大切なもの |
| 「食べ過ぎたな…ちょっと苦しいよ」 カーシュの家で夕食をごちそうになったイシトは、カーシュの部屋に戻って苦笑した。 「まったく…君のお母さんときたら、次から次と、私の皿に料理を投げ込むんだから…」 「はっはっはぁ。ダリオもよくそう言ってたな。あいつも遠慮するヤツだから、お袋もそうやって無理矢理みたいに食わせてたんだ。おまえも、同じタイプに見えたんだろ」 朗らかに笑って懐かしそうな顔をしたカーシュを見て、イシトはほんの少し唇をとがらせた。大げさに肩をすくめ、歩き出そうとしたイシトは、少しふらついてカーシュの腕にぶつかった。 「どうした? 酔ったのか?」 カーシュがからかうように声を掛ける。イシトはちょっと怒ったような顔で、ぶっきらぼうに言った。 「…ザッパのせいだ。あの飲ませ方は脅迫だ」 カーシュは今度も快活に笑った。 「俺の酒が飲めねぇのか、ってヤツだろ? でもな、気に入ったヤツにしか言わねぇんだぜ」 「気に入った…?」」 イシトが不思議そうに見返す。無理もない。このアナザーのテルミナは、今、パレポリ軍に占拠されている。ホーム・ワールドのザッパは仲間ではあるが、アナザーのザッパが、パレポリの軍人であるイシトに好意的だということが、イシトには信じがたかった。 カーシュはニッと笑った。 「まあ、こっちはすっかりパレポリ軍に占領されてるけどよ、おまえがリデル様を助ける手助けをしてくれたってのは話してあるし…一緒に飲み食いすればよ、ある程度どんなヤツか、判るってもんだろ?」 イシトはホッとしたように頬を弛め、先ほど母親が置いていった布団を敷こうとしているカーシュの背中を見つめた。広い背中だ。酔いのせいなのか、イシトの頬が少し赤らむ。イシトは逡巡するように目を伏せ、しばし視線をさまよわせたが、やがて意を決したように目を上げ、カーシュの背中に自分の頬を押しつけた。 「ど…どうしたんだ?」 慌てて振り向くカーシュの肩に手を掛け、イシトは顔を上向け、目を閉じた。 イシトは、いつもは決して自分から身を任せるようなことはしない。だが、今、彼は明らかにキスをねだるようにカーシュにもたれ掛かっていた。かつてないイシトの態度に、カーシュはうろたえた。 「…なんだよ。そんなに酔っぱらったのか?」 カーシュは真っ赤になってイシトの腕を掴み、その身体を引き離した。戸惑いもあったが、すぐ隣の部屋に両親がいるという気兼ねもある。カーシュは、とてもそんな気にはなれなかった。 だが、イシトはひどく傷ついたような顔で眉を寄せ、カーシュを見つめた。 「抱いて…くれないのか?」 困ったように見返すカーシュの目に、次第に表情を険しくするイシトの顔が映る。 「勝手だな…いつもは、私の気持ちなどお構いなしに抱き寄せるくせに…」 「イシト…!」 カーシュが真っ赤になって弁明しようとするが、それはうまく言葉にならない。イシトはクルリと背を向けた。 「この部屋だから、嫌なんだろ? ここを…この思い出に満ちた部屋を、君は汚したくないんだ」 イシトの、冷たい響きを持ったその言葉に、カーシュは虚を突かれたような顔をした。 「君は、ダリオたちとの思い出を、ここで私を抱いて、汚すのが嫌なんだ…」 そうだったのかも知れない。カーシュは返す言葉がなかった。自分にとって、幼い頃からの思い出のあるこの部屋は聖域。だから、せっかくのイシトの誘いにも、その気になれなかったのだ。 黙り込んだカーシュを、イシトは冷たく見つめた。 「当たりだろう? 私は帰る。宿に泊まる。ご両親には、急な任務ができたとでも言っておいてくれ」 言い捨ててきびすを返し、イシトは直ぐさま裏口から出ていこうとした。 「待てよ!」 カーシュが、その肩を後ろから捕まえる。 「ん…っ!」 カーシュは後ろから抱きしめたままイシトの顔を横向かせ、強引に口づけた。 「…ん……」 イシトの身体からは、次第に力が抜けていった。カーシュに導かれるまま、イシトは敷きかけだった布団に押し倒された。 「…バカヤロ…」 カーシュはイシトの顔を、その大きな両手で包んで見つめた。イシトの蒼い眼が揺れる。 「確かに、ここにある思い出は俺の宝だ…でもな、今の俺には、おまえの方が…」 言葉も半ばで、カーシュの唇が再び押しつけられる。押しつけられたと思うと、わずかに離れ、それはついばむようにイシトの唇を愛おしんだ。 「声…出すなよ…」 カーシュの手が、イシトの身体をまさぐる。 「…カーシュ!」 イシトが、押し殺した小さな声で叫んで、自分の首筋に唇をはわすカーシュの首を、きつく抱いた。 「もういい。十分だ…」 イシトの声が震える。 「…すまない…君を試すような事を…」 カーシュは頭を起こし、黙ってイシトの潤んだ蒼い眼を見つめた。イシトは頬を赤くし、両腕を交差させるようにして顔を隠した。 「…見ないでくれ。きっとひどい顔をしてる…」 「イシト…」 カーシュが苦笑する。イシトは顔を隠している腕に、更に力を込めた。 「こんな自分は…大嫌いだ…!」 カーシュはその腕をそっと開いて優しく笑った。 「…俺は、大好きだよ」
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この作品をリクエストしてくださったHayakawa様から、イメージイラストを頂戴しました!(2001.9.15)
言い訳 ラブラブ〜! |