マウンテンバイク日本一周の旅日記 12月号
☆旅日記は下から順にお読み下さい。上に行くほど新しくなります。☆
| ☆☆☆☆☆ 12月のデータ ☆☆☆☆☆ |
| 【 長野県飯山市 〜 島根県江津市 】 【 走行日 】 24日 【 走行0日 】 7日 【 走行距離 】 1,152.2Km 【 平均 】 48.0Km/日 【 走行都道府県 】 長野 ・ 新潟 ・ 富山 ・ 石川 ・ 福井 ・ 京都 ・ 兵庫 ・ 鳥取 ・ 島根 【 宿泊 】 テント10泊 / YH7泊 / 民宿2泊 / 旅館1泊 / 人の家8泊 / 実家3泊 【 掲載紙 】 2紙 信濃毎日新聞(長野) 朝日新聞(島根) 【 出演番組 】 おひさまテレビ(長野朝日放送) 【 掲載雑誌 】週刊アスキー12/29号「ハードモバイラーへの道」 【 読破本 】 3冊 @「チベット高原自転車一人旅」(九里さん著) A「花の行方を知るように。」(林尚生くん著) B「人力地球縦断・中南米編」(九里さん著) |
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☆12/31(金) 晴 岐阜県可児市の実家
あと1時間ほどで、2000年か・・・。今年の1月1日の元旦、四国の葉山峠の山の中で「既成概念からの脱藩」という目標を立てた。固定観念という“枠”から、飛び出して夢に向かって突き進みたかった。その為に泣いたり、笑ったり、喜んだり、悲しんだり、感動してきた。正直、2000年に関してはそれほど感慨深いものは無い。それ以上に、『マウンテンバイク日本一周&モバイルWEB毎日の旅』は俺に衝撃を与えてきた。それだけ大切な出来事だったのだ。
とにかく情熱を持って、前進してきた。その結果いろんな方達との素晴らしい出会いを生み出し、応援してもらって、それが俺のPOWERとなってきた。そんな俺に共感持ったり、感銘を受けてくれる人達がいた。そして、また前進した。良くやった、上出来だ。やっぱり、1999年ありがとうだ!
2000年、まずは日本一周完成じゃ!日本一の日本一周にしてやる。俺の人生という旅も続くのだ。そして、俺はまた挑戦する!!
『俺の旅道具1999年MVP発表!』・・・どの道具にも俺は助けられた。その中でも選ぶとすれば、やはり、マウンテンバイク「東奔西走号」だろう。晴れから最悪のどしゃ降りや雪まで、頑強に俺を乗せて走ってくれた。たいした奴だ。
☆12/30(木) 晴 岐阜県可児市の実家
今日は大晦日イブではないか。僕にとっては、「モバギU初期化」の日である。メインバッテリーの単3電池と、サブバッテリーの3Vコイン型電池を抜けば初期化完成。味気なく、かつ的確に、修復するはずも無いデータは一瞬にして消えていった。
さて、別にインターネットの更新が出来なくなったわけではない。データをサーバーにアップする「ソリトン・システムズ」のFTPソフトをCD−ROMを使ってインストールすれば良いのだ。そして、後はちょこざいな設定をするだけでWEBの更新は可能なのだ(ここが大切!)。簡単、簡単。
「ではインストールするかな。」おや?無いぞ、家に無い!?あー!!思い出した。そう、あれは9/3の九里さんとの1回目の「週アス」の取材の後、ソリトンのCD−ROMを九里さんの自宅に「参考までに。」と送ってしまっていたのだ。ヤバイ、九里さんは年末年始はモルディブの孤島で、“ストリーミングライブ”を行うって言ってたよな。早速、即、ソク連絡。。。メールの返信より。。。やはりモルディブに行ってるー!!んー、何とかしよう。今より、良い状況にするしかない。
☆12/29(水) 晴 〜島根県C仁万町・城宝寺YH〜岐阜県可児市の実家
朝から、くしゃみ連発と体が熱っぽい。モバイルギアの突然の故障と、緊張からの解放だろうか?ヒッチハイクで自宅に戻ろうかとも思ったが、そういった事で辞めた。おまけに、「そろそろ本が読みたい病」になっていたので、青春18切符を使い普通列車でのんびり帰る事にした。
9:15、仁万駅ではホステラーのおばちゃんと、泊り客10人程が見送りしてくれたが、僕の心は晴れない。地元の友人に会えることや、家族に会えるのははうれしい事ではあるが、“一時帰宅”というのはやはり複雑な気持ちだ。久し振りの列車からの景色には「あ〜、あの道走って来た道だぁ・・・」となってしまう。
本は九里さんの「人力地球縦断 中南米編」を読む。「チベット高原自転車一人旅」を間に入れたので、冒頭の部分で止まっていたのだ。複雑な気分のまま、とにかく黙々と読んだ。
普通列車を乗換えし、岡山から姫路に向かう15:00頃、俺は突如開眼した!文中に九里さんは『僕はこれまで5000Km以上の距離を一気に旅した事は無い。』とある。そうか!そうなのだ。僕は約100日、5,555Kmを一気に旅したではないか!九里さんは当然海外の悪路、標高差のとてつもない所を旅しているので比較にはならないが、都合良くそれを差し引いて、僕は5,555Kmというとてつもない距離を一気に移動したのだ。しかも「アウトドア環境下でのWEB毎日更新」のプレミア付きではないか!胸を張って帰らんでどうする!自宅に着く前に、気分回復して良かった。これぐらいの単純さがないと、旅は出来んよなぁ(笑)。よーし、年末年始にやることやって、年明けからまた頑張るぞー!<※この一文の後、九里さんは南米ボリビア高原〜フェゴ島まで5000Km以上を一気に旅をされる>
夜、20:30頃一時帰宅。早速、島根の奥山さんから心配されてTEL有り。うれしくて長く話してしまった。また、「週アス12/29号」を見て以来「それゆけ!掲示板」にカキコをくれている、つかさむさん、だいさん、かおりさんのWEBを改めて自宅のPCで見た。すると、僕の“自転車&モバイルの旅”に感銘を受けられ、「田嶋さんを応援しよう!」とお互いの掲示板に書き込みされていたのだ!僕はこの手の話しに弱く、うれしくて涙が出そうになってしまった。
僕が少なからず人に影響を与え、たくさんの人に応援されている。こんな幸せな事は無い。自宅に戻っている間も、俺は目的に向かい“東奔西走“する!!だから、この間も毎日、日記は更新していくことにする!皆さん、あらためて、楽しんでください!
