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小田原の見所

小田原市統計要覧によれば2007年の小田原市の人口は199,881人で過去7年間20万人をやや下回るところで推移しており、人口に大幅な変化はない。その理由として大きな人口の変動を伴う製造業等の進出が少なく、市内の商店街も飽和状態で変化が少ない事がその理由の一つであろう。最近では土地に余裕がある私の住む郊外へ大型の駐車場を持つショッピングモールやスーパー、百貨店、電器の量販店等が進出し活況を呈する様になった。
また小田原の良いところは気候が温暖な事である。冬季は東京に比較して1〜2度程度は温度が高いように感ずる。これは降雪時東京で10センチあった積雪が電車で小田原につく頃には完全に消えている事から実感できる。また夏季には海からの涼しい風があり東京よりすごし易さを体感できる。
上記小田原市統計要覧からその他2007年の主要項目を抜粋すると以下の通りとなる。人口:199,881人、気温:平均 16.7℃(最高 36.3℃、最低 -1.0℃)、降雨量:1,557.5mm、面積:114.06km2。
それでは以下小田原の見所を項目を追ってご紹介したい。

1.小田原城

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小田原城のお堀の桜は3月の下旬から4月の上旬にかけて満開となる。桜と隅櫓とお堀のかもし出す情景は小田原城で最も美しい風景のひとつ。小田原駅からお堀端通り経由で歩いて6〜7分。赤い欄干の学び橋を渡り、天守閣へと至る。写真に映る赤い「隅櫓橋」は復元工事のためこの5月半ばで70年の歴史に幕を閉じ姿を消す事が決まった。この赤い橋が桜に映える写真もこれが見納め。
(写真撮影日:2006年3月31日)



2.小田原城・銅門と住吉橋

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小田原城ではその概要がほぼ明らかとなっている江戸時代後期の城へ戻す復元工事が進んでいる。写真は手前から住吉橋と二の丸の表門となる銅門(あかがねもん)でそれぞれ1989年と1997年に復元された。さらに小田原城の主要登城ルートの整備が現在進行中で、住吉橋・銅門へ至る馬出門〜馬屋曲輪の復元工事が進められており、2009年3月末の完成予定となっている。これら工事の完成により馬出門から銅門を経て二の丸・本丸への登城ルートが完成をみる。なお天守閣は1960年に、また天守閣へ至る常盤木門が1971年に再建された。
(写真撮影日:2008年11月30日)



3.小田原城・馬出門桝形

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2009年3月29日、小田原城・馬出門桝形が完成し一般公開された。これで小田原城の主要登城ルートである馬出門から銅門を経て二の丸・本丸へ至る登城ルートの復元が完成した事になる。小田原市のホームページには「馬出門は、二の丸正面に位置する重要な門で、江戸時代の初期からこの場所に存在し、寛文12年(1672)に桝形形式の門に改修され、江戸時代の終わりまで存続しました。」と記載されている。
(写真撮影日:2009年3月29日)



4.石垣山一夜城址

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豊臣秀吉は戦国末期の小田原攻めの時、小田原城の北西の岡に一夜城を築いた。実際の築城には四万人で80日を要したとの記述が城址の標示にある。周囲を樹木で隠し完成後その樹木を切り払ったため一夜の内に城が出現、その事からこの名前がついたと言われる。詳しくは石垣山城を参照。城址は現在歴史公園として良く整備されている。JR早川駅から徒歩30〜40分程度。風景を楽しみながらのハイキングには手ごろな場所。
(写真撮影日:2006年4月7日)


5.フラワーガーデン

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小田原の北方、久野・諏訪の原にある。市内から車で約20〜30分、交通の便はあまり良くない。敷地は約4.2ヘクタール。梅、バラ、紫陽花、菖蒲等四季折々の花が楽しめる。入場料無料(トロピカル・ドームを除く)で休日には地元の花、野菜、植木等の市が立つ。
(写真撮影日:2005年6月17日)



