マルセ太郎のひとり芝居●黒澤明「生きる」ことなど 2001.03.11 飫肥 糺 語り芸の名手、マルセ太郎が亡くなった。1月22日のことだった。病床にあった彼のかばんには、手書きの台本が入っていたという。実際、マルセは25日に退院して27日に「ライムライト」を演じることになっていた。 彼の作品には<スクリーンのない映画館>とシリーズ名を冠して語り演じた「泥の河」や「ライムライト」、そして「生きる」に「息子」。有吉佐和子の「黒衣」を立体講談に仕上げた「中村秀十郎物語」やマルセ版日本近代演劇史と名うった「殺陣師段平物語」もある。 マルセ太郎は、たったひとりでセットも音楽も使わずに絶妙、際立った話芸を演じた。彼は大阪で在日朝鮮人二世として生まれた。少年時、近所の年下の学童に梁石日が住んでいたというのは偶然だろうが骨太の純文学作品を発表し続ける梁石日とどこかで反骨の脈絡が通じていないだろうか。 高校を卒業して上京、新劇俳優を志し劇団入団試験に挑むこと七回、すぺてに失敗した。それでも芸の道をあきらめず浅草の演芸場で長い下積み体験を持った。話術と肉体表現力はそこで鍛えたものだ。 昨年11月14日、両国のシアターXで、実はマルセの「生きる」を私は観ている。すでに自分の肉体が癌に冒されていることを百も承知で入退院を繰り返していたマルセ。彼は自らの癌との闘いも幕間の芸の素材にする達観ぶりをみせて黒澤明の「生きる」をたったひとりで、それも語りの芸だけで演じきった。 映画では志村喬の演じた主人公の渡辺勘治。定年を間近に控えた何処にでもいそうな品行方正だけが取り柄の市民課の小役人である。市民の陳情窓口係りであるが、役所のたらい回し行政の入り口の担当者である。 数十年来、毎日毎日、判で押したような役人生活を送ってきた渡辺勘治がふとしたことで<自らの生き方>に懐疑を抱きはじめ、「町にあふれ出ている汚水を何とかしてくれ」と陳情にやってきたおかみさんたちに応えようと、別人になったかのように奔走する。 脇役として安酒場のカウンターに原稿用紙を広げブツブツつぶやく三文作家が登場し、時代の空気を昨日のように思い起こさせる。映画では、かつての伊藤雄之助が演じた役だ。 マルセ太郎はこれら志村喬や伊藤雄之助を本物をしのぐほどにリアルに演じて見せたのである。形態模写する相手の特徴を掴み取る観察眼はするどかった。語り口はあくまでシンプルでわかりやすかった。 しかし、やさしさと激しさが同居している語りだった。 マルセ太郎は時代に揉まれるなかで国籍を変えている。しかし、痛めつけられた側のひとりとして戦争への想いを忘れてはいなかった。 戦争の傷跡と貧しさを鋭く説き、悲しみや哀しみを共有するひとびとにやさしい眼差しを寄せた。スクリーンのない映画「泥の河」はそんな語り芸である。 決して経済的な豊かさと縁がなかったに違いないマルセの舞台芸をなによりも愛したこころ豊かな日本人が多数いたことを想えば、彼の死はいかにも残念である。
2001.03.11 飫肥 糺
語り芸の名手、マルセ太郎が亡くなった。1月22日のことだった。病床にあった彼のかばんには、手書きの台本が入っていたという。実際、マルセは25日に退院して27日に「ライムライト」を演じることになっていた。 彼の作品には<スクリーンのない映画館>とシリーズ名を冠して語り演じた「泥の河」や「ライムライト」、そして「生きる」に「息子」。有吉佐和子の「黒衣」を立体講談に仕上げた「中村秀十郎物語」やマルセ版日本近代演劇史と名うった「殺陣師段平物語」もある。 マルセ太郎は、たったひとりでセットも音楽も使わずに絶妙、際立った話芸を演じた。彼は大阪で在日朝鮮人二世として生まれた。少年時、近所の年下の学童に梁石日が住んでいたというのは偶然だろうが骨太の純文学作品を発表し続ける梁石日とどこかで反骨の脈絡が通じていないだろうか。 高校を卒業して上京、新劇俳優を志し劇団入団試験に挑むこと七回、すぺてに失敗した。それでも芸の道をあきらめず浅草の演芸場で長い下積み体験を持った。話術と肉体表現力はそこで鍛えたものだ。 昨年11月14日、両国のシアターXで、実はマルセの「生きる」を私は観ている。すでに自分の肉体が癌に冒されていることを百も承知で入退院を繰り返していたマルセ。彼は自らの癌との闘いも幕間の芸の素材にする達観ぶりをみせて黒澤明の「生きる」をたったひとりで、それも語りの芸だけで演じきった。 映画では志村喬の演じた主人公の渡辺勘治。定年を間近に控えた何処にでもいそうな品行方正だけが取り柄の市民課の小役人である。市民の陳情窓口係りであるが、役所のたらい回し行政の入り口の担当者である。 数十年来、毎日毎日、判で押したような役人生活を送ってきた渡辺勘治がふとしたことで<自らの生き方>に懐疑を抱きはじめ、「町にあふれ出ている汚水を何とかしてくれ」と陳情にやってきたおかみさんたちに応えようと、別人になったかのように奔走する。 脇役として安酒場のカウンターに原稿用紙を広げブツブツつぶやく三文作家が登場し、時代の空気を昨日のように思い起こさせる。映画では、かつての伊藤雄之助が演じた役だ。 マルセ太郎はこれら志村喬や伊藤雄之助を本物をしのぐほどにリアルに演じて見せたのである。形態模写する相手の特徴を掴み取る観察眼はするどかった。語り口はあくまでシンプルでわかりやすかった。 しかし、やさしさと激しさが同居している語りだった。 マルセ太郎は時代に揉まれるなかで国籍を変えている。しかし、痛めつけられた側のひとりとして戦争への想いを忘れてはいなかった。 戦争の傷跡と貧しさを鋭く説き、悲しみや哀しみを共有するひとびとにやさしい眼差しを寄せた。スクリーンのない映画「泥の河」はそんな語り芸である。 決して経済的な豊かさと縁がなかったに違いないマルセの舞台芸をなによりも愛したこころ豊かな日本人が多数いたことを想えば、彼の死はいかにも残念である。