☆12/28(火) 104日目 晴 〜島根県C仁万町・城宝寺YH 走行47.08Km 計5,5555.9Km
「初期化するしかありませんねぇ。」僕はモバイルギアサービスセンターの電話の声に、正直愕然とした。ショックだ。
それは、朝、突如起きた。ユースホステルの部屋で、MGメールの返信作業中に「実行用のメモリ不足」の表示が出た。珍しい事ではなかったので、裏面のリセットボタンを押して、通常であれば再起動するはずなのだが・・・一向に「NEC」のタイトル画面から動かない!固まったまんま、何も作動しない。旅に出て約100日毎日使っていて、初めての症状だ。「ヤバイ、落ち着け!」
サービスセンターは話し中だし、ここでもがいていても時間を費やすだけで、下関到着が危うくなってしまう。僕は、YHをとにかく出発する事にした。
昼過ぎ、23Km進んだ江津市のJR浅利駅でサービスセンターに再TEL。「起らないケースでもない。リセットで治らなければ・・・」この後は文頭に続くのだ。しばらく駅で、僕も固まってしまった。−1℃の雪の中を走り抜けた後も、3℃のテントの中でも頑強に動き続けていたのに、暖かい部屋の中で故障するとは・・・。この調子であれば旅終了まで故障無しでいけるんじゃないかという、モバギに対する安心感があったかもしれん。あぁ〜。
メーリングリストは9割は古典的な紙ベースにデータを落としてある。しかし、肝心のファイルをアップする「FTPソフト」のCD−ROMを再インストールしなくてはならない。インターネットは見れるが、これがなくてはWEBの更新が出来ないのだ!手段は2通り、@接続ケーブルとROMを郵送してもらうか、A自宅でインストール。旅も半分を終えたところで旅の整理をしたかったし、情報を収集したい事もあったのでAを選択した。
MTBは城宝寺YHが年明けまで預かってくれる事になった。午前中走ったばかりの海沿いの国道9号をトボトボ戻った。空は僕の気持ちと同じ曇天であった・・・。
<※1・初期化→買ったままの状態に戻す事。当然、モバギ内の今までのデータはすべて消える。※2・この日の旅日記は、12/30に自宅のPCで更新。本日以降、同様。>
☆12/27(月) 103日目 晴 〜島根県B仁万町・城宝寺YH 走行90.3Km 計5,508.8Km 総計6,085.2Km
今日、松江から90Km西の仁万町まで進まないと、31日下関着が危うくなる。事前にユースホステルに予約を入れ、到着せねばいけないよう自分を鼓舞させた。
宍道湖の南側の国道9号を走る。天候が良く、長距離を走るには最高だ。湖のさらに北には松江市街が見えた。松江は濃密な2日間の滞在だった。午前中で予定の半分の46Kmを走る。順調そのもの!お昼は神社で作ってもらったおにぎりを食べる。ん〜、のどか。
しかし、トラブル発生。15:00ごろ、大田市(残り16Km)でガラスと金属片によりパンク〜!自分で3箇所(!)リペアしたが、まだ有る(結局あと2箇所有り)。堪らず市内のSモータースへ掛け込んだが、ここのオジジが素人目にも手際が悪く、時間が掛かる。最終的に持参のスペアチューブに換えただけなのに、ガッチリ請求された。少々ムカッ腹立ったので、オジジの「社会の窓」が終始開放されていた事を追記しておく(笑)。
さて、あ〜ぁ17:45からナイトランだ。飲み過ぎ、食べ過ぎ、寝不足の僕には、国道9号とはいえ街灯の無い田舎道は辛かった。1時間後、山のふもとのYHになんとか到着できた。YHのおばちゃんがとても快活なので、疲れが癒される思いだ。
☆12/26(日) 102日目 雲一時雨 〜島根県A松江市・原の家 走行3.37Km 計5,418.5Km
奥山家では一晩ではあったが、とても暖かい気分にさせてもらった。つくづく一人旅では、各地のあたたかい出会いがあってこそ、続けられるものだなぁと思う。その機会はやはり自分から作っていかないと駄目であろう。
僕のMTBに新しいステッカー『たじさん』と『日本一周の旅』が仲間入りした。奥山家の長女・諒子ちゃんが、今年サンタにもらった「シールワープロ」なるもので作成してくれたのだ。残りの4000Kmを一緒に旅する。走行中も目に入るフレームの部分にステッカーを貼った。
14:00、大学時代の親友・小滝の地元松江の親友・原と奥さん、光良と1年半ぶりに再会した。この仲間達は、新しい人達を積極的に自分達の輪に招き入れ、なおかつ、友人が何かをやろうとすると皆が盛り上げ、後押しをする結束力がある。それが実に自然に出来ているのだ。僕は何度うらやましいなぁ、素晴らしいなぁと思ったことか。これは島根県民の度量の広さなのか?!
