1. プログラム
<第1部>
ヘンデル メサイアより レチタチィーヴォ〜アリア
「見よ、おとめが身ごもって〜 良い知らせを、シオンに伝える者よ」
ドイツ民謡 樅の木
クリスマスメドレー
おお、きたれ、汝ら信仰深きもの
〜聴け天からの使者の歌を
〜きよしこの夜
〜小さな町ベツレム
〜ものびとけぞりて
トマ 歌劇ミニヨンより
「君を知るや南の国」
サテイ 「君が欲しい(ジュトゥウ゛)」
<第二部>
中田喜直 「小さい秋みつけた」
平井 康三郎 「あの子この子」
山田耕筰 「赤とんぼ」
山田耕筰 「待ちぼうけ」
海沼 実 「里の秋」
山田耕筰 「風が泣いている」
山田耕筰 「曼珠沙華(ひがんばな)」
喜納昌吉 「花 〜すべての人の心に花を〜」
<アンコール曲>
久石 譲 「もののけ姫」
黒猫のタンゴ
黒人霊歌 「世界のすべては神の御手の中に」
オッフェンバック 「酔っ払いの歌」
2 コンサート実況について
新幹線で高崎、もしくは軽井沢。ここからは電車、またはバスと電車を乗り継いで到着するのが西松井田駅です。
上越本線は、新幹線が開通することにより、横川・軽井沢間は電車が廃線になりましたが、こちらでの便が悪くなった影響でしょうか、3両編成の電車はかなりガラガラで空いてましたし、暖房を逃がさないために電車ドアは手動でした。
東京からは、高速道路が空いていれば2,3時間でつくところですが、今回は、高崎までは行きは高速バス、帰りは新幹線で日帰りに挑戦しました。
さて、この松井田町文化会館は、線路を隔てて町役場があります。
文化会館に隣接して、図書館等がありましたが、周囲は畑や公園だけで、いわゆる喫茶店も赤提灯もない、静かな街です。
文化会館の建物は、築浅数年といったところでしょうか。中は白と木目を生かした柔らかいデザインで統一され、座席も落ち着きと深みのあるターコイズブルーでした。
491席のうち、両サイドの後ろ側と真後ろの席のあたりに若干空きがありましたが、お客さまの入りはまずまずといったところです。
この日は、とても寒く、外は霙混じりの氷雨が降り、このまま続けば明日は雪景色といった天気でした。
電車の到着にあわせてでしょうか、定刻を少し過ぎたところで、今回のリサイタルは始まりました。
第1部の米良さんの衣裳は、最新号の会報のトップページやレコードジャケットにもなったあのきらきら玉虫色に光る衣裳です。 対する北原さんは、白の花柄のお気に入りの舞台衣装ですが、これにアンゴラで出来たふわふわした白いブレスレットとネックレス、そしてイヤリングで統一し、雪の国から来た、お姫様といった雰囲気です。
第1曲目は、ヘンデルのメサイアからのスタートです。
小さな赤子の生誕を祝い、3人の賢者が馬小屋に集ったときの風景が、歌の中で描かれます。救世主・キリストの生誕を名高い予言者が人々に告げ、喜びの日の到来を高らかに歌い上げます。清々しい、魂の救済が始まる日の門出を祝う、厳かであり、きりりと引き締まった仕上がりした。
続いては、樅の木。
その大いなる樅の木を称えて歌が進行します。
ずっと前からここに生まれてきた樅の木は、幾つものこの地で冬を耐え過ごし、そして人々の心の安らぎとなる、やわらかな木陰として、この木を称えていました。
蛇足ですが、今回のレコーディングでかなり海外の言語の発音も鍛えられたのか、どの歌もとても発音のキレが素晴らしく、素人の耳にも心地よく響きました。
続いてのクリスマスメドレーでは、教会のパイプオルガンを思わせるような、力強いピアノが北原さんの名手によって弾きこなされ、そしてその中に神々しさと清らかさが満ち溢れる米良さんの歌声が調和します。冬の夜空の澄んだ空気と、そしてピリッとした冷たい空気すら感じられた清々しい一幕の舞台でした。
このメドレーの中では、キリスト生誕の喜びが何度も繰り返し歌われています。
