マウンテンバイク日本一周モバイルの旅 6月号

5月 日本一周 7月

☆旅日記は下から順にお読み下さい。上に行くほど新しくなります。☆

☆☆☆☆☆  6月のデータ  ☆☆☆☆☆
【 京都府京都市 〜 】
【 走行都道府県 】京都・奈良・和歌山・三重・愛知・岐阜・長野・群馬・埼玉・東京・神奈川・山梨・静岡

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

☆6/30(金)256日  晴  走行46Km  計11,429Km  「富士山頂へ挑戦」
  現在5時半。出発は0:15となった。雨もキャンプ場を出ると止み、霧になった。ヘッドライトの照らす3m先は闇だ。富士山スカイラインを上る。荷物をキャンプ場に置いてきたせいだろうか、押して登るつもりが漕いで上れる。1時半頃、海抜1600m。霧よ晴れろと念じた甲斐有って、夜空は星が満開だ。霧も次第に晴れた。目も成れてきたので、ヘッドランプも消す。車の通りも人の往来も無い。気持ちが良い。1800m付近、下界にはおそらく御殿場の夜景が見える。もう雲より上に来た。4時、海抜2400m、走行20Km、時間3時間、遂に新5合目の駐車場に上ってきた。恩師・九里さんが「一周の褒美」と一緒に山頂まで登ってくれる事になった。まだ合流できていない。2時間ばかり寝ようと思ったが寒い!!ペンを忘れたようなので、PCに直接、入力している。
  登頂開始、8:34。登頂、12:54完了!東奔西走号、モバイルPC、師匠・九里さんと共に登頂成功。日本一周の旅、日本一の山・富士山登山これにて完結!!皆さん、これまで応援していただきまして誠に有難うございました。
          ☆ 富士山頂からの動画メッセージは、
ここをクリック! ☆
     ――     ○     ――     ○     ――
  上記の文章を富士山頂より、電波状況の悪い中、なんとかリアルタイムに更新をした。その後の話しとして、14時頃に下山を開始した僕らは、海抜3000m付近に残る雪を満喫した。歩きの九里さんは靴をスキー板代わりにして滑降。僕はマウンテンバイクで雪の上をダウンヒル!はるか眼下に広がる雲、ここは“雲の上スキー場”と言ったところか。僕ははしゃぎすぎて、コケまくり擦り傷や打ち身をたくさんした。新5合目には16時ごろ下山した。
  これにて、僕の足掛け11ヶ月、東奔西走してきた日本一周の旅は終ります。ただ、これは1つの目的が達成されたに過ぎず、僕の真の目的達成のための東奔西走はまだまだ続くのだ。それは、旅なのかもしれないし、人生なのかもしれない・・・。
  
『午前4時の新5合目からの景色』  『富士山頂@』  『富士山頂A』  『九里さんとツーショット』
  長い間、ご覧頂き誠に有難うございました!皆様の応援で旅を続ける事が出来ました。

☆6/29(木)255日  雨  走行0Km  計11,383Kmのまま  静岡県富士宮市・表富士グリーンキャンプ場から新5合目へ夜通し走る  「『デジ虫タイムス』に電話出演する」
  14時にTBSラジオ『デジ虫タイムス』の収録で、キャンプ場から電話で出演した。この番組はPC系の番組である。旅の経緯や、富士山頂へ向けての意気込みを男らしく話す僕(笑)。この番組のパーソナリティーは、ナント、進藤晶子アナなのだよ!同い年の進藤アナは「え〜、私とタメじゃん!尊敬〜♪」と唸った。そう、“〜♪”なのだよ♪
  現在、23:30。さあ、海抜1200mのキャンプ場からMTBとモバイルPCと共に、海抜3776mの富士山頂を目指す。まず、2400mの新5合目まで雨と霧の中を突き進む。では、行くぜよ!
  明日の山頂からのリアルタイム更新をお楽しみに!
  旅を出会いと共に振り返る11日目・旅人――僕は時期やコースが人とは違ったために、北ではほとんど出会わなかった旅人とも南に行くほど出会うようになった。北海道では、一晩中、腹を割って話をしたひまわり君、写真詩集を自費出版している林君、女性ライダーの木村さん、ヒッチハイカーのアンドリュー。
  しばらく会わず、沖縄ではヨット世界一周のネリ、吉松さん、良ちゃん、佐藤さん、原さん。ラテン系のノリの吉松さんとは石垣島で再会して西表島を縦走。良ちゃんは、カメラの腕が有って西表島と鹿児島行きのフェリーで再会した。アウトドア・クッキングの佐藤さんは高知で再会して、また手料理を披露してもらう。原さんは原人で、今回一番のナイスなキャラクターだろう(笑)。
  九州では徒歩日本一周のたにぐう君、四国では自転車日本一周のRim☆君、牛の会自転車部、自転車世界一周を目指す琢磨。他にも多くの旅人に出会い、すれ違った。皆、個性的で面白い。この中には、これからも友達関係を続けていく人がたくさんいる。僕にとってのかけがえの無い財産なのだ。

☆6/28(水)254日  雨のち霧一時雲  走行42Km  計11,383Km  山梨県B山中湖村〜静岡県富士宮市・表富士グリーンキャンプ場【テント】  「富士山1合目まで移動」
  山中湖畔のジャーナリスト・徳富蘇峰館と、作家・三島由紀夫文学館を見て周った。御殿場富士公園線の海抜1000mまでは雨がひどかった。1200〜1450mの富士山スカイラインは霧が深く視界が危うかった。16時ごろ1100m付近で富士山手前にそびえる宝永山(海抜2693m)が、まるで門番のごとくシロナガスクジラのような姿を現した。「ようやく来たな」「30日行くから待っとれ」来るなら来い、と言わんばかりだ。海抜1200mまで移動した。
  旅を出会いと共に振り返る10日目――9/24の福島民友新聞社での出会いも忘れられない。その日の福島は台風が接近してきていた。記者の菅野さんは取材後、宿が決まってない僕に「ちょっと待ってて下さい」と電話を掛けに行った。「今夜の宿は心配しないで下さい。社員で泊めてくれる者がいます。」と言う。その人が現場から戻るまで、控え室でWEB更新作業や菅野さんと話しをしていた。福島の人は優しい。
  その人物が現場から戻ってきた。カメラマンの平野さん、好青年だ。彼は沖縄を旅した時に優しくしてもらったので、「今度は自分が旅人に恩返しをするんです。」と。自宅を「波番長」と名付け、旅人を泊める。平野さんは福島の人間ではないが、「僕はこの街が好きなんですね」と言う。人は人によって支えられているんだよな。人間同志の環境ってとても大切と思う。
  
