Profile

テ ツ キ   マ コ ト
鉄木 慎  
生年月日 1968年(昭和43年)6月5日
出身地 愛知県名古屋市
血液型 AB型
本命星 五黄土星
月命星 八白土星(七赤金星が20%ほど混ざっている)
性 格 面倒見がよい。白黒はっきりしている。
常にマイペース、その一方でお人よし。
鑑定スタイル 依頼内容のポイントを抑え、的確にアドバイスするとともに、依頼者が主人公となる鑑定をこころがけ、心に癒しを与られる鑑定を目指します。

 
以上が私のプロフィールです。
 なお、かなり長くなりますが、以下に私・鉄木慎と九星気学のこれまでの関わりを書きます。
 興味を持っていただける方はぜひお付き合い下さい。

九星気学との出会い

 大学時代は哲学科に在籍していたこともあって、もともと思想的な世界には興味がありました。
 とは言え、私の在籍していた大学はクリスチャン系の学校でして、哲学といっても西洋のものしかなく、正直言って当時の私はこれに全く馴染めませんでした。

 そんな中、ある先生の勧めで
東洋、特に中国の古代思想に次第に興味を持つようになり、気が付くと大学の勉強はそっちのけで、東洋系の宗教書や歴史書ばかり読むようになっていました。

 みなさん、
「三国志」というお話をご存知ですか?横山光輝の長編漫画が非常に有名なので、私と同年代の方などはハマった人も多いのではないでしょうか。
 漢(カン)滅亡後、魏・呉・蜀(ギ・ゴ・ショク)の三国が覇権を争う紀元2〜3世紀頃の中国が舞台で、関羽(カンウ)・劉備玄徳(リュウビゲントク)・張飛(チョウヒ)等の英雄の活躍を中心に、やがて天下が統一されるまでの物語です。
 この物語の中に、蜀の最高指導者劉備に仕え、彼の大躍進を支えた伝説的な軍師が登場します。
諸葛孔明(ショカツコウメイ)という人です。
 この人、敵の行く手に大洪水を引き起こしたり、大雨を降らせたりしてしまうんです。1500年以上前の歴史書ですから多少の誇張もあったでしょうが、ともかくこの諸葛孔明は、大将を支える名参謀として数々の戦いで歴史に残る成果をあげ続けたのです。
 実は彼には2つの大きな力・・というか知識がありました。
 一つは
地理学の知識。そしてもう一つ、これこそが、九星気学・風水理論に基づく方角の知識だったと言われています。
 そうです、
諸葛孔明は自然科学者であると同時に、歴史上最強の風水師でもあったのです。
 つまり彼は戦いに挑むにあたり、
地理、天候、方角など自然の法則をフル活用して、完全にこれを味方につけていたのです。
 当時この漫画を読んでいた私は、劉備やその他の英雄ではなく、この諸葛孔明に一番惹かれました。知恵と経験を駆使して、理性をもって人の上に立つ彼のスマートさを、単純だった当時の私は、非常に格好よく感じたのです。

 これが私と気学風水との初めての出会いといってもいいと思います。この後、私は一時期「気学オタク」になりました。
平木場泰義中村文聡といった現代気学の代表的な実践家の書物を読みあさり、その結果、知識だけはどんどんと膨らんでいきました。

 しかしこうした知識が結構活用できることに私は気付きました。
気学理論を使って人の本質を探ると、怖いくらいにあたるのです。とにかくこれが面白くて、夢中になってしまいました。
 当時、気学は私の「隠れた楽しみ(???)」でしたので、こんなことを一人で勉強していることは誰にも告白しませんでした(ただでさえ変わり者と思われていましたので、これ以上変人扱されたくなかったということもありますが・・・)。その頃から洞察力だけは鋭かった方なのですが、生年月日を聞いただけで友人のことを次々と言い当てる私に対し、「何でお前はそんなに人のことが分かるんだ?」と不思議がる周囲を見て、かなりいい気になっていたのを思い出します。

