マウンテンバイク日本一周モバイルの旅 2月号

1月 日本一周 3月

☆旅日記は下から順にお読み下さい。上に行くほど新しくなります。☆

☆☆☆☆☆  2月のデータ  ☆☆☆☆☆
【 鹿児島県霧島町 〜 那覇港行きフェリー 】
【 走行日 】 22日   【 走行0日 】 7日
【 走行距離 】 615.1Km   【 平均走行距離 】 27.9Km
【 宿泊 】 テント16泊  寝袋2泊  人の家2泊  船3泊  安宿4泊  YH2泊
【 掲載新聞 】 2紙  琉球新報(沖縄県)  沖縄タイムス(沖縄県)
【 掲載雑誌 】 「CYCLE SPORTS」3月号93頁
【 登山 】 高千穂峰(霧島連山)  西表島縦走路
【 カヌー 】 ヒナイ川  浦内川  仲間川
【 読破本 】2冊  @「北の海」(井上靖著・新潮文庫)
A「日本の川を旅する」(野田知佑著・新潮文庫

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

☆2/29(火)  雲のち雨  157日  走行2.94KmKm  計7,103.4Km  〜沖縄県(25)那覇港に向かうフェリー泊  「同じハードモバイラー旅人に会う」
  7:00、起床。昨夜、「俺は9時まで寝ますよ!」と佐藤さんに豪語したのに習慣というのは恐ろしいね。朝食は、佐藤さんが自炊場で手持ちの食材を使ってササッサーと野菜炒めを作ってくれた。
  10:00、この居心地の良かった安宿をチェックアウト。コンビニや本屋に歩いて行けるのは、便利なことなんだなあぁ。人口1,800人の西表では考えられない。佐藤さんとも別れ、もとの“一人”に戻った。
  11:00、石垣港で僕と同機種「モバイルギアCR−M320」を携えて、FTPソフトを使い、同じく自分で「MTB日本一周モバイルWEB毎日更新の旅」を敢行しているる青年に出会った!彼は「トミヰ」くんと言って、'99年12月に横浜を出発し太平洋側を南下して石垣港に降り立ったのだ。ビックリしたねー!毎日更新とは、人事ながら(我が事ながら?)たいしたもんだ!フェリーが11:30出港でチケットを買ったり、バタバタして5分も話せなかったよ。※「トミヰのネドコ」http://www2.odn.ne.jp/~cbu61700
  今後、モバイルを携帯してリアルタイムに発信する旅人は、どんどん増える!だって、読んでて楽しいでしょ?やってる本人も楽しくて仕方が無い!是非、興味有る人は挑戦して欲しい!
  今晩は船中泊だ。行きのドミトリーと違い、雑魚寝だ。ビール飲んで寝てしまおう…。

☆2/28(月)  雲のち雨  156日  走行2.36KmKm  計7,100.4Km  〜沖縄県(24)石垣市・旅の宿  「さらば西表、いつかまた」
  昨夜は、カヌーの疲労とカヌーを使った旅をイメージしていたら、興奮してきて深夜1:00まで眠れなかった。
  14:00、当然の様に30分遅れて西表島大原港から石垣島に向けてオンボロフェリーは出港した。西表は予想外で1週間の長期滞在になってしまった。自転車を漕ぐ日は僅かであったが、休養日1日を除けば縦走、カヌー三昧と体を動かし放しだった。
  西表は出発しなければ“沈没”してしまいかねない危険性と魅力に満ちている。そろそろ我がマウンテンバイク「東奔西走号」を走らせなければならない。
  楽しかった西表島。西表の旅の終わりと共に、吉松さんと佐藤さんともお別れだ(吉松さんは竹富→与那国島に向かう。佐藤さんは今晩同室に泊り、2日ほど風邪療養にあて西表にリベンジするそうだ)。良き友と良き旅――。僕は明日、フェリーで那覇に戻る。

☆2/27(日)  雲一時晴  155日  走行0Km  〜沖縄県(23)竹富町・星の砂キャンプ場6泊目【テント】  「格言:2度ある事は3度カヌー」
  まずは反省。昨日、自分のカヌーの腕を“ベテラン”と抜かしましたが、実は初心者で飛んだ勘違いであったことをお詫びします。
  僕と吉松さんは「南風見ぱぴよん」でレンタル。日本一のマングローブ林の広がる、まさにジャングルのような仲間川で“カヌーマスター!”と意気込んだ。往復17Km。オーナーの山元さんと、女性客の高橋さんが2人艇、僕らは1人艇に乗った。昨日と同じシーカヤックであったが、こちらは本格的。昨日のタイプを聞いてみると「あ〜ぁ、FUNボートね。あれはお遊び程度。これは石垣島まで行けちゃう。」ムムッ。
  要するに、僕らはお遊びマシーンでスイスイ漕げてお調子に乗っていたわけだ。今日10分も漕いだら左腕が痛くて上げるのがやっと。今まではガムシャラに漕いでいただけなのだ。ヤバイ!
  「俺は真剣にカヌーが覚えたいんだ!」僕は速い2人艇にシャニムに追い付き、オーナーに操縦方法を質問した。パドルの入水の仕方、漕ぎ方、肩の回し方、手首の返し方…、離されては何度も追い付き質問を繰り返した。オーナーも僕のスッポンのような質問に懇切に答えてくれた。いかしたイイおっちゃんだ!感謝!
  5Kmを過ぎたあたりで、力を抜いて滑らかにカヌーが走るようになってきた。折り返してからは、頑張れば2人艇に付いていけるスピードを出せるようになった。約5時間、密度の濃いカヌーは終わった。これが本物のカヌーだよ!
  その後、しばらく「ぱぴよん」のショップでカヌー談義に花を咲かせ、僕のホームページの「それゆけ!掲示板」にオーナーが寸評を書いてくれた。僕への寸評は「初めは我流で心配したが、とても熱心で覚えも早く、最後はガイドとして使いたいと思った。」とお世辞入りのお言葉をもらい、本日めでたくベテランになった。(ホントおめでたいよ)
  オーナーは締めにこう書いてくれた「いつか自艇のカヌー(ファルトボート)を背負って、西表で再会できるのを楽しみにしている」と。
  
