マウンテンバイク日本一周の旅日記 11月号
☆旅日記は一番下から順にお読み下さい。上に行くほど新しくなります。☆
☆☆☆☆☆ 11月のデータ ☆☆☆☆☆
【 北海道余市町 〜 長野県飯山市 】
【走行日】 25日 【走行0日】 5日
【走行距離】 1,435.7Km 【平均】 57.4Km/日
【走行都道府県】 北海道・青森・秋田・山形・新潟・長野
【宿泊】 テント 18日 / YH 5日 / 旅館 1日 / 人の家 6日
【掲載紙】 2紙 東奥日報(青森) 新潟日報(新潟)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
※『北海道データ』※
@滞在期間:38日間(10/3〜11/9) A移動距離:約2500Km
B道一周(函館〜函館):35日(休み1日) / 約2450Km 平均/日:72.1Km
C宿泊:テント泊 17日/寝袋泊 2日/YH泊
8日(民宿含む)/ライダーハウス泊
5日/人の家 4日
D体重:重量値 62.5Kg/軽量値 58.5Kg E1日最長移動距離:134.4Km
☆11/30(火) 76日目 雨のち晴 〜新潟県G津南町〜長野県@飯山市・戸狩観山荘YH 走行100.5Km 計4403.7Km
うっし、長野県入り。野沢温泉近くの戸狩温泉着だ。ワーイ!久しぶりの風呂だ、宿だ、布団だぞーい!!
長岡市は朝寒く(ちなみに長野はこの冬一番の冷え込み)、テント内はかろうじて7℃。積雪が気になり、そして気合が入り、この寒い中6:00前にテントを飛び出た。お昼頃、十日町で雨はあがった。すると、14:00頃からは気温は約18℃にも上昇した。急いで、薄着に着替える。積雪はまったく問題無い。
15:30、長野県入り。国道117号の山あいの風景、左手奥にはてっぺんに雪が積もった苗場の山々を見て走った。11/6(北海道一周完成日)以来の100Km超でとても疲れた。
☆11/29(月) 75日目 雨 〜新潟県F長岡市・千秋が原ふるさとの森(テント) 走行48.92Km 計4303.2Km
「わしは長野市に行く!」そう決めた。
新潟から長野に入るルートは主に2つ。1つは上越市から国道18号で妙高高原経由の南下IN、同じく18号で北上OUT。2つ目は国道117号で長岡市、小千谷市、十日町から野沢温泉経由のIN、18号で上越市へOUT。僕はたくさんの景色が見たいので「2つ目のルート」を選択した。
しかし、117号の十日町より先の津南町と長野県栄村の間の県境は、「日本で一番積雪量が多い」と言われている。今晩の雪で積もれば117号での自転車INは不可能になる・・・。
それにしても寒い!!走行中はスキー手袋の中に、職人のまっちゃにもらった薄手のビニール手袋を装着している。肌への雨の浸透はないが、スキー手袋が水分を含み風に当るので、手の指が耐えられない。夕方16:00頃になると手の指が感覚が無くなってきた。17:00頃の気温で3・4℃ぐらいだ。風呂にも入りたい。5日間入っていない。
※『緊急ミニ告知』@旅人好青年こと私“田嶋直樹”が、『週間アスキー・ハードモバイラーへの道(九里徳泰氏連載)』12月中旬発売号に怒涛の再登場!!詳しくは「それゆけ!掲示板」の九里さんと僕のカキコを見てね。 A『週アス12/8号・ハードモバへの道(62P)』の「なんでもQ&A」再登場(笑)
☆11/28(日) 74日目 雨時々ひょう 〜E新潟県西川町・西川ふれあい公園(テント) 走行0Km
現在、まっちゃと飲み中。“まっちゃ”というのは、僕が小学校時に長野市に住んでいる頃の親友だ。僕が新潟に居るのをWEBで見て、激励に掛けつけてくれた。うれしいねぇ。
朝食は、昨日の高橋さんのご好意で、まっちゃも一緒にご馳走になる。今回は、おばあさんとかわいい娘さんも入って記念撮影パシャリ。
今日はOFFにして、まっちゃの車にMTBを積み、町内観光。それから、「週間アスキー」関連のモバイル機材の撮影を行なった。久しぶりのまっちゃと飲みまくるのだ。
「高橋さん一家オールスターず+まっちゃ」
☆11/27(土) 73日目 雨時々みぞれ 〜D新潟県巻町・神社(テント) 走行34.14Km 計4254.3Km
青山海浜公園のように海沿いにテントを張ると、今日のように強風波浪注意報が出ている日は撤去が大変だ。テントのフライシートも2日間雨に打たれ、乾かすのもひと苦労だ。これから、雪の季節にドンドン入っていくので、ブレーキシュー(ブレーキの黒いゴムのやつね)を前後共交換し、昼過ぎから出発した。