6.県立おだわら諏訪の原公園

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2006年3月、フラワーガーデンに隣接してその一部が開園した。神奈川県が整備を進めているが完成するとフラワーガーデン(約4.2ha)を含み69.2ヘクタールと広大な公園が誕生する。公園は高台にあるため眺めが良く、丹沢連峰や酒匂川の流域が一望の下に眺められる。現在の園内は広い芝生のグラウンドや子供の遊具が備えられており、天気の良い日に子供連れでのんびりと1日を過ごすには絶好の場所。市内から車やバスで約20〜30分。入場無料。
(写真撮影日:2007年10月13日)



7.長興山紹大寺のしだれ桜

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箱根への入り口・入生田の紹大寺に樹齢300年と言われるしだれ桜がある。紹大寺は小田原城主稲葉家の菩提寺で同じ稲葉家出身で三代将軍徳川家光の乳母であった春日の局の墓もある。桜も老齢のため病気がちで、往年の輝きを失いつつある。箱根登山電車の入生田駅から徒歩が便利。紹大寺では精進料理を楽しめる。
(写真撮影日:2006年3月26日)



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8.生命の星・地球博物館

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神奈川県立生命の星・地球博物館は小田原の西、箱根との境に近い入生田にある。箱根登山電車の入生田駅をおりて徒歩3分程度。地球の誕生から現在までの歴史が化石や恐竜・動物の標本等により説明されている。ビデオやディスプレーそれにカラーパネル等は小学校上級生の子供たちを対象にわかりやすく工夫が凝らされいる。冷房の効いた館内で暑い夏休みの1日を遠い地球の歴史に思いを馳せ子供たちと過ごすのも一興。
(写真撮影日:2006年8月4日)



9.小田原漁港

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JR早川駅下車徒歩3分。周辺にあまり見るものはないが、新鮮な魚料理の美味しい店が沢山ある。漁場の2階にある直営の魚市場食堂はセルフ・サービスだが、ねたは新鮮で価格もリーズナブル。他には三太郎わらべ菜魚洞等がお勧め。お土産には近くに小田原魚センターがある。
(写真撮影日:2006年4月7日)



10.二宮尊徳の生家

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小田原の著名人として二宮金次郎(尊徳)の名前をはずすわけにはいかない。1787年小田原の栢山で農家の長男として生まれている。数々の業績を残し69歳で死亡。生家が小田原市の栢山に保存されている。隣接して尊徳記念館が併設され、その偉業を知ることが出来る。記念館には宿泊も可能で、子供会やボーイスカウト等の行事で利用されている。小田急線の富水駅または栢山駅から歩いて15分。
(写真撮影日:2006年4月11日)


11.飯泉観音

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地元住民には飯泉の観音さまで知られる飯泉山勝福寺は、由緒ある古寺で、十一面観音が本尊となっています。坂東三十三観音の第五番札所として有名です。また毎年12月17日・18日このお寺の境内で行われる「だるま市」も有名で、沢山の人々で賑わいます。国府津から「観音さま」までの道は「巡礼街道」と呼ばれ、今では道の両側にスーパー・百貨店・電器の量販店等が立ち並ぶ小田原で最も賑やかな通りの一つとなりました。JR鴨宮駅から歩いて20分程度。
(写真撮影日:2006年4月15日)


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12.酒匂川

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小田原を南北に縦断する足柄平野唯一の”大河”酒匂川。小田原市の住民には故郷の川として親しまれている。川の両側には昔二宮金次郎が植えたと言われる松並木が今は大木に成長し残る。また広重の「東海道53次」小田原の宿にもこの酒匂川が登場する。6月からは鮎つりのシーズンが開幕、多くの釣り人で賑わう。数年前から夏には花火大会が行われる様になった。酒匂川は富士山東麓の御殿場を源流とし静岡・神奈川を流れる総延長46kmの二級河川。
(写真撮影日:2006年6月4日)



