夜明け前、ふと目を覚ましたイシトはカーシュの腕の中にいた。
 自分を女のように大事に抱え込み、守ろうとするかのようなカーシュにかすかな腹立ちを覚え、イシトはカーシュの寝顔を軽く睨んだ。
 だが、一瞬の後には、それ故の身の内の暖かさを感じて、そんな自分に苦笑する。
 眼前のカーシュの寝顔は穏やかだ。思いがけなく長いそのまつげの落とす影の繊細さに、イシトは目を奪われた。
 こうしていれば、まるで彫像のように端正な顔をしているのに、起きている時のカーシュは、そのがさつとも言える言動でそうした印象を与えない。
 イシトは小さくクスリと笑って、カーシュの鼻先を軽くつついた。
「……ん……」
 カーシュがわずかに身じろぎ、その唇がムニャムニャと動いた。
 カーシュの唇。
 つい先程、その唇はイシトの唇を味わい、イシトの身体中に触れた。その唇が触れるたび、イシトは身を震わせ、声を漏らした。そんな自分を思い出し、イシトは顔を赤らめてシーツに頬を押しつけた。
 目の前に、カーシュの長い髪が広がっている。イシトの乱れた前髪が、そのカーシュの髪の上に散る。
 イシトはそっと、その色の違う二人の髪に触れた。指先でゆっくりと梳く。
 カーテンから覗く昇り始めた朝日に、カーシュのすみれ色の髪の中のイシトの金髪が光る。
 寄り添い、絡み合う二つの色の髪。けれど、混じり合うことはない。
 まるで自分たちそのもののようだと、イシトは思う。
 これ程にそばにいても、自分たちは決して溶け合うことはない。何もかもが違う二人。
 生まれた国が違う。育った環境が違う。考え方も、ものの見方もことごとく違う二人。
 いや、それ以上に、属する世界が違うのだ。自分たちは、本来決して交わることのない平行世界に生きている、出会うはずのない存在。
 なぜ、出会ったのだろう。
 なぜ、二人の生は、時間軸は、今、クロスしているのだろうか。
 イシトは髪を弄びながら、ぼんやりとカーシュを見つめ続けていた。

 やがて、カーシュの長いまつげがゆっくりと動き、その眼がイシトを見つめ返した。
「……どうした?」
「……済まない。起こしたか?」
「いや……何してたんだ?」
 カーシュがニッと笑って、そこに散っていたイシトの前髪を愛しげに掻き上げる。寄り添っていた二人の髪は、再び離れた。
「あ……」
 思わず声を上げたイシトに、カーシュが怪訝そうな顔をする。
「ん?」
 イシトは何も言えなかった。口に出してしまえば、なんでもない当たり前のこと。いっとき交わった二人が、離れていくのはいつものことだ。
「なんでもない」
 だが、カーシュは尚も怪訝そうに見返す。イシトは苦笑した。
「綺麗だと思ったんだ」
「あ?」
 カーシュは更に不思議そうな顔をした。
「君がさ」
「俺?」
 本当に意外そうな顔のカーシュに、イシトは笑った。
「黙っていれば端正な顔なんだから、下手にしゃべらないで、黙っていれば良いんだ。そうすれば君だってモテるぞ」
 カーシュは真っ赤になった。
「いきなり、何言うんだよっ。なんだよ、黙ってろって。俺は、このままでも十分モテるぞ! だいたい、誰にモテればいいってぇんだ!」
「誰にだっていい」
 からかうようなイシトの返事に、カーシュが少し口をとがらせて、イシトを抱き寄せた。
「俺は……おまえが居れば、それで良いんだ……」
 抱き寄せられたカーシュの腕の中で、イシトがキュッと唇を噛む。
「そんなこと……言うな」
「なんでだよ。俺はほんとにそう思ってるんだぜ?」
 屈託のないカーシュの言葉に、イシトは堪らずカーシュの腕をはねのけた。
「恥ずかしいだろうっ」
 短く答えて、イシトは自分を叱咤するように身を起こし、シャツに袖を通した。
「なんだ。もう行くのか?」
 カーシュも起きあがり、イシトの背を抱く。
「まだ良いだろ? もう少し、そばに居ろよ……」
 カーシュはイシトの耳元で囁く。だが、イシトは払いのけるように立ち上がり、カーシュを振り返った。
 何か言いたげなイシトの蒼い眼に見据えられて、カーシュも黙って見返す。だが、イシトはフッと小さなため息をついて、左手で自分の前髪を掻き上げた。
「もう少し眠れよ。今日も暑くなりそうだ。途中でへばったら、置いていくぞ」
「へっ、そっちこそっ」
 言うが早いかドアに向かって歩き出すイシトに、カーシュは舌打ちした。
 捕まえたと思うと、すり抜けていく。
 幾度身体を重ねても、解り合えない。
 違いすぎるからなのか。それともいつか、解り合えるのか。


Ende.

 

 


横になっていると、髪が広がりますよね。
それを見ながら、何となくこんな事を考えてしまったんです。
クロノクロスは、「時間軸の交差」という意味なんでしょうか。
クロノクロスのたくさんのキャラクター。こんなにいらないのに、と思うけれど、その数は、そうした出会いの数なんですね。
あ、本館向けのネタになりそうな…。

2001.12.2