国道116号を南西に下る。夕方、農作業中のおじさんにテントを張れる所を聞く。すると、「家でにぎり飯でも食ってけ。」と言うので、「でわでわ。」とお屋敷に上がる。そして、カレーライスを2杯ご馳走になった。この方、高橋さんといって高校教諭をされている。食後は、僕の旅の話と26日掲載の新潟日報の話で盛り上がった。
今夜は携帯電話のバッテリーが無くなったので、ing.の携帯電話用急速充電器を利用する。この充電器に携帯電話と9V電池を接続し、モバイルカードをケーブルでつないで使うのだ。
「高橋さん一家」
☆11/26(金) 72日目 雨 C新潟市・青山海浜公園(テント)連泊 走行0Km
朝、目覚めると雨が降っていた。「さ−て、出発の準備しようかな。」と思いテントの前室に置いてある靴を履いたら、夕べと風向きが変わっていて靴の中は雨で濡れていた。昨日に引き続き、旅人としての自転車で走る以外に別の仕事があったので、今日は走るのを辞め連泊する事にした。
『タジーのテント内生活』テント内で普段する事は(寝食・WEB更新はもちろん)、主に読書と絵ハガキを書く事だね。今日は札幌の「秀岳荘」で購入した九里さんの『チベット高原自転車ひとり旅(山と渓谷社)』を読破した。旅立って2冊目の読破本だ。九里さんの処女本で、まだ九里さんがスーパーマンになる前って感じだ。悪戦苦闘の様子(レベルは月とスッポンポンに違うが)に、共感できる部分が多かった。
『最近、思うこと』最近、母と携帯で連絡をとっていると、最後に「頑張んなさいよ!」と付け加える。今夜、父との電話の会話でも「気合で乗りきれ!」とゲキを飛ばしてくれる。僕の旅立ちに至るまでは、ひともんちゃくも、ふたもんちゃくもあったから余計うれしい。子供が挑戦を望む時、親は「危ないから」とか、すぐ「辞めなさい。」と言う。僕もこう言われた時は、ものすごくガッカリし失望した。こういう時に親は「挑戦が実現するために!」手段を思考したり協力する事の方が、子供にとってはうれしいのではなかろうか?同様の事を、旭川市の中務くんのお父さんも言ってるし、九里さんも著書で記述している。僕もいずれ父親になった時には、子供の夢に応援してあげたい!僕だって人の子だから、親のこの一言はとてつもないパワーになっているのだ!
現在、23:45分。雪が降ってきた。
※『緊急ミニ告知』「新潟日報新聞11/26朝刊社会面・話かご」掲載
☆11/25(木) 71日目 雲のち雷雨 〜白山公園〜B新潟市・青山海浜公園(テント) 走行12.52Km 計4220.1Km
今朝、AM7:30に起床し朝食。昨夜、電源が取れたもんだからWEBメンテや、メール返信で2:00まで起きて仕事をしていた。僕は早起きは得意だが、早寝は苦手なのだ。コレも社会人時代の習慣で、うちは毎日22:00ぐらいまで仕事をしていたから、自宅に帰ると23:00をまわっていた。そこから、僕は夕食・入浴、そして趣味の読書をしたり、インターネットで情報を検索する(アダルトではないよ)から寝るのは2:00ぐらい。4:00ぐらいに寝るときも有ったなぁ。同僚は「タフですねぇ。」と感心していたが、自分でもタフだなと思う。
午前中、新潟日報にて、取材と撮影。記者の桑原さんは、とても誠実な方だと思った。新聞社への入社の動機もしっかりしてる。入社3年目、頑張れ!ちなみに、昼食に冷やしとろろソバ大盛をおごって貰ったのだ。
午後、白山公園で再び雑誌に掲載されるよう、僕のモバイル機器の撮影をした。結局、本日は1時間ちょっとしか走ってないなぁ。夜は訳あって、4時間以上ずーっとメールの送受信をしていたので、疲れたからもう寝る。
「モバイルがあれば、どこでもインターネットが使える!」
「僕のモバイルグッズ(+デジカメ)」
☆11/24(水) 70日目 雲のち雨 〜新潟県A新潟市・篠田旅館 走行76.49Km 計4207.6Km
午前中、瀬奈温泉を入浴せず通過。ここは僕の地元の岐阜の下呂温泉に雰囲気が似てると思った。下品な感じがしなかったね。下呂温泉と言えば、「リンク」の「FOOT UP」管理者の通称・玉と夜中に車を走らせ、無料露天風呂に入浴しに行ったものだ。その時、きれいな女性の方も入浴しに来て、僕は・・・♪、おっと今日はここまでだ。
新潟市市街地は、5月の「佐渡ドロップキックツアー(『旅の軌跡』参照)」以来だ。おー、僕達が宿泊した24hサウナがあるある!立ち読みをしに行ったダイエーもあるある!
