川越東ロータリークラブ例会での会長挨拶と談話

ひょんな事で、昨年(平成11年)12月から、2度目の会長を引き受けざるを得なくなり、後半の半年間は毎週金曜日の通常例会で約15分間喋る立場になってしまった。毎週金曜日には、午後12時30分に開会の点鐘を鳴らし、ロータリーソングを全員で唱和する。その後に必ず会長挨拶と談話を15分ほどやる。
2000年を機して、その抄録をホームページへ載せて読んでもらう事にした。
インターネットを利用して、HPより資料を集めたものが多いので悪しからず。


『2000年初例会』会長挨拶と談話 1月7日(金)

西暦2000年、 新ミレニアム、明けまして、おめでとう御座います。今日は、2000年の初例会、記念すべき例会かと思いますが、輝かしい年になるように願っております。懸念されたコンピュータ2000年問題、Y2Kは殆ど何も発生せずに、天気は晴れて穏やかな正月が迎えることが出来、よかったと思いますが、皆さん、お正月はのんびり過ごせましたでしょうか?私は、水上温泉で除夜の鐘を聞き、元旦には水上にある成田山別院に初詣に行って、おみくじを引きましたら、大吉でしたので、何か良い事がありそうな期待を持っています。
その和歌には、「朝日かげ、たださす庭の、松が枝に、千代呼ぶ鶴の、声ののどけさ」とめでたさが詠ってありました。
昨日は寒の入り、昨夜は1ヶ月ぶりにおしめりが少しありましたが、この冬は今日7日でも、あたたか、暦の上ではまだ松の内、後ほどワインで祝杯を乾杯したいと思いますが、今朝は皆さん、七草粥を食べたでしょうか? 七草を入れた粥を食べるしきたりは、すでに萌えいずる青い物を食べて、新しい生命を自分の中に取りこもうと言う意味があるようで、無病息災を願ったようです。春の七草とは、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七種です。いくつ知っているかは、兎も角として、寄せ植えにしたものが最近は売っているようですが、現在考えてみても、青物には冬に不足がちなビタミンCやB群が多く含まれているので体に良く、粥は正月に食べ過ぎた胃にとっても優しいと言う事で良いのでしょう。
今年は西暦2000年、辰年、うるう年で、2月は29日がありますし、1年は366日になります。地球の公転の誤差を調整するために、うるう年は4年に1度来ることは誰しも知っておりますが、うるう年を認識するには、ややこしい3つの規則があるのをご存知でしょうか?
1.4で割り切れる年はうるう年
2.但し、100で割り切れる年は平年
3.しかし、400でで割り切れる年はうるう年
これによると、2000年は1.でうるう年、2.では平年になるが、3.の規定でうるう年と認定される事になります。

また、4年に1度来るのは、オリンピックですが、2000年はシドニーで9月より開催されるとの事です。4年前のオリンピックはアメリカのアトランタでしたが、この時、私は、おりしも東クラブの会長を拝命しており、思い出深い年であり、私にとっては記念すべき年でありましたが、今回も何故か、再び会長を引き受けた今年度も、開催は9月ですので在任中でありませんが、オリンピックが開かれる年になりました。何かの輪廻があるのかもしれません。不思議な気がします。


第870回例会≪会長挨拶と談話≫ 2000/1/14 (金)
一昨日はやっと初雪ガ降りちょっぴり積もり直ぐ雨になったが、暖かかったこの冬にひどく寒さを感じましたが、暦の上でも来週が大寒、厳しい寒さになるのでしょうか。
それにしても、タイガーウッズ、すごいですね。米男子プロゴルフツァー(PGA)の開幕戦で、47年目の快挙で5連勝、史上3人目とか、恐れ入りました。タイガーは、4年前私の会長年度の秋にプロゴルファーとしてデビュー、いきなり2勝、インターネットでアクセスして翻訳ソフトにかけると、Tiger Woodsを森の虎と訳したので、奇異に思い、この席で1月に喋ったのを記憶しています。今度はPGAツアー最長のロングホール663ヤード、ハワイ・マウイ島の18番で、南アのアーニー・エルスと共に、二人ともイーグルでプレーオフとなり、2ホール目でタイガーが12メートルのバーディパットを入れて決着、恐れ入りました。優勝賞金も日本円で5480万円とか、ビッグですね。タイガーに云わせれば「信ずれば、願いが通ずる」とのこと、云うことも違いますね。因みに史上の連勝記録では、ベン・ホーガンの6連勝、バイロン・ネルソンの11連勝があるそうです。
今日の卓話は、森山さんの中国語講座になっているようですが、その前に英語の「i」について、お耳を借りたいと思います。
商品名などにアルファベットの小文字「i」を冠したネーミングが増えています。昨年の12月の読売新聞によると、iMAC、iモード、BS-iなど商品名やサービスに命名されていますが、この「i」とは何を意味し、何を意図しているのでしょうか?この小文字「i」は、大文字の「I」では駄目で、小文字「i」は人が立っている姿にも見えて柔らかく、温かみがあり、日本語の「愛」の音にも通じ、「私」を表す英単語の「I」や、「インターネット」internet,「双方向性」interactive 「情報」information 「個人」individualなどの英単語の頭文字を意味しています。
1998年夏の発売以来、全世界で200万台を売るヒット商品になったアップルコンピュータ社のパソコンの名前「iMAC」, 去年10月に発売されたノートパソコンも「iBOOK」と名付けられた。いずれもインターネットに簡単にアクセス出来るパソコンと言う意味を込めて頭文字を取った。斬新なデザインが受けた。それまでなかったカラフルな色を使い、スケルトンきょうたい筐体と言って半透明のスケスケ・ルックで内蔵の精密機器まで透けて見えて、外観は丸みを帯びいてかっこいい。女性のキャミソール・ルック(下着ルック)に何処か似ていて、愛嬌があって何処か色気さえある。売れに売れている。Macはウインドウズに負けて苦しかったのが、これで巻き返した。ソーテックと言う会社が、スケルトン筐体でウインドウズのパソコンe-oneを発売したが、デザインが酷似しているとの事で、直ぐさま裁判所から発売停止をくらってしまった。これぞと思い注文していたのに、待たされて、私のところには銀色の筐体となって届いてしまったが、この紛争でパソコンの性能をずっと向上させ価額も同じ製品を出し、却って良かった気がしている。
NTTドコモが、携帯電話の新サービス「iモード」を始めている。インターネットに接続出来たり、Eメールが出来るので、若い人には大人気である。
今年12月には放送が始まる予定のデジタル衛星放送局「BS-i」は、視聴者個人を尊重する意味でindividualのiを取ったとの事です。デジタル・テレビは双方向性になるので、interactiveのiでもあるのでしょう。
その他、i-RadioやSports-iなどが、インターネット上にあります。


