伝法寺館


読  み でんぽうじだて
西郭
別  名 不明
所在地 青森県十和田市大字伝法寺
築  城 不明
城  主 津村伝右衛門
遺  構 堀跡
概  要 伝法寺館は奥入瀬川支流?の小河川の南側に位置し、東〜南側は沢、西は堀で囲まれており、かつては水量豊富で沢や湿地で囲まれた要害であったと思われる。

元々伝法寺館には日の宮氏が居住していたが、南部氏家臣の津村氏が甲州から下向して本丸に入ったという。

そのため、日の宮氏は二の丸に移ったという。

本丸を津村館、二の丸を日の宮館というそうだが、どちらが東郭でどちらが西郭になるのかまでは確認できなかった。

昭和38年、国道4号線工事の際に室町時代中期頃の筋兜が発見されたという。

天正19年3月、七戸家国は伝法寺館を攻めた。

津村氏は防戦に努め、七戸氏を撃退したという。
攻城記
解  説
浅水から国道4号を北へ進み、十和田市へ入って約2.6Km程で伝法寺館跡に到着する。

伝法寺館は東郭と西郭の二郭からなり、現在東郭内を国道4号線が通っている。

東郭は一部宅地となっており、郭の東側を沢が流れている。

国道を越え、西郭へ行くと国道と接続する未舗装の道路がある。

この道路は西郭東側の堀跡と思われる。

「青森県の中世城館」によると、東郭と西郭を分ける堀は二重堀となっているそうだが、二重堀とは確認できなかった。

西郭内にも民家が建っているようだ。

西郭は東郭よりは郭としての面影が良く残っている。

また、西郭南側は谷地となっており、国道4号が通る前は東郭東側の沢と合流していたのかもしれない。

西郭の西側にも堀跡があるようだが、残念ながらそちらまでは確認できなかった。
参  考 ・青森県の中世城館(青森県教育委員会)
・日本城郭大系2(新人物往来社)
・南部諸城の研究(沼館愛三、伊吉書院)

東郭

館跡

東郭〜西郭間の堀跡

西郭南側の谷

東郭南側の沢


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