 しかし
この頃は、誰かに師事しようとも思いませんでしたし、実際に専門家の気学鑑定を受けようとも思いませんでした。理論や知識だけはかなり蓄積していましたし、上記のように、人物鑑定等も、ほんのサワリの部分だけは既に自分でできるようになっていたため、それでもう何もかも分かったような気持ちになっていたのです。当時は、まだまだ若かった、ということです・・・


転機、そして再開

 この後、私は気学から何となく離れました。本当に理由はなく、ただ何となく興味を失くして離れていったのです。

 
昭和43年生れの五黄土星人の場合、浮き沈みが人よりも激しく、20代の運気は、24〜6歳頃にどん底に落ち込みます。ご多分に漏れず、私もこの時期は社会で、学校で、家庭で、とにかく散々な目に遭い続けていましたが、この時点ではまだ気学のことを思い出すには至りませんでした。
 そんな苦しい時期を自力で乗り越えて何とか就職すると、運気も生活も徐々に安定していきました。28〜30歳位のことで、五黄土星のバイオリズムがどん底から一気に上昇して、最高潮を迎える時期です。私もこの時期には、仕事もプライベートも非常に順調で、更に、仕事の傍ら難関とされる某国家試験にパスしたりと、人生の基盤を築きつつも自分の可能性を見出そうと、大変充実した毎日を送っていました。この頃の私は、本当に好調なバイオリズムを全身で体感していたように思います。気学とは、全く無縁でした。

 
さて、転機はここからです。

 当時、私はほんの軽い気持ちから、何となく引越しをしました。その頃住んでいたマンションから500メートルくらい
北西に位置する物件でした。

 新居への引越しの後、半年位で、徐々に変化が現れました。私の場合、特に精神的な部分に影響が出たように思います。
 つまり、念願だった転居を実現し、満ち足りた生活をしているはずなのに、何か違和感を感じるようになったのです。実際に何かのトラブルがあったということではないのですが、
何となく気持ちに余裕がなくなっていきました。気が付くと、今のような生き方を選択したことが本当に正しかったのか、他にも選択肢が合ったのではないか、自分はひょっとして間違った道を進んでいるのかもしれない、等と四六時中考えるようになり、何事も手に付かなくなっていきました。そして、こうした違和感は徐々に不安や焦りになって私を容赦なく追い詰めます。ついに私は自分に全く自信がなくなり、自分らしく生きていくことは、もうできないんじゃないかという気持ちにすらなっていったのです

 とにかく漠然とした心の中の問題だったために、かえって始末が悪かったのだと思います。当時はこんな気持ちを誰に相談することもできず、一人で悶々と悩んでいました。

 気学の知識のある方ならば、もうお気づきだと思います。
 私が引っ越した
北西方位には、「父親、夫、男性」等といった意味があります。
 そして私が北西方面に引っ越した時期ですが、なんと
「五黄殺」という、大変強烈な災厄をもたらす絶対に避けるべき大凶方位だったのです。
 つまり、この引越しは、社会に出て働いている男性に対して、言葉にできないほどの苦痛と悪影響を及ぼすとともに、
男性としての運気を強烈に下げるものだったということなのです。

 また、この時の私のバイオリズムは、いわば下降線をたどりはじめる前の微妙な時期であり、このような時期に自宅購入などという大きな決断をすることは避けるべきでした。

 更に愚かなことに、引越しの半年ほど前に、海外旅行で、同じく北西方面のヨーロッパに行ったのですが、これも「五黄殺」となる時期を選んでいたことが、あとで分かりました。私への悪影響が更に強まったことは言うまでもありません。

 さすがの私もこの時点でようやく気づきました。
 いや、実はこれより以前から、少し方位のことが気になってはいましたが、結局調べもしませんでした。それまでバイオリズムが好調で気学なしでもやっていけたため、引越しも旅行も「多分大丈夫だろう」とタカをくくっていたのです。私自身の
油断と驕りがもたらした事態でした。自業自得です。