『「ぱぴよん」山元オーナーと高橋さん』

☆2/26(土)  雲一時雨  154日  走行18.69Km  計7,098.1Km  〜沖縄県(22)竹富町・星の砂キャンプ場5泊目【テント】  「再びカヌー」
  「吉松さん、早く行きましょう!」僕らはゴアテックスのレインウェアに身を包み、サンダルを履き、防水の袋にカメラ、昼食を詰め、マウンテンバイクにまたがり浦内川に向かった。
  小学生がグローブを持って野球にグランドへ向かうみたいに、また竿を持って釣りに川へ向かうみたいに、僕らははしゃぎ再びカヌーに行くのだ。気分はすかっりベテラン・カヌーイスト!マウンテンバイクは移動手段に格下げされ、気付けば21日以来5日ぶりに乗る(笑)。
  浦内川観光の兄ちゃんから諸注意、「乗り方はわかりますか?」「あぁ、もちろんだとも。(ベテランに失敬な)」「帰りは風がキツイから気を付けて下さい。」前回と同じ展開か?「そうだね。でも、僕らなら大丈夫だよ。ブハハハ。」こんな時、初心者の女の子がいたら「まぁ、このヒゲ面の人ステキ。」となるのに。
  今回はシー・カヤックの1人艇だ。シーカヤックとリバーカヤックは別物だ。僕の地元の岐阜県は、“海無し県”だからリバーカヤックの方が良い。かつ僕は移動性を重視したいから、ファルトボート(組立式)が好みだ。いずれ、入手したいねぇ。
  広い川幅であった。僕らスジが良いので(?)、割とスイスイ漕げるようになった(気がする)。カヌーの上で昼食を取り、時折、仰向けに寝てみる。川と一体になり、空の広さを感じる。優雅で贅沢な時間だ。
  4時間で切り上げた。今日はこのくらいで許してやろう。なぜなら、明日、メインイベント・仲間川カヌーに挑戦するからだ。
  
『浦内川カヌー』

☆2/25(金)  雨一時雲  153日  走行0Km  〜沖縄県(21)竹富町・星の砂キャンプ場4泊目【テント】  「雨と疲れの末に…」
  西表島大原港から石垣島へ戻るフェリーは週3便、月・水・金だ。今日、フェリーに乗る予定であったが、朝からテントを叩く雨とカヌー疲れ(おそらく今までの疲れもあると思うが…)が重なり、即断、次回便に変更した。
  それに、僕と吉松さんはまだまだカヌーに挑戦したくて堪らない。まったく、ドナドナに懲りないお気楽バカである。
  それにしてもこの時期、西表は雨がよく降る。佐藤さんは隣のテントで2日前から体調を崩している。「せめて太陽が出てくれればなぁ。」とお気楽バカ2人と違いテントの中で安静にしている。今のところ一番雨で困らされた所は新潟だ。新潟の雨は横なぐりでとても迷惑だ。
  西表は良いところ。旅好き、アウトドア好きには堪んないのだ。

☆2/24(木)  雨  152日  走行0Km  〜沖縄県S竹富町・星の砂キャンプ場3泊目【テント】  「カヌー初挑戦!」
  僕と吉松さんはカヌーに初挑戦する。テリ−・ファンク似のレンタルカヌー屋にパドルの漕ぎ方やコースの説明を聞く。コースはヒナイ川を進み、ピナイサーラの滝下まで行く初心者用だ。1人艇が良かったが、風が強いため2人で2人艇を使う。
  僕はとっても楽しみにしていた。僕は単純かつ豪快・爽快なアウトドアが好きで、カヌーもその対象と思っている。普段、陸地から見れない視点で自然を見れるなんて考えただけでもワクワクする!
  いざ入水、パドルを不器用に漕ぐ。行きは追い風なので漕がずとも進んでいった。手を下に出せば水面、川脇に寄ればマングローブに触れることが出来る。2人のサイクリストは今までに無い感覚に興奮しきりだ。しかし、20分も漕ぐと右の上腕筋が痛くなってきた。脚力には自身があるが、腕力中心のカヌーを舐めてはいかん。
  それでも一人で乗ってみたり支流に行ってみたり、バシャバシャとやるうちに慣れてきた。僕らは遊ぶことには真剣なのだ(笑)。の〜んびり休み休み行けば、そこには優雅な時間が流れる。
  帰りは向かい風が強く、漕いでも現状維持するのがやっと。情けないが、浅瀬を見つけて2人で川下までカヌーを延々引くという、前代未門のカヌーと人間逆転「♪ドナドナ、ド〜ナ〜ドォナ〜、カヌーを連れて〜」のマヌケっぷりを披露してしまった。
  縦走では疲れなかったが、カヌーは疲れたー!夕方、テントに戻り読みかけの野田知佑の「日本の川を旅する」を読んだいたが、いつしかウトウトと眠ってしまったのだった。
  
『カヌーに乗る』  『カヌーを引く』

☆2/23(水)  雨一時雲  151日  走行0Km  〜沖縄県R竹富町・星の砂キャンプ場2泊目【テント】  「西表縦走第2日目」
  ジャングル縦走の物語は続く。
  朝から強い雨。日の出前の6:00に起床し朝食を済ませ、撤収に掛かる。服や靴ががビチョ濡れで気持ち悪い。7:30日の出、インド式に川で排便をやり、環境に優しく紙を使わず手で拭く。8:00出発。
  昨日、疲労の激しかったはっとの体力を考え、サイクリストと獨大のパーティーに別れて行動。浦内川に沿い、吉松さんと歌を唄い、バカ話をして進む。
  道は以前細く、水の溜まったぬかるみだ。樹木は案外もろく、直径15cmでも力を掛けると折れてしまう。雨が原因だろうか?うかつにぶら下がったりすると事故になりかねない。
  所々に膝ぐらいの川を渡ったり、靴底ほどの沢をバシャバシャと行く。川底に珊瑚が見えるのは、波照間島・竹富島と同じく珊瑚が隆起して出来た島を意味するのだろうか?
  11:00、林道終了にて縦走完了!そこからダート、アスファルトを歩き、大富のバス停で僕らはオリオンビールで乾杯した。バスを使い14:45にキャンプ場に戻ってきた。いやー、実に変化に飛んだコースが展開され面白かった。メンバーも良かった。
  夕食は縦走成功と、「それゆけ!東奔西走日記」1万HIT突破を祝い、今夜も佐藤さんが腕を奮ってくれたのだ。
  