第871回例会≪会長挨拶と談話≫ 2000/1/21(金)
今日1月21日は暦の上で大寒、寒波がやって来て体感温度は寒いですね。日本海側は大雪とか。しかし、今年は暖かい日が多く各地でも平均気温は1℃以上高く、暖冬のようです。
ロータリーは、異業種の集まり、自分の知らない他業種の話題を聞くのも、身の糧になるのではないでしょうか。その意味で、今日は田中さんが製造業と、その取り巻く環境についての卓話となっており興味がありますが、その前に医学上の話題をひとつ提供します。私としては今後半年の間に毎例会ごとに何か喋らねばならないので、医学上の話題を平易に話が出来て、皆様の感心が健康に向けば良いと思っております。
皆さんは「ピロリ菌」と言う名前を聞いた事がありますか?ちょっとひょうきんなユーモラスに聞こえるこの菌は、胃の中に入って、いろいろな悪さをするのですが、我々の年令になると、即ち40歳以上になると、70〜80%の人が、この菌に感染していると言う資料が発表されているので、うかうかしていられないのです。この菌が出すアンモニアが胃の壁を傷つけて炎症を起こし(胃炎)、細胞を弱くする毒素を持っていて、胃を守っている粘液を減らし、酸の攻撃を受け易くして潰瘍を作ったり、炎症を繰り返し粘膜が萎縮性胃炎に移行すると胃癌の誘引になるかもしれないとされています。ピロリ菌はフルネームをヘリコバクター・ピロリ菌と云い、べんもう鞭毛を3〜6本持ち、ラセンの形をしているので、ヘリコはヘリコプターと同じ意味のラセンを意味し、ピロリは発見部位である胃の前庭部(pylorus)から名前を取りました。
この菌の発見の動機が、また振るっていて面白い。胃の中は消化液の胃液分泌があり、胃液の塩酸が強いので、その中では通常、細菌は生きられないので、細菌は居ないと云うのが、20年前までの医学会の定説であった。しかし、後ほどになり解ったことだが、ピロリ菌は人間の胃の中にある尿素からアンモニアを出す酵素を持っており、自分の身の回りをアルカリ性のアンモニアでおおって酸を中和し、自分にとっては快適な環境を作って住み付くのです。1983年オーストラリアの病理学者のウォーレンが、胃粘膜に細菌が居り、悪さをしているらしいと云う論文を発表したときは、医学会にけんけんごうごう喧々囂々の論争が巻き起こった。その弟子の研修医マーシャルは、この菌を食べたらどうなるか、イースターの休暇の間に、マーシャルが自分自身で飲んで実験し、実証し発表した。未知の病気になるかもしれないのに、随分勇気が入った話だと思う。天然痘ワクチンを発明したジェンナーが、可愛い我が子に初めて種痘をう射ったと云う勇気ある話を思い出す。最も、私の出身の東京医科歯科大学でも、自分の腸の中に寄生虫のサナダムシを飼って可愛がり、寄生虫を研究している立派なありがたい医動物学教授が居り、本当に敬服します。
ピロリ菌の感染経路は、主に経口感染と考えられております。開発途上国では、水、糞便を介する経路もあるとされています。
ピロリ菌の除菌治療が、今年度に健康保険で認められる方向にあると聞いております。今日はピロリ菌の逸話でした。


第872回例会≪会長挨拶と談話≫ 2000/1/28(金)

昨日1月27日は、ロータリーの生みの親、ポール・ハリスの命日にあたり、1947年に亡くなっておりますので日本式に云えば54回忌になりますか、今週はポール・ハリス追悼記念週間になっております。4年前の1997年、丁度私が会長の時でしたが、没後50周年記念に当たり、かつての会報を紐といてみると特集号を組んでおり、会報委員会の望月さんが「ポールが日本にやって来た!」と題して、面白い記事を載せております。ポールを追悼する意味で、毎年1月は「ロータリー理解推進月間」になっておりますが、これはロータリー会員ばかりではなく、対外的にもロータリーを広報をしようと言う意味でもあるのでしょう。

