雨
SCENE1 棘
| 想い出はいつも雨の中。雨が降るたび、思い出す。そう言ったらおまえは怒るだろうか。あの日、俺の腕の中で、子供のように泣いたおまえ。濡れた細い金髪を顔に張り付かせ、すがるように俺を見た青い眼。捨てられた子犬のように心細げだった。 |
「おい!何をしてるんだ!」 |
違う違う
全てが違う
同じ同じ
何かが同じ
何を求め さまよう?
何を欲し さすらう?
つかまえて欲しい
抱き留めて欲しい
それが同じ
きっと・・・
| 「…雨が止んだな。月が出てるぜ。」 「ああ、明日はいい天気になりそうだな。」 イシトがベッドの上に半身を起こし、大きく伸びをした。カーシュは、月光に照らされたその華奢な背中を複雑な思いで眺めていた。その、軍人と言うにはあまりにほっそりとした肢体が、ひととき自分の手の中にあった。うとうとと眠りながら、時折思い出したように抱き寄せると、彼は子供のように身体を丸めて自分に寄り添った。また、時には逆に、彼の方がカーシュの胸に頬を寄せた。どう言ったらいいのだろう。敵とも憎んだ間柄なのに。その身体を離したくないと思った。ずっと互いのぬくもりを確かめていたいと思った。この感情はなんなのだろう。カーシュはぼうっとイシトを見つめていた。イシトがその視線に気付いて振り返る。微笑をたたえて。 「なんだ?」 カーシュは顔が赤くなるのを感じ、慌ててごまかすように言った。 「あ…いや、風邪は大丈夫か?」 イシトが笑顔になる。 「ああ、おかげで大丈夫だったようだ。ありがとう、カーシュ。」 その、何かを吹っ切ったような爽やかな笑顔に、カーシュはますます顔が赤らむのを感じた。イシトが心配そうな顔をする。 「どうした?顔が赤いぞ。…まさか、君の方が風邪を引いたんじゃないだろうな。」 イシトの手が、カーシュの額に伸びる。そっと触れる。 「熱はなさそうだが・・・。」 カーシュはその手を引き寄せ、イシトを抱き締めた。乱暴に唇を奪う。これが夢でないことを確かめるように。イシトはカーシュの腕の中で黙ってキスを受ける。 「…怒ってるか…?」 照れくさそうに、カーシュが訊ねる。 「君こそ…後悔してるんじゃ…?」 イシトの言葉は、カーシュの唇に遮られた。少しだけ唇を離したカーシュが、不機嫌そうに言う。 「んなわけねぇだろ、馬鹿野郎…。」 イシトがホッとしたような笑顔を見せると、カーシュは彼に再び口づけた。そして、イシトの華奢な身体が壊れそうなほどに力を込めて抱き締めた。愛おしい。そうだ。この気持ちは、その言葉がふさわしい。愛している、でもない。好き、でもない。自分はイシトが愛おしい。この、生真面目で、優しい、敵国の軍人が。だが、カーシュはその気持ちとは裏腹に、乱暴にイシトの身体をベッドに引き倒した。反射的に起きあがろうとするイシトを、抱き締めてベッドに押しつける。唇を合わせたまま、カーシュはイシトの体中に手を這わせた。イシトの全てを知ろうとするかのように。意外にがっしりとした腕。細い腰。走り込み、鍛えられた脚。イシトはカーシュの首に手を回し、そこに留めておこうとする。だが、カーシュはそれを振り払い、その唇をイシトの首から胸に向けて、触れるか触れないかの微妙な間隔で移していった。 「あ…。」 カーシュの唇が、イシトの胸に目的のものを見つけ、それを含んだ。イシトの手が、カーシュの頭を掴む。 「カーシュ…だめだ…。」 カーシュが、自分を引き離そうとするイシトの腕を掴んで頭の両横に押さえつけた。 「何がだめだ。」 カーシュが、また少し乱暴にイシトの唇を塞ぐ。 「ん…。」 