『雨で寂しい山中湖』  『宝永山』

☆6/27(火)253日  雨一時雲  走行9Km  計11,341Km  〜山梨県A山中湖村・山中湖イーズYGH連泊  「雨で憂鬱だ」
  よくもまあ、よう降る雨だこと。憂鬱になるなぁ。夜、地元のタウン紙の電話取材を受ける。富士山への到着も計算出来る所まで進んできている。予定も最終調整だ。緊張感も高まってきた。いろいろ考えても始まらない。とにかく、やるだけだ。
  旅を出会いと共に振り返る9日目――四国出身の坂本さんと白井さんに出会ったのは、1/8の島根のキャンプ場、2人は"中年失業家"で大好きな旅をしていた。坂本さんは登山、白井さんは徒歩を中心とした旅人だ。この時期に日本海を旅してキャンプを張る人のは僕らだけであった。
  旅の話で盛り上がり、ふと「明日は晴れますかねぇ」と言ったばかりに、坂本さんの登山家による「理論的天気予報」と、白井さんの今までの旅で培った「感覚的天気予報」で口論に発展してしまった。中年のお2人の口論に僕は戸惑い、「もう明日の天気なんかどうでもいいから、早く口論は終らんものか」と思うのであった。
  そんな坂本さんとは4ヵ月後の5/21に再会する。白井さんは仕事のため会えなかった。うどんを食べに行ったり、飲みに行ったり、小豆島までツーリングをした。クライミングも初体験させてもらった。再会するのは初対面の時と違う新鮮さがある。

☆6/26(月)253日  雨一時雲  走行103Km  計11,332Km  〜東京都B町田市〜神奈川県B相模原市〜津久井町〜山梨県@道志村〜山中湖村・山中湖イーズYGH  「山中湖畔に初めてやってきた」
  国道16号から413号を走り、山伏峠を越えて山中湖に着いた。国道413号の"道志みち"には、幾つものキャンプ場があった。峠を越えた時は日も暮れていたせいか、霧がいっそう深くなっていた。山中湖畔はお洒落な店のネオンがキラメキ、"旅行"をしているような気分になる。
  旅を出会いと共に振り返る8日目・沖縄――2月、沖縄本土でとても歓待された。沖縄市の与座さんからは沖縄の酒・泡盛の美味しさを、国頭村の宮城さんからは沖縄民謡の良さ、パイナップル・さとうきびの甘さを、那覇市の伊地さんからは沖縄肉の旨さを知った。
  沖縄は他府県に比べて、他府県の人間の往来が少ない、と僕は思う。それは観光客ではなくて、単純に人の移動で、沖縄以外の北海道から九州までの都道府県は近隣都道府県の距離が近く、簡単に移動出来る。徒歩でも自転車でも人の往来が容易だ。
  しかし、沖縄はどうだろう。一番近い鹿児島でさえフェリーで1日掛かるのだ。文化が入ってくる割合は、人の手を介したメディアが中心になるだろう。だから、ここでは珍しい僕のような他府県から来た人間を「メンソ〜レ」と迎え、会ってみたい、応援してますとメールをくれたのではないか。
  逆に僕は沖縄の楽しさを、全国の人達にHPより伝える事が出来た。地図の比率より、う〜んと広い!今回で沖縄には遊び相手、飲み相手には事欠かなくなった(笑)。

☆6/25(日)252日  雨  走行41Km  計11,229Km  〜埼玉県入間市〜東京都A瑞穂町・町営少年サッカー場【テント】  「Road to the top of Mt.Fuji」
  見出しの言葉を胸に、最後の目標を果たすために、富士山へ向けて出発をした。99年8月14日に走行した国道16号を八王子方面に向い走る。今日も雨だ。
  旅を出会いと共に振り返る7日目――12/28にモバイルPCがマシントラブルで緊急一時帰省する際に、自転車を城宝寺YHに預って頂くようお願いしたら、とても快く引き受けてくれた。ここのおばちゃんはフレンドリーで頼みやすかった。
  島根人は、心が広い。の〜んびりしていて、人をすぐ受け入れる。これは、茨城出身の原人・原さんも同じ感想を持っていた。なんでだろう?友人の小滝の出身地だから、という事はもちろん抜きにして、週アス読者の奥山さんしかり、原、光良達しかりなのだ。山陰で目立たないが、島根人のこの風土はどうやって出来たのだろうか。出雲大社の神様の仕業か、それとも宍道湖の美味しいしじみの味噌汁か?不思議だ。

☆6/24(土)251日  雨  走行0Km  計11,188Km  埼玉県大宮市・高見の家連泊  「一夜明けて休養日」
  本日は休養日とした。モバイル日本一周を達成から一夜明け、僕は素晴らしい旅をしたんだなぁと思う。高知のあしずり岬YHで同室だった、埼玉の狭山市の本間さんと高見(旅の軌跡「龍馬脱藩の道」、9/16の日記参照)で焼肉を食べに行った。旅で出会った人が会いに来てくれるなんてうれしいではないか。
  今夜、恩師・九里さんのモルディブからのインターネット・ライブが行なわれた。この旅には九里さんの存在は欠く事は出来ない。僕のやる気の素であった。
  旅を出会いと共に振り返る6日目――九州の人はとても暖かい。"火の国"や"薩摩隼人"といった男らしいイメージは、僕の性に合っていたようだ。1月の九州真中を縦断した時は気候的に厳しかったが、面白いコースだった。1/23の熊本は阿蘇いこい村のことを振り返ってみる。
  九州でも1月の標高1000mを超える山岳地帯を走れば、降雪、霧だらけ、夜のテントは氷点下となり、「おや、ちょっと違うぞ」となる。やまなみハイウェイから九重、大観峯と抜け、その日、いこいの村に着いた。「そこの小屋で泊っても良かばってん」と言う、管理の野口さんの好意を受け泊る事にした。次の朝、野口さんは「おはよう」とおにぎりをそっと差し出してくれた。
  特に、九州の男性はカラッとしているように思う。嫌味が無い。