『川を渡る』

☆2/22(火)  雨一時雲  150日  走行0Km  〜沖縄県Q竹富町・西表縦走路中間広場【テント】  「西表縦走第1日目」
  2日間の行程で北の浦内から南の大原までを縦走する。僕、吉松さん、獨大YH部のすぐる、ドラゴン、はっとの5人でパーティを組む。持ち物は、食パンを中心に4食分、シュラフ、マット、カメラ、水筒、そしてテントは吉松さんと兼用。服装はゴアのレインジャケット上下、トレッキングシューズ、ヒル対策に登山用スパッツを装着。
  観光船で船浦から船着場の軍艦島まで行き、10:00縦走開始だ。ぬかるみの中を前進する。マリユドゥの滝あたりの沢歩きは、岩がコケでヌルヌルして足元が危険だ。100Kg超のはっとが足を滑らせ、3m下の谷に転落した!幸い、下は老木と小川で怪我は無かったが、皆に緊張が走った「打ち所が悪ければ死」。実際に年に遭難者が出ている。
  横も上も亜熱帯の木々に囲まれ、なおかつ雨。ヒルも靴下の上から血を吸ってきて、鬱蒼感は高まる。雨の中の昼食は、食パンにマヨネーズ、チーズを挟み食べる。マヨネーズがウマイ。
  小さなUpDownを、時には岩をロープで登り、膝まである川を流れに耐えながら進む。当然、靴の中は水浸しだ。だけど、率直に言ってアスレチックみたいで僕は楽しかった。水もキレイで何度も手で掬って飲んだ。
  16:00、木の寝がボコボコ出ている中間広場でテントを構わず設営。20:45、娯楽も無いので寝るしかない。ただ蚊とヒルに悩まされ、ドラゴンは唇をヒルに吸われ腫らしていた(笑)。
  
『西表縦走隊』  『マリユドゥの滝』『崖も登る』

☆2/21(月)  雲一時雨  149日  走行43.37Km  計7,079Km  〜沖縄県P竹富町・星の砂キャンプ場【テント】  「アウトドアで餃子・肉ジャガを食べるのだ」
  9:30、サイクリストの吉松さんとバイカーの佐藤さんと石垣港発の西表島行きのフェリーに乗り込み、11:45、大原港に到着した。西表でアドベンチャーをするのだ。北に40Kmのキャンプ場で佐藤さんと再会することにして、僕と吉松さんはえっちらおっちらペダルを漕いだ。
  西表島は周囲130Km、90%以上が山林だ。道は海岸線の東側半分に有るのみだから(西側には無い!道が島一周していない)、車の往来が多い。集落はまったく無い。景色は右の海側にはマングローブ、干潟、左には熱帯・亜熱帯の原生林。方々に黒い牛の放牧と、田植えを終えた水田がある。風景はタイ北部に似てる。
  何も無い道を一人で走るのは退屈だが、吉松さんとのツーリング(この旅初)でとても楽しかった。そして、僕達はキャンプ場到着が待ち遠しいことがあったのだ…。
  16:45、キャンプ場到着するなり佐藤さんが「今日は餃子と肉じゃがにする!」と開口一番吠えた。「ブラボー!」僕らも呼応する。佐藤さんがアウトドアの環境で料理の腕を奮ってくれる約束をしていたのだ♪。あんたは「椎名誠とあやしい探検隊」のリンさんか!ってなもんだ。
  カブ日本一周の良ちゃん、独協大ユースホステリング部のすぐる、ドラゴン、はっとも仲間に入れ、かくしてムサイ男7人衆の野菜を切りーの、肉とニラを手ごねーの、ギョーザの皮に具を詰めーの、と男の料理の乱れ撃ちが繰り広げられた。
  味は格別!「だってたじさんと吉松さんは、明日“縦走”するから体力付けてもらわなくちゃ!」だってよ!地元でキャンプする時は佐藤さんを呼びたいよ、仙台から。
  
『ツーリング』  『ギョーザを狙う男達』

☆2/20(日)  雲のち雨  148日  走行0Km  〜沖縄県O石垣市・旅の宿連泊  「OFFの過し方」
  今日は「最南端到達」のご褒美でOFFだ。
  部屋で琉球新報・沖縄タイムスからの訪問者や、新しい訪問者にお礼メール送信をした(遅れなかった人、ゴメン)。なんせWEB更新から、何から何まで一人でやってるので対応が遅れて申し訳無い。生産性は低いが、いいもの(旅日記)を作っていくので引き続き応援よろしく願います。
  明日は西表島に向け出発する。西表では縦走とカヌー(!)に挑戦したいな。遊ぶぜ!

☆2/19(土)  晴一時雨  147日  走行19.64Km  計7,036.0Km  〜沖縄県N石垣市・旅の宿  「『日本最南端之碑』到着・そして北へ」
  ここにテントを張って3日間、人は5人ぐらいしか見ていない。また人が出す音というのも、少し先の製糖工場のタータタッタという機会の音がわずかに聞こえるだけだ。あとは自然の音――、風景――。
  僕は今日ここを離れなくちゃならない。よし、行くぞ!最南端・高那崎!
  9:45、出発の頃には小雨から快晴にかわり気温も25℃を越えた。道路標識が無い、いや必要の無い集落を走る。途中、朝食調達のため売店に寄った。菓子パンがひとつも無いのを問うてみると「昼過ぎに入荷する」との事だった。サトウキビ畑ではひとつの畑に5人以上で刈り入れをしている。
  海岸線を走り、11:00に2匹の蛇が交差する「最南端之碑」にたどり着いた。最北端・宗谷岬から足掛け4ヶ月の旅だった…。「いつ着くのだろう」と思ったこの地に、僕は今立っているのだ!うまく表現出来んが、感無量だ!
  結局、2時間近くここに居た。「日本一周の旅」――この先は北に進むしか道は無い。俺はやる!終始、南から北に向かって強い風が吹いていた。
  16:00、石垣港に戻ってきた。沖縄で出会ったサイクリストの吉松さんと再会し、バイカーの佐藤さんも加わり一緒に飲みに行った。とても飲みたかった。とにかくいろんなものに乾杯したかったんだ。
  
