長い戦いの日々にあって野宿の続いていたカーシュは、久しぶりに宿の個室に落ち着いて大きな安堵の息を吐いた。
カーシュは、蛇骨龍騎士団の四天王とまで言われた男だ。野宿が辛いなどと、思ったわけではない。ただ、彼は野宿の間、存外な緊張を強いられていた。
旅を共にしているメンバーは、このところずっと替わっていなかった。セルジュ、カーシュに、イシトだ。セルジュはこのメンバーのバランスが気に入っているらしく、何かの必要が無ければ替える気は無さそうだった。
特殊部隊の隊長らしく、生真面目で冷静沈着、怜悧なイシトと、豪放磊落で猪突猛進だが、包容力を感じさせるカーシュ。確かに、この上ないバランスでセルジュを支えてはいた。
だが、カーシュの胸中は複雑だった。
それというのも、理不尽な事にカーシュは、敵だったかもしれない、このイシトという金髪碧眼の男に、心惹かれていたからだ。
セルジュがメンバーを入れ替えせず、イシトと共にいられるのはうれしくないはずはない。だが、自分でさえ不条理だと判っているその想いを、イシトに悟られてはならない。そう思うと、どう振る舞って良いか判らなくなる。
つい、ぞんざいな口を利き、顔を見れば目を背けてしまう。それを、イシトがどう捉えているかは判らなかったが、腹を立てた様子も見せず、淡々と受け流してくれるのが救いではあったが、それはそれで、自分の態度などイシトにはどうでも良いことなのかもしれないと思うと、悲しくもある。
何より困るのが、夜、休む時だった。
野宿の際には、たき火を囲んで交代で火の番をしながら見張りをする。すると、何かの拍子に、イシトと二人だけで起きている時間が出来ることがある。セルジュが間にいれば、まだ何とかしのげるのに、二人きりでは息が詰まりそうになる。
もっと悪いのは、自分が不寝番になった時だ。
イシトの寝顔は、昼間の隙の無さとはうってかわって、思いがけず子供っぽかった。
薄い色の髪が額に乱れ掛かり、長い睫毛が白い頬に淡い影を落とす。
日中、イシトが起きている時にはまともに見ることの叶わぬその顔を、カーシュはじっと見つめてしまう。
”男にしては、綺麗すぎる顔立ちだ”
だが、だから心惹かれたのだとは、カーシュは思わない。
”それなのに、コイツは漢(おとこ)なんだ”
潔さや、信念の強さ、その知性も、顕わにはしない優しさも、どれもがカーシュには好ましく思える。それなのに、自分は会いしなに手ひどく罵ってしまった。それを思い出すたび、カーシュは顔から火が出そうになる。
けれども、カーシュの脇で眠るイシトの無防備にさえ映る寝顔は、彼への信頼を示しているようで、カーシュは安堵と同時にいたたまれ無さを覚える。なぜなら、カーシュはそんなイシトの寝顔に、幾度となく触れてしまいそうになるからだ。
その細い金髪に触れてみたい。激しい鍛錬に耐えてきたにしては華奢に映る肩を、そっと抱いてしまいたい。
そんな誘惑に駆られながら、ずり落ちた布団代わりの上着を掛け直すことさえ出来ずに、カーシュは悶々とした夜を過ごしてきたのだった。
本当に久しぶりに、めいめいが宿の個室に泊まることになって、カーシュはホッとすると同時に、少しは残念に思っていた。
”今夜は、イシトの寝顔を見られないのだ”
イシトは、自分の部屋で一人、今頃何をしているのだろう。カーシュがそう思った矢先に、ドアがノックされた。
〜続く〜
|