やがて静かに雪が降り始め、何も知らぬ子どもたちは無邪気に遊びます。大人たちは、キリスト生誕前の、暗黒の混沌とした世界が、メシア誕生により、光り輝く希望に満ち溢れた世界に今、生まれ変わろうとしていることを知り、心の光が何であるかをも知ります。
魂が光を放ちはじめる世界の開始を、米良さんは歌というタイムマシンを通じて、私たち聴衆に惜しみなく見せてくださいました。
第1部最後の曲は、ジュ・トゥ・ヴ。
今日の舞台は、19世紀、とあるヨーロッパの屋外スケート場です。
このころのヨーロッパでは、沢山の人たちがウインタースポーツとして、スケートを楽しまれたそうですが、湖がすっかり凍ったそこでも、長いドレスを身に纏った貴婦人たち、そして正装した紳士たちが、まるで水鳥のように、賑やかで楽しげにスピード感溢れるスケートを楽しんでいます。
滑っていくうちに、ある1組の男女がぶつかりそうになります。
彼女に近づいた恋人(男性)が、女性を助け起こしながら、ふと、こうして近づくのは何よりも心であってほしい、そして心だけでなく体も含め、貴女のすべてが私にとって大切なもの、だから傍にいてほしい、と優しい目で語りかけます。
沢山のアベックたちが、こうして近づいたり遠ざかったりしているが、そのうちのどの位の者たちが本当の愛にめぐり合えるのだろうか、だが私たちの愛は、たった今、新しい時を迎えたのだ、だから私と一緒に未来へ向けて、ゆるぎない愛を紡ぎあおうではないか、そんな風に語りかけていました。
15分ほどの休憩をはさんで、いよいよ第二部のスタートです。
第二部の衣裳は、米良さんはお気に入りの蓮の花の衣裳、そして北原さんはグレーのベルベットの衣裳です。白いアンゴラのチョーカーは残されていましたが、耳には美しく光るクリスタルが、氷の結晶のようにきらきらと光ります。
第二部始めの曲は、小さい秋です。
「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」という和歌の示す小さな変化―例えば木の葉の僅かな色づき、木の実の赤、地面に落ちたどんぐりのつやつやした肌、枯れかけた草のわら色、そんな小さな変化がいくつも積み重なって、やがて日々は秋色に落ち着いていくのです。抜けるような青空が、歌の最後の風見の鶏の後ろに広がる真っ赤な秋の夕暮れが舞台一杯に広がり、静かに赤とグラデーションを成す藍色の黄昏を迎えて、曲が終わりました。
同じような夕焼けを背景に描いた曲は、赤とんぼでした。
歌詞の1番、2番と進むにつれ、幼い子どもだった主人公は、やがて小学生になり、少年になり、ねえやが嫁ぐ日を迎えます。それから、青年となって…というように、北原さんのピアノ伴奏が、巧みに時の流れを編み出します。
最後に人生の終りに近づいた老人となった主人公が幼い頃を思い出しているところで、静かに曲が閉じました。
第二部で一番のクライマックスだったのは、やはり曼珠沙華でしょう。
後姿を見せた米良さんが、次に客席に振り向いた時には、いつもの米良さんではなく、一人の気触れた女性になって現れました。
良家の――それこそ何一つ不自由なく育ったお嬢さん――が、幸せな結婚をし、そして可愛い子どもを授かりながらも、ある日、その子が目の前で事故に遭い、命が尽きて様子を歌います。
子どもを助けようと抱き起こすその手には、血が真っ赤に流れます。そして容赦なく命の炎が消えていきます。
時が経ち、息子のことを思い出しながら、子どもが眠っているお墓の脇に咲いた曼珠沙華を手折る母親、しかし、子どもが死んだあの時のように、曼珠沙華が後から血が滲み沸き出るように、ずっと花が咲きつづけ、ついに母親は正気を手放します。
子どもを亡くした母親の無念さが、次第に心を蝕み、狂気にいたる様を鮮明に歌い上げていました。
そして、第二部最後の曲は、花。
米良さんは、今日、この松井田町文化会館に来場されたお客さまに対し、『今までお付き合いいただき、ありがとうございます。』と、感謝の気持ちをこめて歌います。
