ご注意! これは、某サイト様のクロノクロス企画「非日常茶飯事」の設定を使わせていただいてます。そのサイト様がクロクロ活動を休止されてしまったので、こちらに入れることに致しました。 カーシュ=喫茶店「アカシア」のマスター。 |
| それぞれの場所 |
喫茶店「アカシア」の日曜日。仕事が休みのダリオは、書き入れ時のランチタイムの手伝いに駆り出されていた。いつもはグレンがアルバイト代わりに手伝うのだが、生憎、遠征中で留守なのだ。セルジュもまた、イシト目当てに朝から入り浸っていた。セルジュはイシトに、奥のテーブル席で先日のレポートの報告をしている。 「ホントに資料、助かったよぉ。それでね、イシトさんち、また本見せてもらいに行っていい?」 新しく書き直したセルジュのレポートを読んでいたイシトは、微笑んで目を上げた。 「…良いよ。うちで何かおもしろそうな本、見つけた?」 「ウーン、わかんないけど、いろいろ読んでみようかと思って。」 イシトは声を落として、セルジュの顔を覗き込むように言った。 「そうだね。書物の中に、何かを見つけることもあるからね。」 「うん…。」 セルジュはちょっと照れたように笑って頷いた。 二人の親密そうなやり取りを、先程から見るともなく見ていたカウンターの中のカーシュは、我知らず唸っていた。 「むがががががが…。」 隣で野菜を切っていたダリオがプッと吹き出し、カーシュがジロリと睨んだ。ダリオは笑った。 「そんなに気になるんなら、ちょっと一言、セルジュに文句言って来いよ。」 「ダリオ…。」 ダリオの気遣いに、さすがにがさつなカーシュも気が咎めてしまう。だが、ダリオはトレーに水の入ったコップを載せて、カーシュに持たせた。 「ほらっ。そんなに気が散ってるんじゃ、仕事になんないだろっ。」 カーシュがわずかに頬を染める。 「おまえ…ほんっと、良いヤツだな…。」 「なーにを今更…。」 ダリオは笑って、トレーを手にしたカーシュの背を押し、カウンターから出した。カーシュはダリオを振り返って照れくさそうに笑い、イシトとセルジュのいるテーブルに行って、ドンとコップを乱暴に置いた。 「おい、小僧。イシトの仕事の邪魔すんなよ。まったく、本なら図書館とか行きゃあいいだろうに。」 セルジュはカーシュを後押ししたダリオに気付き、チロリと睨んだ。だが、イシトはこの間セルジュの涙を見てからというもの、何となくセルジュを気遣っている。 「良いんだよ。今、特に原稿の依頼もないし、本を読むのは良いことだよ、ね?」 イシトはセルジュに笑い掛けた。カーシュはクルリと後ろ向きになり、唇を咬んだ。 「むぐぐぐぐぐぐ…。」 カウンターの中のダリオは呆れたようにクスクスと笑い、セルジュもニコニコと笑って、これ見よがしにイシトの腕をとった。 「じゃ、行こっか、イシトさん。」 「ああ。じゃ、カーシュ、ダリオ、またね。」 イシトが先に立ってドアを開けて振り返る。セルジュは小走りにカウンターに駆け寄り、ダリオに向かって小声で文句を言った。 「イーだ!ダリオさんの、裏切り者!」 そのままセルジュはイシトの後を追って店外へ駆けていった。ダリオは笑いながら肩をすくめた。 「やれやれ、穏やかじゃないねぇ…。」 カーシュがカップをカウンターに下げて来て、ダリオを軽く睨んだ。 「おまえ…なんだかんだ言って、面白がってねぇか?」 ダリオは悪びれずに済ました顔で言った。 「人生、何事も楽しまなくちゃね。」 カーシュは大きな溜息をついて、またランチの準備に取りかかった。 店内は再び静けさに包まれた。日曜は、昼近くにはかなり込み合うのだが、今はまだ他の客は居なかった。だが、程なく、セルジュが店に飛び込んできた。 「なんだ?忘れもんか?」 カーシュが声を掛けるが、様子がおかしい。息を切らし、悲愴な顔をしている。 「おい、どうしたんだ?小僧。」 「…イシトさんの…お母さんが亡くなったって…今、知らせが…。」 カーシュとダリオが、思わず眉を寄せて顔を見合わせる。言い切って、少し気が緩んだのだろう、セルジュの目が見る間に潤む。 「マスター!行ってあげて!!」 セルジュは叫んだ。 「イシトさん、ぼおっとしちゃって、いくら声を掛けても、ダメなんだ…!」 セルジュは俯いて、スンと鼻を啜った。 「イシトさん、お母さんと、なんだかいろいろあったみたいなんだけど…。」 セルジュは改めて目を上げ、カーシュを見つめた。 「ボクじゃダメなんだ。ボク、イシトさん大好きだけど、ボクじゃダメなの。