『日本最南端之碑』

☆2/18(金)  雨のち晴  146日  走行0Km  〜沖縄県M竹富町(波照間島)・ぺー浜連泊【テント】
  なんて心地好いのだろう。波照間の風が僕に「無駄な抵抗はよせ。」と言っている。テントの入口を開けるとドドッーンと目に飛び込むモンパの木。人的なものを排除した空間。僕はこのまま身をゆだねる事にした。よし、「最南端」は明日に取っておきの取っておきにしよう。天気もいまいちだしな。
  たまに海水に足を浸したり、服やリュックの裁縫をしたり、ガソリンコンロの清掃したり、読書をする。
  10時頃、雨が一時的に上がったので「それ!」とテントを飛びだし、20m先の海にルアーを投げた。一投目で魚が掛かった。内地では見たことも無い目が赤く、口がニッーと裂け、怪獣みたいな顔をしている。10cm程で食べれそうも無いのでリリースした。というと格好良いが、釣りのド素人の僕が魚のサバキを知ってるわけが無い。
  食料も買い出しに行かず、あるだけの食材で対応することにした。スパゲッティが一人分あった。波照間の透き通る海水を使えば、調理に塩を使わず一石二鳥だ。だんだん無人島生活になってきた(笑)。
  茹であがったスパゲッティを頬張った。「ギョヘッ!」塩辛すぎる!貝の味噌汁のお椀に残った最後の一汁より辛いよ、これ!
  さて、今日も日が落ちてきた(19:00)。そろそろ寝るとするか。明日は14:00のフェリーで石垣島に戻らねばならない。あ〜ぁ、名残惜しいなぁ。
  
『波照間の透き通る海』

☆2/17(木)  雲一時雨  145日  走行8.16Km  計7,016.3Km  〜沖縄県L竹富町(波照間島)・ぺー浜【テント】
  11:30、石垣島からフェリーで2時間、南の果ての地・波照間島に降り立った。とてつもなく遠く、イメージも沸いてこなかった最南端の島に今、降り立ったのだ。遂に来ちゃったよ!
  港から西にある西の浜で少し歩いてみた。浜の砂がやや赤みをおびていて美しい。水もより一層透き通ってみえる。このまま歩いていたら最南端の碑に到着してしまいそうだ。
  さて、次のフェリーの便は土曜日だから2泊する予定だ(高速船は毎日出ているが、かなり揺れるので自転車破損の確率高し)。もったいぶって「最南端の碑」は、ゆっくり明日に取っておこう。
  波照間島は島にテントを張ることに対し、実はいい噂を聞かない。叱られただとか、テントを壊されただとか…。キャンプ場も無いし、島としては民宿にお金を落して欲しいのだ。もっともだ、とは思う。
  だけど、僕としても自然の中でテントを張りたい!噂は噂でしかないのだ。島もガンジガラメにせず、町営のキャンプ場を1つ作ったらいいのに。これでは来たい人も島に来なくなる。
  あちこちで収集した情報を元に、12時から13時の1時間を掛けキャンプサイトを探した。少し隠れていて波の音が心地良く、そしてモンパの木の下だ!与座さんにもらった缶詰を食べ、泡盛を飲む。至福の時だ!
  明るいうちに物事を済ませ、暗くなったらブッシュマンのように寝るに限るのだ。波照間の風にあたりながら、井上靖・著の「北の海」を読み上げた。
  
『波照間島上陸』  『西の浜』  『モンパの木の下』

☆2/16(水)  雲  144日  走行15.15Km  計7,008.2Km  〜沖縄県K石垣市・離島桟橋チケット売場前【寝袋】
  沖縄本島から南西約300Kmに位置する八重山列島は日本の南端である。石垣島、西表島、波照間島など7つの島々で形成される。
  石垣島から離島への船が出ており、この島をターミナルに僕は八重山に遊びに行こうというわけ。今日は、石垣島から高速船で10分の竹富島に出掛けた。竹富島は、周囲約9Km、八重山の中でも昔ながらの赤瓦葺きの屋根が残っているのだ。
11:45、島到着。昨日同様、曇って少し寒いのが残念。といっても、気温は17℃ぐらいある。集落は赤瓦とともに屋根の上のシーサーや、珊瑚の石垣といった懐かしい風景が見れた。BGMは原由子が良かろう。
  僕が驚いたのは島の中心の主要道路の3本ほどがアスファルト舗装なだけで、他は固くしまった砂利道で横はガードなんて無く熱帯の草木が茂る。道の所々に穴がある。島では重要な道なのだ。あらためて離島なのだ。
  15:30、石垣島に戻ってきた。明日は波照間島行きのフェリーに乗る。
  
『竹富島』

☆2/15(火)  雲  143日  走行4.7Km  計6,993.0Km  〜沖縄県J石垣市・旅の宿
  フェリーの船室も最低の2等であったが、ドミトリー、シャワートイレが部屋に付いている素晴らしい環境だった。夕べは深夜2時まで話しこんだ。同室のサイクリストの原さんはとても面白い。豪傑で旅に無謀が多い。皆で無謀な点を指摘すると、「俺、ぜんぜん無謀じゃないっスよ。昔は『無謀くん』とか呼ばれてたけど。」(笑)
  波は多いにしけ、揺れた。宮古島到着(経由)の5時半に起床し、WEBの更新やメールの返信、「それゆけ!掲示板」への書き込みを試みたが、沖縄の楽しみ疲れで眠くて眠くてさすがの僕も部屋に戻ってまた眠った。
  13:00、3時間も遅れて石垣島に到着した。さらに南に来たのに今日は沖縄より寒かった。フェリー同室の原さんと、カブ日本一周の良ちゃんと記念撮影していると、島のガキが駒を持って加わってきたので、しばし童心に戻り駒回しをして遊んだ。
  波照間島のフェリーは木曜日なので、今日は石垣に滞在することにした。原さん、良ちゃんとビーサンや、お手軽マリン系のグッズを釣り屋に見に行き、そのまま「ルアー一式」(\3,000)を購入!本場で楽しむのだ。沖縄ルアー天国さん(2/9参照)喜ぶだろうなー。
  ※本日、『沖縄タイムス朝刊』26頁社会面・掲載
  