☆6/23(金)250日  雨のち雲  走行153Km  計11,188Km  長野県佐久市〜群馬県@〜埼玉県上里町〜大宮市・高見の家  「『ホームページ毎日更新の自転車日本一周の旅』達成!!」
  どしゃ降りの中、リアタイヤのバーストにもめげずに激走して埼玉県大宮市に到着した。99年8月に岐阜から自転車日本一周の旅に出発して、9月16日よりモバイルPCを使って「ホームページ毎日更新の自転車日本一周の旅」とした。以降、旅日記&画像の更新はどんな状況でも毎日続け、本日ここにやり遂げたのだ。
  ホームページも盛況で、先日2万件を突破!近頃は月2500件以上のアクセスがある。FTPソフトを使って毎夜1人の更新作業は、応援してくれる皆に支えられ、まだ誰も成し遂げていない事に到達出来たのだ!
  旅を出会いと振り返る4日目、新潟――この旅より前の99年5月GWに北陸を3日間ツーリングした。その最終日に新潟県能生町のしおかぜ公園で野宿した。今回も12/8、そこにテントを張ろうと思った。張る前にGWにも買い出しに出掛けた、近くのコンビニ「ヤマザキ」へ「懐かしいなぁ懐かしいなァ」と買い出しに行った。  主人が僕を見て「テント張るの?寒いよ。うちは民宿もやってるから空いてる部屋泊りなよ。」と思わぬ展開。民宿「尾山荘」の部屋を案内して、すぐにヤマザキに戻って行った。なんて、爽やかなんだ。この主人は、旅先からの僕の絵葉書に、唯一、返信の葉書をくれる人でもある。
  
『HP毎日更新の日本一周達成直前の更新作業』

☆6/22(木)249日  晴のち雨  走行71Km  計11,035Km  〜長野県佐久市・サンピア佐久の駐車場、まっちゃの車の中  「道の駅と旅人との関係」
  ブヨに刺された膝下が1.5倍膨れ上がり、歩くと血液がドクドクと流れる。自転車と共に上った最高所となる、すずらん峠(標高1,750m)を越え、白樺高原に入る。ここのYHにヘルパーとして働いてるHPの応援者である、こうせつ君を訪ねる。ネットで応援してもらっているので初対面とは思えない。
  佐久市の公園で休息中に、小学生3年生3人が「お兄ちゃん、すごいな〜」って眼差しで寄って来た。旅3度目のサインをしてしまった(笑)。聞けば、全国でインターネット・スクールに選ばれた10校のひとつの佐久城山小学校の生徒だと。夜、長野の友人・まっちゃ(12/1日記参照)が合流した。明日、大宮市を狙う。
  旅を出会いと振り返る4日目――僕は野宿を「道の駅」でもする。11/4は秋田の「道の駅はちもり」では、おばちゃんに「テントを張りたいのですが…」珍しくかしこまると、言い終わるや否や「いいよいいよ、あそこに芝が有るし、灯りもあるし、トイレも24h使えるよ」と歓迎してくれ、食堂の目に付く食材を手当たり次第くれた。徒歩日本一周のたにぐう君も同様の好意を受けた。余談だが、おばちゃんはキレイだ。
  これは良すぎるが、道の駅の環境、旅人との関係はこうではなくてはならないと思う。残念ながら北海道はそうでは無かった、と僕は思う。
  9/26、宮城の「三本木」のおばちゃんは話をしていて、終りに「あなたが日本一周終った頃に電話する」と言ってくれた。すると、始め旅の終了を2月としていたので、3月に実家に電話をくれた。その頃、九州西側をのんびりと走っていたが。富士山が終ったら僕からおばちゃんに電話をしよう「おばちゃん無事終ったよ」と。
  
『すずらん峠制覇』  『立科白樺高原YHにて』  『3人組と』

☆6/21(水)  雲  走行90Km  計10,964Km  〜長野県茅野市・蓼科高原展望荘キャンプ場【テント】  「北海道が人気な理由」
  東に駒ヶ岳を筆頭とする中央アルプスを望む。頂には残雪が残る。標高1,230mの蓼科湖まで上ってきた。湖面に写る景色が疲れを忘れさす。しかし、ブヨに30箇所以上刺されて痛い、痒い、さらにプクプクに腫れてきた。助けてくれー!
  旅の総括3日目・北海道――北海道に入道して2日目の10月4日、函館のアウトドアショップ「自然倶楽部」に冬用の装備を物色しに出掛けた。店長の鎌鹿さんに北海道への思い入れを「北海道移住化計画」という形で語ってもらった。それは、北海道良いとこ皆おいで、土地も安いぞ広いぞ、どうだい!という内容だ。
  店長に知人が管理しているというオートキャンプ場に行くと、函館の中村一家と篠田さんがバーベキューをしており、そこに仲間入りさせてもらう。肉やビールに有りつけご満悦だ。中村家のお嬢ちゃん達がまた元気で面白い!
  北海道は、旅人の間で「旅人の聖地」と言われている。中村さんと篠田さんは関東人だが、こちらへは転勤で来ている。北海道の転勤希望は人気が高いそうだ。休日は勇んで自然を満喫している。本州とは違う気候、広い大地。迎え入れる環境が有れば、人はそこへ行くのだ。夜は今までに無い厳しい寒さだった。

