うさ耳イシトの蛇骨館潜入記 2
〜I call your name.〜

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 任務のため…。カーシュに抱きすくめられて、イシトはじっと耐えていた。カーシュの唇がイシトの耳たぶをそっと噛む。熱い息が耳元をくすぐる。カーシュの手が、イシトの肩を、背を、腰を撫でる。だが、逆らえば首、と匂わせて思い通りにさせようとしているにしては、その手は優しく温かだった。
「…怒ってるか…?」
カーシュが耳元で囁く。その指がイシトの髪を梳く。イシトは答えられない。自分は腹を立てているのか?わからない。イシトは茫洋とした目を天井の一角に向け、黙っていた。
「…ほんとは、おまえがここに来るようになってから、ずっと見てた。みんなが騒いでおまえを狙ってる。でも、俺は…。」
カーシュが両方の手のひらでイシトの顔を挟み込んだ。
「…おまえが、他のヤツに何かされるなんて、イヤだと思って…。」
その紅い瞳がイシトを映す。その頬が、照れくさそうに仄かに赤い。イシトの青い瞳がカーシュのその顔を映す。
「それくらいなら…おまえに嫌われたって、俺が…!。」
カーシュの腕に力が込められた。苦しい程に抱き締められて、やがて、イシトは自分があまり嫌がっていないことに気付き、愕然とした。もちろん、男色というものが軍にはよくあることで、イシトもそういう事例を見聞きしたことが有ったということはある。だが、敵であるこの男、カーシュの腕の中で、イシトは今、逃れたいと思うことを忘れていた。むしろ、ここに潜入してから張りつめていた気持ちがほぐれ、ホッとするのを感じた。それほどに、カーシュの腕の中は温かく、その唇は優しく、まなざしは愛しげにイシトを見つめた。
 カーシュがふと思い出したように身体を離し、イシトを見つめた。
「名前、なんて言うんだっけ?」
イシトは一瞬、口ごもり、小さな声で言った。
「…イシト…。」
言ってしまってから、イシトは後悔した。スパイを働く者として、本名を名乗るなど愚の骨頂である。ここにメイドとしてやとわれる際に出した履歴書には、当然「ユージーン」という偽名を記入していた。何故、本名を答えてしまったのか。
「イシト…。」
カーシュは、今聞いたばかりのその名を口にし、ニッコリと笑った。そして、再びイシトを抱き締めた。その手が優しく、うさ耳のついた頭を撫でる。
「イシト…。」
カーシュがもう一度、名前を呼んだ。そうだ。イシトは気付いた。自分はこの男に、偽りの名で呼ばれたくなかった。この腕の中で、この胸に頬を接して、自分でない名前を呼ばれたくなかった。"イシト"と、本名で呼ばれたかった…。何故?何故?
 カーシュの唇が、イシトの唇を覆う。優しく触れる。何度も、何度も。そして、次第に強く押しあてられる。
 何故?
 自分自身への戸惑いが、イシトの身体を堅くする。それを察して、カーシュが一旦唇を離す。
「イヤか…?」
 イシトは思わず小さく首を振った。カーシュが唇を寄せる。吸い寄せられるように、イシトは進んでその唇を受け止めた。イシトの手がカーシュの肩を掴む。カーシュは、そんなイシトの仕草に力を得たように、イシトの唇を割って侵入した。ピクリとイシトが身体を堅くする。だが、今度はカーシュはイシトを放さない。カーシュの舌がイシトのそれに触れる。絡みつく。イシトの意識がわずかに薄らぐ。自分はいったい何をしているのだ?わからない。わからない。こうしてカーシュを受け入れるのは、任務のためか?そうだ。決まっているではないか。だが、本当にそれだけなのか?わからない…。
  気が付くと、いつの間にかカーシュが唇を離し、イシトを見つめていた。うさ耳メイドに身をやつすことなど、任務のためと割り切れば何ほどのものではない。だが…と、イシトはカーシュの目の中に映る自分を、他人を見るような思いで見つめた。これは自分ではない。「黒き風」隊長イシトではない。うさ耳を付けたメイドの「ユージーン」。カーシュにとって、自分は本当の「イシト」ではない。
 イシトは、訳もなく胸が締め付けられた。今は固く結ばれた唇が震え、涙が一筋頬を伝った。泣いている?自分が?イシトは混乱していた。
「すまねぇ…!」
カーシュが驚いて声を上げた。イシトが自分の行為のせいで泣き出したと思ったのだ。
「…そんなにイヤなら…もう、おまえの嫌がることはしねぇよ…。」
カーシュの紅い目が、困ったようにイシトの表情を窺う。そのすみれ色に似た不思議な色の髪が、カーシュの肩に掛けたイシトの手の甲をくすぐる。イシトは緩く目を閉じた。
 龍騎士団の一群の中、食事時の食堂のざわめきの中、自分はいつも、このすみれ色の髪の男を見ていた。どんなに多くの男達のなかに居ようと、自分はいつでもすぐにこの男を見分けることが出来た。大勢の中で光を放つ、この男の存在。いつか、自分はこの男を目の端に捜していた。豪快に笑うその声を聴き、自分は心が浮き立つのを感じなかったか?時に子供のような貌をするその端正な顔に会えなかった日には、自分は寂しいとは思わなかったか?
 嘘だ!嘘だ!自分がこの男に惹かれているなど。
 イシトは思わず、激しく首を振った。ハッとして顔を上げると、カーシュが気遣わしげに見つめている。
「…おまえがどんな人間なのか、俺はまだ何も知らねぇ…。…四天王の一人として龍騎士団の手本となるべき俺が、おまえに入れあげてるとなりゃあ、世間のそしりは免れねぇかも知れねぇ。だが、人間が人間に惹かれるって事は理屈じゃねぇだろ?俺は、初めて見掛けたときから、おまえが気になってしょうがなかった。そんな気持ちに自分で戸惑って、否定しようとしたこともある。でもよ、いつの間にかおまえを捜してる。おまえのうさ耳を捜してる…。俺は…。」
カーシュは一旦言葉を切って、イシトの青い眼を見つめた。
「イシト…おまえが好きだ…。」
イシトの中で、何かが音を立てて壊れたような気がした。イシトは脱力したようにカーシュの胸に身体を預けた。カーシュが少し戸惑いながらも、その背をそっと抱き寄せる。肩を、背を撫でる。イシトの額を、頬を、首を、カーシュの唇が撫でる。
「カーシュ…様…。」
イシトが少しかすれた声でカーシュを呼んだ。カーシュが少しだけ身体を離し、優しくイシトを見つめた。
「"カーシュ"でいい。」
イシトが目を伏せて、カーシュの胸に顔を埋めた。小さな声で呼ぶ。
「…カーシュ…。」
「イシト…。」
カーシュもその名を呼び、改めてイシトを抱き寄せる。唇を寄せる。

 

−今は何も考えない。これは任務のためにも、決してマイナスではない。だから…。−

 

To be continue.      …すると思います(笑)?

 

言い訳的言い訳

続けるつもりはなかった「うさ耳」ですが、やっぱりセクハラで終わっちゃ、後味が悪いですよね。
でも、ほんの遊び心で書き始めたのに、今回、結構マジになってしまいました。
「雨」を書いてしまったからかも知れませんね。あれは、かなりマジマジでしたから。
描きたかったのは、イシトの揺れ。それを「名前」で、表現したかったのですが…どうでしょう?
続くのかなぁ。どうかなぁ。ここまで状況を持ってくると、グレンやゾアを絡ませたりと、いろいろ書けるとは思いますが…。
2000.5.26

 

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