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平成15年1月25日(日)月瀬八幡宮・埴生神社散歩
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| 猫城址(ねこじょうし) 猫城址は、室町時代に麻生氏の端城として築かれたといわれ、その城跡には、現在、月瀬八幡宮の社殿があります。 城跡の丘陵は、高さ約20メーターの円錐状で、すそ野には水濠の名残が見られます。 山鹿城の麻生元重(あそうもとしげ)と宗像大宮司氏貞(むなかただいぐうじうじさだ)は、数度の合戦に及ぶも決着がつかず、大正6年(1578)、遠賀川の東は麻生領、西側は宗像領となります。氏貞は、家臣吉田倫行(よしだろんこう)に雑兵150余人をつけ、猫城に配属します。 天正8年5月、豊後の大友氏(立花道雪の説もあり)の指令を受けて、鷹取城主守利鎮実(もうりさねとも)が攻め込みますが、宗像勢は激戦の末、これを打ち破っています。頂上からは、遥かに宗像、鞍手、遠賀が一望され、要塞があったことが想像されます。 「猫城」の名の由来は、定かではありませんが、「猫が背を丸めた姿に見える」とか、「敵が攻めて来れば高くなり、城より攻め下るときは低くなり、まるで猫のようだ」との言い伝えがあります。 |
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埴生神社(埴生八幡宮) 御祭神 仲哀天皇・神功皇后・應神天皇 相殿 天照皇大神 15社神社(昭和27年10月合祀) 当社は昔 仲哀天皇・神功皇后と御船にて この埴生の地にお着きになられ暫く熊襲征伐の行宮の旧跡にて航海のの安全を祈念され船魂を祀られた由緒によりて「開運(武運)家内安全 縁結び 安産 交通安全」の守護神として諸大名を始め人々の祟敬を厚く受けてきた。 |
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