| 横浜館 |
| 読 み | よこはまだて | |
| 別 名 | 不明 | |
| 所在地 | 青森県上北郡横浜町舘町 | |
| 築 城 | 不明 | |
| 城 主 | 横浜氏 | |
| 遺 構 | 郭、堀跡 | |
| 概 要 | 横浜館は、陸奥横浜駅前の海岸段丘に立地している。 地形は要害とはいえず、陸奥湾からの風の影響も強く受けるであろうと思われる。 横浜館は横浜氏の居館で、戦いのための館というよりは居住空間としての館、統治の拠点としての館の意味合いが強いと思われる。 館跡を囲むように道路が通っているが、この道路部分が堀跡ではないか?と思われる。 |
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| 攻城記 解 説 |
JR大湊線横浜駅の正面の宅地一帯が横浜館跡になる。 田名部館から国道279号線を南下、横浜町へ入ったら「道の駅よこはま」の看板のある交差点を右折、陸奥横浜駅方向へ進む。 T字路を右折すると右手に陸奥横浜駅が見えてくる。 そのまま進んでいくと道は大きく西へカーブし、下り坂となる。 坂の途中にはパチンコ店が建っている。 この道路の左手(南側)一帯は海岸から緩やかに段丘状となっているが、このあたりが横浜館跡と思われる。 海岸沿いに横浜町の商店街があるが、そこから館跡を眺めるとかろうじて館の名残か?と思われる程度の段差を確認することができる。 地形的にはそれほど要害の地ではない。 かつて周囲に堀があったのかどうかは不明だがおそらくあったと考えるべきだろう。 駅前から続く道路のカーブから坂道にかけてのラインはかつて堀があったのだろうか?と想像をふくらませることができる。 車を降り、徒歩で周辺を散策するものの館跡に結びつくものは見つからない。 唯一、住所が「館町」であるということが館の名残になるという程度だ。 通りがかりの老婦人に館について尋ねてみるが、聞いたことはないということだった。 その人の案内で近くの家に行き、そこの老婦人からも話を伺ったのだがやはり聞いたことがないということだ。 老婦人の旦那様はかつて役場に勤めていたということで、何か知っているかもしれない・・・とのことだったが、残念ながら館跡に関する情報は得られなかった。 老婦人達の説明によると、「かつて駅前一帯は家があまり建ってなかった」「館町周辺で生まれ育った老人は今ではあまりいない」ということだった。 また、役場にも若い人しかいないので詳しいことを知っている人はいないかもしれないという話であった。 だが、館町の北、国道沿いにある八幡神社の別当様は歴史に詳しく、きっと知っているだろうということを教えてもらい、老婦人の薦めもあり八幡神社へ向かったもののいきなり厚かましく話を聞きに行くのも気が引けたため境内を散策するのみにとどめておいた。 なお、神社の由来は前九年の役時、下北まで逃げた安倍貞任を追跡した源義家に関連するらしい。 |
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| 参 考 | ・青森県の中世城館(青森県教育委員会) ・日本城郭大系 2(新人物往来社) |
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![]() 館跡 |
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