そして、とっても良い意味の「アホをやれる」環境、ノリの良さがそこにはあるのだ!んー、僕の周りにはそういった環境はまだまだ少ないかな・・・残念だけど。2000年はその環境インフラを確立させるかな。
≪原と光良のゆかいな仲間たち≫
☆12/25(土) 101日目 雨 〜鳥取県B境港市〜水木しげるロード〜島根県@八束町〜松江市・奥山さん家 走行50.58Km 計5,415.1Km
実は・・・、「週間アスキー」の読者、奥山さんの家でメリークリスマスなのだ♪。その話はまた後で。
『井上靖記念館』に訪れた。僕は井上靖の作品は一冊も読んだ事が無い。彼のイメージは司馬遼太郎とモンゴルの作品を共著しているというものであった。しかし、何故かとても行ってみたい心境に駆られたのだ。
彼とは、“学生時代に柔道に熱中した”という接点があった。そして、驚く事に彼が切磋琢磨した柔道場「無声堂」は今、愛知県犬山市の明治村に移築されている。明治村は僕の地元から自転車で行ける距離にあり、僕は10回近く遊びに行った事がある。良い機会なので、柔道に熱中する時代を描いた自叙伝「北の海」を購入した。ゆっくり読んでみるつもりだ。
16:00、島根県松江の奥山さん宅に着いた。「週アス12/29号」の添付地図を見て「おい、島根通るじゃん。」と、早速「島根は暖かい人が多いですよ。是非、お立ちより下さい。」と応援メールをくれたのだ。「週アス応援者」と会うのは、北海道宗谷の伊藤君、江別の渡邊君、松本のがりやくんに続き4人目だ。まさにモバイルコミュニケーション!
奥山さんはとてもパソコンに詳しい若いおじちゃんだ。奥さん、お子さん2人、おばあちゃんと鍋を囲んだ。念願のケーキも食べっちゃたよ♪。朝日新聞の阪本さんを含め、大吟醸を飲む。俺はうれしくて、ガブガブ食べ過ぎ、腹くだしちゃったよ。
≪水木しげるロード≫
≪ハッピー・クリスマス♪≫
☆12/24(金) 100日目 晴 〜鳥取県A米子市・皆生海浜公園【テント】 走行56.21Km 計5,364.5Km
今朝、テントの気温は5℃、風も無く天候も良かったので暖かく感じた。ここ数日朝の野営時は、2、3℃。3℃違えば体感する温度も違うものだな。キャンプ場の管理人が「ここ何年も12月に雪が積もること無いんだけどね〜。寒かったでしょ〜。」と鳥取弁で言った。「いや、寒くないですよ。」
国道9号を西に向かった。除雪車により車道は除雪されているが、除雪された雪は歩道に全て覆いかぶさっている。「さらに倍!」とクイズダービー、特に篠沢教授の様に“ヒドイ”。歩行者、自転車は走行困難だ。どうにかしてもらわんと困る!危険だ。仕方ないので(いつものように?)車道の側道を走行する。
おぉっと諸君!今日はイブ、と同時に後編開始100日目ではないか!といってもイブは恋人同志の為の日だから俺には関係無いな。しかし、クリスマスは祝わしてもらうぜ!実は・・・!?
