目が覚めた時、イシトは自分がどこにいるのか把握できず、戸惑った。
「目ぇ覚めたのか?」
イシトの寝ているベッドに腰掛けたカーシュが、ぼんやりしているイシトの顔を覗き込み、小さく笑う。
「相変わらず、手間掛けさせやがる…」
そうだ。カーシュと飲んでいたのだった。イシトはようやく現状を認識した。慌てて起き上がろうとするイシトを制して、カーシュは苦笑した。
「…また、無理してやがったな? 任務任務で、どうせ、またロクに寝てねぇんだろ? だぁから、酒飲むとすぐに寝ちまうんだよっ」
イシトは顔を傾け、自分の寝ているのが、カーシュ用の豪華なベッドであることを知った。
「…済まない…君のベッドに…」
「あっちの簡易ベッドまで運ぶのが面倒だっただけだ。…意外と重いのな、おまえ…」
カーシュは口の端を上げて笑って見せた。イシトはわずかに頬を染めた。
「…面倒を掛けた…」
再び起き上がろうとするイシトを押さえつけるように、カーシュはイシトの顔の両側に手を付き、その顔を見つめて顔をしかめた。
「どうせなら、朝まで休んでけよ。明日"1(アイン)"や"2(ツヴァイ)"に俺の相手をさせるくらいなら、もう忙しくはねぇんだろ? …あ! そうか…おまえ、そのために今日まで無理して、仕事、終わらせたんだろ…」
イシトは答えず、顔を背けるように横を向いた。
「おい。何とか言えよ」
カーシュが少し顔を近づける。イシトは顔を正面に戻し、真っ直ぐにカーシュを見上げた。
「明日だって、忙しいさ。いつ、どんな任務が舞い込むか、判らないんだからな…。その手をどけてくれ。私は帰る…」
カーシュは手をどけようともせず、フッと小さな溜息をついた。
「判ってねぇな、おまえ…。おまえが倒れたりしたら、可愛い部下たちが困るだろ? 無理してガムシャラにやるのが大事な時もある。でもな、上に立つ者は、自分も大事にしなきゃなんねぇ。いつでも、より正しい判断が出来、いつでも飛び出せるようにコンディションを整えておかねぇとな」
「カーシュ…」
イシトは、意外そうにカーシュを見上げた。カーシュは呆れたような口調で続けた。
「今のおまえはどうだ? あれっぱかしの酒で寝ちまいやがって。俺が敵だったりしたら、どうすんだよ?」
イシトはキュッと口を結んだ。
『飲んだ相手が、君だったからだ』
本当はそう言いたかった。信用できる相手とだからこそ、自分も酔って寝てしまえるのだ。だが、そんなこと、恥ずかしくて言えるわけがない。
「なんだ? 文句あんのか?」
カーシュが軽く口をとがらす。
「いや…君にそんなことを言われるとは思わなかった…」
イシトは心中を誤魔化すように、小さく笑った。カーシュは真顔に戻り、じっとイシトを見つめた。
「…自分を大事にしろ。絶対、任務のためなんかに命を落とすな。そんなことになったら、俺は許さねぇからなっ。命を賭けるのは、本当に自分の大事なもののためだけにしろ」
「…カーシュ…」
イシトは右手を伸ばし、自分の顔の横にあるカーシュの手首をそっと握った。
「ありがとう…」
あまりに素直なイシトの反応に、カーシュは戸惑って頬を染めた。だがすぐに、ニッと口の端をわずかに上げた。カーシュの言葉を噛みしめるように目を伏せているイシトに、カーシュはゆっくりと顔を近づけた。驚いて目を上げたイシトの唇に、カーシュの唇が触れた。
一瞬、我が身に起きた事態を把握しきれず、ただ身体を硬くしたイシトだが、すぐにカーシュを払いのけ、ようやく上体を起こして怒鳴った。
「な…何のつもりだ!?」
カーシュは、ベッドの端に立ち、両手を降参の形に上げて笑い出した。
「バーカ! 冗談に決まってるだろ! だってなぁ、お互い、らしくねぇじゃねぇか。俺は柄にもなく説教たれちまうし、それをおとなしく聞いてるおまえもおまえだし、な?」
「…冗談にも、もっと他にやりようがあるだろう!」
顔を赤らめ、口を拭いながら、イシトが喚く。カーシュはクックッと肩を揺らした。
「そうそう! そうでなくっちゃな。しおらしく"ありがとう"なんて、おっかしくってよ! おまえはそうやって、俺に食って掛かるんじゃねぇと、おもしろくねぇや」
イシトはムッとした顔をしたが、返す言葉が見つからない。大笑いするカーシュを睨みながら、イシトはベッドから降りようとした。カーシュが、相変わらず笑い続けながら、パタパタと手を振った。
「いいから、朝まで寝てろって。心配すんなよ。寝込みを襲ったりしねぇから!」
カーシュは、まだ肩を揺らしながら、部屋の隅に置かれた簡易ベッドに向かった。イシトは大きな溜息をついて、ベッドに戻る。
カーシュが、不意に真顔に戻って振り向いた。
「また一緒に飲もうな! …おやすみ」
こうした刹那に、私は夢見る
エルニドの蒼い海、青い空
自由で明るい空気の中で
君と心ゆくまで飲み明かし
共に語り合うことを。
叶うはずがないと
頭では知っていても
心は夢見る
いつの日にか、きっと、と。
Ende
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