明治14年、中野長吉により八幡町にて蒟蒻、もやし、ところてんの製造を始める。
2代石坂岩吉が現住所八木町の移店、3代石坂岩吉の時、昭和22年有限会社として発足、昭和46年、4代石坂清が家業を継ぎ現在にいたる。
創業時は冬はこんにゃく芋をすりつぶして水にとき、夏はこんにゃく製粉を水にとき、手,又は足で練り、あくを合わせて型詰めし、加熱して製品をつくっていた。
その頃、木製の手動練り機が考案され、多少量産化されてきた。
昭和10年代、3代石坂岩吉は、機械製作者の花上氏と共に鉄製のかくはん練り機(俗にバタ練り機)とあく合せ機を考案、さらに動力化し昭和30年代まで使用された。
さらに自動練り機が考案され、花上式、園式、松田式等などの練り機が導入される。
現在、当社は園式練り機と、さきのかくはん練り機(俗にバタ練り機)の両方を使用、また製品によって手造りしています。
これは近代化された機械を使用することによって、大量生産はできても、昔のようにこんにゃく屋各店の特徴性が薄れ、且つ風味、味などが画一化されてきた反省に基いているからです。
今後もさらに研究を重ね、お客様に納得のいただける商品作りに努力いたします。
こんにゃく原料はすべて群馬県産を使用、(株)滝田商店、(資)佐川商店、温井商店など国内原料のみを扱っている原料商より仕入れしています。
寒天(ところてん)原料は、小形商店より国内産(伊豆、また伊豆諸島)を使用しています。