今日は、退院の日を迎えた人が、元気になって病棟を去る日の喜びのように感じられました。
暖かい日の光に包まれて退院していく人にたとえながら、生きていること、健康であることの素晴らしさを、改めて思い出させる曲として、仕上がっていました。
曲が終わると米良さんは深々とお辞儀をします。
絶え間なく続く拍手は、アンコールとなって会場内に響き渡ります。
再びステージに現れた米良さんは、まず聴衆に最も知られた名曲・もののけ姫から始めます。
原作でもご存知のとおり、もののけ姫の主人公・サンは山犬(モロの君)に育てられ、自分はニンゲンではなく、山犬と同じだと思って育ちます。 しかし、アシタカに出会い、彼に助けられることによって、初めて自分の心が揺れ動くのを知ります。
その気持ちが何なのか、母親であるモロの君にはよく解っていますが、しかしアシタカに対しては自分が育てた娘を連れ去っていく者として拒んでいます。
今回は、モロの君が自分の娘に対して語りかける歌であり、自分の思うままに生きろと告げる、親子の別れの時を歌い上げていました。――ニンゲンと獣の両方の心がわかるそなたは辛いのだろう、母である私には、それが誰よりわかる、だがどうすればよいのかは、ここにいるコダマたちもののけが全て解っているのだよ―と。
こうして、深い愛情に満ち溢れた、もののけ姫の歌が終り、米良さんのいつもの楽しいトークが始まります。
「松井田町、そして群馬県の皆さん、こんばんわ。米良美一です。
今日は、あいにくの悪天候の中、たくさんの方に、このホールにお越しいただき、ありがとうございます。松井田町の人口の殆どがこのホールに来たのではないか、と思える位です。こうしたところでは、本当にクラシックをそんなにお聞きになったこともない方が多いことかと思います。」
「僕は、今日、この町にく時、車の中で、いろいろ考えてきました。コンサートが始まる前、文化会館の向こう側にある、青々と実った野菜畑(ねぎや大根などが植えられていました)をみて、グラッときたほどおいしそうでした。」
「松井田町、僕は初めてこの町に来ました。もののけ姫が売れたことで、それまでだったら、恐らく生涯訪れることがないだろうという町や島にも行くようになりました。この前、淡路島にも行って来ました。今日と同じく、埋め尽くさんばかりのお客さんでした。」
「今日の第1部、世界の歌ということで、いろいろな歌を歌いました。よく訳がわからない曲だな、と思った方もいらっしゃるでしょう。でも、今日のプログラムはクリスマスバージョンなので、少しは親しみがある曲ではないか、と思います。」
「日本という国は、普段、仏教や神道などを信仰している方も、クリスマスだけはキリスト教を信仰します。で、その他にも、『君を知るや南の国―ミニヨン』を歌いました。この曲を歌うとき、僕は(暖かい自分のふるさとである)九州を思いながら歌っています。そして、後半は、日本の歌です。私のコンサートは、大体この2本だてで行ってます。」
「マイクを使って、スピーカーを使ってのコンサートではなく、ホール自体がマイクとなって、自分自身で声を響かせてうたいます。クラシックは、歌の間、間のおしゃべりはないのです。僕が人形っぽいからっていって、どこにもマイクは隠していません。」
「僕は、軽井沢に行ったことがないです。別荘を持っているわけでも、持っているような友人がいるわけでもないので…。でもここ―松井田町もそうですが、緑がいっぱいあって、お弁当も本当においしかったです。」
「コンサートであちこちの地を回ると、ステージの上に立つとその地の風土の違いが判ります。九州は、聞きながらも、どこか落ち着きがない。東北の人たちは静かに、本当に静かに表面に現さずに聴いています。」
「あと、食べ物の違いも判ります。先ほどのお弁当ではないですけれど、土地土地によって、本当に違います。本当に、今日のお弁当は美味かった。『ぐるめら』なんです、ボク。」
といったところで、黒猫のタンゴを歌います。
