| 小学校に入る半年前から小学1年生の終わりまで神奈川県綾瀬市の小学校にいた。
この時1年生は7組まであって、横川は7組だった。 この7組というのがまずクラスの位置から変わってて、1年生の並び(1〜6組まで)からそれこそ隣の校舎まで歩いて5年だか6年生のとなりの教室だった。
なので最初のうちは3組にいる隣の家の友達に会いに行くのさえちょっとした冒険気分だった(なんせ当時大人にしか見えない上級生の間を縫って行くのだ)。
その担任というのが田中圭吾先生といってまた変わった人で、基本的にゆうひが丘の総理大臣の中村雅俊のような他の先生と生徒の前で大喧嘩するような子供ながらに無茶するな〜という人だった。
当時、朝のHRのような時間にフォークギターを持ってきて「みんなのうた」からの曲をクラス全員で熱唱するのが恒例となっていて(これがうるさいってのでも喧嘩してたな、、)、これが普通だと思ってたんで引越ししてから驚いたものだ。
クラスメイトも今思えばインパクトの強いのが多く、交通事故だろうか、全身包帯ぐるぐる巻きの奴 (もうホントに目、鼻、耳、口と下半身以外ギプスだったんじゃないだろうか。)や口が3センチは横にずれてついてる子、今思えばフィリピンかどっかとのハーフ(今じゃ珍しくも無いけど)、シックスセンスの子のように常にビクビクしてる子。
で、このクラスの中でも注目されてたのが 「なむらわかこ」 という女で、当時なむら菌というのができるくらい皆から気持ち悪がられていた。
どうなのかというと、今考えればうつ病とてんかん、それに加えて栄養が足りないのかカリカリに痩せてた。 授業中にいきなり大声を出してひきつって先生に抱えられていったり、写生の授業かなんかで外にいる時行方不明になって皆で探したらグランドのそばの草むらで
「死にたい」といいながら泣いてたり、 とにかく子供が嫌うのも無理はない。 横川は当時から差別は嫌いだったのでなむらともそこそこ喋ったりしてたんだけれど、普段は声が震え気味以外は特におかしいところはなかったと思う。
などと、最近 「そういえば変わったクラスだったな〜」 などと思い出していてフと気づいたんだが、、 「俺のいたクラスはいわゆる特別学級だったのか?」
である。 子供のなじみやすい破天荒な先生、怪我や障害者の多さ、いじめがないよう同学年と離れ、隣が上級クラスというのもいざって時の体力要員とも考えられる。
まあ、そういうクラスにいたとしても普通の方が半数以上は占めてるわけなんで特に気にすることじゃないかな、と思っていた。 で、つい最近気が付いた事だがそういえば横川は引越しのドサクサの親父の鶴の一声で幼稚園に行ってない。 もっぱら隣の家の友達が帰ってくるまで家で絵を描いたりTVを観たりしていた。
、、つまり、幼児期の基礎教育不足。 という事になるのか? 、、、、、 「 あ。 」 |