☆6/20(火)  晴  走行49Km  計10,874Km  〜長野県日義村・木曽文化公園【テント】  「旅も人生も一度立ち止まって、考えてみる必要がある」
  宿場街の妻籠宿を観光。オバチャン軍団に、東奔西走号と共にワイワイと囲まれた。握手をする。おやきを食べて出発。今日も強い太陽がジリジリと肌を焼き、ジワジワと標高を420mから850mに上げた。
  旅の出会いを振り返る2日目・岩手――9/28の岩手にて、午後5時過ぎに僕は自転車を止めて、今夜のテントサイトを地図で探していた。すると、通過した車から「大丈夫?」と声を掛けられてた。車から運転手は降りてきて、再び同じ言葉を繰り返した。彼は村上先生、岩手の高校教諭でバックパックでの旅が大好きだ。
  テントを張る予定のイギリス海岸の場所を聞くと、新切に先導してくれて川のほとりでは車と自転車を止めて歩きながら旅や宮沢賢治の話しをした。1時間あまりも話をしていたら、お互い別れ難くなりメシを食いに行く事になった。
  とても親身な方だ。僕と先生は、生徒と先生の関係になっていた。僕が望んだのかもしれない。教え子の中にも先生に触発されて、卒業後にバイクで日本を旅している若者がいるそうだ。その生徒が「旅先から送ってきたんだ」とカセットを見せてくれた。奥田民生の「さすらい」が入っていた。「今、車の中で一生懸命覚えている」と微笑んだ。
  先生曰く「旅も人生も一度立ち止まって、考えてみる必要がある」と。
  
『妻籠宿』

☆6/19(月)  晴  走行92Km  計10,826Km  岐阜県可児市〜長野県南木曽町・妻籠宿そばの蘭川の河原  「茨城の人」【テント】
     『富士山頂への道の巻スタート』
  暑い!30℃を超える。国道19号は汚ネエ!側道にはゴミやら瓶の破片、動物の死骸、そしてトラックの往来が多く、砂ぼこりを舞い上げる。ちっとも良かぁ無い。
  旅の出会いを振り返る1日目――富士山までは、「旅の面白さ」は“人との出会い”を中心に、今までの旅を振り返っていきたいと思う。まずは、茨城の人。僕は九州に入るまではずいぶんと「好きな県はどこ?」と聞かれると茨城と答えていた。何故なら、茨城の人達はとても暖かいからだ。大きな出会いは、“千年湯”と“魚の宿まるみつ”だ。
  日立市で自転車日本一周を夢見る中学生に連れていってもらった公衆浴場・千年湯(9/19日記参照)。主人とおかみさん、4・5人のお客さんと日が落ちても構わず僕の旅の話しで盛り上がり、旅の極意も教わった。旅に出て始めての人との触れ合いだった。この話しの中で「デジタルとアナログの融合」と言う言葉を閃き、以後、頻繁に使っている。
  翌日、雨降りの平潟港温泉まるみつの湯に行き、僕は駐車場の軒下でテントを張らしてもらうようお願いした。すると社長は、旅館の一室を貸してくれ、娘さんのミツコさんは「余り物でごめんね」と食事をどんどん出してくれ、ビールも旅館のものをおごってくれた。常に「おかわりは?」と気に掛けてくれる。これぞ、奉仕の精神だよなぁと感心した。この日から、旅は急いではならない、人と出会いたいと思うようになった。
  その他にも、水戸YHのおじちゃんの説明がとても新切だったり、すれ違う人達が「おまぇ、ナニやっでんダ?!」とよく声を掛けてくれた。東海村の原発事故が起きたのは、僕が茨城を出て数日後の事だった。千年湯のおかみさんに電話した。その時は大変だったと語ってくれた。
  
『目指すは、富士山頂!(自宅にて)』

☆6/18(日)  晴  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家7泊目  「いいよ明日、出発」
  さあ、いよいよ明朝、富士山へ向けて出発しようではないか!予報では梅雨もしばらくは泣きそうにない。泣くなら楽しんでやろうではないか、なんせは目指すは日本一の山なのだ。おおらかに笑って行こうぜ!
  そして、その前に埼玉県大宮市より開始めた、この日本一周も完成させねばならないだろう。「ホームページ毎日更新の自転車日本一周」、まだ世界の誰もが成し得ていない旅だ。今後のコースは、岐阜県可児市→中津川→長野県駒ヶ根→諏訪→群馬県軽井沢→高崎→埼玉県大宮。それから、東京都八王子→山梨県山中湖→富士宮口新5合→富士山頂、と走る。挑戦だ。
  会う人会う人に彼女とはどうなったと聞かれるので、この場でハッキリさせておくが、彼女とは別れた。この恋はすでに終わったのだ。
  いいではないか、「HP毎日更新の旅」「富士山MTB登山」が待っているのだ!今の僕には、この挑戦を果たす事の方が大事。これで、旅に集中力を高められるってもんだ。     『自宅準備の巻END』

☆6/17(土)  雨  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家6泊目  「ぼんやり」
  昨夜遅くまでパソコンに向っており、今日は1日ぼんやりとしていた。寝ながら読書をして、1冊読み上げる。
  鹿児島で知合った野元さん(3/13日記参照)が『Black current』と題した、沖縄から鹿児島までの単独シーカヤック行の冒険を始めた。野元さんは40を過ぎても、なおビンビンなのだ。この冒険にはモバイルギアを使って旅日記を毎日更新したり、15分毎に居場所がHPより確認出来るGPSを搭載していたりととても面白そうである。
  準備も整ってきた。近日、富士山へ向けて走り出す事が出来そうだ。
  ※野元さんHP:『かごしまカヤックス』(リンク参照)