次ぎは私の簡単な健康講話シリーズに移りたいと思います。「生活習慣病と云う言葉を聞いたことがあるかと思いますが、来週の2月1日より7日までの1週間『生活習慣病予防週間』になっております。四国は香川県のインターネット「かがわ健康福祉情報ネットワーク」に、解りやすく載っておりますのでそれを参考にお話します。
生活習慣病ってなんだ?
生活習慣病は、日常の生活習慣、例えば喫煙、飲酒、ストレス、食生活、運動、休養などが病気の発病や進行に関わっている考えられる病気の総称です。タバコでは肺がん、酒では肝臓病、ストレスでは胃炎、食生活では糖尿病、高血圧、高脂血症、腎臓病、高尿酸血症、脂肪肝、運動では、肥満、心臓病、骨粗鬆症、休養では脳卒中に関わっていると思われております。
一度しかない人生、楽しく健康に過ごすか、病気で制限を受けた人生を送るかは、あなたの生活習慣にかかっています。
今年のスローガンは、「体重計、のってわかる生活習慣」 一人一人が自らの体重を管理し、自己の生活習慣を上手にコントロールしましょう。
◎食生活についての見直しのポイント
まずは、いろいろな種類の食品をバランス良く食べるように気を付けましょう。むずかしく考えないで、おいしい物ばかり食べずに、粗食でも良く、 好き嫌いなく、いろいろ食べる習慣を身に付けましょう。食べ過ぎは生活習慣病の大敵です。腹八分目に心掛けましょう。
◎運動についての見直しのポイント
毎日の生活の中で意識して歩く事を心掛けましょう。健康作りのウォーキングとは、息切れするようなものではなく、話をしながらでも楽に出来る「はや歩き」で結構です。運動の程度は、年令のよって差がありますが、1日30分を目標に息がはずむ程度のスピードで、出来るだけ毎日続けることが効果的です。でも、毎日は時間の取れない人は、2日に1度、週に4日でも効果はあります。
◎ 喫煙・飲酒についての見直しポイント
「百害あって一利なし」と云われるタバコは、有害物質が200種類も含まれているとされ、その中でも、ニコチン,タール、一酸化炭素はは、がん、心臓病、呼吸器疾患など全身の疾患の原因になります。また、吸いかけたタバコから立ち昇る煙(副流煙)は、吸わされる人にも同様の健康障害を起こします。ぜひ、禁煙を心掛けましょう。
アルコールは、肝臓の障害は勿論、糖尿病や胃潰瘍の原因になったり、悪化させたりします。肝臓の疲労を回復させるために、週に2日は休肝日を設けましょう。
結論
今からでも遅くない。生活習慣を改善して発病のリスクを減らしましょう。


第873回例会≪会長挨拶と談話≫ 2000/2/4(金)
(冒頭に童謡「はるよこい」を流す)
昨日2月3日は節分、本日2月4日は立春、暦の上では「♪もう、春ですねぇ…」。オープニングに唱歌・そうしゅんふ早春賦「♪春は名のみの風の寒さや……」のミュージックを流そうと思ったのですが、市立図書館にはCDが貸し出し中でなかったのでこの童謡になった次第です。2月は実際には1年でいちばん寒さの厳しい時期で、もうこれ以上は寒くならない、これからは日1日と暖かくなっていく、という意味で立春と呼ばれるようです。少しずつ日が長くなり、草木が芽吹いてきます。
2月は別名、如月(きさらぎ)と呼び「生更ぎ」とも書き、草木が更正する意味だそうです。節分とは、読んで字のごとく季節が分かれる時という意味で、立春の前日にあたります。この日は冬と春の分岐点ということです。長い冬が終わりを告げ、生命の息吹が感じられる春となる。まさしくその瞬間のことを示しました。今の暦では2月3日が節分ですが、昔の暦(旧暦)では立春を1年の始まりとしていたので、節分はおおみそか大晦日にあたりました。大晦日はきもん鬼門が発生する日、節分は翌日からの新しい1年を迎える大切な日だったのです。最近は節分というと「豆まきの日」って感じですが、本来は季節の変わり目のことを云い、立春、立夏、立秋、立冬それぞれの前日と、1年に4回ありますが、室町時代ごろから、立春の前日のことだけを云うようになりました。つまり、2月の最初の節分に行なう豆まきというのは、大昔の日本の一年のしめくくりの行事であったのです。これは、当時は立春が新年だったので、年神様が来る前に、鬼を追い出し、家を清める必要があったためです。そこに、中国で行われていた鬼を払う「追儺(ついな)」「鬼儺(おにやらい)」の習慣が、遣唐使によって日本に伝えられ、節分の夜の豆まきになったとされています。豆をまくのは、鬼の目を打つ「魔目」、また「魔滅」に通じるからとか、「まめに暮らすように」との意味もあります。季節の変わり目に起こりがちなやくびょう疫病を、鬼に見たてて追い払います。
節分は年の変わり目と季節の変わり目とが同時に来ることになります。この年の変わり目には、あの世とこの世のあいだに裂け目が生じ、あの世からこの世に向かって「鬼(=悪運)」と「福(=幸運)」がやってくるという言い伝えがありました。そこで「福」だけを迎えて「鬼」を追い返し、新たな年のしあわせを願う。これが「鬼はそと、福はうち」の由来です。(NHK「コメディーお江戸でござる」での杉浦ひなこ日向子さんの解説を要約)
また、節分には、イワシの頭をヒイラギの枝に刺して戸口や軒下に飾る風習が各地に伝わっております。平安朝の昔、節分の夜になると都に鬼が出没し、女、子供を食べるので恐れられていたが、鬼が匂いを嫌うイワシと、トゲが鬼の目を刺すヒイラギのある家には、鬼が入っていかなかったと云う伝説によるものです。




