君の囁き

 


 その夜、セルジュ、カーシュ、イシトの3人は、激しい嵐を避けて宿に泊まっていた。カーシュは部屋の明かりを落とし、ぼんやりと窓外の風雨に打たれる樹木を見つめていた。
 こんな風に物思いに耽るなど、自分らしくないと思う。だが、彼の心に掛かっているのは、近頃、何か思い悩んでるように見えるイシトの事だった。
 特殊部隊の隊長らしく、いつも的確な判断と無駄のない行動で仲間をリードしてきた彼が、どこか上の空でミスを連発する。今日に至っては、あろう事か渓谷の道で足を踏み外した。セルジュとカーシュの咄嗟の助けで大事には至らなかったものの、今夜宿を取ったのは、そうしたイシトへの、セルジュの気遣いでもあった。
「イシト……何を考えてる……」
 雷鳴のとどろく中、ボソリと呟いたカーシュは、かすかにドアをノックする音を聞いたと思った。
 ドアに歩み寄ったカーシュが細くドアを開くと、そこには、予想通りと言うべきか、予想に反してと言うべきなのか、イシトがうつむきがちに立っていた。
「……入って良いか……?」
 彼は、これまでも数度カーシュの部屋を訪ねているが、入室の許可を求めたのは初めてのことだった。
「ああ。入れよ」
 室内に入ったイシトは、躊躇うようにそこに立ちつくした。カーシュは黙ってベッドの端に腰掛け、そんなイシトを見上げる。
「……どうした?」
 カーシュの言葉に、イシトはようやく部屋の中央に向かって歩き出した。
「今日は飲んでないんだな……」
「約束したからな、おまえに」
 カーシュは軽く肩をすくめた。前にイシトに深酒をたしなめられ、もう飲んだくれないと約束したのだ。その折りのカーシュとのやりとりを思い出したのだろう、イシトはわずかに頬を赤くした。
「それより、どうしたんだよ? 近頃、らしくねぇじゃねぇか」
 カーシュの問いには答えず、イシトはベッドに腰掛けたカーシュの前に立った。カーシュは、顔を上げてイシトを見つめた。
「どうしたんだ……何を考えてる? 今度は、おまえの方が上の空だ……」
 イシトは、言われたくないことを言われたとばかり口元をキュッと結んでカーシュから目を逸らしたが、小さなため息と共に、カーシュに並んでベッドに腰を下ろした。
「君という人間が、判らないな……」
 膝の上で両手を組み、イシトはうつむいた。
「判っていたつもりだった……自分の感情に正直で判りやすいと、そう思っていた…………だが……」
「なんだぁ? 俺のせいなのか?」
 イシトの消沈した様子に、カーシュは少しおどけて、大袈裟に驚いて見せた。
「君とはいろいろあった……無関心でいろという方が無理だ――」
 イシトは顔を背け、怒ったような口調で言った。カーシュは鼻を鳴らした。
「フン。俺もな、俺も、おまえは判りやすいと思ってた。真面目で、お堅くて……。いくら酔ってたって、あんな事言い出すなんて思いもしなかった――」
「……君の反応の方が意外だった」
 イシトは顔を背けたまま、ボソリと言った。
「拒むとは、思わなかった……」
 イシトは、遠くを見るような眼をして天井を仰いだ。
「……何を見ていたんだろう……君の……。君は……強いな」
「イシト……」
 カーシュは、そんなイシトを困惑したように見つめた。イシトは、膝の上に置いた自分の手に目を落とした。
「信じたものが……母国への忠誠も、正義と信じたものも、何だか、何もかもが皆、揺らいでしまったような気がする……」
 カーシュに眼を戻し、イシトは弱々しく苦笑した。
「自分が、こんなに弱い人間とは知らなかった……一つ突き崩されただけで、足元が揺らいでしまうなんて」
 イシトは、真顔でカーシュを見つめた。
「君には迷いがない――」
 カーシュが、大仰なジェスチャーで否定する。
「冗談じゃねぇ。迷ってばかりだぜ、俺は」
「いや、君の信じるものは動かない……君は、自分が守るべきものを疑っていない……羨ましいよ……」
 イシトは少しうつむいて首を振った。母国を守るべき軍人でありながら、その母国の卑劣なやり方を許せない。自分の信念を盲信するだけが、彼の寄る辺だった。
 対してカーシュは、テルミナを、エルニドを心から愛し、それを守るためなら、何も迷うことはないのだ。
「君は揺るぎない存在に見える。だから――セルジュは安心して君に寄りかかる……」
「……あんな小僧に、懐かれたくなんかねぇよっ」
 カーシュは腕組みをしてフンと鼻を鳴らした。そんなカーシュを見て、イシトは小さく笑った。
「そうやって憎まれ口を叩かれるのも、彼にはうれしいことだ……そうやって、ふくれたり笑ったりして、しばし自分の運命を忘れられる……」