☆12/23(祝) 99日目 雨のち晴 〜兵庫県C浜坂町〜鳥取県@岩美町〜鳥取砂丘〜北条町・北条キャンプ場【テント】 走行76.09Km 計5,308.3Km
朝、テレビの天気予報で「午後から晴れる」の予報を聞いた時はさすがにホッとした。北近畿は雪中RUNが思いだされる。特に21日の香住町の走行はすさまじかったなぁ。『北近畿突破』
『山陰の巻スタート』
鳥取砂丘は、40cmの雪が積もる“雪”丘であった。風紋が見れないのは残念であった。この景色であればスキー場でも山でも見れる。下の写真をセルフタイマーで撮るために、10回以上も跳んだり跳ねたりしていたら靴の中が雪でびしょ濡れになってしまった。
夕食に、シーチキンとしめじとピーマンの炒めものを作った。なかなか美味しく出来たぞ。
さあ山陰だ。2000年は本州最西端・山口県下関市で迎える予定だ。
≪山陰突入≫
≪鳥取“雪”丘で飛ぶ?≫
☆12/22(水) 98日目 雪 〜兵庫県B浜坂町・諸寄YH 走行6.11Km 計5,232.2Km
今日は『加藤文太郎記念図書館』に行った。ここには登山家・加藤(昭11年、槍ヶ岳にて遭難)の資料展示と、植村直己を始めとする数多くの山岳図書がある。
僕が彼に魅力を感じるのは、登山とMTBと手段は違えど同じ「単独行」という点である。僕は彼の出身地に偶然旅できた事に感謝し、偉大なる「単独行」の先人に敬意を表する。
≪小説「孤高の人」文学碑≫
☆12/21(火) 97日目 雪 〜兵庫県A香住町〜浜坂町・県民サンビーチ【テント】 走行43.45Km 計5,226.1Km
雪!完全に雪だ!山岳部・峠だとか、初雪だとか、一時的といったものではない。完全に降雪の時期に突入したのだ。今日1日雪は激しく降り続いた。その中でアップダウンのある海岸線を進んだ。視界は灰色と藍色の景色。走行中、積雪の道路(※一応、除雪はされている)と脇を抜けていく車に気を使い、向い風で雪は激しく目玉に当ってくる。とても危険だ。こんな状況で運転していたので、背中の筋肉が今痛い。日中の気温は1℃〜−1℃、登山家のように鼻水も垂れっぱなしだ。金沢でグローブとシューズを冬仕様に換えていなければ、ギブアップしていただろう。
僕は旅の基準を、旅行<旅<冒険と考えている。「MTB日本一周の旅」は、旅と冒険の中間ということで「冒険旅」と自称しているが、今日は“冒険”の域に達しているだろう。僕の冒険旅で自賛している点は「モバイルWEB毎日更新」と、実は「冬期日本一周(しかも日本海側)」なのだ。
浜坂町は先程知ったが、「単独行」の登山家・加藤文太郎の出身地であった。新田次郎の小説『孤高の人』のモデルになった人物である。
≪雪≫
☆12/20(月) 96日目 晴 〜京都府B久美浜町〜兵庫県@城崎町〜竹野町・弁天浜キャンプ場【テント】 走行69.05Km 計5,182.6Km
珍しく2日連続の晴れ、ただし気温は日中3〜5℃。ゴアッテクス(水や風の浸透は防ぐが、汗は外に放出する素材)のレインコート上下を着ていないと寒い!
標高100〜200mのさほど高くない峠を5つ越えた。今日は天気が良いので、このレベルであれば気持ち良く越えれる。しかし、3つ目の県道11号の京都と兵庫県境、三原峠は路面が凍結していた。特に兵庫への下り坂が、日陰でつるつるアイスになっていた。「ヤバイ!」と思った時には転倒、が、すかさず前受身で難を逃れた。MTBを押しの作戦で、地面をしっかり踏みしめ進む。※4つ目以降も所によって凍結。
16:00、おかげで城崎温泉への到着が遅れてしまった。若い女性の浴衣姿が多かったが、我慢して入浴せず5つ目の峠を越えた。
17:00(1℃)、竹野町は雪の町であった。子供達が“ソリ”を抱え遊んでるのを見て、恐ろしくなってきた。キャンプ場も一面雪。誰も好き好んで雪上キャンプなんてしたくはない。屋根付の広い炊事場の中にテントを張ることにした。
≪三原峠≫
☆12/19(日) 95日目 晴一時雪 〜京都府A宮津市・天橋立YH 走行48.23Km 計5,113.6Km
「出張忘年会隊」からの激励を受け、国道178号を走り日本三景・天橋立に向かった。橋立の5Km程手前で、このあたり初(山岳部除く平野部)の雪が降ってきた。今日は今年一番の冷え込みだそうだ。
14:00に天橋立に到着すると天候は快晴になった(ここ1週間、ずっと雨だったそうだ)。そして、例によってセルフタイマーでデジカメ撮影をしていると、ほんの数十分の間で4、5人に「写真撮りましょか〜。」と関西弁で声を掛けられた。なんと「地元住民」と「観光客」が良い関係を保っている場所であろう。
砂浜に腰を下ろしてみた。あ〜、これだけ素晴らしいロケーションと景色はそうそう無いぜ!感動。今日は展望台「股のぞき台」に行く予定であった。しかし、のぞき台の上から“橋立を見る”より、僕には砂浜の上で冬の太陽と、澄んだ海、砂浜の温度を“感じる”事の方が性に合っている。時間を忘れ、しばし寝る事にした。『それゆけ!掲示板(12/17)』にYUKIさんがカキコしていたが、まさに“日本も捨てたもんじゃない!!”