今晩は、後編4日目の9/19に日立市の千年湯のおかみさんに紹介してもらった、JR新潟駅そばの篠田旅館に泊まる。1泊2食で7,000円、旅館の割には安い(されど旅館…)。日本一周の旅・初の旅館、初の浴衣なのだ。今夜ばかりは気分良く豪勢にいくか♪
「荒川町の荒川沿いを走る」
「篠田旅館・湯上がりご満悦♪」
☆11/23(祝) 69日目 快晴 A〜新潟県@岩船郡朝日町・道の駅 朝日(テント) 走行63.08Km 計4131.1Km
出発が遅れた。理由は、朝起きれなかったのだ。10時間以上寝たのになぁ。この時期、テントで熟睡できることは幸せな事だろう。僕はモンベルのシュラフとインナーシーツを使っているが、「寝る」ことに関しては問題無い。21:00ぐらいから急激に冷え込むので、寝袋に入っていないと耐えられない。体調はほとんど回復。
今日は快晴、気温も高い。20℃達しているだろう。
13:00、道の駅あつみで30分休憩し、鼠ヶ関を越え山形県、東北を抜けた。東北は日本海側、太平洋側含めて思い出されるのは、たくさんの人との出会いがだ。いろんな人に世話になったなぁ。おー、東北終っちゃうぜ!うれしいような、悲しいような…。でも、やっぱり楽しかった! 『東北日本海側の巻 END』
『甲信越日本海側の巻』
14:00、新潟県に突入。うーし、どんどん進むぞっと、国道7号南下。そして、途中で海沿いの起伏の少ない国道345号を走るんだよなー、と思ってたのに間違えて山道を走る7号をそのまま進んでしまった!「まあ、いいや。」と、あきらめて時速15Kmで葡萄峠を登った。そのお陰で、かろうじて残ってるのであろう紅葉した木々に出会えた。
☆11/22(月) 68日目 雨のち晴 J〜山形県@酒田市〜鶴岡市・三瀬海水浴場(テント) 走行74.40Km 計4068.0Km〈4000Km突破〉
出発しようと思ったら、5回目のパンク。昨夕の走りでパンクしたのだろう。秋田の仁賀保町・金浦町・象潟町の国道7号沿いの歩道にはガラスや、ミラーの破損がたくさん落ちていたので心配はしていたのだ。結局、自分で穴が見つけられず、自転車屋に押して持っていく。2時間近くロスしてしまった。
走り出してすぐに本格的に降りだした雨も、午後山形県入りして徐々に快晴になった。酒田市の広い田園地帯を走り、最上川を越える。最上川には白鳥とたくさんの鳥(なんだったんだろう?)が水浴びをしている。思わず写真を撮った。
庄内空港に入かけての国道112号は快適であった。防風・防砂のための松林が、海岸線沿いでも強い風を遮断し、そして景色がいい!北海道には少なかったように感じ、本州に戻ってきたんだなぁと実感するのだ。
☆11/21(日) 67日目 雨のち晴でもやっぱり雨 〜秋田県I由利郡象潟町・YH象潟青年の家 走行48.91Km 計3993.6Km
9:00起床、珍しく寝坊をした。というより体が睡眠を欲しているのだろう。僕は社会人時代、6:00前に起床していたので早起きは得意だ。今も6:00〜7:00の間には、目覚まし時計無しで起きる事が出来る。9時間以上睡眠したので、喉の痛みはだいぶ引いた。
全国的に天気が良かったようだが、秋田は午前中雨が降っていたので午後からの出発とした。7号線を南下する。16:30頃、夕立のように雨が降ってきたので、無理はせずユースホステルに宿泊する事にした。部屋の畳の上で横になったら、太股の横(外側)に違和感を感じた。筋肉が付いてきているのだ。出発当時より、太股の表と裏の部分に筋肉が付いてきているのは実感していたが、横はあまり感じていなかった。
1999年も残り40日だ。鹿児島の最南端までは推定2,000Km。単純に1日100Kmのペースで走れば20日で到着できる。ただし天候、地形の起伏、観光を考慮しなければの話である。んー、俺はどこで2000年を迎えるのだろう・・・。
☆11/20(土) 66日目 晴 秋田県H由利郡岩城町・道川海水浴場(テント) 走行30.35Km 計3944.7Km 総計(前・後編あわせて)4521.1Km〈4500Km突破〉
うっし、出発だ!喉がまだ痛むが、大丈夫だ。天気が晴れているので、僕の心も晴れる!