第875回例会 2000/2/25 (金)
≪会長挨拶と談話≫
皆さん、お久しぶりです。2週間ぶりの例会になります。IMがあって、先週はそれの振り替え休会となったので、その間にだいぶ春めいてまいりましたが、まだまだ寒い日が多く昨日もみぞれが降りました。19日に二十四節気のうすい雨水が過ぎて梅が咲き出し、今年は春のあらし「春一番」がいつ吹き荒れるかと気遣っていますが、気象庁の予報ですと春は例年より早くやってくるとの事ですので、いつでしょうか? そこで先ず雰囲気を演出するために、かつてのアイドル歌手キャンディーズの歌「春一番」をどうぞ!
(テープで歌が流れる)「♪♪ 雪がとけて川になって流れて行きます つくしの子が はずかしげに顔を出します もうすぐ春ですね ちょっと気取ってみませんか…… 風が吹いて暖かさを運んで来ました………もう春ですね………♪♪♪」
最初の愛くるしい肉声の歌はCDよりダビングし、後のカラオケ部分はインターネットでダウンロードして、継ぎ足して編集してあります。最近はデジタル音楽となりインターネットで配信して販売するようになってきました。1曲200円です。好きな曲を集めてパソコンで自分なりのオリジナルCDが作れるのです。
ところで、春一番とはどんな気象でしょう?少し調べてみました。春一番の条件は、「立春から春分までの間で、日本海に低気圧があり、初めて南よりの強い風(8m/s以上)が吹き、前日より気温が上昇した最初の日」と気象庁天気相談所が定めています。冬の気象を代表する西高東低型の天気図がくずれ始めるころ、日本海にしばしば低気圧が発達します。日本海にできる前線に向け南の高気圧から暖かい強い風が吹いてきます。冬が終わり春が始まるころに吹きぬけるため「春一番」と呼ばれます。寒い冬の季節が終わり始めたころ、暖かい風が日本列島を吹きぬけるため、春が近づいてきたことが肌で感じられます。しかし、「春一番」が吹いた次の日は、決まって真冬に逆戻りしますし、春一番そのものは人命を奪うなど重大な災害を起こしうるほどの嵐なのです。南風が吹いて、低気圧が北海道の東に抜けると、日本の上空には大陸から寒気が流れ込んで、冬が逆戻りするのが普通です。春一番をはさんで、冬と春とが小競り合いを続けている。
春一番そのものはこの型の天気図は何度かくり返され、南風もそのつど吹きますが、春二番とか春三番という呼び名はついていません。名前がついているのは最初の「春一番」だけです。
暖かい風が吹き込むため、日本海の気温が上がる「フェーン現象」が起こりやすくなります。春先のあらしや、山の雪が溶けて雪崩(なだれ)が起きるのもこのような気圧配置のときです。また、日本海側では強い風が吹くため、火事が発生しやすくなります。(気象図は日本気象協会提供)
そこで気象庁の天気相談所に電話して、過去3年間の春一番が吹いた日を聞いてみました。昨年平成11年が3月5日、一作年平成10年が3月14日、平成9年が2月21日との事です。昨年は3月5日、関東、北陸、中国地方、九州北部で「春一番」が吹いた。東京の最大瞬間風速24・7メートルでした。
今年も15日に寒い大風が吹きましたが、いずれも上記の条件を満たさなかったので春一番ではなかった。今年はいつ吹くのでしょうか?もう直ぐに吹く日が来るでしょうか?


第876回例会 2000/3/3(金)
≪会長挨拶と談話≫
(オープニングに童謡「うれしいひな祭り」のメロディーを流す)
♪♪ あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花 五人ばやしの 笛太鼓 今日はたのしい ひな祭り ………♪♪
今日は3月3日「ひな祭り」です。女の子なら誰もが楽しかった思い出を持つ,そして幾つになっても胸の片隅でそっと心待ちしている「桃の節句」です。もっともこれを「桃の節句」と言ったのは旧暦の3月3日頃が桃の花の咲く時期に当たるためで、今の時期はまだ梅しか咲いていません。そこで月遅れで4月3日に行うところもあるようです。 長かった冬に終わりを告げ、春を迎える日本の美しい伝統行事、この習わしを次の時代へと引き継ぐことも大切なことではないでしょうか。
ひな人形は平安時代に、貴族の女性の間で紙人形に衣装を着せて「ひいな遊び(ままごと遊び)」を楽しむ風習がありました。源氏物語にも出て来ます。それが江戸時代に幕府の大奥でその形を整え、子供たちの健康を祈って「ひな祭り」が行われ、ひな人形も飾られるようになりました。
ひな祭りは女子の成長を祝う世界でも類をみない女の子のゆかしい行事です。長い歴史の中で、多くの女性に愛されはぐくまれてきた「ひな祭り」には日本人の心にひびく温もりが感じられます。
ところで、「ひな人形」の「おだいり内裏さま(男雛)」と「お姫さま(女雛)」は、どちらが右で、どちらが左なのでしょうか。実は、関東と関西では反対になります。関東では、男雛が右(向かって左)、女雛が左(向かって右)。これは「右が上位」という考えに従ったものです。たとえば「右腕(最も優れた部下)」、「右に出るものはいない(1番である)」、「左遷(位を下げる)」など、今もその考えが残っています。つまり、男性優位の並べ方といえるかもしれません。
一方、関西では元々は男雛が左(向かって右)、女雛が右(向かって左)です。これは、上方(関西)では、女性の力が強く、男性と対等という意識があったからとされています。(別の説もある)
現代では、ひな人形の多くが関東で作られているため、関東風の並べ方が全国的になっているようです。要は、どちらが正しいということではなく、好きな方でかまわないとされています。
桃の花≫
桃は、「生命力」「不老」の象徴でもあります。「桃」の文字は「木」へんに「兆」と書きます。日本では、これが「兆ほどもたくさんの実(子供)をならせる」と解釈され、安産をはじめ「強い生命力」の象徴とされました。魔を払う力があるという俗信も、すでに約千三百年前の『古事記』に出てきます。また桃の実は栄養価も高く、病魔を退散させると考えられていました。また、鬼を退治するとされ、桃太郎の物語にも結びつくことになります。これは、古い記録では、「お婆さんが桃を川で拾う」のではなく、夫妻が桃を食べて若返り、元気な赤ん坊を産む話になっているようです。
桃は、また「平和」の象徴でもあります。有名な中国の「桃源郷」は、しん秦の世の戦乱を避けて、桃または桃に囲まれた別天地に隠れ、五百年以上も平和に暮らしていた人々の物語です。
このように、「桃の節句」には、「遊楽」「生命力」「平和」の意義があります。その意義において、この日は楽しい1日であり、この日を迎える1年ごとに若々しくありますよう願っております。
明後日の3月5日はけいちつ啓蟄です。啓蟄は二十四節気の一つで、立春、雨水(うすい)に次いで訪れます。寒い冬の間、地中で越冬していた昆虫や、カエル、トカゲ、ヘビなどがはい出してきます。啓蟄とは、蟄(ちっきょ蟄居)を啓(ひら)くという意味です。
北国では、昆虫の越冬休眠が続いていますが、東京付近では春一番が吹き、1日の平均気温も8℃に近くなって、昆虫の活動が始まる季節です。松の幹にムシロ巻いて冬の間害虫を集め、這い出す前に焼いて駆除してしまう映像をよくテレビで見ます。
巣の中で冬ごもりしていたアリが姿を現します。「啓蟄の 蟻が早引く地虫(じむし)かな  虚子」の句は、この頃まっ先に餌集めをするクロヤマアリの描写でしょう。
関東以南では、さなぎ蛹で越冬していたモンシロチョウやアゲハチョウがそろそろ羽化してきます。成虫越冬のテントウムシが現れるのも、この頃です。
春の息吹きを感じる季節ですが、杉花粉症の方々にとっては受難の季節といえるでしょう。つまり、啓蟄から彼岸入りの頃までが中心ということになり一番ひどい季節になります。