 イシトは、考えるようにうつむいて、少し黙った。
「私もセルジュと同じ……なのかもしれない」
 イシトの声は、外の風雨にかき消されそうな小さなものだった。
「セルジュのように、少しの間、君に寄りかかって……考えることを放棄してしまいたいのかも……」
「そうできるんなら、そうしたらいい――」
 カーシュの声が、低く囁いた。
「つらくないはずがないんだよな。国と自分の気持ちの板挟みになって……考えたくないことが、俺なんかよりいっぱいあるに決まってるんだ。おまけに――」
 カーシュはイシトに改めて目を向けた。
「酒を飲んで騒いだり、何かに当たり散らしたり、そうやって憂さを晴らすことも出来やしないんだ、おまえってヤツは――」
 イシトは、まるでそれが恥ずべき事でもあるかのように頬を染めた。
「放っとけやしねぇ、おまえは。張りつめた糸みたいに突っぱっててよ……いつかプッツリ切れちまいそうで」
 カーシュは顔をしかめ、ギュッとイシトの肩を掴んだ。
「見てられねぇんだよ、だから――」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、カーシュが引き寄せたわけでもないのに、イシトはカーシュの胸元に、フラリと倒れ込むようにして身体を預けた。驚いて自分の胸元のイシトを見下ろしたカーシュの眼に、イシトの少し引きつった白い頬と、緩く閉じたまぶたが映った。
「この間、試そうとしたのは……私自身だったかもしれない――」
「イシト……」
 カーシュは、そっとイシトの頬に触れた。イシトはその手に促されるように、ゆっくりと顔を上向けた。
 唇が触れた瞬間、ピクリと身体を硬くしたイシトは、だが、次には弛緩し、カーシュを受け入れた。
「――酒、飲んでんのか……」
 顔を離したカーシュは、わずかに眉を寄せた。イシトから、かすかにアルコールの匂いがしたのだ。イシトは気恥ずかしそうに目を伏せ、カーシュの胸元に頬を寄せた。
「酔ってるわけじゃない……アルコールの勢いを借りなければ、ここに来られなかったんだ――」
「そうか――」
 カーシュは、普段のがさつさとはうってかわった優しい触れ方でイシトを抱き締めた。
「今だけは、何も考えるな――」
 再び唇が触れ、深く深く合わされた。唇が離れると、イシトは呟いた。
「解けていく……」
「ん?」
「私の中の、凝り固まったモノが……」
 カーシュは黙って、ついばむような口づけをイシトに与えた。
「――君が……解かしていく……」
 イシトはそれ以上語らなかった。語ることを必要としなかった。カーシュの唇がその唇を覆い、深く深く押しつけられ、言葉通り、イシトを熱く解かしているのを知ることが出来たから。
 唇を合わせたまま、二人はゆっくりとベッドに倒れた。
「……ん……っ」
 深く熱くなっていく口づけにイシトの背が小さくわななき、わずかに離した唇からかすかな吐息が漏れる。カーシュが、イシトの背に回した手に力を込めると、イシトの身体はピッタリとカーシュに寄り添った。その背を撫でながら、更に激しくイシトの唇を貪り始めたカーシュは、イシトの高ぶりを、自分に触れたその身の熱さと硬さで知った。
 カーシュは、少しはだけられたイシトの襟を開き、そのうなじを吸いながら、更に衣服を開いていった。
「ん……あ……っ」
 中途に脱がされた袖がイシトの腕の自由を奪い、その不自由さが、更にイシトを高ぶらせる。カーシュは、腕の中でイシトに背を向けさせ、改めて背後から抱き締めた。その手はイシトの胸元を愛撫し、首筋を這い上がった唇はイシトの耳たぶを柔らかく噛む。イシトは抗うことも出来ずに、ただ声を殺して喘いだ。
「やせ我慢すんなよ……」
 カーシュが耳元で囁く。その囁きさえもが耳元をくすぐり、イシトはピクリと身体を震わせた。カーシュは、イシトの胸元を弄んでいた手を、まだ衣服に包まれたままのその下腹部に滑り込ませた。
「っ……! 何を……っ!」
 張りつめて過敏になった部分に触れられ、イシトが飛び跳ねるようにして身を捩った。
 カーシュはイシトの耳元でクスリと笑った。
「イケよ……俺の手で」
「や……っ! 離せっ!!」
 イシトが羞恥に頬を染めて抗う。だが、後ろ手にされ、抱きすくめられていては、身動きが取れない。何より、繰り返されるカーシュの愛撫に、すでにイシトは半ば思考力を失っていた。
「意地を張るな……俺の腕の中では、つまらない理性なんて捨てちまえ」
「あぁ……っ……!」
 カーシュの囁きに誘われるように、イシトが首を振り、身もだえする。カーシュは容赦なく、イシトを愛撫し続けた。
「何も……考えるな……そうだ……忘れちまえ」



