緩衝地帯 1

 



「……なんと言った?」
 ある朝告げられた唐突な事実に、イシトは我が耳を疑った。
「だからね、カーシュがしばらくここを離れて、天下無敵号に戻るって……」
 セルジュがちょっと困ったような顔をする。その脇で、当のカーシュは、なぜと問いたげなイシトと目を合わせないように横を向いている。
 晴天の霹靂だった。イシトと共に在ることを望み、セルジュを含めた3人のバランスを、空気を、好きだと言ったカーシュ。つい昨日も、彼はセルジュの目を盗んでイシトに口づけたのだ。
「ちょっと、なんだか調子が悪いからよぉ。そんなんじゃ、ここにいてもかえって迷惑かけるしな……」
 いかにも言い訳のように、カーシュはうつむき加減で口にした。
「代わりには、グレンが来ることになってるんだ」
 とりなすように、セルジュが言う。カーシュも言葉を重ねる。
「大丈夫だぜ。あいつは、俺とダリオが手塩にかけて鍛えたんだ。属性も丁度良いしな……」
「私は構わない。メンバーの招集については、私の口出しすることではない」
 イシトは堅い表情で冷ややかに答えた。訳がわからなかった。カーシュは何を考えているのだろう。それよりも、カーシュが居なくなるということに少なからず動揺している自分が腹立たしかった。
「そうか。そうだな。じゃ、俺は行くから……」
 決まり悪げに背を向けたカーシュに、セルジュが慌てて声を掛ける。
「じゃ、あの、みんなによろしくね。元気になったら、きっと戻ってきてよね?」
「……ああ」
 セルジュがテレシフターを操作し、次の瞬間には、カーシュのいた場所にはグレンが立っていた。


 訳がわからない。いつもつれない態度の自分に、カーシュも嫌気がさしたのだろうか。イシトはカーシュに、唇に触れることしか許さなかった。抱き寄せ、口づけるのを冷ややかに受け入れる。それ以上もそれ以下もない。それが辛くなったのか。
 だが、考えても仕方がないことだ。カーシュが去ってから、イシトは、カーシュのことを考えないようにして過ごしていた。
 メンバーの交代は、彼らになんの問題ももたらさなかった。カーシュと同じ緑属性のグレンは攻撃力も申し分なく、むしろ、セルジュと年齢の近い彼は、セルジュと息のあったコンビネーションを見せた。
 だが、問題がなかったのは戦闘時に於いてのみであった。
 グレンは、必要最小限しかイシトと話をしなかった。決して敵意を見せるわけではなく、イシトの持つ知識や能力に一目置いているのは確かだったが、まだ若い彼には、テルミナを占領したパレポリの軍人と打ち解けろと言うのが、無理な話だった。
 自然、イシトは一人で居ることが多くなる。避けているというわけではないのだろうが、イシトはセルジュがグレンと話していると遠慮して近寄らないのだ。元より饒舌とは言い難い彼は更に寡黙になり、セルジュはカーシュの存在の大きさを痛感せざるを得なかった。
 誰が悪いわけではない。だが、彼らの間の和やかな空気は消え、バランスは崩れた。
 2週間が過ぎ、心なしかイシトがやつれて見えた頃、セルジュは思い余って、カーシュを訪ねることにした。名目はお見舞いである。
「だって、あのカーシュが、いつまでも調子が悪いなんて絶対変でしょ? やっぱり様子を見に行った方が良いんじゃない?」
「そうだよなぁ。俺は呼んでもらってて構わないんだけどさ、兄ぃ、ガキの頃から丈夫なのが取り柄だったんだ。ちょっと心配だよな」
 そう言う二人に、イシトも無言で同意した。元気になったら戻ると言ったカーシュだが、一向にその気配がない。それが言い訳に過ぎないと判ってはいたが、本当にそうであって、カーシュが何事もなかったように戻ってくるのを心待ちにしている自分を、イシトはもう否定できなかった。



〜続く〜


 

 


2002.6.9
やっぱり続きを書いてしまいました(^^ゞ
このシリーズ、マイブーム(笑)