長いこと休養させてもらった。出発前に、夕べのしゃぶしゃぶに使った皿を洗う。大阪での一人暮らしを思いだした。横ちゃんの家に到着して、取り外した全ての荷物をキャリアに取り付ける。休養の間、荷物は洗濯・防水スプレーをバッチリ行なってある。前・後キャリアに取り付けた重量50Kgはあるであろう荷物が、前・後輪を伝って僕の膝に負担を掛ける。「こんなに重たかったっけ?」と考えるが、重たかったのだ。この久しぶりの感覚に旅人の血が騒ぐ。さぁ、山形、新潟と一気に下るぞー!
Newあいてむを、秋田市のアウトドアショップで購入した。じゃーん「(大山のぶ代風に)ミニランタン〜♪」なのだ!僕は今までテント内の明かりはヘッドライトのみであった。テント内生活に支障は無いが、2つの点が耐えられなかった。その1つは、モバイルPC使用時にヘッドライトの光のディスプレイからの反射が強く、とても目が疲れる。2つめはライトが集光しすぎて、本が読みズラ〜イ(怒)!そこで、このミニランタンは集光/散光の切り替えができ、単3電池使用なのでテント内につるす事も出来るし、モンベルのソーラーパネルを使えば繰り返し充電して使える。ガスランタンだとうっかり寝てしまった場合の火災が怖いし、僕の一人用のテントでは寝そべったら置き場所がないからね。これで冬の夜長を読書で楽しめるぜ。
※後記:あまり役立たなかったので、2週間程使い実家に送り返した…。
「ナショナル・ミニランタン」
☆11/19(金) 65日目 雨 秋田県G秋田市・横ちゃん宅5泊目 走行0Km
天気予報では、秋田は今日から晴あるいは雲であったが、雨!!ますます秋田の天気もやりおるわい、といったところだ。
「旅の軌跡」の『MTB北陸3県縦走の旅』をUPした。旅日記は社会人時代の5月に書き上げたものに、「まえがき」と「あとがき」を本日作成した。この旅は僕の初MTB旅なのだ。少し、見にくいかもしれないがそれはご勘弁。
それから、日中は横ちゃんの部屋の皿洗いや、洗濯、蛍光灯替え(笑)をする。居候させてもらってる「ご恩と奉公」だ。旅人の基本だね。
いよいよ明日出発の予定だが、んー喉がまだ少し痛いなぁ。熱っぽさは無くなった。
※一部の方に、風邪を引いて→秋田で療養中、と心配のメールを頂きましたが、実際は秋田で休養中→そこで、寒さとホッとして体調を崩しかけているだけです。ご心配頂きありがとうございます。
☆11/18(木) 64日目 雨 秋田県F秋田市・横ちゃん宅4泊目 走行0Km
黙々黙々、黙黙黙黙黙黙、モンモン、黙々黙黙黙と、朝起きて1日中ずっと机に向かう。アウトドアやモバイルの雑誌を読む。それから、もっともっと応援してくれる人達が増えるように雑誌社へ、僕の自転車旅を告知していただけくよう手紙やメールを出す。営業だな。これが大切。
明後日ぐらいの出発にする予定だ。寒くなって来たのと、横ちゃんの家に着きホッとしたのだろう、風邪の前兆のようだ。喉が痛い。無理はいかん、寝よ!