第877回例会 2000/3/10(金)
≪会長挨拶と談話≫
昨日・一昨日と真冬に逆戻りしたように寒く、風が冷たいですね。今年は春一番が吹くのはまだのようです。そこで早春の歌として唱歌「そうしゅんふ早春賦」を用意しました。
唱歌「早春賦」のメロディが流れる。 そして一足早く うぐいすの鳴き声を聞く ……
♪♪ 春は名のみの 風の寒さや 谷のうぐいす 歌は思えど ときにあらずと 声もたてず ときにあらずと 声もたてず ♪♪

早春賦の作詞の吉丸一昌(1873〜1916)は大分生まれの人でしたが、信州を好み滞在していたこともあり、この歌はその頃の長野県安曇野(あずみの)あたりの雪どけ風景を詠ったものと言われています。雪国の暦の上ではもう春、だけど実際にはなかなか暖かくなってこない。そんなやるせなさを感じさせますね。

今日は臓器提供意思表示カードについて、お話しようと思っておりますが、その前に臓器移植について少し触れたいと思います。
臓器移植法に基づく国内初の臓器移植が行なわれ1年が経ちました。昨年1999年2月28日、高知赤十字病院で40代の女性に脳死の判定がなされ、大阪大学で心臓移植、信州大学で肝臓移植、腎臓移植が東北大と国立長崎中央病院、角膜移植が高知医大でなされ、いずれも成功しております。その後も5月、6月、6月と立て続けに3例の脳死判定がなされ、心臓移植の3例(うち2例は国立循環器病センター)を含めて移植手術は全部で16例なされ、いずれも成功し、その後の経過は極めて良く、社会復帰された方もあると報道されています。それだけ日本の移植技術は高く、世界レベルにあると理解して良いと思います。
移植に携わるスタッフは、肉体的には凄くエネルギーを要し、長時間の手術は肉体的にも大変だと思いますし、私の手術経験から想像してもそのチャレンジ精神は敬服に価します。深夜10時間を越える手術をやるのですから、技術は勿論最高を要し、体力の消耗は大変なものだと思います。その移植した症例は16例に達し全部成功しているのですから、世界レベルに達していると思いますし、誇れる成績だと思います。
最初の心臓移植は33年前の1967年南アフリカで行なわれた。臓器移植は、移植後の拒絶反応を抑える優れた免疫抑制剤の開発と共に、成績を向上させ、普及して来た。人間の免疫系は、病原体のような異物を撃退し、健康を維持する仕組みだが、移植された臓器も異物とみなして攻撃するため、この拒絶反応の抑制が移植の成否のカギを握っている。80年代初期に免疫抑制剤シクロスポリンが使われ始めると、移植生存成績があがった。80年代末に使われ始めた日本人が開発した免疫抑制剤FK506は、飛躍的に抑制効果を出し、今や世界中で、心臓、肝臓、腎臓などの移植に利用されています。
ところが、立て続けに4例が実施された当初とはうって変わって、この8ヶ月間は脳死からの臓器提供は途絶えたままで、移植患者が次々に退院していく一方で、多くの待機患者が命を落としていったようです。提供病院の負担の重さや脳死判定方法の厳格さが足踏みの原因になっていると指摘されています。
NHKのクローズアップ現代でもこの問題を取り上げておりましたし、新聞各紙も課題を載せておりました。
日本では脳死に対する不信感が強く、20数年前の札幌医大での心臓移植の失敗例があるものですから、脳死の判定方法が厳格過ぎる嫌いがあり、完全に検査が出来ずに診断を回避した例が、この8ヶ月間に2例あったとの事です。去年6月以降に9例の臓器提供の申し出があったとのことですが、その中で残念な事に臓器提供意思カード(ドナーカード)が不備なために移植迄に漕ぎつけなかった3例があったとの事です。ドナーカードの提供したい臓器のみを○印で囲み、その頭にある数字番号を○印で囲まなかったという単純なミスですね。カードに記入漏れがあるとそれのみで移植には廻す事が出来ない事になっております。
今日は実際の臓器提供意思カードを数枚持ってまいりました。市役所、保険センター、郵便局、コンビになどに置いてあります。
我々の年令になると、即ち50代60台になると、もう臓器提供は出来ないのではないかと思っている方があるかもしれませんが、そんなことはありません。日本臓器移植ネットワークのQ&Aを見ますと、内臓を提供できるのはおおよそ心臓50歳以下ですが、肺70歳以下、腎臓70歳以下、膵臓60歳以下、小腸60歳以下が望ましいとされています。この年齢を越えた方でも、医学的に移植に使えると判断した場合にはご提供いただくことができます。角膜は提供される方に年齢制限はありません。老衰で亡くなられた方も、癌で亡くなられた方もご提供いただけます。
あくまでも、意思表示カードは自分の意思の表明ですので、最終的には臓器提供の時に医学的判断がなされます。いずれにしても、ご高齢でも臓器を提供できる可能性はあります。
今日は臓器移植一年を経ての問題点に少し触れてみました。