 私は、わらにもすがる思いでした。
このとき初めて、真剣に鑑定を受けようと思い立ちました。
 インターネットで調べ、最も印象に残った鑑定家の先生に事情を説明し、みてもらいました。やはり、自分で思っていた通りの鑑定結果となり、私の性格面や適性面を考慮して、今後の方針転換を勧められました。また、自分では気づかなかったこともいろいろとアドバイスしてもらい、まさに目からうろこが落ちたような心境でした。
それと同時に、どん底まで落ち込んだ運気を元に戻すため、定期的に吉方位に旅行する、つまり、
祐気取りを実践するように指示されました。

 結局、
方角によって失った運気は方角によって取り戻すしかないのです。本来の自分を取り戻すために、毎月の祐気取りをほぼ1年続け、何とか回復することができました。

 今思い返しても、あのときの悩みや苦しみは何だったのだろうかと不思議な気持ちになります。それと同時に、一度は気学から離れていった自分が、気学によって何とか立ち直ることができたということに、何か
因縁めいたものを感じるのも、また事実です。
 
大凶方位への引越しが転機となり、自分が再び気学の世界に引き戻されたことに、私自身何らかの意味があると感じずにはいられないのです。

あなたも、始めてみませんか?

 祐気取りを定期的に繰り返すようになって、自分の中で以前よりも研ぎ澄まされたと思えるものがあります。それは人に対する洞察力です。
 既に述べたとおり、この点は以前から自分の武器になり得るのではないかと思っていたのですが、
祐気取り後は、この能力が更に上がっていることに気づくようになりました。

 というのも、気学を再開してからは、私の元に、友人や知り合いを中心に口コミで少しづつ鑑定の依頼が来るようになっていたためです。 当時はまだアマチュアでしたので、全部タダでみていました。そのおかげで(?)結構途切れなく依頼が入っていたため、かなり多忙な日々を過ごしていました。この時期に、
鑑定家になるための丁度いい訓練ができたのではないかと思っています。この頃私が鑑定した人の中には、幸せな結婚ができたり、転職がうまく行ったりした成功例が意外と現れました。

 さて、更にもう一つ、自分に対して気付いたことがあります。
 九星気学が教えてくれる
私のもう一つの適性はと言うと「人を育てる、或いは人をケアすること」なのです。また、言葉や文章の世界に身を置き、そこで自分の力を発揮することも、私にとっては大切なことになります。

 つまり、気が付いてみると、メール鑑定や対面(電話)鑑定を通して、自分が全身全霊を込めて鑑定しサポートした人たちが、心から喜んでくれている姿を見て、心から「良かった」と思い、いつの間にか私自身が非常に充実した気持ちになっているのです。

 九星気学鑑定士の仕事は、上記のような
私の適性を全て満たしてくれています。アマチュア時代の鑑定を通して、私は改めて自分の適性や長所を再認識することができたのでした。
 気苦労が多いのも確かですが、
気学鑑定士は、私にとっての天職だとつくづく思います。私にこれを気付かせてくれたのも、やはり気学であり、祐気取りを繰り返したからこそこのような適職に出会えたのだと実感しています。。


 ここまで読み進めて頂き、一度鑑定を受けてみようと思っていただける方は、わたくし鉄木慎の九星気学鑑定は、こうした私自身の適性や人間性が全面に押し出されたものになることをご理解下さい。

 私には特別なカリスマ性はありませんし、皆さんをぐいぐいと引っ張っていくリーダーシップもありません。

 私ができることは、まず、
みなさんが安心して不安や悩みを打ち明けられる空間を用意すること、そして、気学理論をフル活用して、みなさんが本来持っている長所や良い面を伸ばし、短所を目立たなくさせるための、みなさん自身の努力をサポートすることです。

名古屋風水鑑定所は、鉄木とみなさんと
で作る、癒しと気づきの空間なのです。
 


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