横ちゃんが帰宅後、寝ている俺を見て心配し、「横ちゃんオリジナルあんこう牡蛎鍋」を作ってくれた。「横ちゃんありがとう。少し良くなった気がするよ。」「良かった!さ、タジ−、あんこうの肝食べ。」うれしいねぇ。
そして、食事中、携帯電話が鳴った。地元の女の子から励ましの電話だ!女の子からだよー!!とっても元気に快活に話す俺。横ちゃんの「横ちゃんオリジナルあんこう牡蛎鍋」って、一体・・・。ま、男なんてそんなもんさ。
「黙々モンモンと机に向かう」
「あんこう牡蛎鍋」
☆11/17(水) 63日目 みぞれ 秋田県E秋田市・横ちゃん宅3泊目 走行0Km
本日は横ちゃんの家でデスクワーク。WEB『それゆけ!東奔西走日記』の旅日記面を皆が見やすいように、紙面レイアウトをHTMLのテキストを見ながら変更してみた。どうだろうか?少しは見やすくなったかなぁ。それから、モバイルギアU MC−R320のMGメールの調子が悪かったのでメンテナンスと、お世話になっている人達への絵葉書を書いた。横ちゃんと夕食に行くまで外出はしなかった。夕食は「びっくりドンキー」で、横ちゃんと「それゆけ!日記」の編集会議なのだ。
☆11/16(火) 62日目 雨のち雪 秋田県D秋田市・横ちゃん宅連泊 走行9.58Km 計3914.3Km
今日は秋田でゆっくり。早速、本屋とアウトドアショップめぐり。秋田はアウトドアショップがまあまああるね。サイクルショップSHOWAの松田店長は、九里さんの後にアコンカグアをMTBで下山したり、海外の雪山をMTBで走っている。面白い人はあちこちに居るなぁ。もっと会いたいなぁ。
日中、雨が降っていて寒いなと思ったら、夜から雪に変わった。雪との初遭遇だ(みぞれは数回あり)。積もるのは12月頃との事だが、北海道に続きまた雪との時間の戦いになってきた。
☆11/15(月) 61日目 雨 〜秋田県C秋田市・横ちゃん宅 走行99.57Km 計3904.7Km
夕方に降る予報の雨は、昼頃から降りだした。今日の俺には雨なんて問題無い。なぜなら今夜は大阪の学生時代からの友人・横ちゃんに会えるからだ。彼は今アメリカにいる信吾の友人でもあり、1年前に転勤で秋田に来た。来秋をとても歓迎してくれた。変わらない横ちゃんスマイルに俺の心もなごむ。
「横ちゃんと山田まりや」
11月15日は、俺の好きな坂本竜馬の生誕日と命日である。去年は友人の加藤くんと竜馬と中岡慎太郎の眠る京都・霊山寺へ慰霊蔡に出掛けた。そして、年末年始に「『坂本竜馬脱藩の道』踏破の旅(詳細は、旅の軌跡)」を敢行し、99年の夜明けと共に今年のテーマを『既成概念からの脱藩』と掲げた。俺は固定観念というつまらないワクから、どれだけ飛び出す事が出来ているのだろうか?俺は今、全力でやっている。わしゃぁ、やるぜよ!
☆11/14(日) 60日目 雲 G〜秋田県B山本郡八森町・道の駅はちもり(テント) 走行58.66Km 計3805.2Km
世界遺産の白神山地を旅した。白神山地はブナの原生林が多く現存する、屋久島と同じく日本初の自然遺産である。県道28号「白神ライン」の標高約500m、約15Km進んだ所にある展望所を目指した。なだらかな登りであったが、残り2.5Kmのダート(砂利道)はたまに押しも入れながら登った。向白神岳の山頂は、残念ながら雲がかかっていたが、手つかずのブナ原生林が残っていると想像するだけで気分は「もののけ姫」である。上りの大量の汗と山中の気温の低さで、下りはとても体が冷えた。明日15日から白神ラインは冬季閉鎖に入る。
「白神山地展望所にて」
道の駅はちもりのおばさんは、とても優しくキレイだった。アレもコレもとたくさんの食料をくれた。あったかご飯、梅干、たくわん、みかん、栗まんじゅう、ブドウ糖(笑)。極めつけは生ネギ(笑)!生ネギは、白神の山水(本当)名水・お殿水で洗って、味噌を付けてビールのつまみとした。とても甘い!