☆6/16(金)  晴  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家5泊目  「4/11のトラブルから、ようやく復旧」
  よ〜〜やく、4/11日の一時帰省時に旧infowebから@niftyへ移行の際に、消えてしまったデータの復旧がほぼ完成した。この時はリモート側のデータを全て消去してしまうというオタンコナスな行動にをしてしまったのだ。テキストは辛うじて80%残っていたが、画像(JPG)に関しては20%しか残っていなかった。すぐさま皆にメールを送り、消去分を送ってもらった。宏綱、北谷の大山さん、五月ちゃん、三村さん、九里さん、その節は有難うございました。
  しかし、13日に旅を続けるため長崎に戻った僕は、復旧作業が充分に出来なかった。そこで、妹に復旧をお願いしたのだ。パソコンにそれほど詳しくない妹に、FTPだのHTMLだのJPGだの旅先から電話で伝えて対応してもらうのは楽ではなかった。とても無理を言ったが、1つ1つこなして90%まで復旧を進めてくれた。
  「11月の画像だけどうしても出来ない!」と妹もさじを投げ出し、5月中旬から復旧出来ないでいた。それを本日、治したのだ。さらに、【日本全図】、掲載紙の画像を張り付け、i−mode用HP「ソレユケ!東奔西走日記【i】」の掲示板を設けた。(書き込みヨロシク)
  今回に関しては、妹の協力無くしてはこんなに早くは復旧しなかったはずだ。さすがは、我が妹!そして、4/13に復旧のお願いをして早々に「アルバイト代○万円ネ、よろしく。」と、兄の困っている所に付け込み、契約を取り付けるあたりは、さすがは我が妹である。

☆6/15(木)  晴  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家4泊目  「色男再生計画:ついに散髪」
  日本一周達成を機に、床屋で散髪する事にした。99年9月に大宮でスキンヘッドにしてから、今日の古代ギリシャ人のイカロスみたいと言われるまでの経緯は、旅日記の画像で楽しんでいただけたと思う。特にサイドとボトムのうっとうしさはかなわない。女性は大変だ。
  おふくろに関しては、おふくろという性質上、身だしなみにうるさい。切りなさい、切りなさいと帰宅してからというもの頻繁に言っている。「いいじゃん、後ろ髪(ボトム)のハネ具合が“あしたのジョー”みたいでしょ。」と言うと、「あんたなんかジョーじゃないよ。力石だよ(笑)。」マンモス西と言わないだけ母親の温情だな。
  散髪するとすっきりして気持ち良い。ヒゲも短くしてもらった。あらためて痩せたのが分かる。ん〜、元の色男に戻ったね(笑)。どうなったかは今後のデジカメの画像をお楽しみに!
  これで自転車メンテ、3日間連続の歯医者通院、散髪が完了して、飲み会もひと段落した。次はHPメンテに富士山MTB登山の準備だ。

☆6/14(水)  雲のち晴  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家3泊目  「中学時代の仲間達」
  小牧市にあるカミハギサイクルでマウンテンバイクのメンテナンスをしてもらった。我が東奔西走号も走行距離1万Kmを越えて、体の不調を訴え出した。広島ではチェーンが伸び、ギア板が磨耗して修理、高知ではスポーク折れの修理、アルミのリアキャリアも破損して鉄製に変えた。今日カミハギでは、和歌山で再び折れたスポークの修理、三重で破損したペダルの交換と、ハブの洗浄と各種点検をお願いした。富士山MTB登山もさる事ながら、ダウンヒルでトラブルを未全に防がなければ命に関わる。
  僕は、今後の旅のために信頼出来るサイクルショップを探していたが、ここは長く付き合っていけそうでだ。  昼食は中学時代の恩師・山本先生と一周完成の報告を兼ねて一緒に食べる。教え子の頑張りにすごく喜んでくれた。「おまえ、まだ『そして、俺は又、挑戦する…!!』とかって言ってんだろ(笑)!」「はい、その通りです(笑)」僕の中学時代の座右の銘を覚えていてくれた。
  晩は中学時代の悪友連中が飲み会をしてくれた。山本先生が担任時の僕達の同級生に、昌也という友人がいた。彼は2年前の9月、バイクで最南端の波照間島から再北端の宗谷岬まで日本縦断を達成した直後に、北海道で交通事故に遭って地元に戻ること無く他界した。僕達は葬式で涙が枯れるほど泣いた。
  僕はこの旅を完成させ、この地に必ず戻ってくる。そして、仏壇の昌也に「楽しかったぞ」って旅の報告をするのだ。この事は1年前、旅を始める時に天国の昌也と約束をした。旅が完成したらまた飲もうな!仲間達よ!
  
『中学時代の恩師・山本先生と』  『中学時代の悪友』

☆6/13(火)  雲のち雨  計10,733Kmのまま  総計11,309Kmのまま  岐阜の実家2泊目  「自宅滞在中の重要課題:虫歯の治療」
     『自宅準備の巻』
  次は、ゴールの富士山頂を6月末に目指す!もちろん、ここから登山口まで我が愛マウンテンバイク「東奔西走号」と共に走って行き、MTBを担いで共に山頂を目指す。コースは確定していないが、8月に東海道(国道1号)近辺を走って箱根越えをしているので、中山道で長野→山梨を走る予定だ。
  自宅滞在期間は、5日〜7日と考えている。この間、自転車・HPのメンテナンスや登山装備の準備、静養にあてる。そして、紀伊半島から頭痛も伴い堪らなくなってきていた左下の虫歯の治療である。ミナナロの気圧で痛くなったらすぐセデス、とは問屋が卸さないはずだ。
  虫歯はC3だった。麻酔をブスリブスリと打たれ治療が終った。先生曰く「今日は石膏を積めて、これで終りです。次は、4・5日後に来てもらって…」む、4・5日後はまずいぞ。「ちょ、ちょっと待った。あと何回通院せねばならないんでしょうか?」「銀を積めるまで、あと2回。」うっ、「先生、ご相談なんですが、僕はコレコレの理由で今月末に富士山頂へ登るんです。」「フム。」と、"さあ聞こうじゃないの態勢"の先生。
  「さらに、コレコレなわけで4日後ぐらいには、登山口に向けて家を出発したいんです。」ちょっと、早めに言っといた。「そうか、4日後か…。わかった!コレコレの理由ならば明日、明後日と連続で通院しなさい。」「はい、お願いします!」うっし!なんとか治療のメドが立った。