≪松林を走る≫
≪砂浜に腰を下ろす≫
≪大地に寝る≫
☆12/18(土) 94日目 雨時々雪 〜福井県B高浜町〜京都府@舞鶴市・旅館「みまつ」 走行89.27Km 計5,065.3Km
三方町と小浜市の間の倉見峠で雪が降ってきた。12/7の長野県信濃町から新潟県妙高高原の降雪時に比べると、バージョンUPしたゴアテックスのグローブとシューズのおかげで雪や雨といった水の浸透が無いので、凍る様な感覚は無い。快適だ。ただシャーベット状の道を走るのは緊張する。
今日の俺は、とにかく急ぎたかった。理由は下の「北近畿の巻」に続く。『北陸突破』
『北近畿の巻スタート』
『俺にも忘年会!の巻』 一人旅をしていると「忘年会シーズン」なんてものは縁が無いかなと思っていたが、俺のもとに「出張忘年会隊」がやって来た!元・会社の同僚で、『それゆけ!掲示板』を盛り上げてくれている“飲み助@弟分”と、佐渡を一緒に旅した“ドロップキックツアー片割”だ。旅に出て3ヵ月、地元の人間に会うのは初めてだ。今夜は同じ宿に泊まる、積もる話しがたくさんあるのだ。
≪出張忘年会≫
☆12/17(金) 93日目 雨 〜福井県A敦賀市・気比の松原の海岸【テント】 走行52.01Km 計4,976.0Km
武生市から敦賀市までの国道8号の山道は登ったり下ったりを繰り返す、久しぶりに足ごたえのある道であった。福井県も長いねぇ。
青森の龍飛崎で知り合った旅人「下道職人」こと上坂くんに、「それゆけ!掲示板」12/16の書き込みで「敦賀ではヨーロッパ軒のソースカツ丼を一度お試しあれ」と情報をくれた。僕は地元の名古屋で赤味噌タレの「ミソカツ丼」を食べてる人間だ。「おいおい上坂くん、冗談をお言いでないよ。」と思ったが、ノコノコと行ってみた。そしたら店員の対応〇、カツが大きい!、衣の歯ごたえ良し、ソース味がGood!、結論美味しい♪上坂くん情報ありがとう!
いつ以来の海岸でテントだろうか?波の音が心にしみる。
≪ヨーロッパ軒のカツ丼♪≫
☆12/16(木) 92日目 雨のち晴 石川県D加賀市〜福井県@金津町〜福井市〜鯖江町・御幸公園【テント】 走行49.18Km 計4,924.0Km 総計5,500.4Km
やはり午後から晴れた。昨夜の星の量に間違いなかったね。今年の1月15日に「青春18切符」で旅した福井市を、今回は自転車で旅する。あの時は雪が降ってたなー。福井は幕末に松平春嶽や由利公正を輩出し、横井小楠や坂本竜馬もゆかりがあるので、幕末ファン・竜馬ファンは一度訪れて欲しい土地だ。僕も好きな町のひとつ。
『「週間アスキー12/29号・ハードモバイラーへの道」呼ばれて飛び出て再登場!の巻』 お〜い!再登場しちゃったよ。今日見たよ、買ったよ。今、ビール飲みながら、読んでニヤついてるよ。うれしい〜!
実は左の頁の写真5点は、僕のデジカメ「ピコナ」で撮影し(キレイに撮影できてるでしょ)、「モバイルギアU」を使って九里さんと編集部の方とメールでやり取りしたものなのだ。アウトドアの環境の中で、僕のモバイルオフィスは着実に自分のものになってきている。
でも、でも!いッちばんうれしいのは、公に「ハードモバイラー九里さんの弟子」と認められた事だな(ニヤリ)。
≪上木キャンプ場の朝≫
≪由利公正(左)と横井小楠と仲良く談話する著者≫
☆12/15(水) 91日目 雨一時雲 〜石川県C加賀市・上木キャンプ場【テント】 走行62.19Km 計4,874.8Km
午前中、兼六園を訪れ「日本三名園」(茨城・偕楽園、岡山・後楽園)を制覇した。とても繊細なイメージがし、心が落ち着く。雨であったのが残念だ。僕は三名園の中では偕楽園が好きだな。なんせ無料なんだから(笑)。
グローブ、トレッキングシューズ共に防寒・防水は〇だ。インナーシャツの保温もプラスして、16:30頃の気温は5℃であったけど、走行時に寒さは感じなかった。いよいよ「♪メインエベント〜!」バージョンアップしたシュラフの保温力はいかに!?
今夜は久しぶりにキャンプ場。気がね無くテントが張れる(笑)。もちシーズンOFFなので、水は出るが電気はつかないので松林の中は真っ暗だ。今(21:00)、雨雲の間にたくさんの星が見える。明日少しでも晴れるといいな。
※『週間アスキー』本日発売の号に僕が再登場しているのだが、まだ見ていないのだ…。
≪兼六園≫
☆12/14(火) 90日目 雲時々雨 石川県B金沢市・松井YH2泊目 走行14.28Km 計4,812.7Km
キャンプ&アウトドアの装備を完全に冬用に変えた。昨晩からカタログとにらめっこし、サイズから重量、耐久性にわたり検討に検討を重ね、そしてモンベル金沢の店長と相談を重ねて購入し、自分でも納得のいく装備になった。今日丸1日をこの作業に費やした。
モバイルの調子はすこぶる良い。モバイルギアUは3ヶ月間、毎日欠かさず僕のWEBの更新作業や「それゆけ!掲示板」のチェック(これが楽しいんだな)、メールのチェックに使っているがハードの故障は無い!調子良すぎて、1日のメールチェックの回数が増えたほどだ(笑)。
よぉーし、戦闘体勢完了だ。本州日本海側は、日本一周旅の行程でポイントのひとつと考えていたエリアだ。雨と強風向い風の天候面に悩まされながら、半分まで進んだ。北陸の先には、まだ僕の知らない山陰の自然がある。厳しいのか、優しいのかはわからない。これだから自然との格闘はやめられないのだ!