舮作崎、白神ラインの入口、展望所、道の駅はちもりと、どこもドコモの携帯電話が圏外だ。黒電話も当然無い。いよいよ音響カプラが必要かなぁ…。
☆11/13(土) 59日目 雨 〜青森県F西津軽郡深浦町・舮作崎の芝の上(テント) 走行69.95Km 計3746.5Km
仙台の宮沢さん(9/25参照)から、「黄金崎不老不死温泉」から見る海岸に落ちる夕陽は格別と聞いていてたので、是非行こうと思っていた。今日は西からの風が強かったが、走ってきた国道101号は黄色く色づく「関のイチョウ」や、奇岩の並ぶ「千畳敷」と景勝が素晴らしい。16:15、温泉に到着してすぐに露天風呂に飛び込む。15分間のSUNSETショー、日が水面に落ちる瞬間は特に圧巻だった。東北に入って5日目、初の入浴だった。
17:30、温泉館を出た時には外は暗くなっていた。急いでテントサイトを探していたら、水を調達し忘れてしまった!今夜はどうしてもご飯が食べたいのだ。かといって、このあたりは街灯も無いし、寒い夜風の中を3Km離れた集落に水だけを調達しに行くのも馬鹿らしかった。仕方ないので途中で流れていた山水(おそらく)を汲んで来て、ご飯を炊く事にした。
「千畳敷を走る」
「不老不死温泉からの夕陽」
今晩は星が綺麗だ。テントの吹き出し口から、しばらく見とれていた。夜は天体ショーなのだ!
☆11/12(金) 58日目 雨 〜青森県E西津軽郡稲垣村・津軽国定公園平川沼(テント) 走行31.83Km 計3676.6Km
雨であるが寒くはない。北海道の雨の日は寒く、手が雨に濡れると冷たくて仕方なかった。僕の体は北海道の寒さに耐えてきたから、東北の寒さに順応できるのだろう。 昼前に平川沼に着いた。この近くに亀ヶ岡遺跡があり、公園の雰囲気も縄文チックで素朴だ。とても落ち着く。ここで雨宿りも兼ね、読書を始めた。そしたら没頭しだしてしまった。今日の予定は黄金崎不老不死温泉で夕陽を見ながらの入浴だったが、雨で日も出ていない。となれば不老不死温泉は明日に延期し、午後は徹底的に読書と決め込む事にした。
「読書の晩秋」
「おいおい、終いにゃ寝ながら読むありさま」
☆11/11(木) 57日目 晴 〜青森県D北津軽郡市浦村・中の島ブリッジパークキャンプ場(テント) 走行61.25Km 計3644.7Km
あった、あった、龍飛崎の「津軽海峡冬景色」の歌謡碑!赤いボタンを押すと、スピーカーから石川さゆりの歌声がかなりの大音量で流れる。これは笑えるねー(笑)。思わず一緒に熱唱しちゃいました。 すぐ近くに“階段”の国道339号があって、ここを自称「下道職人」の車旅行者・上坂くんと、国道ゆえに一緒に走る(駈ける?登る?)。
「♪津軽海峡ぉ冬景色ぃ〜♪」
「国道339号・スピード出し過ぎ注意」
16:00、精肉店でラム肉を購入していると、店外で小学生の子供達が騒がしい。何かと思ったら、理由は自転車好青年の俺であった。そうなのだ、本日から東奥日報がホームページを開設し、子供達はインターネットの授業で11/10の僕の掲載記事(写真付)をWEBで見て、「本物じゃない!?」となったのだ。「一緒に写真とろうか。」と言うと、女の子達はえらい興奮のしようだ。おまけに、この旅初のサインをしてしまった。皆、素直な子供達だった。がんばるぞ!俺は。
次は、20代女性の騒ぎようをお待ちしている。(冗談!老若男女お待ちしてます。)
「相内小学校の元気な子供達」
☆11/10(水) 56日目 晴 〜青森県C東津軽郡三厩村・龍飛崎野営場(テント) 走行55.63Km 計3583.5Km
朝、東北の旅を前にMTB・テントのメンテを行う優等生みたいな俺。吉田松陰が訪れた平舘の台場の松並木、高野崎を通過し、龍飛崎に到着した。予定では、ここから日本海側の国道339号「龍泊ライン」を南下するのだが…、すでに冬季閉鎖の通行止めであった。昼過ぎまで知らなかった…。仕方ないので青函トンネル記念館に行ってみた。しかし、体験坑道列車は勉強になった(列車は本日が本年最終便)。明日は、悔しいが今別まで17Km戻って、小国峠を越え十三湖を目指す。