☆6/12(月)245日  雲のち雨  走行50Km  計10,733Km  総計11,309Km  〜愛知県A犬山市〜岐阜県@可児市・岐阜の実家  「日本一周完成!ついに1つの輪で結ばれた」
  20:25、着いた、着いた、着いた、着いた、着いたぞ〜!着いたんじゃ〜〜〜!!日本一周の旅の出発点・実家の岐阜に到着!!日本一周完成だ!
  99年8月8日にスタートした細い線は、今、しっかりとした太い線で“輪”となって日本一周が結ばれた瞬間なのだ!!
  ―――1年前、営業マンとして駆け回っていた名古屋市街を、今、マウンテンバイクで駆け、名古屋駅前ナナちゃん人形の股の下をわざわざ抜ける。そして、国道41号を北上する。
  途中、HPを応援してくれている東海地区の人々・五月ちゃん、たま(リンク:FOOT UP)と会い、自称東海地区美人ギャル代表タジーファン(笑)のはづきちゃんから自作の旗を振っての沿道熱烈応援を受ける。自分の中で一周完成をじらしているのがよくわかる。
  41号は実家の可児市と小牧・名古屋を結ぶ道、子供の頃から車で通っていた道。ここを自転車で走って日本一周を完成させるんじゃ!時折、強くなる小雨の中を強くペダルを漕ぐ。今の僕の意志は雨にも負けない!大口町…、犬山市…、辺りは暗くなってきたが地図が無くとも分かる道。
  すっかり暗くなり、霧も出かかった可児市へ戻ってきた。「東奔西走号よ!おまえと共に戻ってきたぜよ!」自宅へ続く200mの直線の道で、おふくろと加藤君が出迎えてくれた。僕は右のコブシを何度も天に突き上げる。ワレ威風堂々ナリ。20:25、ついにヤッタ!宏綱も合流し酒宴。
  次は富士山頂じゃ!待っとれーーー!     『東海の巻END』
  
『沿道熱烈応援』  『実家の自室にて』  『久々の田嶋家の団らん(篠山カトウ撮影)』

☆6/11(日)244日  雨のち雲  走行58Km  計10,683Km  〜三重県C長島町〜愛知県@弥富町〜名古屋市・飲み助@弟分の家【テント】  「日本一周完成・前夜祭なのだプップー」
  遂に愛知県に突入した。今夜は後輩・"飲み助@弟分"(12/18の日記参照)の名古屋の家に泊る。僕は部屋に入るなり、再会を祝してオナラを連発してあげた。少々クサめだ。優しい先輩だ。
  ここから、岐阜の実家までは約40Km、明日には到着できる距離まで来た。前夜祭と称して、同じく後輩の"ドロップキック片割れ"と"レディマドンナ"の4人で飲み、カラオケに興じた。カラオケは全身動かし放しの大騒ぎだ。皆、ありがとな、うれしいよ…。僕はせめてものお返しとして、カラオケルームで祝砲のオナラをプレゼントした。
  僕は皆に応援されPOWERを受け、気合を入れる。今日、何度、心から発散されるエネルギーを口から吐き出して叫びたかった事か。99年8月8日に岐阜の実家を出発した“自転車日本一周の旅”は、明日、完成するだろう。日本を刻んできた轍が日本を一周するのだ!・・・そして、ゴールは富士山頂にあるのだ!
  
『カラオケにて』

☆6/10(土)243日  雲のち雨  走行83Km  計10,626Km  〜三重県B鈴鹿市・青少年の森キャンプ場【テント】  「伊勢の名物、赤福もちはええじゃないか!」
  「♪赤福もちは、ええじゃないか!」と子供の頃から聴いてるCMソング。赤福ってのは伊勢名物の銘菓で、3cm平方ほどの大きさの白いネチャネチャした柔らか〜いお餅の上に、甘〜い粒あんがネトッと重たげに乗ってるのだ。子供の頃から、これには目が無い!
  伊勢には「伊勢で赤福を食べる」ために来たと言っても過言ではない。そんな理由でもええじゃないか!だから3年前に来たとき同様、大勢の参拝客の伊勢神宮(内宮)はサーッと観光。さあさあ、赤福を食べようじゃないの!内宮前の昔の建造物を移築・再建した街並み「おかげ横丁」で食べるのだ。
  3つ230円の1人用を買って座敷に腰かける。旅の間食べていなかった赤福は、甘く僕の胃袋に溶けていく。僕もとろけそうだ。思わずCMの「♪伊勢ぇ〜のめいぶぅ〜つ〜…」と唄いたくなってしまう。こちらも名物・伊勢うどんを昼食にして出発した。
  ここのキャンプ場は無料なのに設備は充実しており、炊飯場は広くて屋根も大きいので雨の心配も無い。今夜、前の仕事仲間の櫻井君と城田君がビールと肉を持って激励に来てくれた。うれしいぜ。早速、焼肉だ、ワ〜ィ!
  
『赤福もちは、ええじゃないか!』  『櫻井君と城田君』

☆6/9(金)242日  雨のち雲  走行89Km  計10,543Km  〜三重県A二見町・大江寺YH  「実は案外、慣れているのだよ」
  朝6時、寝ぼけまなこで気が付くと、雨がテントを横殴りに強く吹きつけていた。ラジオを着けると三重県には大雨警報が発令されている。どうりでな。テントの入口を開けて驚き、ひさしの下に置いていた靴が濡れている。こんちくしょう、と思った時には片方の靴の中はすでにビチョ濡れ。まあいいや、ガソリンコンロで朝食を作りながら、その上で靴を裏返し中を乾かす事にしよう。
  いよいよ東海地区も梅雨入りか?でもね、僕は日本海側南下した時(99/11月〜00年1月)は、ほとんどが雨だった。それもその時期の新潟の雨って言ったら、甲信越以外の住人には考えられないくらいの長雨、大粒、強風、最悪、ドロップキックだ。それに案外、雨に降られているケースも多い。例えば、ミレニアム1発目のRUNも実は雨。だから結構、慣れっこなのだよ。フフフハハハ!!