第878回例会 2000/3/17(金)
≪会長挨拶と談話≫
童謡「どこかに春が」のメロディを流す。
♪ どこかに春が 生まれてる どこかで水が流れ出す……
どこかでひばりが鳴いている……♪
今日3月17日は彼岸の入りですが、「さんかんしおん3寒4温」「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、だいぶ春めいてまいりました。
≪お彼岸について≫
◆春分 二十四節気のひとつ。太陽がこうどう黄道と赤道の交叉点である春分点を通過する瞬間をさすが、一般には春分の時刻をふくむ日のことをいう。この瞬間太陽は赤道のちょうど真上に来ることになり、春分から秋分までは北半球にあり、季節の分岐点となります。それ故まさに『暑さ・寒さも彼岸まで』な訳です。この日の太陽は真東から昇って真西に沈むため、昼夜の長さがほぼひとしくなる。黄道は地球の公転運動により形成されるものですが、赤道は地球の自転運動により形成されます。旧暦では春分をふくむ月を2月としていたため、2月中ならばどの日でも春分となったが、現行の新暦では3月21日ごろ(閏(うるう)年には20日)に一定している。今年はうるう年なので3月20日です。戦前は、たいさい大祭び日のひとつである春季皇霊祭だったが、戦後、国民の祝日となった。
◆春の彼岸と秋の彼岸
毎年、春分の日と秋分の日のことを民間では「お彼岸(ひがん)」といい、お墓詣りをして先祖の霊を供養したりします。
春分の日、秋分の日は毎年だいたい3月21日頃、9月23日頃に来ます。民間行事のお彼岸ではこの日をお彼岸の「中日(なかび)」といい、その前後3日間を含めて一週間をお彼岸の期間として、最初の日を「彼岸の入り」最後の日を「彼岸の明け」といいます。また、この時期にはぼた餅(牡丹餅)またはお萩を食べる習慣があります
◆彼岸とは(仏教説)
彼岸とは「かなたの岸」あちらの岸を意味します。あちらがあればこちらもあるわけで、この世を此岸(しがん)と云います。彼岸を仏の国(極楽浄土)理想の世界とし、此岸を私たちの住んでいる世界(しゃば娑婆)即ち悩み苦しみ迷いのこの世界として、彼岸に渡ることを最高の幸せとするわけです。その向こう岸とは悟りの世界のことです。彼岸を梵語サンスクリットではハラミタ(波羅蜜多)といいねはん涅槃の境地を意味します。様々な苦に悩むぼんのう煩悩の世界(此岸)に対する言葉ですが、日本の特に浄土宗系の信仰では一般に死後はあみだにょらい阿弥陀如来の導きにより人は彼岸に渡ることができる、と考えられているため、既に彼岸の世界へ行った人たちを供養するとともに、まだ辿り着けずにいる人たちに早く向こうへ辿り着けるように祈る、というのがこの彼岸の仏事の趣旨となります。
お寺ではこの一週間法要を続けますし、また住職が檀家を回って各家庭でも法事を行います。歴史的には大同元年にさわら早良親王の霊を慰めるため行われたのが最初とされ、平安時代以降続いて来ています。春分・秋分の時期にこの彼岸法要を行うのは、太陽が阿弥陀如来の住む浄土の方角である真西に沈むためであるといわれています。つまり阿弥陀浄土を観じるのに最適ですし、迷っている人にとっては太陽の方角が進むべき道ということになります。
◆彼岸とは(民俗説)
一方彼岸の語源は「日願」であるという説もあります。これは古来からある太陽信仰の系統のものです。
太陽信仰の側からも春分・秋分は太陽が真東から出て真西に沈むとともに昼と夜の長さが同じということで、これは非常に重要な節目でした。「日の願」ということばもあり、これから「日願」になったとも言われています。「日天願」と呼ぶ地方もあるそうです。
一般にこういった日本の行事というものは仏教と民間信仰が様々にミックスされているものです。
◆お彼岸の定番お菓子
ぼた餅・お萩というのは現在、お彼岸に作る(食べる)定番のお菓子になっています。ぼた餅は昔から大変なご馳走でした。
◆お萩とぼた餅は何が違うか?
基本的には、あんこの中に入っているのがご飯(餅米を握ったもの)である場合をお萩といい、突いて餅にしている場合をぼた餅といいます。しかし実際には現在両者はほとんど混合され、このふたつの言葉はほとんど同義で使用されているようです。
◆秋はお萩・春はぼた餅
一般には、春作るのがぼた餅で、秋に作るのがお萩である、とされています。これはぼた餅は牡丹が咲く季節に作るもの、お萩は萩が咲く季節に作るもの、ということから来ています。しかし、これも明確に区別をしている人はあまりいないのではないかと思います。
◆ぼた餅は諺の中にも多数あります。
「棚からぼた餅」「棚からぼた餅は落ちない」「寝ていてぼた餅は食えない」「夜食過ぎてのぼた餅」「御座る度ごと、ぼた餅はならぬ」等々思いがけない幸運や、それにありつく為の努力を訓したり、深い処世訓を含むものもあります。