13.酒匂川の渡し

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酒匂川は安藤(正式には歌川)広重の東海道53次・小田原の図で有名である。絵には酒匂川を徒歩で渡る情景が描かれ、遠くに小田原城や民家、その後ろには箱根山も描かれている。絵からその場所は国道1号線近くの橋の少し上流の写真に示すあたりと推定される。図に描かれた箱根山(初版)は写真にあるように左から二子山・駒ケ岳・神山を描いたものと考えられるが写真で見る山々とはかなり異なる。この事から広重は実際にこの場所を訪れ絵を描いたのではなく、他の絵を参考にして描いたとの説も出てくる。この項「広重53次のナゾと謎解き」を参照。
(写真撮影日:2008年1月3日)



14.温泉地学研究所(神奈川県立)

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ホームページによれば「温泉源の保護、開発、利用についての調査研究を行うため、昭和36年10月 1日に設立」また主な業務として「県土の地質に関する研究を中心に、所内外の様々な分野の研究者と連携を図りながら、地震火山災害の軽減や地下環境の保全に役立つ様々な研究を進めている」とある。 館内は1階・2階が展示室となっており、箱根火山の発達史が岩石の標本やボーリングコアなどで説明され、芦ノ湖の逆さ杉等の標本もある。また地震発生のメカニズム、温泉開発の歴史についても学べる様になっている。 場所は箱根登山鉄道で小田原駅より、3つ目の「入生田」で下車、徒歩約5分。「生命の星・地球博物館」に隣接。箱根で温泉に入浴後、帰途ここに立ち寄り温泉と地震について学ぶのも良いかも。
(写真撮影日:2006年8月4日)

15.曽我の梅林

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足柄平野の東、酒匂川から国府津にかけての平地から丘陵地帯にひろがる曽我の梅林は2月11日の今が見ごろを迎えている。3万から4万本の梅ノ木が植えられているとの説がある。曽我の梅林は観賞用の「梅林」というより小田原の名産「梅干」の原料となる梅を育てる「梅の畑」と言った方が正しい。写真は国府津山から曽我地域を俯瞰したものであるが、曽我から国府津の丘陵地帯には沢山のハイキングコースがあって、梅の香を楽しみながらゆっくりと梅林の中のウオーキングを楽しむには今が最適の季節である。2月初旬から3月初旬にかけて梅祭りも開かれ、流鏑馬等の行事も行われる。梅林の観賞や梅祭り、ハイキング等いずれにも御殿場線の下曽我駅を起点とするのが便利で、駅から「梅祭り会場」へは徒歩10分程度である。
(写真撮影日:2007年2月11日)


16.小田原シティーモール

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小田原シティーモールの二期工事が完成し、このほど(3月27日)オープンした。このシティーモールのある巡礼街道(国府津から飯泉観音へ至る道路)は昔砂利道でトラックが砂塵を揚げて走っていたが、いまや小田原でも銀座通り並みの目抜き通りへ変身、買い物客の車が列をなし、渋滞が激しい幹線道路となった。小田原の郊外へこのシティーモールが出来てから、買い物客は小田原の中心地からこちらへ移動、車を利用した家族ずれで賑わうようになった。公式ホームページは小田原シティーモールクレッセを参照。
(写真撮影日:2008年5月6日)


17.秋山真之終焉の地

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日露戦争・日本海大海戦で勝利を収めた東郷元帥率いる日本連合艦隊の名参謀であった秋山真之終焉の地が小田原であった事を知る人は少ないのではないか。長年小田原に住み、司馬遼太郎「坂の上の雲」の愛読者であった私もこれを知ったのがつい最近の事である。秋山は大正7年(1918年)2月に昔小田原の別荘地帯にあった山下汽船(現・商船三井)の創業者山下亀三郎の別邸「対潮閣」で最後を迎えている。その場所に建てられた掲示版によると、享年49歳で、死因は盲腸炎が悪化したためこの地で没するとある。この場所は国道1号線早川口近くで、現在は一般の住宅が立ち並ぶ場所となっている。
(写真撮影日:2011年5月6日)


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