※『主なバージョンアップした冬用の装備』シュラフ・グローブ・化繊インナーシャツ・ゴアッテクスのトレッキングシューズ・・・特に今まで使用のトレッキングシューズは、「MTB日本一周の旅」で5000Kmを共に走り、四国縦断踏破した思い出のシューズだ。履き潰したので捨てる…。今までありがとう。
≪僕の新旧のシューズ≫
☆12/13(月) 89日目 雨時々あられ 〜石川県A金沢市・松井YH 走行7.53Km 計4,798.4Km
AM7:00に目は覚めるが、1時間ほど眠くてなかなか起きれない。昨日と同じだ。寒さで熟睡できていないのだろうか?深夜のテント内の気温はおそらく8℃〜5℃、僕の装備・シュラフ(+インナーシーツ)の使用可能温度域は約10℃〜2℃だから、ギリギリではあるのだ。※ちなみに前述の装備の「快適睡眠温度域」は、20℃〜12℃。
僕の現在の装備は秋冬用。これから3月までは日本の大地を走り、大地の上に眠る。南下をすると言えども、冬季ド真中の旅である。荷物は極力増やさず(お金も掛けず)、「本格的冬用装備」への転換を真剣に考えねばならん。おぉーっと、考え方だけは本格的になってきたぞー(笑)。
☆12/12(日) 88日目 雨時々雲 〜富山県B小矢部市〜石川県@津幡町〜金沢市・公園のすべり台の下【テント】 走行43.84Km 計4,790.8Km
国道8号から石川県に入った。兼六園や「加賀百万国」前田利家の史跡には、是非訪れたいと思ってる。しかし、石川県も週間天気予報はずっと雨だ。
17:30にアウトドアショップ・モンベル金沢店に行った。19:00まで、(またもや)すっかり長居をしたので、テント設営が20:00と遅くなってしまった。夕食を済ませるとモンベルからもらってきた「Gearカタログ」を熟読する。本と同様に読みだしたら止まらないのだ。
今夜はなぜか暖かい気がした(気温はいつもと変わらない)。しかし、今(23:30)地面からの冷えは、結構感じる。(テント内温度8℃〜10℃、そんなに寒くはない)
☆12/11(土) 87日目 雨 〜富山県A砺波市・高波農村公園【テント】 走行46.55Km 計4,747.0Km
相変わらず雨と向い風。つらい。しかし、平年であればもう雪が積もっているところだが、暖冬のためまだ雪も降っていない状況だ。旅人の俺にとってはとてもラッキーな事だ。が、自然界にとってはそのような結果をもたらしたのは、人間界からの環境破壊という悪い影響があるわけだ。やっぱりよくないよな。
『こらむ:最近よく鼻歌する曲』やはり、季節的にX’masソングだね。ジョン&ヨーコの「Happy X’mas」。僕は一人でヨーコのパートまで歌っちゃうから、一人で二役だ。しかし、X’mas過ごすのは一人…(寂)。なんか企画しよっかな?
☆12/10(金) 86日目 晴 〜新潟県K青海町〜富山県@朝日町〜富山市・富山YH 走行68.08Km 計4,700.4Km
天険親不知越えは晴れの日がいい。新潟側から越える方が楽と感じた。予想以上に長く滞在した甲信越であった。長野では17ぶりに旧友と出会い楽しい時を過ごした。新潟は強烈な風と天候に悩まされた。しかし、この悩みは続くんだろうな…。ガク〜ン。『甲信越突破!』
『北陸の巻スタート』
富山の朝日町には、外に人がいない。いるのはおばあさん。朝日から入善町に入って、5月に走った時と同様に海岸線や、田畑の農道を走る。天気もいいし、左手には北アルプスの剱岳などが雪を積もらせとても美しい。「お、この道覚えてるぞ!」思い出にも浸ってしまう。
15:00。そうだ、今夜は掲載雑誌の原稿作成&メールをしなくてはならないから、ユースホステルに予約を入れなくては。用意周到、さすがだ。おそらくここは隣の滑川市だから、あと5Kmだろう。時間はたっぷりあるから北アルプス眺めたり、写真撮影したりしよう!
16:15。日も沈んできた。さてと、そろそろYHに向かうか。おばあさん3人組に「浜黒崎(YHのある所)はどうやって行くの?」と聞くと、「浜黒崎なんてまだまだ先だよ!」「え!?」。地図を確認してみると、30Km以上も距離がある、ゲッ。僕は標識の無い農道をかなり走っていると思ってたのに、強風向い風だったので漕いではいるが進んではいなかった。まだ入善町だったのだ!口あんぐり!