第879回例会 2000/3/24(金)
≪会長挨拶と談話≫ 
今年は春一番は吹きませんでした。春分の日の大風は北風でしたので違いました。
土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲の名曲「荒城の月」の合唱が流れる。 (絵は荒城の月の切手)
♪ 春高楼(こうろう)の花の宴(えん) めぐる盃かげさして 千代の松が枝(え)わけいでし
むかしの光いまいずこ ♪
「荒城の月」は、旧制2高の先生、土井晩翠が作詞し仙台青葉城址に歌碑がありますが、私にとっては青春を過ごした東北大時代の思いの出が多い地です。滝廉太郎はこの不朽の名作を作曲して残し、僅か25才の若さでこの世を去った。この名曲「荒城の月」を「君が代」に変って国家にしょうとと云う運動があるようです。「君が代」は歌詞が問題になっていますが、米国国家「星条旗よ永遠なれ」の威風堂々たる旋律に比べても、「荒城の月」こそが、メロディーの美しさ、荘厳さ、威厳、どれをとっても国歌にふさわしいと云う考えです。
ゴルフ突然死について(読売新聞よりのデータ)
ゴルフのプレー中に急性心不全などで突然亡くなる死亡事故は、昼食後に高い頻度で起きていることが分かった。朝早起きして遠方のゴルフ場へ急ぎ、昼食にアルコールを飲み、休憩もそこそこにラウンドする"日本流ゴルフ"が影響しているようです。健康の為にゴルフをする人は少なくないようですが、プレーの仕方には注意が必要だ。
死亡原因が不明な場合には必ず遺体解剖をする東京都監察医務院が、このほど1984年から96年までの12年間に全国で起きたゴルフ中の突然死373件について死因や年令などを分析し、発生時間がわかる252件は時間帯も解析した。その結果、突然死した人の98.9%男性。発生率年平均31件。月平均2.6件。
年令別ではグラフのように50才代が33.5%で最も多く、60代(29%)、40代(19.3%)の順。
死因はグラフのように急性心不全や心筋梗塞などの「心・血管系疾患」が85.5%で最も多く、脳出血など「脳血管系疾患」が12.9%。




健康状態との関係では、高血圧症などの既往症のある疾患群が65.1%で、健康群25.2%だった。





この調査で注目されるのは、突然死の発生時間。午後2時台12.3%と最も多く、 以下午後1時台(11.7%)、午後10時台と午前10時台(ともに10.3%)、午後3時台(10.3%)の順。こうみると、昼食後の2時間が突然死の"魔の時間帯"であることが分かった。
ゴルフ愛好家の多くの人が、心筋梗塞の危険因子を保有していることが関係しています。また、その危険因子も複数保有していることがあります。すなわち、ゴルフ愛好家の多くが、中高年の男性であることによるものです。そして、ゴルフに行く前日に夜遅くまで仕事をし、また、当日は早朝より起きて、睡眠時間が少ない状況でゴルフをすることがあります。その上に、夏には脱水を起こしやすいことや、冬にはゴルフ場が寒冷になることが心臓や脳の病気を起こし易くしています。
前日夜遅くまで仕事をしたり、前夜に付き合いで遅くまで酒を飲んだりマージャンをして睡眠不足のところ、朝早く起き遠くのゴルフ場へ行って、準備運動もせずせかせかプレー、脱水状態になってのどが乾くので、昼にはアルコールを飲み脈が速くなる。これでは自分で健康と思っている人でも、高血圧や高脂血症と云った狭心症や心筋梗塞の危険因子を持っている人には良くない。
急死しない為の条件
1,睡眠時間を減らさないこと
2,ラウンド中水分を十分に摂取すること
3,ラウンド半ばの食事中に飲酒しない事
4,ウオーミングアップとクーリングダウンを十分に行うこと等です
こむら返り(脚がつる)
ゴルフスイング直後や、寝ているときに、急にふくらはぎがつって身動きできないほどの痛みが走る。「こむら」とはふくらはぎのことです。ふくらはぎがけいれんを起こしてつっている状態をいい、筋肉が堅くなり強い痛みを伴います。
こむら返りは筋肉の疲労が原因で、ゴルフスイングの直後によく起きます。しばらくすると治まることが多いので、あわてず息を止めて待つとよい。足を真っ直ぐにして、痙攣しているふくらはぎの筋肉を伸ばすように、足首をそらして足の甲の方へゆっくりと引っ張ります。筋肉の痙攣が治まったら、筋肉を軽くマッサージしてスプレーや湿布をするとよい。
こむら返りの起こりやすい人は、運動前にストレッチングを十分に行うこと、汗をかいたときは水分や塩分の補給をすること、筋肉に極度に力を加えた無理なスイングをしないことなどで、ある程度予防することができます。
しかし、繰り返しこむら返りが起こったりする場合には、病気に原因することもあります。筋肉や神経の病気、血液中のカルシウムやマグネシウムの低下、甲状腺の異常や糖尿病などでもこむら返りは起こりますので度々起こるときは、医師に相談するとよい。