忘れちまえ。
自分が何者かなんて。
今だけは、何も考えなくて良い。
苦しみも哀しみも、俺に委ねて。
からっぽの身体を、俺に委ねて。


「あっ……ああ!」
 イシトの身体がビクリと拍動し、やがてぐったりとカーシュの胸に凭れた。
 カーシュが弛緩しきったイシトを抱き締め、口づけようとするが、イシトは羞恥に頬を染め、顔を背ける。カーシュは小さく笑い、耳元で囁いた。
「可愛いぜ。照れてるおまえ……」
「馬鹿っ!」
 イシトは真っ赤になって怒った顔で振り向いたが、そこをカーシュに捉えられ口づけられると、諦めたようにその唇を受け入れた。カーシュは続けて、イシトの瞼に、額に、頬に、耳元に口づけていく。イシトは気恥ずかしそうに頬を染めたままその唇を受けていたが、やがて躊躇いがちに口にした。
「……君は……その……いいのか――?」
 自分だけが欲望を満たされたことを、彼は気に掛けていたのだ。
「俺か?」
 カーシュは、まだ少しぼんやりした様子のイシトを見て、ニッと笑った。
「いいさ。おまえ、すごくイイ顔してたし、そういうおまえを見てるの、良い気分だったしな――」




End.

 


「イイ顔」って…。カーシュ、一言多い(笑)。
隊長、照れ屋でプライド高いし、絶対、この後一発喰らわしてるはず(^_^;・はっ! もしやフルショット!?)
いや〜、しかし、ついに落とされちゃいましたね、イシト隊長。
まあ、そうでないと私の書く楽しみも無いわけですけど(^^ゞ
うちのカーシュさん、視姦(!)とでも言うのでしょうか、隊長をイかせるのが至上の喜びらしいです(爆)。


2003.3.9