『船の旅もまた楽しい』

☆2/14(月)  晴ときどき雨  142日  走行30.82Km  計6,988.3Km  〜沖縄県J石垣島行きフェリー【船中泊】
  兼久海浜公園で沖縄タイムスの取材後、高崎記者に「ヨット世界一周の旅」をしているミセス・ネリを紹介してもらった。現在、ネリ夫人は2回目(!)の世界一周に家族で挑戦中、カデナマリーナ停泊中。ロシア・ナホトカ出身。米人を旦那に持つNORIKOさんの4人でランチをすることにした。.
  「ほほぉ〜、たじさんはロシアの国技“サンボ”をしてたからロシア語出来るんだ〜。」と思った読者の皆さん、心配ゴム用!ネリ夫人は英語がペラペラ!ところが、1つ問題アリ。僕が英語を話せない…(♪ドナドナ、ドーナ、ド〜ナ〜)。NORIKOさんと高崎記者に通訳をお願いした。
  世界一周の目的に「新しい人種・人々と出会い、新しい文化に触れ、新しい体験を求めている。」。まったくの同感!「旅をやろう」とは、旦那とネリ夫人の両方が言い出したそうだ。いい女性だ…。明るく話すネリにワクワクしてしまった。ネリは僕の事を大変感心し、ロシアのマウンテンバイク冒険者、P・コーニュホフの友人の連絡先を教えてくれ、紹介文を書いてくれた。
  16:30、在日外人のフレディさんとお会いした。この方も琉球新報を見ていただき、メールのやり取りをしていたのだ。この方は日本語がペラペラ。フレディは神戸生まれ。震災を5年前に経験し、3年前沖縄に引っ越してきた。ブルース好き。旅や「フォレスト・ガンプ」でお互い感動したこと(笑)、文化の違いの話を短い時間で語り合った。
  とてもインターナショナルであった。ネリやフレディの語学の勉強熱心さに、日本に居ながら英語をやらねばっ、と痛感してしまった。
  20:00、沖縄を一周し那覇に戻ってきた。那覇新港からフェリーで石垣島に向かうのだ。沖縄で出会ったサイクリスト、バイカー達にも再会した。いよいよ八重山諸島の離島を体感する!沖縄本島はとても楽しく忙しかった、旅でこんな形容も珍しいけどね(笑)。
  
『ヨット世界一周のネリ(中)と、NORIKOさん』  『ナホトカ号とカデナマリーナ』  『国道58号のすぐ上を飛ぶ、嘉手納基地の戦闘機』

☆2/13(日)  晴  141日  走行13.46Km  計6,957.5Km  〜沖縄県I嘉手納町・兼久海浜公園【テント】
  今朝5時に寝たわりには、8時半に起きた。少し眠い。
  沖縄には「エイサー」という夏の旧盆時の踊りがある。男性・女性がそれぞれ衣装をまとい、「エイサー!」の掛け声ととともに踊るのだ。沖縄市は沖縄県の中でもこの踊りの盛んな地域で、胡屋(地域名)青年会は実力もある。
  「胡屋自治会文化祭」でエイサーを披露するというので、与座嘉一郎くん(以下、Jr.)と彼女が誘ってくれた。冬でも見れるのは、とてもラッキーだ。
  僕達は会場である諸見小学校に昼過ぎに到着し、まずは牛汁を食べた。その間、Jr.は出会う友人知人に僕の事(自転車日本一周)を紹介した。父親同様“気配り”が出来る人物であった。友人知人は「なんで嘉一郎と知り合いなの?」決まって質問し、その度に僕らは笑って「親父さんと…」と説明した。
  体育館で文化祭の名にふさわしく、地元の方の写真や、習字、創作物など出展され、ステージではツントンテン、ツントンテンと沖縄民謡が披露されていた。なかなか地方の文化祭に訪れるタイミングは無い。「その土地土地の文化に触れる」、なんて幸せなのどかな時間だろう。
  取りでエイサーの披露。男性は太鼓を叩き勇壮に跳ね、女性はやや丈の短い着物でつつましやかに舞う。この相対が良い。太鼓の音が僕を踊りに引き付けた!終わりはまたもや全員総踊りの「カチャーシー(方言)」になった(笑)。僕もまたもや「出番!」と、ステージに飛び乗り踊った(笑)。
  ここにも“沖縄の文化”を伝えようとする人達に出会えることが出来た。
  
『エイサー』  『与座Jr.と彼女と胡屋青年会』

☆2/12(土)  雨一時雲  140日  走行56.94Km  計6,944.0Km  総計7,520.4Km  〜沖縄県I沖縄市・与座さんの家
  万座毛、残波岬と観光し、17:00、沖縄市で与座さんと再会した。
  今日は、国道58号から県道6号で恩納村〜読谷村、再び58号から県道74号で嘉手納町〜沖縄市に入った。与座さんは沖縄市に住んでおり、出会った漢那のビーチは「週末のセカンドハウス」だったのだ(2/6参照)。到着早々、缶ビールを頂き、ステーキ肉やらハム、イモ、青物、ご飯を頂いてしまった。しかし、このビールは今夜の酒酒ノミノミの序曲であった。
  シャワーを浴びた後、「さ、田嶋くんそろそろ行こうか〜」とタクシーで2人出発した。そう、与座さんの飲んでもいい泡盛が3,000本以上並ぶ(♪)“男の隠れ家”に連れていってもらうのだ。「その前に」と台湾料理屋で食事と生ビールを2杯飲んだ。
  沖縄市はコザ市と美里町が合併した町。繁華街・中の町は嘉手納基地の米軍兵士がこぞって遊びに来る。“隠れ家”はその中の町にある。「ビールもうちょっと飲もうか〜」とスナックで生ビールを一杯飲んだ。
  泡盛――沖縄の地酒。水で薄めて飲めるので、酒に弱い人にも飲める。コーラ、はちみつ、お好みに合わせ割れる。古酒(くーすぅ)と呼ばれる3年寝かしたものは、悪酔いしない、2日酔いになりにくいそうだ。与座さんのは、ほとんどが古酒。
  “隠れ家”にはギュウギュウ詰に泡盛がズラ〜〜リ並んでいた。ここ以外に飲んではいけない泡盛が自宅に数百本有る。おそらく沖縄一の収集だから、日本、いや世界一ということになる。きき酒のようにおちょこを並べ「これ飲んでみてよ〜」と、与那国、泡波、YORIDORIMIDORI、RockBoy…と遠慮無く頂く。酒を飲まない僕には、水で薄めて飲むととても美味しい。後から沖縄タイムスの高崎記者も合流し飲む。
  与座さんは“男の隠れ家”については、ここで楽しく生きるか考えたり、文字通り男同士で語り合う場としているそうだ。また、泡盛の理解を深めてもらうために他国・他府県の知人をここに連れて来るそうだ。沖縄の文化を伝えたいという気持ちを感じる。
  この後、多国籍料理屋でワインをご馳走になり、ステージで民謡を披露してくる「沖縄民謡クラブ」に行った。与座さん、高崎さんの知合いがいたので、その仲間に加わった。僕は宮城さん家(2/7参照)で覚えた「十九の春」「チョンチョン・キジムナー」をリクエストし、自らステージで唄った。ステージの最後はチャカーシー(全員総踊り)になった。おじぃおばぃおじおばととにかく踊る。ここでは泡盛を飲む。
  夜も11時になると米兵達が土曜日ということで増えていた。タコス屋で生ビールを飲み、「歌唄おうよ〜」ということでスナックに行った。ここでも僕は沖縄民謡を唄いまくった。海人(うみんちゅう:沖縄の人)になった夜だった。
  計8件ハシゴして与座さん宅には朝の4:45に帰ってきた。「沖縄人の飲みってこんなもんなんですよ〜」の言葉を残し、与座さんは寝室に向かった。ホントかよ〜怖い…(笑)。
  