☆6/8(木)241日  晴のち雲  走行139Km  計10,454Km  総計11,030Km  〜和歌山県E新宮市〜三重県@紀宝町〜紀伊長島町・古里海水浴場【テント】  「走りのスタンス」
      『東海の巻スタート』
  平坦な海沿いの国道42号をを激走し、昼前に走行距離は約60Kmに達して関西圏を突破した。いよいよ我が、ふるさとエリアの東海地区に突入だ。帰ってきたって感じでうれしいよね。看板やお店なんかも見慣れた名称が並んでる。僕はまだ所用に付き3度帰省しているけど、東奔西走号に関しては昨年の8月に出発して以来だもんなぁ。
  今日はいつもの“観光モード”の走りではなくて、日本海南下を思い出させる“走るのみモード”で距離を稼いだ。でも、どうなんだろう?走るのみは(当然、時には必要だけど)トライアスロンのようだ。僕のスタンスは観光や人との出会いを重視してペダルを漕ぎたい、と日本一周をしていてそう考えるようになった。
  ところで、僕のように「モバイルでHP毎日更新の自転車日本一周の旅」を東京の俳優さんの右田さんという方が10日より始める。僕は非力ながら、実践者としてアドバイスをしていた。約1年前、僕も同じように九里さんに質問を繰り返していた。モバイル旅が面白いか否かは僕の日記を読めば一目瞭然だ。今、東京の学生からも夏休みに挑戦したい、と相談メールをもらっている。人との出会いが2倍に膨らむぞ!そりゃあ、やったほうがいいぜ!
※右田さんHP 『NIPPON CHARINKER』http://www1.odn.ne.jp/~aak90000

☆6/7(水)240日  晴  走行0Km  計10,315Kmのまま  和歌山県D串本町・潮岬キャンプ場連泊【テント】  「ゆっくりする時間」
  まずは昨夜の事から書かねばならない。昨夜0時頃、僕がWEBを更新するのと同時に、和歌山市から平尾さんが仕事を終えてバイクでキャンプ場に合流した。平尾さんは、週刊アスキー第2回目(99年12月)からの読者だ。遅れて梅原さんも到着した。2人は僕の日記を読み、人と会ったり物事を見た時の様子が楽しげに書かれているので会おうと思った、って事でバイクを走らせてくれた。当然、3時まで天の川を肴に飲んでいた。
  そして、今朝――本州最南端到達の自分への褒美に今日はOFFと決めていたので、ゆっくり8時まで睡眠。朝食は2人のために僕の男の手料理を披露した。もはや職人の域に達してきている少しコゲ付きの白米、普通レベルのダシを入れて作る味噌汁、女子中学生家庭科レベル(?)のタマネギの炒め物だ。納得の旨さに出来あがった。
  潮岬の思い出はこれで十分、というぐらいとても楽しい時間であった。2人が11時頃に帰ってしまうと少し寂しくなった。
  望桜の芝で寝っころがり、不足していた活字を読む。南の海は水平線をわずかに丸く表現している。岐阜の実家に戻るまで、これだけゆっくりする事は無いだろう。考えてみたら、この旅で岐阜を出発したのは8月の誕生日の後だ。旅が終るのが、6月末か7月頭。誕生日を挟んで約1年、僕を成長させた28歳の1年であった。さあ、明日からまたペダルを漕ごう!一周完成のために!     『関西の巻END』
       
『潮岬・望桜の芝にて平尾さん(中)と梅原さん』

☆6/6(火)239日  晴  走行86Km  計10,315Km  〜和歌山県C串本町・潮岬キャンプ場【テント】  「自然は素晴らしい!&本州最南端到達」
  いやぁ〜今日はいろんな景色を堪能出来た1日であったなぁ〜。本州最南端・潮岬到達も霞んでしまうほどだよ。
  出発するやいなや県道229号を走る。舗装される前は和田川松根林道の名の通り、ローカル路線だ。和田川の渓谷に心を奪われながら、一部ダート(未舗装)や、素掘りのトンネルを抜けていく。「カモシカ・ツキノワグマ保存区域」なんて看板もあって、俄然ワクワクしてしまう。実際、カモシカが岩をダッダッと逃げていくのを目撃した。車の往来がほとんど無いので、約45Km我がもの顔で疾走する。
  国道371号に合流。清流・古座川の水がキラキラ光る。この道の利用者はほとんどが地元民だろう。吊橋が、まだまだ現役でっせ〜、と生活の要として使われている。一枚岩に出くわした。高さ100m幅500m、真にオーストラリアのエアーズロックに見れば見るほど似ている。おったまげた。恥ずかしながら日本にこんな景色があるとは知らなかった…。
  六郎峠を越え、潮の香りが鼻孔を突き久々の海だ。日の入り前に潮岬に着こうと思ったが、串本温泉の誘惑に負けてしまった。潮岬は20時に到達し紀伊半島縦断完成だ!明日はゆっくりするぞ!
  
『県道229号・大木横倒し』  『清流・古座川』  『一枚岩』

☆6/5(月)238日  晴  走行58Km  計10,230Km  奈良県C十津川村〜和歌山県B熊野川町・第2高取橋の下【テント】  「十津川村とは…、十津川郷士とは…」
  十津川村とは日本一敷地の大きな村である。その歴史は古く、保元の乱や南北朝争乱の舞台に登場する。僕の中で十津川村を記憶していた事は2つあって、1つは幕末に吉村寅太郎率いる天誅組の乱に十津川郷士が多く加担した事。もう1つは坂本龍馬暗殺の夜に、近江屋に乗り込んだ刺客が下僕の籐吉に名刺を差出し「十津川郷士の○○と申す…」と偽ったのだ。そんで…この辺にしておこう、どうも幕末オタクになりつつある傾向がある
  そんな村なので、キャンプ場近くの十津川歴史資料館に昼まで拝観した。余談だが明治22年に大水害があって、被災者の多くが北海道へ移住した。それが現在の新十津川町だ。手打ちそばを食べて出発。
  熊野川に劣らず、県道44号線沿いの赤木川の水も透き通っている。本州にもまだまだ美しい所があるなぁ。ゆっくり日本を見てきたが、いやいや日本は広い!日本一周完成間近に迫っていながら、まだそう思うのだ。そしてそして、さらに世界は広いんだ、と。

