| 愛情や思いやりが希薄な人間だと自分でも思う。
横川の親の愛情というのは自分から見る限り長兄とその家族に注がれていてよく言えばドライな家族関係というのが自分には築かれているようだ。
高校を卒業した時点でもう面倒を見るいわれはないということで食事配給停止、家賃発生となり実質一人暮らしと同じくらいかそれ以上の出費がかかるようになった。
高校卒業と同時に通いだした音楽学校も勿論実費で入学することになるがこれは高校卒業を目標に購入を考えていた高級ベース用の貯金でまかなえた。
ここまで読んで「ひでぇ〜」と思った方がいたらその人はもう甘甘のパラサイト野郎です。
それで親を恨むほど横川は甘ったれではない。
生んでしまったからにはある程度育てる義務はあると思う。
しかし自分が稼いだ金をいっぱしの人間に分け与えるほどの優しさが必要かというとそーでもないと思うのだ。
もちろん30歳過ぎても親のスネで「ご飯まだぁ〜?」と言ってればとりあえず生命維持できるなら是非お願いしたいがそうでなくても文句をいう筋合いはない、ということです。
ここで横川個人の話に戻るが、気になる点として「横川家の中で自分だけそういう待遇である」 ということだ。
長兄は大学も出て大学時代から一人暮らしの家賃援助を受け、下の兄は未だに家賃を入れたことがないという。
ここで筋合い以前に、「なんかズルくねぇ?」という感情が生まれるわけですな。
なんかも〜家族でかわいがられてない感が満点なんですよ。
特に嫌われることはなにもしてないはずなんですけど。
しかし前述のような理由で家賃払うのは仕方ないと思っているので今現在でも払い続けています。
兄が来れば外に出て(努力する余地も与えられない関係:参照)部屋を勝手に改装されてもです。
でも恨みの感情というのは生まれませんでして、なぜかというと横川の中には 「家族は血の繋がった他人」 であるという考えがあるからです。
よく周囲で夫婦喧嘩の話(性別上、男性からの話が大多数ですが)
を聞いてると、「もー離婚するよっ! でも子供は絶対渡さないからな!」 なんて発言を聞くんですよ。
もちろんホントに離婚した人は身近にはいませんがいつも疑問に思うのが、
「自分が好きになって家族になった人よりも血が繋がってるだけの性格や性別すら選べない人間のほうが大事なんですか?」 ということ。
妻(夫)は自分の理想を元に選んだ上で決めれるのに子供は生んだ瞬間どんな人間だろうと強制的に家族になってしまうのです。 これは怖い。
子供が成長して妻(夫)より愛すべき存在と見極めたなら上記の発言は納得なんですが今まで妻(夫)のほうがいい、という例を聞いたことがないので疑問に思ったのです。
もし自分なら妻の邪魔になるようなら子供なんぞドブに投げ捨てたっていいと思っている。 罪に問われないならね。
だってきっと自分が好きになって一番大事に想ってる人なんだから。
こーゆう考えになるような子供を持った親がうちの親ですよ。
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