かくして、大ボケをかました僕は、久々のナイトランで前回野宿した「道の駅なめりかわ」やグットなテントサイトを真っ暗の中に素通りし、日が落ちても妖艶に輝く北アルプスにビビりながら、YHに向い悲しく30Km走るのであった。
≪北アルプス≫
≪農道を走る(この時はまだ楽しそう・入善町)≫
☆12/9(木) 85日目 曇のち雨 〜新潟県J青海町・親不知ピアパーク【テント】 走行32.33Km 計4,632.4Km
能生町から(石川県七尾市まで)は、5月に走っているので記憶に新しい(旅の軌跡「MTB北陸3県縦走」参照)。今日は天険親不知を残念ながら越えれなかった。昨日に続き、パンクをした。穴がとても小さくて見つけられなかったのだ。時間をいたずらに費やすのでムカムカしてくる。それから、海沿いの強烈な風と、11/23〜30日の新潟滞在時同様の“雨”だ。気が向いたら週間天気予報で“新潟”を見てくれ。ずっーと雨だ。ある意味素晴らしい。
16:00、遅い時間だが一瞬晴間がのぞいたので、「よし、行こう!」と親不知へアタックをした。親不知駅を過ぎたあたりで、再び雨がひどくなったので、途中の「親不知ピアパーク」でテントを張る。真上に北陸自動車道が走っているので雨は遮る事は出来る。しかし、北陸自動車道と目の前の国道8号を走るトラックの音がヴォンヴォーンとやかましい。
≪パンク修理中≫
☆12/8(水) 84日目 晴 〜新潟県I上越市〜能生町・民宿「尾山荘」 走行67.8Km 計4,600.0Km
うお〜ぉ〜お〜い!雪だー雪だー!!朝起きると、一面は40cmの積雪になっていた。そして、最高の天気!直樹は喜び、大地を掛け回るね♪。雪の中でポッキーを冷やして食べたり、前転や飛び回る。目の前に偉容猛々しくそびえ立つ妙高山。旅してきていろんな自然に出会い感動したが、いやー雪の季節に旅して良かった!
上越市で戦国時代の名雄・上杉謙信の居城・春日山城跡に立ち寄った。毘沙門天と川中島の戦いが有名だ。上越からは、再び日本海沿いを西に進路を取る。国道8号沿いに「久比岐自転車道」があり、信号も無く快適だ。
16:00、5/1以来の能生町再上陸。その時テントを張ったしおかぜ公園に行く前に、ヤマザキに寄った。そしたら店主が「それなら」と経営している民宿にご好意(無料!)で泊めてくれるという。僕も「そんなら」とヤマザキでビールを買ってお邪魔。優しい人はいるね。
≪妙高山≫
≪雪とたわむれるの図@≫
≪雪とたわむれるの図A≫
☆12/7(火) 83日目 雪 〜長野県G長野市〜信濃町〜新潟県H妙高高原町・民宿「岸本荘」 走行51.27Km 計4,532.2Km
長野出発の日は雪だった。「♪雪の降る町を〜、ワワワワァ〜♪」である。さて、長野市からアップルラインを北上し、豊野町から国道18号に入るぐらいから歩道にはシャーベット状の雪が積もっていた。これが滑る(実際、一度コケた)。除雪された車道を走る事にした。
14:00、牟礼(ムレ)村(標高552m)に入る。気温は0℃、しかし寒さは無い。あたり一面雪景色で綺麗だ。歩道の積雪は30cmはあるので、歩道の走行は完全に牟礼だ、いや無理だ(さぶっ)。国道18号のため、トラックの往来が激しい。15:00、信濃町(標高667m)、気温−1℃。路面が凍結しており、さらに緊張が走る。空に晴間は完全に無くなった。空は雪雲に覆われ、かすかに輪郭のわかる太陽がボンヤリ見えるのみ。足の指が冷たくなってきた。
16:00、長野県と新潟県の県境の妙高高原に立つ。降雪量は途端に増えて、走行中に目を空ける事が出来ん。足の指以上に手の指が冷たくて痛くなってきた。体温も下がってきている気がする。もうテントを張る余裕は無い。観光協会で安宿を紹介してもらった。夕食後、緊張から開放された僕は、何もする気力も無く眠った。それでも、雪の景色は最高だったなぁ…。
≪雪景色(牟礼村)≫
≪「新潟県へようこそ」≫
☆12/6(月) 82日目 晴 長野県F長野市・まっちゃの家6泊目 走行0Km
ふふふ、ははは、ひひひ、はははーー!!今夜もまっちゃのところに泊まってる。そうなのだよ、出発してないんだよ(開き直り)!要するに、まだ長野市に居るんだよ。明日は、出発するよ。どうも長野は居心地がいい。
出発を前に、鼻毛切りハサミで鼻の下のヒゲを整える。9/16に後編を開始して、まったく手入れをしていなかった。そしたら、ナマズみたいになってたんだよ(笑)。ナマズみたいで、なすびみたいな汚い顔だ。そこで、テレビの収録が終ったので、ダンディーさを強調してみた(収録前に、やれっちゅ―の!「独りツッコミ」)。
☆12/5(日) 81日目 雨 長野県E長野市・まっちゃの家5泊目 走行0Km