☆11/9(火) 55日目 晴 (38)〜青森県B東津軽郡蟹田町・観瀾山公園海水浴場キャンプ場(テント) 走行45.1Km 計3527.8Km
9:40、篠田さんと中村家夫人に見送られ、俺を乗せた函館から青森行きのフェリーは出発した。 北海道には一つの思い入れがあった。昨年、友人が鹿児島から北海道へバイク日本縦断を成し遂げた。しかし、岐阜に帰る寸前に交通事故で亡くなったのだ。俺は悲しみ、北海道を走る事への恐怖心を抱いてしまい、苦しんだ時期があった。だけど、俺は情熱でその気持ちに打ち勝って走る決意をし、今日こうして無事北海道を発つことが出来た。ヤッタゾ!昌也。
そして、俺はまた挑戦する…!! 『北海道の巻END』
『東北日本海側の巻』
12:30、俺は再び青森に戻ってきた。快晴、太陽は俺の元気の素。新しい土地に来たら、まずは新聞社に飛び込み営業ならぬ飛び込み取材依頼。このあたりは営業マン時代の経験が活きてる。今日の東奥日報社は対応良い。 15:30、フロントキャリア破損のトラブル発生!右側が完全に破壊だ。4000Kmも走っているから不思議ではないが。針金とガムテープで補修。初のトラブルのため、45分ほど費やしてしまった。 竜飛崎までは北上し、その後日本海側を山口県まで長い南下をする。
「ただ今フロントキャリア補修中」
☆11/8(月) 54日目 雲 〜(37)函館市・篠田さん家 走行12.95Km 計3482.7Km
正午、10/6北海道新聞掲載時にメールを頂いた、函館市隣の上磯町在住の藤井喜彦さんとお会いする。藤井さんは、僕のWEBの毎日更新を他のお助けマンが作業していると思っていたそうだが、この作業は正真証明、毎晩僕が一人で行っている。自転車で走って、テント設営、夕食自炊後の作業はとてもキツイ。当然、夕食後はとてつもない睡魔に襲われる。2・3時間の仮眠を取り、(不思議だけど)23:00頃に目が覚め朦朧と作業再開、0:00頃にWEB更新というのは頻繁なのだ。
さて、藤井さんは65歳にしてトライアスロンの選手なんだ!年に3回はフルマラソンも挑戦している。すべての大会完走。知的障害の方にボランティアでマラソンを教えている。障害者の方も10Km・ハーフの部で完走するほどだ。「僕は障害者を健常者と同じ土俵で勝負させたいんですよ。」と、夢を追う男の顔で語ってくれた。夢を追うのに年齢など関係無い!『老若男女よ!大志を抱け。そして、実行せよ!』(サンボ田嶋/クラーク博士の発展形)
16:00、夕暮れ時の函館ヨットハーバーでひまわりくん(10/21参照)に電話をし、林くん(10/18参照)の「花の行方を知るように。」を読む。長く辛く楽しかった北海道の旅を思いだしたら、涙が出そうになった。「1つの旅」が終ったような気がする。今夜は、必殺ナタデココ作戦を伝授してくれた篠田さん(10/9参照)、中村さんと北海道最後の晩餐だ。よーし、明日から東北日本海側だ!
「藤井さんと赤レンガ倉庫群で」
☆11/7(日) 53日目 晴 (36)函館YGH連泊 走行18.92Km 計3469.7Km
OFF!休みとなれば、ウィンドウショッピングだ。と言ってもお洒落なもんではなく、僕の場合は本屋である。本にはいろんな情報、たくさんの夢が詰っていると思う。だから、好きな作家の新刊や、興味のあるジャンルの雑誌の特集等はチェックせずにはいられないのだ。以前付き合ってた彼女とのデート中にも、本屋を見つけては買いもしないのに「ちょっと」と言いつつ長居するので、かなり疎ましがられていた。
昨夜、中村ファミリーの娘・紫織ちゃん(小3)と碧ちゃん(小1)から「ターちゃん(こう呼ばれている)、明日遊ぼう!」と誘われていたので、自宅まで出掛けた。その後、相変わらず厚かましく中村ファミリーに夕飯をご馳走になってしまったのであった。
☆11/6(土) 52日目 晴 〜北海道(35)函館市・函館YGH 走行106.28Km 計3450.8Km 総計4027.2Km
うっし、函館到着とともに北海道一周完成!