『万座毛』  『嘉手納基地』  『与座さん“男の隠れ家”』

☆2/11(祝)  雨  139日  走行36.30Km  計6,887.1Km  〜沖縄県H名護市〜恩納村・いんぶビーチキャンプ場【テント】
  昨夜も今日の午前もサイクリストやライダー達と旅の話で盛り上がった。活きた情報を得るのもまた楽しいものだ。北海道以来のサイクリスト達との出会いに、同じ喜びや苦労を共感出来た。
  そんな中で「僕は1日何Km走れる。え?走れないんですか。」とか、「僕は時速何Kmで走る。もちろん、走れますよね〜?」と自分の自慢をしたがるつまらない輩がいた。「どれくらい高い峠登ってきました?へー、そんだけですか。僕なんか…。」とも言っていた。おいおい、勘弁してくれよー。旅は“競う”もんじゃなくて、“楽しむ”ものだ!楽しむことが大事なのだ!僕はそういうくだらない奴とは、ほとんど話さない。
  15:00オリオンビール名護工場見学に行った。目的は試飲。見学の説明をまったく聞かずに長い30分をなんとか耐えると、レストランのような場所へ移動した。「紙コップ一杯じゃ泣きだなぁ〜」と思ったら、中瓶1本出てきた♪。僕は「ブレーキの壊れたダンプカー スタン・ハンセン」のように、グビグビッと1本飲み干してしまった。少し酔っぱらいながら、その後、さらに国道58号を南下した。
  明日は約束通り与座さん(2/6参照)と再会する。与座さんは“ある物”の収集でちょいと有名なのだ。その“ある物”とは・・・それは「泡盛」!

☆2/10(木)  晴のち雨  138日  走行38.81Km  計6,850.8Km  〜沖縄県G本部町瀬底島・瀬底ビーチ【テント】
  屋我地島から見る朝日はとても綺麗だった。周りの浮島や、キャンプ場の松林のシルエットが美しかった。僕はテントの撤去を止めて、しばらく読書に興じた。
  今日は本部半島を走り、昭和50年に開催された沖縄海洋博の記念公園に行った。現在ここでは13日まで「フラワーフェスタ2000」という花のカーニバルが開催されている。もちろん僕は花を愛する青年だから花の名前も知っている。パンジー、キンモクセイ・・・とまあとにかく書ききれない種類の花が色トリドリ見事に咲き誇っていた。
  片や北海道は「札幌の雪祭り」。日本の広さとこの違いに驚いてしまうなぁ…。天気も良かったので沢山の人が訪れ、僕もプラネタリウムを見たりゆっくりさせてもらった。
  瀬底ビーチには、10ものテントが張られている。放浪の旅人は夏は北海道に、冬は沖縄に、渡り鳥のように移動すると言う。中には“沈没”してる人もいる。その人はセカンドテントも張っていて、中は探検隊のように最低限の生活雑貨が所狭しと陳列されていた。
  
『屋我地島からの朝日』  『フラワーフェスタ2000』

☆2/9(水)  晴  137日  走行32.51Km  計6,812.0Km  〜沖縄県F名護市屋我地島・屋我地ビーチキャンプ場【テント】
  道が平坦な西海岸の南下は、北部東海岸に比べればとても楽だ。風も北から吹いていて時速20Km超で爽快に飛ばす。エメラルドグリーンの海は僕を唸らせる。「ん〜、バスクリンだよ…。」
  正午に屋我地島で「沖縄ルアー天国さん(以下、ルア天さん)」と合流。この方、5日の琉球新聞を見て「是非、ルアー釣りをしましょう!」と掲示板にメッセージをくれたのだ。大の釣り好きだ。
  名護市のとあるスポットに行った。僕は釣りはド素人。「ルアー釣り」というのは、魚のニセモノ(なんという名称だったかな〜?)を水面に投げてはリールで巻戻し、また投げる。“魚のニセモノ”を魚が食いついて釣るんだけど、こいつが気持ちいいほど遠くに「ビュン!」と飛んでいくのだ。ジッーとしている釣りより、「攻撃的」なので僕には向いていた(笑)。
  開始15分で15cmのヒラアジ(方言:ガーラ)をGET!僕もルア天さんも大喜びだ。続けざまに25cmのゴマフエダイ(方言:カーシビ)を釣った。再びガーラを釣り、釣果は上出来の3匹であった!ルアー、オモロイぞ!手軽に出来るのも良い。次回は釣った魚をさばいて食べてみたい。
  