☆6/4(日)  237日  晴  走行64Km  計10,171Km  和歌山県A高野町〜奈良県@野迫川村〜十津川村・平瀬キャンプ場【テント】  「『街道をゆく』のようないい気分」
  高野山YHにあった「まんが日本の歴史 空海」を一読して、午前中、観光に挑む。総本山の金剛峯寺、道場の根本大塔、そして弘法大師の入定留身の地の奥の院と見て周る。観光客は多く、年齢層は高い。お遍路姿も目立つ。120近い寺、20万基を越える墓碑が並ぶ。「天空の城ラピュタ」ならぬ「天空の寺コウヤ」だ。
  県道53号で奈良に再び入り、国道168号の十津川街道を熊野側に沿ってゆるやかに下る。水は綺麗だ。こういう所を旅すると、司馬遼太郎の「街道をゆく」の気分だな♪
  “谷瀬の吊橋”という全長297m、水面からの高さ54mの日本一の吊橋を歩いて渡った。下には川がとうとうと流れており、橋は人の歩きでも揺れ、強い川が吹こうものならヨロヨロしてしまう。ロッククライミングと同じような高度感覚だ。下を見てはならない、吊橋のワイヤーを信じなくてはいけない!おばちゃん連中が「キャー、落ちるゥ〜」と奇声を上げて、へっぴり腰のヒヨコのようによたよた歩いていた。ここはオモシロ怖いぞ。
  紀伊半島は温泉もたくさん湧き出ているし、自然に囲まれている。九州の椎葉、高知の梼原、愛媛の柳谷の山間の景気と似ていて、僕は好きだ。今夜は湯泉地温泉に浸かって、ぐっすり寝よう。
  
『奥の院への道』  『谷瀬の吊橋』

☆6/3(土)  236日  雨のち雲  走行72Km  計10,108Km  〜奈良県A五条市〜和歌山県@橋本市〜高野町・高野山YH  「高野山への道、それは修行」
  和歌山県の橋本市から国道371号を走って高野山に向った。14時から上り始めた。橋本〜高野山間は約20Kmだ。高野山は昔から旅したいなぁと思っていた。荘厳なるイメージが僕を誘うのだ。真言宗・空海の総本山でいわゆる密教系。ミッション系と音は似てるが無関係(当然)。ちなみに四国八十八ヶ所のお遍路は密教系だ。
  上り始めから、傾斜が急だ。押しが入ってしまった。6Km以降、川沿いにしばらく下りが続いた。まったく集落は無い。10Km過ぎたら、また上り。どうやら久しぶりに“キツイ”ぞ!もうほとんどが押しになってしまった。18時、雨上りの霧よりもすでに標高を上げているが、一向に高野町の街並みの気配は無い。ずーっと上りで辛い、しんどい。
  「修行だ、修行なんじゃ!」とつぶやきながら、耐えて上る。昔の修行僧はこの道を歩いて上ったんだ。僕の旅だって人生修行なのだ。携行食のピーナッツをぼりぼり食いながら歩を進める。負けるもんか!
  19時にようやく高野町に入り、辺りも暗くなった。標高820mの高野山、少し寒い。松木林がそそり立つ。寺院が無数に並び、提灯に灯りが灯されていた。今、とても疲れている。

☆6/2(金)  235日  晴  走行67Km  計10,612Km  〜京都府B木津町〜奈良県@奈良市〜田原本町・松川造園さんの植木畑【テント】  「ナント大きな平城京:710年」
  ナント立派な平城京、とも言う。奈良時代、元明天皇なのだ。いきなり中学生社会科レベルでえ始まる教養的な今日の日記。国道24号を南下して平城京を旅した。
  復元されている敷地で1平方Km、実際は4〜5平方Kmというから、そりゃ大きい。昔のように視界を遮るものが山しか無い頃はもっと大きく感じただろう。近頃、正門の朱雀門が復元された。復元するのに14年も掛かったんだとか!?建物が残っていないから柱穴(ちゅうけつ:柱の跡)で建物の幅を測り、高さやデザインに関しては、同時期の東大寺や興福寺等を参考にして、学者の皆さんのアーでもないコーでもないと話し合って完成したのだ。他の建造物も発掘・復元作業を進めている。
  昼過ぎに大宮を出発してから1万Kmを突破した!8月に岐阜の実家から自転車日本一周を始めて、埼玉の大宮から「自転車日本一周HP毎日更新の旅」を開始した。だから、自転車日本一周の旅は10,612Kmに達している。ややこしいので上記の「ナント…平城京」と暗記してしまおう。試験に出るかもしれない…な訳無い。
  
『よみがえった朱雀門』

☆6/1(木)  234日  晴  走行23Km  計9,969Km  〜京都府A京都市・京都東山YH  「古都・京都をMTBで走る」
  京都にやってきた。京都には僕自身、直々旅している地だ。だけど、京都で2つやりたい事があるのだ。1つは東区にある霊山歴史館へ行く事。ここは明治維新の資料が数多く保存されている。しかし、他の展示場に出展されていたり、国宝に認定されると5年は展示出来ないらしくて、思ったより出展は少なかった。
  すぐ近くの霊山寺にある龍馬と中岡慎太郎の墓を参った。京都で命絶たれた両雄の墓が並んで建っているのだ。ここには龍馬の生誕日と命日の98年11月15日に友人の加藤君と慰霊祭に参加した。旅の安全を祈る。
  そして、もう1つやりたかった事、それは古都・京都をMTB「東奔西走号」と走る事。山がMTBは似合うが、寺や仏塔が建つ石畳の路の古都を走るなんて、タイムスリップしたかのようで気持ちが良いではないか!霊山寺から産寧坂を快調に走らせた。
  さあ、6月突入!日本一周の旅のゴール、富士山MTB登山まで泣いても笑ってもあと1ヶ月!クライマックスなのだ!
  
『龍馬と中岡の墓』  『古都・京都をMTBで走る』

 

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この旅日記は、上にいくほど内容は新しくなります。
『走行』・・・1日の走行距離
『計』  ・・・後編開始(9/16〜)してからの走行距離
『総計』・・・日本一周(8/8〜)を開始してからの前後編を含む走行距離
『前編』・・・社会人時代の夏休み(前編8/8〜14)に、岐阜県可児市〜埼玉県大宮市まで(576.4Km)の旅
『後編』・・・旅人となって(笑)、9/16から再開した現在の旅
『@』  ・・・都道府県名の後の数字は、その都道府県での滞在日数を表します