の方もこの中にはいらっしゃると思うんですが、それと同時に一人の人間としていろんなことに関心を持って視野を広くして生きていけたら素敵なんじゃないかと思っています。
Q.
好きな歌は?好きな歌手は?
A.
好きな歌手はミスチルですね。ミスチルは大好きです。歌詞サイコーですね、ミスチルね。メロディもいいけど、歌詞サイコーですね。(「歌ってーっ!」)
(苦笑)カラオケボックスじゃないとね。
ミスチルで好きなのはいろいろありますね。「クロスロード」とか、「終わりなき旅」とか、いいんじゃないかな。
Q
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リフティングを見せて欲しい。
A.
ボールがないからできません。あんまりリフティングとかすごく上手な選手とそうでない選手と結構いて、どちらかというとそうでもない方に入るんですね。それでもリフティングやれって言われれば100回200回は今のところ・・・(ボールの登場)
(笑)・・・じゃあやりますか。
<リフティングの披露(リフティングの写真1)>
こんなんでよろしいですか。(「ヘディングも〜!」)
<ステージ反対側でヘディング披露(リフティングの写真2)>
練習したらできるんで、みんな練習して下さ〜い。
長くなりましたが、僕の話はこれで終わります。
また機会がありましたら三女高にも来たいと思いますので、その時はまたよろしくお願いします。どうもありがとうございました。
今回の講演会の内容を掲載するにあたりまして、当時の三女高第2学年委員長でいらっしゃいます横山洋子さんに多大なご協力をいただきました。
どうもありがとうございました。