第880回例会 2000/3/31(金)
≪会長挨拶と談話≫
桜の開花が、今日か明日かと待たれるところですが、予定より2日遅れて今日が開花日となったようです。今日の話題は桜です。
琴の音と合唱曲「さくらさくら」が流れる。
♪ さくら さくら
弥生の空は 見渡すかぎり
霞か雲か 匂いぞ出ずる
いざや いざや 見にゆかん ♪


花見について
その昔「花」と言えば桜のことでした。小倉百人一首、古今和歌集にある紀友則「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」と歌いました。この「花」は桜です。絶世の美女小野小町の「花の色は移りにけりないたづらに、わが身世に降るながめせしまに」。これも桜の色の移り行く様に世の無常を歌っています。「花の色はもはやうつろうてしまった この長雨に桜も散り色がわりした それと同じように私自身物思いに屈しているうちにいつか盛りの若さも過ぎてしまったのだ」との解釈。
◆花見の起源
平安時代より「曲水の宴」を催したりして、花見の習慣がありましたが、有名なものに、安土桃山時代、太閤秀吉の豪華絢爛な「醍醐の花見」がありました。その様子は「洛中洛外図屏風」「風俗図屏風」で伝えられています。花見が盛んに行われるようになったのは江戸時代の元禄の頃からです。江戸の人々にとって春の娯楽といえばお花見だったとか。それ以前は上流階級のものだったお花見が、一般庶民にも受入れられるようになり、あちこちに桜の名所が誕生したんだって。最も盛んであったのは江戸で、上野の山・隅田堤・飛鳥山(北区)・御殿山。上野の山は飲酒、三味線などの音曲も一斉ご法度!花より団子派も歓迎だったのが飛鳥山や隅田堤だったそうです。
花見には金持ちも貧乏人もそれぞれ集団を作り、弁当を持って出かけ、飲んで食って大騒ぎをしました。女性たちはきれいな服を準備し、中には衣装比べをする者たちもあったとのことです。また、中には「茶番」と呼ばれる寸劇を演じるもの達もいました。鬘 (かつら) や衣装をつけて芝居もじりのユーモラスな寸劇を演ずるものです。
江戸後期になると常磐津の師匠や寺子屋の先生が数百人から数千人という大勢の弟子をつれて花見をする、という「師匠の花見」もよく行われました。この行列は凄いものであったようです。
◆長屋の花見
花見といえば忘れられない話が落語の「長屋の花見」です。貧乏長屋の熊つぁん八っつぁんらが弁当を作って花見にと出かけますが、なにせ貧乏長屋。酒は色こそ本物だが、番茶の出がらし、かまぼこのつもりの大根、卵焼きのつもりの沢庵、遠めに見れば本物?と云う。これぞお江戸のバーチャル・リアルティ。酒?盛りが始まった。灘じゃない、宇治の酒!「おい、いっぱい注ぐな、遺恨があるのか?」オチャケでヤケッパチの気勢が上がる。そしてオチャケに酒柱?が立った。長屋にいいことがあるかもしれないぞとはしゃいで騒ぐ。


◆さくらの種類
さて、その桜ですが、一般に桜と言われているものは、バラ科サクラ亜科のサクラ亜属の属するものです。同じサクラ亜科の中には、梅・桃・あんず杏・すもも李などもあります。この桜の原産地はヒマラヤではないかと言われていますが、ほとんどの種は日本にだけ存在します。まさに日本の国花といえるでしょう。
日本に自生する桜はヤマザクラ(山桜)、エドヒガンザクラ(江戸彼岸桜)、チョウジザクラ(丁字桜)、オオシマサクラ(大島桜)などに分類されますが、現在桜の代表ともいえるソメイヨシノは、ヤマザクラ系の大島桜と、ヒガンザクラ系の江戸彼岸から作り出された新種です。江戸末期頃に作られた品種で、この名前は江戸の染井村(現在の東京豊島区駒込)の植木屋さんから「染井桜」と名付けて売り出したところ、人々はその美しさに驚嘆し、争って植えたので数年にして江戸一帯に広まった。江戸出身なのに「吉野」と付いているのは、最初の頃この桜の系統が分からず「吉野の桜ではないか?」と噂されたことによりますが、しかし、吉野桜では、吉野山のヤマザクラと混同するので、「染井吉野(そめいよしの)」を正式名とした。ソメイヨシノは花が大きくうつくしいうえに、葉がでる前に花だけがこぼれんばかりに咲き、樹勢がよく、接ぎ木でも簡単にふやせることから大人気となった。明治期になって全国に植栽が広がり、その結果、サクラといえばソメイヨシノを指すほどになっていった。純粋な栽培種で自生しているものはありません。ソメイヨシノは雑種故の弱さで数十年しか寿命がないそうですが、山桜などには樹齢400年くらいの古木も存在します。
◆花見団子
花より団子などといって、団子に夢中になる方も多いようです。花見といえばやはり三色の花見団子、月見団子が白一色なのに対して花見団子は赤(桜色)・白・緑(よもぎ)と色鮮やか。江戸時代に一般庶民が花見をするようになった頃それにふさわしいものとして登場したと言われます。串団子は室町時代頃に発生したと言われていますが、最初の頃は5個刺すのが基本でしたが明和年間に4個のものがはやったとされます。現在では団子の大きさ次第で3個から5個の範囲で刺しているようです。団子3兄弟の歌がはやったのは、昨年でしたか?
その他、みたらし団子(京都・高山)、きび団子(吉備岡山)、笹団子(新潟)、いきなり団子(熊本)などがありますが、皆さんはどれがお好きですか?


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