午前9時、「函館の夜景を今夜見るために!」を心の糧に出発。道中、北海道最南端の白神岬で1ヶ月ぶりの本州を眺め、福島町では案の定「千代の富士記念館」で長い道草を食う。ようやく日没16時半過ぎに函館に帰ってきた!1週約2450Km(岐阜県可児市〜青森間の約1550Kmより長い!)であった。
10/4のキャンプ場で一緒だった函館の中村ファミリーに到着の電話を入れると、「夕食まだでしょ。」と焼肉をご馳走になる。そして夕食後、函館山から念願の「100万$の夜景」を一緒に眺めた。無数の宝石は、美しかった。「やったー!俺は着いたぞー!」思わず叫んだ。
しかし、俺が本当にうれしかったのは、俺の到着を喜んでくれる中村ファミリーの「1,000万$の笑顔」に、また出会えた事。
「中村ファミリー」
「函館の夜景」
☆11/5(金) 51日目 晴 〜北海道(34)松前郡松前町・折戸浜野営場(テント) 走行101.07Km 計3344.5Km
朝食より気合を入れるため、ラム(羊)肉を塩コショウで炒めバクつく。今日の風は強い向い&横風、そして冷たかった。集落の無い海岸線の丘・国道228号を登り下りし、目標の100Km走破だ!よし、明日は函館到着し、北海道一周完成といきたい。100万$の夜景を見るぞ!それにしても北海道は広い(11/5現在、北海道33日目、走行約2350Km)。いきなりアメリカ挑戦しなくて良かった…。
後編開始日の9/16にきれいに剃った髪とヒゲは、50日を過ぎてだいぶ伸びてきた。髪は学生時代に自分でバリカンを使って五分刈りにしていたから違和感は無いが、ヒゲを伸ばすのは初めてだ。今のところ,自分ではヒゲ面は似合うんじゃないかと思う。
☆11/4(木) 50日目 晴 〜北海道(33)爾志郡・熊石町青少年旅行村の管理人室前(テント) 走行95.38Km 計3243.4Km
えー、今日はお日柄も良く、とても良いサイクリング日和になりました。午後の北桧山町から大成町にかけての国道229号は、俺の好きな山の中を走る道であった。夏虫の鳴く暑い時期と違って、川のせせらぎの音の聞こえる晩秋の静寂した田園風景、日に照らされて黄金に輝くススキ。疲れなどフッ飛ぶね。これぞ心の洗濯!
函館まで、あと約200Km。例えるなら、名古屋から大阪間の距離に相当する。1日100Kmのペースで走れば、2日後には函館に到着だ。もう少し、あと少し!
※『ハードモバイラーの道・なんでもQ&A』E-mail:hardmobile@weeklyascii.com
このアドレスは、九里さん・編集者・デスク・デザイナー直結なのだ!
「NEWコスチューム紹介。赤信号帽子と熊川哲也風ロングスパッツ」
☆11/3(祝) 49日目 雲一時雨 〜北海道(32)島牧村・島牧YH 走行102.9Km 計3148.1Km
昨夜は、気付けば10時間半も睡眠していた。ここんとこ寝不足が続いていたからなぁ。11月に入って天候がいまいち、向い風。景色ときたら右手に日本海の荒々波、左手に迫り来る岩・岩・岩!そして海沿いの狭い道路の連続工事現場。ボディーアタックしそうな勢いの大型トラックと、ボディープレスをかます排気ガス!おまけに4回目のパンク。う〜〜、ファイヤー(意味不明)!!俺は広大な牧草の山の景色がいい!今夜はペンションのような島牧YHで、ビール飲んで寝る!プンプン。
☆11/2(火) 48日目 雨一時みぞれ 〜北海道(31)古字郡神恵内村・前浜海水浴場(テント) 走行52.94Km 計3045.1Km
積丹の断崖絶壁の海岸線を走る。中国四千年の歴史みたい。天候が厳しくテントの撤去に時間が掛かりストレスが溜まる。当然、出発も遅くなる。考えなイカンなぁ〜。こんな日は夕食をサッサッと済ませ、ねっとり読書を楽しもう。そして、睡眠時間を多く取る。これしかないね。
☆11/1(月) 47日目 雨 〜北海道(30)積丹町・小泊海岸(テント) 走行24.22Km 計2992.2Km
今日から11月、北海道に入って29日目だ。今日は雨降りで旅は停滞ぎみ。テントの撤収なんて、手が雨に濡れ風に当ると凍りつく冷たさだ。容易じゃない。ゆっくりしたいが、そうもいかない。なんせ寒さとの時間の戦いなのだ。僕が函館に着くのが先か!?雪が降るのが先か!?
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この旅日記は、上にいくほど内容は新しくなります。
『走行』1日の走行距離
『計』後編開始(9/16〜)してからの走行距離
『総計』日本一周(8/8〜)を開始してからの前後編を含む走行距離
『前編』社会人時代の夏休み(8/8〜14)に、岐阜県可児市〜埼玉県大宮市まで(576.4Km)の旅
『後編』旅人となって(笑)、9/16から再開した現在の旅
『@』都道府県名の後の数字は、その都道府県での滞在日数を表します