ボクじゃ支えてあげらんない。マスター!行ってよ!お店は、ボク、なんとかするから。ボク、ちゃんと洗い物とかしておく。ね?行ってあげて!」 「…小僧…。」 カーシュはセルジュを見つめた。セルジュは涙を浮かべながらも、真っ直ぐにカーシュを見つめ返し頷いた。 「店、臨時休業にしといてくれ…。」 カーシュはエプロンをむしり取るように外し、ダリオに告げた。カーシュはイシトのアパートへ向かって走り出した。ダリオはカーシュの投げ捨てたエプロンを拾い上げながら、セルジュを横目で窺った。 「…良いのか?」 セルジュはカーシュが走り去った方をじっと見つめてかすかに頷き、呟くように言った。 「ダリオさん…ごめんね、ボクの方が裏切り者だ…。」 ダリオが小さく笑ってセルジュの顔を覗き込む。 「無理したな…。」 セルジュはクルリとダリオに背を向け、グッと何かを飲み込むように息を止めた。その、いからせた肩が痛々しい。ダリオはセルジュの頭をぐいっと掴んで自分の胸に抱き寄せた。 「セルジュ…本気になってやるから、俺で我慢しないか?」 セルジュが驚いて、涙の滲む目を上げ、眉を寄せた。 「ボク、マスターの代わりにはなれないよ…?」 ダリオが笑った。 「当たり前だ。なられてたまるか。カーシュはカーシュ、おまえはおまえだ。…今の、かっこよかったぞ。」 ダリオはセルジュの顔を覗き込み、その頬を軽くつねって笑った。 「今、惚れた。」 セルジュの泣き濡れた顔にわずかに笑みが浮かぶ。 「ダリオさんて、優しいんだ…。」 ダリオはセルジュの背を優しく撫でた。 「こないだだって、優しくしたつもりだが?」 セルジュが目を丸くして言葉を失い、それからプフッと吹き出した。 「やだなぁ、もう…。」 セルジュの顔が、見る見る赤く染まる。 「本気になってくれるんなら、俺でもいいって言っただろ?」 ダリオが、セルジュの涙を指でふき取りながら囁く。 「どうだ?俺で手を打つか?」 セルジュは頬を染めながら、微笑んでダリオを見上げた。 「…それ、いいかも知れないね…。」 カーシュがイシトのアパートに入ると、室内には荘厳な音楽が流れていた。イシトの姿は見えず、カーシュは内心焦りながら、室内を見回した。 「レクイエムだ…。」 唐突にイシトの声がした。 「母の好きだったフォーレのレクイエム…。」 声のした方を探ると、イシトは窓辺の束ねられたカーテンの影に、子どものように膝を抱えて座っていた。 「あ、そんなとこに居たのか…。」 カーシュは幾分ホッとして、イシトに歩み寄った。 「子どもの頃、イヤなことがあると、こうして時の過ぎるのを待ったものだった…。」 そう言って虚ろに笑うと、イシトは傍に来たカーシュを見上げた。 「店はどうしたんだ?」 「…小僧が、行けって…泣きながら言うから…。」 カーシュは照れくさそうに、赤くなった顔を背けるようにして言った。 「セルジュが…。」 「ああ、心配してた…。」 イシトが俯く。 「悪いことをした…さすがにショックで…彼を気遣ってやれなかった…。」 「当たり前だろ。お袋さんが死んだってんだから…。小僧だって、判ってるさ。」 イシトは首を振った。 「…私は、母を憎んでいた…。」 カーシュが驚いて見つめる。 「憎んでいると思っていた…。彼女の死で、こんなに自分がショックを受けるなんて…驚いた…。」 イシトは目を閉じた。 「憎んでいた。でも、多分、同じほどに愛し、求めてもいた。…私を生み、育てた人だ…。」 「そうだよ。お袋さんがいなけりゃ、おまえは居なかったんだし、そしたら、俺もおまえに会えなかったんじゃねぇか…。」 イシトがゆっくりと目を開け、カーシュを見つめた。 「感謝しなくちゃいけないな…。」 カーシュが、イシトの前にかがみ込み、イシトは、そのカーシュの肩に両手を掛けた。 「君に出会えたこと…母が私を生まなければ、君との出会いもなかったのか…。」 イシトが、その、初めて会ったときに強烈な印象を残した蒼い眼で、じっとカーシュを見つめる。 「ありがとう…君に会えて良かったと思ってる。」 「な、何、改まってんだよ!」 カーシュが照れて、イシトの手を振り払うように立ち上がる。イシトも釣られるように立ち上がった。 「今夜の飛行機が取れたんだ…パレポリに帰るのは、こっちへ来て初めてかな…。」 イシトは足元に目を落として呟いた。カーシュは、何か心がうずくような感じがした。 「おまえ…まさか、帰って来ねぇのか?」 「え?」 イシトが目を上げてカーシュを見る。 