『ガーラGET!』

☆2/8(火)  雲のち晴  136日  走行43.19Km  計6,779.4Km  〜沖縄県E国頭村佐手・公園【テント】
  無理言って宮城さんにサトウキビ・パイン畑に連れてってもらった。今日は刈り取ったさとうきびをトラックへ積み、直径1m50cm・600Kg程の束にする仕事だ。僕はその間サトウキビをかじっては茎をペッペッ吐いていた。素晴らしい経験だ。
  それにしても二日酔いで頭痛と吐き気がする。泡盛を薄めずに1.5合も飲んでしまったもんなぁ。
  帰り際、おばさんに採りたてパインをもらった。「冬のパインは甘くないよ。」と言ったが、地元のスーパーでは味わえないほど甘くて美味しかった!おじさんは言った「パインは果物の王しゃま!」。トラクターで昼前に家に戻った。
  野菜チャンプル(炒め物)をいただき、13時に出発した。今日は風が強く冷たかったが、気温は13℃ある。走り出して25Kmの伊江海岸は海の色が綺麗であった。国道58号の起点・奥からはすでに桜が咲いていた。奥は小さな集落だけど、ほぼ全てが罷免瓦の沖縄独特の住居だ。
  16時に沖縄北端の辺戸岬に着いたが、風が強いので早々に退散。ここからは南下をする。今も(22:30)、海は怒涛の波音をあげている。
  
『サトウキビ収穫』  『キビをかじる』  『伊江海岸』  『桜』

☆2/7(月)  雲一時晴  135日  走行48.12Km  計6,736.3Km  〜沖縄県D国頭村安波・宮城さん家
  僕はオリオンビールと銘酒「泡盛」でしたたか酔っている。というより、ニッチもサッチも究極に泥酔だ。
  今日は国道331号から、県道70号を北上した。途中、慶佐次湾のマングローブ林に寄った。沖縄北部の東海岸、特に県道70号のあたりは起伏が激しく、観光地も少ない。逆に考えれば手付かずの自然が残っているのだ。道路脇にはシダ植物が群生し、時折、不気味なほど巨大なシダ・ヘゴが山の中に生えていた。熱帯林だ。
  夕方、共同店(売店)の前で寝袋の用意をしていたら、74歳老夫婦の宮城さんが泊めてくれることになった。ウマイ泡盛をたらふく飲み、沖縄民謡を唄って、泡盛を浴びるほど飲み、沖縄民謡を舞って、またノメノメとなった。楽しい夜は宴と共に過ぎていくのであった。素晴らしい出会いと、僕の吐き気が生まれた。
  
『マングローブ林』  『巨大なシダ・ヘゴ』  『宮城さん家にて』

☆2/6(日)  雨  134日  走行29.98Km  計6,688.1Km  〜沖縄県C名護市・嘉陽の海岸【テント】
  僕の沖縄の人に対する印象は今のところ良い。昨朝、松山公園で撤収をしていると近所の伊地さんが出勤前の僅かな時間に朝食を差し入れてくれた。昨日の「琉球新報」朝刊を見られた方の激励メッセージは、今までの新聞掲載では一番多い反響だった。中には「釣りをしましょう」とか「旅の話を聞かして」というメッセージもあった。旅人に寛大な気がする。
  今朝もうれしい事があったのだ。小雨の中、テント撤収を9割完成させた10時頃、目の前のマンションの与座(ヨザ)夫婦がコーヒーとサンドウィッチを持ってきてくれた。少し雨が強くなったので、家の中に招き入れてくれた。サンドウィッチは、なんとオリーブオイルで焼いたステーキ用の肉入り。この肉、冷めても固くならない!美味しくてもう1枚おかわりをした。沖縄には温泉がほとんど無いから、シャワーもお借りしてしまった。
  「沖縄本土周辺の島(八重山諸島の離島ではない)は、沖縄の文化や自然を感じることが出来る。是非、触れて欲しい。」と薦められた。ウム〜、いい所がありすぎる。予定がちょっとちょっと伸びていきそうだ…。
  2時間ほどお邪魔し、再会を約し出発した。今日は沖縄滞在初の雨にやられた。やはり、雨はヤダね。
  
『与座さん夫婦』

☆2/5(土)  晴  133日  走行58.86Km  計6,658.1Km  〜沖縄県B宜野座村・漢那ビーチ【テント】
  まずは沖縄の皆さんはじめまして。メンソーレ!(今日の琉球新報の朝刊に掲載されたからね)
  まぁ「暑さ」という事に連日述べてるんだけど、本日25℃を越えたので午後からとうとう半袖半ズボンで走り出した。この「旅日記」を北は北海道宗谷から南は鹿児島の方に読んでいただいてるんだけど、「え?!」って思う内容をガンガン報告できると思う。半ズボンなんて10月上旬の北海道・道南以来だ。
  さあ沖縄本土一周だ。時計と反対周りで回ろうと思う。那覇から県道29号にて一端東に向かい首里を通過。そのまま29号を北上し、中城村で国道329号を北上。いくつもの丘を越えていく。時折、米軍の基地やキャンプの端を走る。側道にはヤシの木が並んでいる(これは鹿児島の海岸近くも)。
  沖縄で気付いたのは、道路幅が広く、自動車は飛ばす。住居・建物の色は白系で、青葉や熱帯の木々が生い茂っている。
  暖かいということは生物の生息も多いということだ。今夜は昨夜の蚊に加え、赤アリの歩兵軍がテントの中に進入を繰り返している。少々手強い。

☆2/4(金)  雲  132日  走行28.04Km  計6,599.3Km  〜沖縄県A那覇市・松山公園【寝袋】
  まぁ、とにかく沖縄ってのは異様だなって思う。だいたい夜20℃あるって事は、YHでは浴室の窓を開けてシャワーを浴びても湯冷めしなかったり、節分の豆まきを子供達が屋外長時間「鬼は外!福は内!」バトルを繰り広げたり(通常は窓開けるだけでも寒いでしょ)、夕食食べに行った店のおばちゃんの化粧がシーサーそっくりだったりするわけです。
  昼間も20℃を越えるということは急いで衣替えをしなくてはならないし、女性の露出が増えるわけだから僕のハングリー精神がとても揺らぐという事で、これは困るけどうれしい。こうなってくると「四季のある日本」という概念は脱しなくてはならない。
  今後の「離島も行くゾ!」計画としては少なくとも石垣島と波照間島には行くので、船の出港日も含め沖縄の滞在期間も考えなくてわなぁ。今日はヤクルトのキャンプ地(那覇市近郊・浦添市)に行ったら、既に練習が終わっていた(休み?)。
  今夜は「喜納昌吉&チャンプルーズ」のライブハウスに行くのだ!僕はあの名曲「花」も好きなんだけど、「人間・喜納昌吉」が大好きなのだ。21:30、ライブが始まった。彼の歌声は俺の胸にガンガン響き、自然に体が動いた。Tシャツにサインをもらったが、彼との握手がたまらなかった。「花」の3番の「人は人として涙も流す それが自然の歌なのさ」という歌詞が心に残る。素敵な夜だった。
  今晩は公園でテント無し、寝袋1枚で寝る。
  