北原さんのフルボディタイプのピアノが、米良さんの歌にメリハリを与え、心地よい緊張感を聴衆にも与えます。本当に、力強い、男性的なタンゴでした。
続いて、またトークに戻ります。
「今の20代より、60代のほうが、パワーがあります。元気でしょ?」
「今ごろの東京あたりは、アベックは幅をきかせてます―この世の天下のように。ボクは―別にひがむわけではないですが、何かイチャイチャべたべたしていて、イヤ(笑)。それよりも新宿ゴールデン街の方がいいです。」
「そんなボクですが、そろそろ30代、お肌の曲がり角です。こうしてステージに立つものは、声ばかり良くてもダメ。顔や見た目も良くないと…ボクがお付き合いしている芸能人の人たちは、みんな本当によく磨いてます。そういう人たちからいろいろと吸収して、節度ある生活をして、やっと人の前に自信をもって出られるようになりました。」
「ボクは、人と付き合うより、自分とどう付き合うかが難しい。自分とうまく付き合えるようになって、人ともうまくいくようになりました。」
「最近、ボクはいろいろな人に会いました。石原都知事でしょ、テリー伊藤さんでしょ、森口博子さんでしょ。テリ―さんとはメル友になりました。こうした人たちと会って、いいところを吸い取って、パワーアップして、綺麗になって…。これからは、男も女も身だしなみ、愛嬌ですよ。」
「ボクから言わせれば、レディースデーなんていうのは、逆差別ですよ、男性に対する。だからボクは、時々帽子を深く被って、声を作って「あの〜、女の子2名ですがよろしいでしょうか♪(裏声で女性っぽく)」と言ってレディースデーを利用したことが(実は)あります。」
「石原都知事からは、『ボクはねぇー、あなたがどんなニンゲンかって思ってたよ』と言われました。石原さん、本当に若いです。個性的です。そして、自分がどう生きるかのアイデンティがはっきりしてます。自分というものをしっかり持っていて、個性的なのが、21世紀の人だと思います。」
「ニンゲン、どんなにあがいても、棺おけに向って歩いて行くのですし、あの世にお金は持っていけないです。だから、自分の才能を発見し、これからも頑張りたいです。」
「さて、そうは言っても、私一人では、これだけの舞台を作り上げることが出来ません。私のステキな音楽のパートナー、北原葉子さんをご紹介します!」
「私は神様はいるって、思います。だから、神社・仏閣の前では、必ず手を合わせます。」
「ボクの生まれた宮崎は、神話発祥の地です。ニギハヤミコト(真)、コノハナサクヤヒメ(愛)など、神話の世界の国の出身です。」
「ヨーロッパで生活したとき、ボクは自分が何人であるのか、随分考えさせられました。そして改めて、自分は日本人だ、お箸の国の人なんだ、アジア人なんだ、と思うようになりました。」
「それでは、一曲…自分の心の中にいる神様に向って聞いてください。」
ということで、世界の全ては神の御手の中に、を熱唱されました。
ここで歌われる神は、やはりキリストでしたが、日本の神話の中では、沢山―八百万の神々がいて、日本人の心の中に住んでいます。それが絶妙のバランスで調和したような、そんな印象を受けました。
最後に、ステージの袖で赤ワインとグラスを受け取った米良さん、酔っぱらいの歌で締めくくります。
「今日は、とてもいいお客さんでした。ので、皆さんの健康と幸せ、そして松井田町の発展を祈って、皆さんを代表して、ボクと葉子ちゃんとで乾杯したいと思います。」
今日は酒瓶に頬ずりをするほど、酒を愛して止まぬ酔っぱらいの女性に扮し、とても盛り上がったところで、リサイタルは終了となりました。
最後に、「今日はありがとうございました。気をつけてお帰りください。またねー。」と笑顔で手を振り、そして投げキッスをして会場を後にしていました。
そして、リサイタルが終わった後、米良さんたちは超特急で最寄の新幹線駅(多分、軽井沢)へ向われ、大盛況のうちに、今日のコンサートも終了しました。