長野に来ても頭と体を目一杯動かしたので、今朝はぐっすり眠った。明日はいよいよ新潟県上越市を目指す。長野でもいろんな人に会ったなー。出来る事なら、しばらくこの地に滞在したい気もする。
まっちゃには世話になった。特に、まっちゃはとても料理がうまい!今夜は夕食にパスタをリクエストしたら、カルボナーラを作ってくれた。包丁さばきと、料理のレパートリーには驚く。僕の日本一周が完成したら、アウトドアの環境で料理を作ってくれる事を約束した。
☆12/4(土) 80日目 晴 〜長野県D長野市・まっちゃの家4泊目 走行23.61Km 計4,481.0Km
「長野朝日放送『おひさまテレビ』に出演する!の巻」僕も芸能人の仲間入りである(笑)。AM9:55長野駅で生放送収録開始!ABN佐藤アナの「夢を実現させようと頑張っている田嶋直樹さんです!」で始まり、僕の旅の動機や、「MTB日本一周」、「モバイルPCを携帯し、WEBを毎日更新!」を、あさりどさんも加わって進行。いやー、興奮するねー、楽しいよ(少々、興奮気味)。また出たいね。しかし、ビデオ見たけど、俺って“なすび”みたいな顔してるね(笑)。出番は3分、ラーメン出来ちゃう(笑)。
収録後、善光寺を観光し、旅の安全を願った。参道で早速、「テレビ見たよー」と若い女性2人組に声を掛けられた(ニンマリ♪)。思わず、記念撮影パシャリ。
午後から、松本市在住のがりやくん(リンク:「今どこ日記」参照)と会った。僕が「週間アスキー10/6号」に掲載時に、一番最初に応援メールをくれた(知人除く)んだよ。彼とはいろんな話をした。彼は将来に悩みを持っていて、僕の話を聞きたいと言った。僕の話で良ければするけど、大切なのは「最終的に決めるのは自分!」という事。押し付けはしないし、いい所だけ取捨選択すればいいのだ!若いうちに悩むのは必要だと思う。しかし、狭いものさしで悩み考えていても、狭い了見でしか答えは出てこない!ここはイッチョ視野を広げて、考えているみるのも良いんじゃないかな?!
≪「おひさま―」あさりどさんと≫
≪善光寺≫
≪旅の安全を祈る≫
≪がりやくんと著者≫
☆12/3(金) 79日目 晴 長野県C長野市・まっちゃの家3泊目 走行0Km
本日は、まっちゃと通っていた小学校や友人のところへ飛び込みで行く。平日の為、みんないなかったけどね。今宵は小学校時代の友人と飲み。それでは、行ってきまーす。
※『ミニ告知』明日12/4の長野朝日放送の「おひさま」に、AM9:45頃出演します。ビデオ用意〜!(注:地方番組)
≪裾花小学校≫
≪まっちゃと拓臣ちゃん≫
≪小山と高野(旧性:田中)≫
☆12/2(木) 78日目 雲のち晴 長野県B長野市・まっちゃの家2泊目 走行0Km
思った通り、昨夜は遅〜くまでまっちゃと飲んで、食べて、話した。眠いからMTBで旧地を訪ねるのはヤメた。WEBに今までの掲載紙の写真一部を張り付けた。地方の新聞のため見れなかった方が多いから、興味深いんじゃないかな。
※『ミニ告知』信濃毎日新聞12/2夕刊に掲載。長野在住の方、また長野に知合いがいる方チェックです!
☆12/1(水) 77日目 晴のち雲 〜飯山市〜長野県A長野市・まっちゃの家 走行53.64Km 計4,457.4Km 総計5,024.8Km《5,000Km突破!》
長野市は1998年3月・4月の長野五輪&パラリンピック以来だ。そして、俺が小学3年〜5年までの3年間を長野市で過ごした思い出のつまった場所だ。
幾重にも重なる志賀高原の山々が視界に飛び込んでくる。わずかに見える奥の山のシルエットは、幻想的な雰囲気さえ連想させる。俺は「山の風景」が好きだ!もしかすると「山の風景」が好きは、長野での四方を山に囲まれた3年間の生活が影響しているのだろう。北海道も良いが、ドッコイ長野も素晴らしい!明日は昔住んでいた所や、通っていた小学校、長野五輪関連の跡地を訪れる予定だ。
今日から師走。走行距離が5,000Kmを突破した。予定の1万Kmの半分だ。俺の旅はまだまだ続くし、さらに盛り上がるぜー!
≪後ろは志賀高原の山々≫
≪セントラルスクエア(長野五輪表彰式会場)≫
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この旅日記は、上にいくほど内容は新しくなります。
『走行』1日の走行距離
『計』後編開始(9/16〜)してからの走行距離
『総計』日本一周(8/8〜)を開始してからの前後編を含む走行距離
『前編』社会人時代の夏休み(8/8〜14)に、岐阜県可児市〜埼玉県大宮市まで(576.4Km)の旅
『後編』旅人となって(笑)、9/16から再開した現在の旅
『@』都道府県名の後の数字は、その都道府県での滞在日数を表します