『男・喜納昌吉と』

☆2/3(木)  晴  131日  走行3.81Km  計6,571.2Km  〜沖縄県@那覇市・シティーフロント晴海YH
     『沖縄・離島の巻』
  7:00、いつものように目が覚めた。甲板に上がってみる。日の出はまだだが、わずかに空が明るい。島が見える。フロントの親父に聞いてみると、奄美大島だと言う。奄美大島名瀬港は6:00に出港したが、島自体はまだ通り過ぎてなかったんだなぁ。
  甲板や、雑魚寝の2等客室で読書にふけった。9:30頃、再び甲板に上がった。徳之島に近付いた。とても暖かい。20℃近くもある、信じられない。僕はまた海を眺めたり、読書をしたり、お世話になった方々に絵葉書を書いたりして過ごした。
  鹿児島港から那覇港まで24時間を船で過ごす。例え、急ぎたくても遅く行きたくてもこの間は船任せであるのだ。以前は電車や船でこうやって移動する一人旅を、国内外で繰り返してきた。こういった旅は自分のことを考えたり、また何も考えずボッーとするのに適しているんだなぁ。
  時折、くじらがフェリーの横を潮を吹きながら並走する。17:15、2時間ほどで那覇港到着だ。僕の頭の中には、沖縄民謡や島唄のメロディが流れている。
  19:15に那覇港に到着した。不思議だ。住居はやはりアメリカの色を反映、気温がこの時間で20℃あるというのは“けだるさ”を感じてしまう。外人も多く香港・タイといった雰囲気だ。海外のようだ。この“不思議な感覚”ってのが旅なんだろう。とにかく僕は興奮している。

  
『見渡す限り海!』  『徳之島』

☆2/2(水)  晴  130日  走行79.14Km  計6,567.4Km  〜鹿児島県B鹿児島市・鹿児島新港発沖縄行きフェリー泊
  今、18:45、鹿児島から沖縄に向かうフェリーの中にいる。
  朝からワクワクしていた。今日、「海を見る!沖縄に行く!」と思うと気持ちを抑える事は出来なかった。おまけにとびっきりの快晴だ。標高約440mの霧島温泉郷から国道223号を南下して鹿児島湾に出る。霧島温泉郷までの緩坂では南に桜島が雄大に見えた。
  浮かれすぎた!お昼過ぎに牧園町で横断歩道のえんせきに激突し、右フロントキャリアを壊してしまった。ドジだ。坂を下っても下ってもまだ下る。それだけ高度をあげてきたんだなぁ。
  14:00、ついに鹿児島湾の海を見ることが出来た!1/15の九州上陸以来だ。海をこんなに感動して見ることが出来るなんて…。「九州東側の巻」は、あえて“山”にこだわって旅してきた。登山も敢行した。さながら、恩師・九里さんの著書をアレンジすれば「人力“九州”縦断」だな(笑)。
  登山好きの中高年の方ともたくさん話をした。「冬の山が好き」という方が多くビックリした。
  九州東側は、僕の旅の中でもいろいろ変化があった所であった。体力的には、「マウンテンバイクが肉体の一部」と感じるようになってきた。山を越えるのが楽しいのだ。心境的には、自然に対する気持ちやいっぱいいろんな事。沖縄・離島が楽しみだ。ようやく暖かくなる(笑)。24時間後の明日18:30に那覇に到着する。『九州東側の巻 END』
  
『海だ!(遠方に桜島)』

☆2/1(火)  雲  129日  走行16.08Km  計6,488.3Km  鹿児島県A霧島町・霧島神宮前YH連泊
  『竜馬が登った山にわしも登りたい!の巻』  ――ここに1枚の竜馬の手紙がある(と仮定してしまおう)。姉の乙女に宛てた、お竜との霧島の新婚旅行記を記したものである(これはホントに実在する)。その書面でイラスト入りで登山の様子を記しているが、その山こそが高千穂峰である。今回、取材班はこの山に登ってみたいと思う。取材班:登山者・たじ、カメラ・たじ、以下全て・たじ――などとドキュメンタリータッチで書くと、俄然、盛り上がってくるでしょ!(?)
  通常に戻す。竜馬は寺田屋事変の後、新婚旅行地の霧島では左親指の湯治も兼ね温泉三昧だったという。そして、高千穂峰(標高1,574m)に2人で登っているのだ。だったら登りたいねぇ。
  朝から空はどんよりと曇っていた。明らかに山頂はガスってそうだが、メインは竜馬も見た山頂の「天の逆鉾」!これが間近で見れれば良いのだ。
  登山道はしばらく歩くと急坂になった。火山灰がゴロゴロしていて歩きづらく、レッキ(杖)やアイゼン(靴裏にはめるツメ)の装備の無い僕は何度か足をすくわれた。「よくこんな道をお竜は登ったなぁ。」と思う。“馬の瀬”という御鉢の緩坂は道が細く、もう霧で左右の視界は見えない。風も強くビビる。
  12:30、最後の急坂を登り終えると、そこに天の逆鉾見つけたり!しかと見たよ、確かに“天狗面”だ(笑)。残念ながら柵があり触れる事は出来なかった。「おぉー、竜馬も見たんだよなー。」
  さすがに冬季の2日連続登山はキツかった。僕はYHに戻り、またまた温泉で体を暖めた。九州に入ってからというもの僕も温泉三昧だ(笑)。そろそろ暖かい所へ行きたくなってきた、そう沖縄だ!
  
『火山灰の登山道』  『天の逆鉾』  『山頂・ヒゲにも霧氷?』

 

☆☆☆☆☆  毎日更新!旅日記ルール  ☆☆☆☆☆
この旅日記は、上にいくほど内容は新しくなります。
『走行』・・・1日の走行距離
『計』  ・・・後編開始(9/16〜)してからの走行距離
『総計』・・・日本一周(8/8〜)を開始してからの前後編を含む走行距離
『前編』・・・社会人時代の夏休み(前編8/8〜14)に、岐阜県可児市〜埼玉県大宮市まで(576.4Km)の旅
『後編』・・・旅人となって(笑)、9/16から再開した現在の旅
『@』  ・・・都道府県名の後の数字は、その都道府県での滞在日数を表します