イシトが動けなくなる。カーシュがどうしようもないというように、イシトの耳元の辺りに顔をこすりつけた。 「イシト…イシト…俺は…。」 カーシュがまた激しく口づける。イシトは体中の力が抜けていくような気がした。本当は、こうしてカーシュに愛撫されているのがいやなのではない。ともすれば流されて、自分を失いそうになる。それが怖いのだ。カーシュの腕もカーシュの肩も、その背中も好きだ。ずっとこうしてその腕の中にいたいと、そう思ってしまうのが怖い。だが、カーシュの熱情に、イシトは流されつつあった。 彼は、もう、カーシュを押さえておくことが出来なかった。 「…カーシュ…!」 カーシュの手で果てた彼は、しばらく動けなかった。カーシュは優しくイシトを抱き締めた。イシトは、少し身体をずらして、自分の上に重なったカーシュをそっと横に降ろした。カーシュは手を伸ばして、イシトの金髪を撫でる。イシトはカーシュの上に重なるようにして口づけた。カーシュの頬に、耳元に、額に、髪に。 「イシト!おい、止せよ…。」 カーシュは、イシトが無理をしていると思ったのだろう。だが、イシトはカーシュの唇をそっと指先で撫でながら、唇を肩に、そして胸に移した。 「…君の胸は厚いな…。」 カーシュの胸に頬を押しつけ、指先でその辺りを撫でながら、イシトが呟いた。カーシュがその頭を何度も繰り返し撫でる。 「暖かくて…好きだ…。」 「イシト…。」 カーシュの鼓動が、頭を撫でる手の温かさがイシトを眠りに誘う。カーシュは、まもなくイシトの規則正しい小さな寝息を聞いた。自分の胸の上からそっと降ろして、その頬にキスをする。 「…ん…。」 イシトがわずかに目を開け、またすぐに眠りに落ちた。安心しきっているのだろう。カーシュはその寝顔を見つめ、微笑んで小さな溜息をついた。 |
| 眩しい朝の陽光。カーシュが目を覚ますと、隣にイシトはいなかった。 「イシト?」 カーシュが慌てて起きあがる。キィッとドアの軋む音がした。振り向くと頭に載せたタオルで頭をゴシゴシしながら、イシトが入ってきた。 「おはよう。いい天気だ。」 カーシュはホッとした。だが、わざと不機嫌そうに言う。 「どこ行ってたんだ?」 イシトは笑った。彼はもう、カーシュのそういう物言いに慣れつつあった。 「シャワーを浴びてきたんだ。君も使うといい。さっぱりするよ。もうそろそろセルジュも帰ってくるだろうしね。」 カーシュは少し憮然とした。そうなのだ。セルジュが帰ってくる。カーシュはベッドを降りてシャワールームに向かった。 「はい、タオル。」 すれ違いざま、タオルを手渡したイシトの手を、カーシュはぐいっと引き寄せた。顔が近付く。どちらからともなく唇が触れ合う。だが、触れるだけだ。イシトは微笑んだ。 「早く済ませた方が良い。朝食を食べはぐってしまうよ。」 それはもう、いつもの冷静なイシトだった。昨日、濡れ鼠になって自分の腕の中で震えていたイシトではない。カーシュは少し苦笑した。 「おう。行って来らぁ。」 カーシュの後ろ姿を見送って、イシトは何故か可笑しかった。昨日、ほんの一日前は、ろくに口もきかなかったのに、自分とカーシュの間は一足飛びに近付いた。それが本当のところ、良いことなのか悪いことなのかは分からないが、彼は明るい朝の光の中、幸福だった。いつまで続く幸福なのか、今は考えない。彼は、昨日濡れた服を片付けながら、自分の背に当たる陽射しの暖かさをカーシュに似ていると思い、一人微笑んだ。 |
FINE
| 言い訳 今回は「アダルト指定を」(笑)ということで頑張ってみました。(おいおい・・・) |