「パレポリはおまえの故郷だろうが、今のおまえのうちは、こっちだろ?帰ってくるよな?エルニドに…。」 カーシュがイシトの蒼い眼に、その真意を探り出そうとする。イシトは、それを隠そうとするかのように、再び目を伏せた。カーシュがイシトの両腕を掴み、正面を向かせる。 「イシト…!」 「判らないんだ!そんなこと、向こうに行ってみないと判らない。母がパレポリの家を管理していたから、私は気ままにこっちで暮らせた。でも、もう、母は居ない…。」 カーシュの視線を逃れるように首を振ってそう言ってから、イシトは改めて母親を失ったことを実感したのだろう、唇を咬んで黙り込んだ。カーシュは眉を寄せてイシトを見つめた。 「…帰ってくる気はあるんだろ?おまえ、エルニドが好きだろ?おまえ、ここにいたいって、そう言ったろ?」 「カーシュ…。」 イシトが目を上げ、カーシュを見つめ返す。カーシュは、先程から掴んでいたイシトの両腕を強く引き、イシトを抱き締めた。 「帰って来い!必ず帰って来いよ…ここへ。」 「ここへ…?」 イシトが少し身体を離し、カーシュを見つめた。 「君のところへ、帰って来ていいのか?初めてエルニドへ来たときのように、君のところへ…帰って来ていいのか…?」 カーシュは、その眼の強さに少したじろいだが大きく頷いた。 「そうだ。ここへだ。俺のそばに帰って来い。」 イシトは、もう一度じっとカーシュを見つめてからゆっくりと目を閉じ、カーシュは引き寄せられるようにその瞼に口づけた。イシトの両腕がカーシュの首に回される。やがて、唇が触れ合う。 長い時間、二人はそのまま動けなかった。 「…不謹慎かな…母親が死んだっていうのに…。」 ようやく身体を離して、イシトが苦笑した。カーシュもちょっと赤くなる。思わず抱き締めてしまったが、自分はまだイシトに好きだとも言っていなかった。だが、イシトはすぐにまたカーシュの肩に額を押し付けた。 「でも、やっとキスしてくれたな…。」 「え…。」 カーシュがうろたえる。 「君のそばに来て、もう4年にもなるのに…。」 イシトは顔を上げてカーシュを見つめた。 「ええ…!」 カーシュはまたうろたえる。 「まったく、君は鈍いんだから…。」 「えええ…!?」 イシトは、真っ赤になっているカーシュに軽くキスをした。 「私の居場所。」 「あ?」 カーシュが頬を赤らめたまま怪訝そうな顔をする。イシトは目を伏せて口の端で笑った。 「この間、セルジュが言ってたんだ。彼は、自分を本当に想ってくれる人を、自分の本当の居場所を探してるんだって。」 「小僧が…?」 カーシュがちょっと意外そうに目を大きく見開いた。イシトはカーシュを見つめた。 「私の居場所…君…で、いいんだよな?」 「イシト…。」 カーシュは、もう一度、イシトを抱く腕に力を込めた。 「そう、ありたいと思ってる。おまえの帰る場所に…。」 改めて唇が重なる。 「帰って来いよ。絶対…!」 イシトが微笑む。 「…帰ったら、小説を書くよ…書きたいことが出来た…。ここで、エルニドで、私はようやく居場所を見つけた。ここで、エルニドで…小説を書くよ。」
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| 言い訳 最後はちょっと力尽きました。(爆) 描きたいテーマはあるのですが、どうにも力量不足です。 突っ走ってきた「非日常茶飯事」も、とりあえずこれで一段落。 誰にでも、居場所は必要なのです。人は、やはり一人では居られない。一方通行のままでは、いつか力尽きる…。そんな思いを込めながら書きました。あんまり関係ないですかね。あはは。(だからぁ、なんで「非日常茶飯事」にそういうものを持ち込むかってぇ…(^_^;)。 最後のシーン、どうせならもうチョイ押そうかとも考えたのですが、シチュエーション的に喪中じゃないですか。パレポリから帰ってからね。それまで、お預けよ、と(笑)。 このシリーズ、イシトとカーシュより、なんか後半はセルジュとダリオにシフトしちゃってた気もします。 大きな流れとしての「非日常茶飯事」のストーリーは、私のものとしてはこれで終わりです。 ただ、ダリオとセルジュのその後、とか、帰ってきたイシトとカーシュとか、書こうと思えば書けると思うので、書く気になれば、また書きます。 あ、もういいですか?(^^ゞ
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