黒柳徹子サイドという場所で

同情、という感情がある。
もちろん横川にもありますよ。
友人がなにかで落ち込んだりしてるときに感情移入してその気持ちを理解した気持ちになります。
その国に生まれたというだけで飢えなどの厳しい環境で一生生きなければならないという不幸。

気の毒だと思います。

でも気の毒だと思うだけです。
この発言に嫌悪感を覚える方もいるでしょうが、では気の毒に思う以上の事を実行している人がどれだけいるでしょう?
とりあえず身近にはいません。

「大変だねぇ、、、、 気の毒に、、」 と、
「気の毒だとは思うが俺は何もしてやれない。」 。

この2つの内多くの人は後者を冷たい印象にとると思うが、言ってることは最終的には同じことだと思います。
もちろん容易く手助けできるようなことはこの限りではないとご理解ください。

彼女にフラれた、という友人に暖かい言葉をかけるのは容易いですが自分が彼女の代わりになることは不可能だと思います。

さてここで考えを。
「気の毒な人」と書いて飢餓に苦しむ国の方々、と安易に出そうとしてる自分は多少イヤだがすいません例えさせてもらいます。
いやもうホントに気の毒だと思う。
出生があれではどうしようもないでしょう。 仮にちゃんと学べば世界をひっくり返すような発見をできるような才能を備えて生まれても、生まれた時点でほぼ不可能。
心底大変だと思うが横川はそこまでです。
自分が生きるだけで精一杯です。 全人類の財産をキレイに揃えれば貧富の差はなくなるだろうがそれに伴う弊害などは横川の想像を超えた世界の話でしょう。

突然だが黒柳徹子という人がいる。
日本のボランティア活動の代名詞と言っても過言ではないでしょう。(と思う)
実のところあんまり活動内容などは知らないが視察や寄付などをしているようだ。
とても素晴らしいことだと思う!
自分の財産や人生を他人のために使える度胸てのはなかなかないものだ。
他人のために仕事休んで何か手伝ったり、肉まんすらオゴることが出来ない人も多いのだ。 微妙に違うハナシですが。

さて、素晴らしいとは思います。 しかし彼らの気持ちがわかるかは疑問です。
同情し、少しでも彼らに幸せをと自分を削って活動するのはなかなかできることではありません。
でもそれはあくまで黒柳徹子サイドにいてこそできることであって難民の中の一人がそれをできるでしょうか? 勿論物体も心も与える余裕などないでしょう。
同情とはそんなもんだと思います。 すこしでも上にいる、もしくはそうなり得ないであろう立場にいるからこその余裕だと思います。

上記は大袈裟に書きましたが日常生活でも常に起こっていることです。
それは 「同情」という場面でなくともです。
他人になることはできない。 他人には他人である自覚を持って接する感情が必要だと思います。

願わくば横川も黒柳徹子サイドにいたい。 これは単なる自分のエゴで、です。
この気持ちがわかりますか?

わかってたまるか、と僕は思います。


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