MTB北陸3県縦走の旅
まえがき
この旅は現在進行中の『マウンテンバイク日本一周の旅』のルーツと言ってもいいだろう。
僕は元々、海外を一人で放浪するバックパッカーなのだ。社会人になってもその姿勢は変わらないが、長期休暇以外でも旅をしたくてGWや年末年始、3連休にはリュックを1つ背負っては日本の旅に出掛けた。そして、98年年末〜99年年始に「竜馬脱藩の道踏破」というとても楽しい野宿旅をした。
「脱藩の道踏破旅」の後、しばらくして友人の女の子から相談があった。「私の先輩(女性)が、MTBでキャンプツーリングをしたい。しかし、一人で野宿が不安だから田嶋さんに同行して欲しい。」との事だった。いいけど、前述のように僕はバックパッカーで、旅が出来るようなMTBは所持していない(安いヘボイMTBは一応有り)。同行するには一から買い揃えないといけない。しかし、今まで旅を重ねていく上で、「“旅人”田嶋直樹はいずれMTBキャンプツーリングに挑戦しなければならないな。」と予感していた。その先輩とやらもオモロイ事に挑戦しようとしている。いいチャンスだ!「よし、一緒に行こう!」コレがきっかけなのだ。
かくして僕は“その女性の先輩”通称Mさんと、GWに3日間石川県〜富山県〜新潟県を縦走する事にした。MTB(現在の東奔西走号)と、キャリアやバックなどの備品を購入。ねえさんとは出発の2週間前に始めて大阪で会った。この旅の後に、次第に『MTB旅』に強大な興味を持ちだすのであった。
※この「MTB北陸3県縦走の旅」の後、「佐渡ドロップキックツアー」に続いていきます。あわせてお楽しみ下さい。
4月29日(祝) 1日目
昼に大阪から来たねえさんと出発地点のJR和倉温泉駅に着いた。駅前で輪行(自転車の車輪を外しパッキングして、公共交通機関等で移動する事)してきたMTBを組み立てる。今日は素晴らしい快晴だ。町のリズムは実家の岐阜の可児に似て、ゆっくリズムだ。まずは和倉温泉すぐ北にある能登島を走ることにした。“アウトドアの宝庫”というだけあって、能登島大橋を渡ると山林の中の一本道を走ることになった。
1時間ほど走り、小さな漁村らしき場所で休憩を取る。海水を見て驚いたよ!「透き通る」という表現は、こういう時に使うんだね。ワカメなどの海藻がユラユラ踊っているのが見える。僕はしばらく堤防の上で眠った。平和だなぁ。
島の北側には、ゆるやかな峠が続いた。懸命に坂を登り、疲れたかな?と思うところで下り坂が登場する。下りの度に潮風と森林のサラサラした風を、全身に浴びる。気持ちいい。車の通りが少ないのも僕をホッとさせる。山中は不思議な程、ウグイスが連呼して鳴いている。岐阜ではせいぜいスズメだよ。
18:00頃に本島、和倉温泉に戻ってきた。ねえさんも男の僕のスピードに一生懸命付いて来た。今夜は和倉温泉にテントを張ることにした。という事は、温泉に入れる!「わーい、ヤッター!!」こういうのが旅の楽しみなんだよねぇ。僕は早速、温泉街の外れにテントを設営し、喜び勇んで公衆浴場に飛び込んだ。「フムフム、ここの温泉水は塩辛いな。」まさに上機嫌。
そして、テントに戻って買っておいたビールを飲んだ。BEERだ!こちらの楽しみも味わう為に、旅をしている気がするなぁ。明日は、富山県に向かうぞ。
4月30日(金) 2日目
今日はAM6:00起床。朝食を済ませ7:00に元気よく自転車を飛ばす。やはり、遊びは早起きがいい。今日は、80Km先の富山県滑川市まで進む予定だ。
午前は160号を走る為、七尾の峠を越えるコースがある。んー、なかなかの難関だ。ようやく、峠を下る。下り坂は下るほど、古い民家が建ち並び、曲りくねっている。すると、民家と民家の間から、突然キラキラ光る海が広がった!何でもないただの風景であるけれども、僕にとっては特別な風景であった。
海沿いの160号「シーサイドライン」は美しい。途中、海岸で一休みをする事にした。目標はあくまでも新潟へ到着する事であるが、旅人の目的としては自然に触れる事なのだ。だから自分が気に入った所があれば、足を休めその自然に触れる。そんな寝そべる俺の横を、小さなカニが横歩きで通っていった。
11:00、前方に海面と平行するように白く長い線が広がった。それは、白く雪が残った立山連峰(富山と岐阜をまたがる山脈群)の山頂群なのであった。何と幻想的なんだ!後から地元の人に聞いたところ、天候の条件が揃わないとなかなか見れないらしい。
昼には富山県に入った。午後は415号から8号と、交通量が多い道をひた走る。信号待ちも頻繁、気温も高く、気分が滅入ってきた。このままだと今夜、滑川市到着は難しくなってきた・・・。
ジャジャーン、ところが救世主サイクリスト登場!それは、17:00頃富山市内で北陸なまりで並走してきたチャリンコオヤジ(推定50才・富山県出身)なのだ。自他共に認める自転車好き。「明日も時間があるからー、ちょっと石川まで行ってこようと思ってるんだよー。ウハハハ。」おいおい、軽く言うなよー。まるで僕の場合だったら「実家の岐阜県可児市から名古屋まで、ちょっと行ってこようと思ってるんだぎゃー。ダハハハ。」ってなもんだよー。
オヤジは走りやすいサイクリングコースを教えてくれ、一緒に走ってくれた。おかげで走行距離を戻す事が出来た。別れ際に10回以上、滑川市までのコースを説明するオヤジが好きになった。いいキャラクターだよ!チャリンコオヤジ。
その夜は滑川市の「道の駅」横の公園にテントを張った。テントの中で横になりながらオヤジの「自転車はねー、風をねー、感じれるから好きなんだよー。」という言葉が何度も思い出された。思いだす度に僕は納得し、いい気分になるのであった。
5月1日(土) 3日目
今日は5/1、天気は快晴である。MTBの旅は最終日だ。80Km先の新潟県能生市まで進む。
いよいよ後輩の伊達≪旅の軌跡「佐渡ドロップキックツアー」参照≫が今朝、実家の三重県鈴鹿市を愛車「M2」で出発し、夕方「道の駅 能生」で合流するのだ。そして、明日5/2は佐渡に渡るのだ。
今日もサイクリングコースを走り、信号待ちも無く、排気ガスのうっとうしさもない。埋没記念館のあたりは富山湾もきれいに見える。魚津市の手前あたりで、少し内陸の農村を走る事にした。田んぼでは田植えをしており、僕があぜ道を走ると「ん、なにかね?」と顔を上げるが、また何もなっかたかのように田植えを始める。あまりにものどかで、とても景色が良い。久しぶりに広〜い敷地の田園風景を見た。至るところで天然水が涌き水としてドクドク出ていた。頭から天然水をかぶる。気持ちいい、もうヒュー、ヒューだよ。
13:30新潟県についに突入!今日は、このままサイクリングコースを走って楽勝だなと思っていた…。
ところが、じきにサイクリンコースは終わってしまい、仕方なく国道8号線を走る事になったのだが、歩道が無いトンネルが出現した。大型トラックがビュンビュンと僕の横を容赦無く通って行く。ビビる。「こんな危険なトンネルは1つにして下さいよ、建設省さん。」と温和な旅人の僕は思うわけだ。しかし、また歩道の無いトンネルが続いた。またまた、またまたまた…。「何個、続くねん!!(怒)」。結局、「またトンネル」が15個ぐらい続いたのだ。さすがにマイッタ。ねえさんはトンネルがとても苦手のようで、目を吊り上げペダルを漕いでいた。このあたりは天険(親不知I・Cのあたり)と言って、山間が海岸沿いに近く、地形的に急斜面なのだ。
能生町に入ると、再びサイクリングコースが出現した。このコースは珍しく自動車道より高いところを通っていた。夕陽の落ちる頃になっていて、富山湾に夕陽が反射してキレイだった。僕は自転車を止め、思わずファインダーにその景色を写した。僕のMTBの旅はもうすぐ終る。明日からは、伊達との佐渡の旅が始まる。この夕陽を見ていると楽しかった事、辛かった事が思い出される。良かった、石川から新潟まで走れて本当に良かった。バックパックの旅より、MTBの旅の方が大変だったと思う。大変だったからこそ、僕はMTB旅にハマっていったんじゃにかなぁ。
僕達はテントを「道の駅 能生」手前、能生漁港内の「しおかぜ公園」に張った。19:30頃、伊達が愛車で到着。無事再会できた事に乾杯し、明日からの旅の成功を胸に眠るのであった。 END
あとがき
僕はこの後、佐渡を旅する。では、MTBはどうしたのか。輪行して伊達のM2のトランクに入れたのか?はたまた段ボールに入れて、自宅に送ったのか・・・?正直、困った。
実は、ここで大学時代のサンボ部の後輩で丈六(じょうろく)という冗談みたいな名前の後輩が登場する。彼は、今年2度目の大学4回生を送っていた。性格は優しい奴だが、根性があり、とてもいいハートを持っている。
僕は、ねえさんと会う旅の2週間前に丈六も呼んだ。僕はニヤリと藤原喜明みたいな顔して「丈六、GWだ。MTBでキャンプしながら走ってみんか?経験無いだろ?」と問いかけた。そして、「MTB、キャリア、雨具すべて用意する(断言)。」当然だ、僕のMTBと荷物ごと乗って帰ってもらうのだから(笑)。丈六はカレンダーを見て、しばし考えていたので「ダメかな?」と一瞬思った。しかし、そうではなく、(やはり)とても興味を持ったので、授業の予定をどう調整しようか考えていたのだった。「田嶋さん、いいですね〜。やりますよ。」僕は同席していたサンボ部同期の『最大の敵にして、最強のライバル』と認める小滝と、「さすが!丈六!!」と彼の勇気を賞賛した。「新潟から俺のMTBを乗って帰ってきてくれ。大阪の丈六の自宅でも、俺の岐阜でも構わん。」と付け加えた。
5/2の20:30頃、大阪から丈六は合流した。僕と別れてから丈六は、3日と4日にねえさんと佐渡をツーリングした。新潟港に戻り、ねえさんは輪行して大阪に戻ったので、ここから丈六の一人旅だ。当初の予定では、丈六は大阪に戻る予定であったが、予定を変更し新潟から長野に入り、ナント野麦峠を越えて、5/8に岐阜の僕のところに見事MTBに乗って帰ってきたのだ!雨の中も僕のゴアテックスのレインコートを着て、走り続けたのだ。
我が後輩の偉業を、僕は心の限り称えた。「丈六どうやった?!」「田嶋さん、だまされたと思って挑戦してみて良かったですよ!ありがとうございます!」僕と丈六は顔をクシャクシャにして、通行人の迷惑をかえりみず、握手や肩を抱き合い大声で笑いつづけた。
「でも、野麦峠は泣きそーになりました・・・。」 完
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